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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #4『遥かなる呼び声 後編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #4『遥かなる呼び声 後編』

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 第18話 大いなる力
 
 
 
 
    わたしが、生きてきた理由は
    わたしが、生きてきた証は
 
 
 
 
「イスラフィール!」
 懐かしい声に、彼は振り向いた。ヴァルナが走って来る。
「ヴァルナ!?」
 イスラフィールは、胸に飛び込んで来たヴァルナを抱きとめた。
「会いたかった……!」
 涙ぐむヴァルナに、イスラフィールも頷く。
「うん……」
 二度と会えるとは思っていなかった。死を、体験したはずなのに。
 その終末をイスラフィールは憶えてはいなかったが、その事実は解っていた。
「……ヴァルナ、此処は何処? 俺達、どうなったんだ」
「それが、私にも……。いつの間にか、此処にいたの」
「私が説明する」
 現れた声に、イスラフィールははっとヴァルナを背後に庇う。
「久しぶりだな、イスラフィール。イデアが待っている」
「……デナワ?
 イデア……ああ、そうか……」
 イスラフィールは何となく、状況を察する。
 デナワから話を聞き、ため息を吐いた。
「モクシャを復活……?
 そうか、イデアはその為に俺を呼んだのか……」
「モクシャの復活の為に、オリハルコンの力を使う。お前も来い」
「……ああ」
 イスラフィールは頷いて、ヴァルナを見た。
「ヴァルナは、危険の無いところへ」
「イスラフィール?」
 すがるヴァルナに、イスラフィールは微笑む。
「新しい世界で、ヴァルナが幸せになれるように祈ってる」
「嫌。私も一緒に行きます!」
 ヴァルナはイスラフィールの腕を掴んだ。
「もう、離れ離れになるのは嫌です。傍にいたい。守りたいの」
 例えそれだけの力がなくても、命を賭しても。
「ヴァルナ……」
 イスラフィールは、その決意に驚いたようにヴァルナを見た後、笑みを浮かべて頷いた。
「解った。一緒に行こう」

「いいえ――行かせません」
 デナワがはっと振り向いた。
 現れた者を見て、覚醒者か、と呟く。
「先に行け、イスラフィール。やることは解っているな?」
「……ああ。大丈夫、解ってる」
 イスラフィールは頷き、ヴァルナを抱き上げて飛ぶ。
 追おうとしたキアーラは、デナワに止められた。


(わたくしは――大切な人を失って、それで……
 ああ、そうだ……わたくしは、キアーラ。エセルを――)
 掠れていた意識が、少しずつまとまってくる。
 覚醒し、この世界に目覚めたキアーラは、この世界のことは殆ど解らなかった。
 解らないなりに状況を確認して、知り得たのは、此処でも戦乱が起きている、ということだった。
 ならば、止める。
(それが、エセルの想いに応える、わたくしの答え。そして贖い……)

「何故、こんなことを。今更、あなた達のしていることに意味はありません」
「そうかも知れぬ。だが、最早戻れぬ」
 キアーラの言葉に、デナワは笑った。
「我々は、この世界に在った者を犠牲にして此処へ来た。
 何かを成さねば、犠牲にしたかの者は無駄死にだ」
「そうして、もっと多くの人を犠牲にするのですか」
「他は知らぬ。
 我々はイデアの仲間として存在するのだ。存在する以上は、最後までそれを貫く」
 デナワが強力な召還魔法を使ってくる。
(すごい魔力……でも!)
 キアーラは光の閃刃の魔法でそれに応じた。
 大技を使って隙を作り、接近戦を仕掛ける。
 しかしデナワは素早く距離を置き、続けて魔法を撃って来た。
 キアーラは、構わず飛び込む。ダメージを気にしていては、デナワに近づくこともできなかった。

 激闘の末、キアーラは隙をついて黒影爪を用いてデナワの影に隠れ、死角を取った。
(ここでっ……)
 この一瞬しかない。キアーラは石化の魔法を撃つ。
 びしりとデナワの身体が固まり、動かなくなった。
 がくりと、キアーラもまた、力を使い果たして倒れる。思考が薄れて行く。
 ああ、と、キアーラは目を閉じた。

 セメテ、サイゴハ――シアワセナ、キオクヲ……


◇ ◇ ◇


 白鯨が、ルーナサズに到達しようとしている。
 白鯨を襲ったイデアの手の者達は、一旦は一掃したのだが、新手が来ていた。
 向こうから戦闘を仕掛けてくるということは殆どなく、一番の目的は、白鯨の調査らしい。
 元々、オリハルコンを使う為には、それを把握しなければならないという思惑だったのだろう。
 それでも、放っておくわけには行かないし、一部に好戦的な者もいた。
 万一にも、オリハルコンの元へ到達される訳にもいかなかった。


 トゥレンは暫く白鯨に来た敵の新手の相手をしていたが、白鯨がルーナサズに向かっているのを知ると、報告の為に一旦戻ることにした。
 ずっと彼の側についていた鬼院 尋人(きいん・ひろと)も、勿論一緒に行くと言って、二人でトゥレンの龍に乗り、先んじてルーナサズに戻る。
「悪い悪い。失敗しちゃったー」
と言って戻って来たトゥレンを、とりあえずイルダーナは殴った。

 ところでさ、と、トゥレンは頭をさすりながら、イルダーナを睨んで声をひそめた。
「あざとい真似をしてくれるよ」
 イルダーナはその言葉を聞いて、ふんと笑う。
「てことは、効果あったわけだな」
「うわむかつく」
 声の届かない後ろで、尋人が首を傾げている。
 大事な会話をしているものと思い、敢えて近寄っては来ない。
「あんなガキをお守りにつけやがって」
「お陰で、冷静でいるしかなかったわけだ」
「ぐわー、こんな奴の思い通りになってる自分が一番むかつく」

 イルダーナに話を聞いた尋人は、憤った。
「キレた龍騎士に近づくな、だって?
 大切な仲間がある日突然消えてしまって、別の人になってしまったら、取り戻そうとするのは当然じゃないか。
 キレるのは当然だ」
 自分がトゥレンなら、やはり何もかもを引き換えにしてでも戦うだろう。
 尋人は、努めてトゥレンの側を離れないようにした。
 仮にトゥレンが本当に暴走したとしても、龍鱗化で凌ぐつもりでいたし、実際、そんなに簡単にトゥレンが自分を見失うとは思わなかった。

 合流し、イデアの目的を聞いて、改めて怒りが沸いてくる。
「取り戻したかったのか? 滅んだ世界を。もう消えてしまったものを」
 それは決して許してはならないことだと思った。
 現世の者を痛めつけ、人の関わりを奪って、そうやって得た世界に価値があるのかと。



「流石に、パラミタ大陸ごとナラカの藻屑になるのは勘弁願いたいよね。
 今度こそ、きっちりイデアさんを倒さないと……」
 相田 なぶら(あいだ・なぶら)は、近づきつつある白鯨を見やりながらそう呟いた。
 なぶらの前世、サイガがかの世界を滅ぼそうとしていたことは思い出した。
 彼の気持ちは解らないでもないとなぶらは思うが、それでも、前世は前世、今は今なのだ。
 今ここに在る自分は、世界を壊したいなどという気持ちは無い。
「だから、イデアさんには悪いけど、邪魔させてもらおう」
 さてと、と、肩を竦めた。
「先ずは白鯨に向かわないといけないのかな。うーん、割と面倒くさそうだなあ……」
 既にものぐさモードのなぶらだった。



 成程、と、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)の話を聞いた、パートナーのクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)は、長いため息を吐いた。
「事情は解ったけど、ちょっと冷静に考えてよ。
『書』を使って世界の復活っておかしくない?
 だって『書』の記録自体は完璧でも、その記録のその後とか、そもそも記録しない事柄は保持されてないわけでしょ?
 今覚醒した人達ってつまり、「記録のその後」だよね?
 それで仮にモクシャが復活して、『書』の記録が再現されたら、覚醒した人達どうなんの。
 覚醒してからの記憶はどこに行くの。セーブされたところまで戻るの?
 ちなみにその前世の記憶ってつまり『書』の記録の投影なの、それともちゃんと自分の記憶なの?」
「う、それは、ちゃんと自分の記憶、だと思う」
 尻込みつつも、その筈だ、とクリストファーは思う。そこは確信する。
「それにあのな、『書』は、ウラノスドラゴンをパラミタからモクシャの天空神にする為の記憶の書き換えに使うんであって、モクシャの復活そのものに使うわけじゃない、んだぜ?」
 クリスティーの理論武装にたじたじになりながらも、クリストファーはそう言う。
 言いながらも、クリスティーの言葉にかなり納得してしまっているので、『ああもうモクシャ復活しないんじゃねーかな』という気持ちでいる。
「それでも!」
 クリスティーは言った。
「全員の記憶を集めて世界を作ったって、世界全体にはならないよ」
「うん……まあ」
 そうだな、とクリスティーは言った。
「イデア側の人達にも、説明して納得させた方がいいんじゃない」
「そうだな……。新手も来てるし、片っ端から諭してみるか」
 説明を聞いてもらえればだが。
「思うんだけど、無理やり具現化とかさせるより、別の時空とかに構築して、行き来できるようにできればいいんじゃない」
「どうやって?」
「……そういう知識に詳しい人を探す」
「うーん……」



 杠 桐悟(ゆずりは・とうご)は、戦力の集中を図る為にも一旦トゥレン達と合流したのだが、ルーナサズが近くなると、彼はそちらへ戻ってしまった。
 桐悟は、なぶらや光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)と共に、オリハルコン防衛の為に残る。
「新手が来ているようだ……。
 向こうから積極的に攻めては来ないようだが、迎撃駆逐するに越したことはない」
 移動できる範囲の場所を歩きながら、ふと、一人であることを自覚する。
 今迄、大抵はパートナーの誰かと一緒に活動して来たのだが、今回は共に来ていないのだ。
「……少し、気弱になってるか。それとも……」
 呟いた時、装備している魔鎧から、何となく、温かい感じがした。
 まるで励まされているようで、桐悟は苦笑する。
「そうだな。いつも誰かしらに支えてもらってばかりだ。
 だからこそ、今の俺がケリをつけなくては……」
 既に存在し得ない過去のものを、復活させるということ自体が気に入らない。
 妄想妄言の類は、夢の中だけで十分だろう。
 ならば、夢の中で生きている内にケリをつけるべきだろうな、と。



 翔一朗は、フェイとフリッカ、ゴーレムの少女に『禁猟区』を施した。
「危ないけえ、どっか安全な所に避難しとった方がええで」
 できれば白鯨の外に、と言いたいところだが、フリッカがそれを拒むことは解っている。
 フェイも今はフリッカの側を離れないだろう。
「はい。どうかお気をつけて」
 ゴーレムの少女に導かれるように、二人は街の方へ向かった。
 街は最初にイデアの手の者が調べ、何もないと判断されて、今は無人だ。
「さて、奈落人はともかく、向こう側の奴等には攻撃が効かないときたか」
 だが、全く通用しないというわけではない。足止めならできる。
 勝てなくても、負けない、その気概で向かって行く。
 逆に奈落人と遭遇した場合は、なるべく接触しないように戦わなくてはならないわけだが。
 遭遇した敵との戦闘では、ひたすら攻撃を防ぎ、防御に徹した。
 因縁のある者達が、その戦いに決着をつけ、終わらせる時を待って。