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リアクション
「うーん、ここもはずれかー」
3箇所目のポイントで、オズトゥルクはぼりぼり頭を掻いた。
「昨日はここで見えたんだがなあ」
「くよくよしない、おじさん。まだ3カ所あるわ」
ぽん、と悠里が腰のあたりをたたく。
「隊長! 俺、トレジャーセンス使えますよ! 幸運の竜ってお宝みたいなものでしょ? 探せるかもしれませんよ!」
「ワタシも使えるよー!」
ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)がぴょんっと跳ねて、はいはーいと手を挙げた。
「幸運のおまじないと僥倖のフラワシ使ったら、見つかるかもー」
「そうか。なら、ここはおまえたちに任せるかな」
「了解でありますっ!」
「じゃあアキラお兄ちゃん、ワタシと競争だよ?」
「よーし、やるか!」
「どっちが先に見つけるかネ。ワタシが判定してあげる。ヨーイ、ドン!」
アリスがぱちんと手をたたくと、2人は同時に飛び出した。別々の方角へ行くかと思いきや、2人とも同じ方向に向かって行く。
「みんなー、こっちこっちー」
手招きして、さらに奥へ。
「ノーン、あまり遠くへ行かないで! 危険だよ!」
あわてて御神楽 陽太(みかぐら・ようた)が声をかける。
「はーーーいっ、気をつけまーーすっ」
声はしたが、すでに姿は豆粒ぐらい離れていた。
「無駄ですわ、陽太。あの子、朝からずっとそわついて、うかれてるんですもの。「早くイルルヤンカシュさんに会いたいな!」って、何度口にしたか。もう耳タコですわ」
「うん。そうだね。でも、イルルヤンカシュの周りにはモンスターがいるそうだし…」
「心配しなくても、わたくしのホークアイにはしっかり見えています。あの子、とても楽しそうにセイルーンさんと歌いながら探してますわ」
エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)の言うとおり、ノーンはまるで宝探しゲームでもしているように、探索を楽しんでいた。
「アキラお兄ちゃん、はいっ。ドロップあげるっ」
「おっ、サンキュー」
「アリスちゃんにもはいっ」
「ありがとうネ」
しずく型のドロップをぽいっと口に放り込み、ころころ転がしながら草を掻き分ける。2人はほぼ同時に、開けた崖の上に出た。
「うわあ」
一面緑の海に、思わず感嘆が口をつく。
さざなみのように太陽の光をきらきらはじく緑のなか、かなり遠くにきらりと強く光るものがあった。
それは真珠の輝き。
最初、岩か何かだと思ったそれが、ゆっくりと木々の間から盛り上がってくる。
それは太陽に向かい鼻先を上げ、のどを伸びきらせると、ルルルロゥーーー……と高低をつけながら長く尾を引く不思議な声で鳴いた。
「見つけた! きっとあれがイルルヤンカシュだよ、アキラお兄ちゃん!!」
「おー! すっげーーー! ほんとにいたーーーー!!」
「ヤッタネ、ふたりとも!」
競っていたことも忘れ、互いの努力をねぎらうように、パンっとハイタッチして喜びあう2人の元に、ほかの者たちも追いついた。
「……あれが……イルルヤンカシュ…?」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が呆然とつぶやいた。
「そうだ」
無事見つけることができて、ほっとした様子でオズトゥルクが答える。
「動作のひとつひとつが優美だ。とても大酒飲みで嵐の神と戦う竜には見えないな」
「なんだ? そんな伝説があるのか?」
アルクラントのつぶやきを聞きつけて、ひょいとそちらに目をやった。
「ええ。地球の伝説ですけれど。
それにしても、惜しいですね。あんなにも美しい竜は、餌付けしてみたくなります。直接手から食べてもらえたらさぞかし感動するでしょう――って、何を食べてるんだろう? みかんの皮やピーナッツバターサンドとか、持ってくればよかったかな…」
オズトゥルクがわははと笑う。
「竜を餌付けか! おまえ、面白いこと考えるなあ!」
背中ばんばん!
よろめいたアルクラントの横を、アキラが走り抜けた。
「どーーーらーーーごーーーーーーーーーん!!
イルルヤンカシュに最初に乗った男に俺はなるっ!!」
「ごーごーネ! アキラ!」
うははははははははーーーーーっ!! と砂煙を蹴立ててハイテンションに斜面を駆け下りて行く。
「ぬ〜り〜か〜べ〜」
後ろを大分遅れてぬりかべ お父さん(ぬりかべ・おとうさん)がのそのそと。
そのあとを追うように、黒狐がぴょんっと飛び出した。
「あっ、だめよ、深優!」
クコ・赤嶺(くこ・あかみね)があせって前に出ようと人を掻き分けるも、黒狐の赤嶺 深優(あかみね・みゆ)はその隙にとばかりに斜面へジャンプする。そのまま斜面をすべり下りるかに見えたが、黒狐の小さな前足が着地する前に横から伸びた手が黒狐をひょいと抱き上げた。
「やんちゃですね、きみは。元気がいいのはいいことですが、お母さんを困らせてはだめです」
持ち上げて目線を合わせると、少年はにこっと笑う。
「はい。おとなしくお母さんの元へ帰りなさい」
「ああ、ありがとう。――もう、深優! 1人で飛び出すなんて危ないでしょう!」
「ありがとうございます。助かりました」
深優をしかるクコの横で、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)が少年に礼を言う。少年はにこやかな表情のまま、首を振った。
「いいえ。
あの、もしかしてあなたたちも下へ下りるんですか?」
「ええ。そうしようかと思っています」
「よかった。じゃあ僕も一緒に行っていいですか? ぜひ間近で見たいなあと思っていたんですけど、モンスターがいるっていうし、1人じゃちょっと心もとなくて」
「おい、そこのおまえら。何言ってる?」
「いいですよ。ただし、深優に危険がこない範囲までしか近寄りませんが」
「ええ、かまいません」
「近付くのは危ないと言っただろう! ひとの話を聞いてないのか、おまえら!」
オズトゥルクの言うことを聞く気がないのか、はたまた本当に聞こえていないのか。3人は意気投合すると、さっさと下へ下りて行ってしまった。
「なんてこった」
ぱし、と手でほおをたたく。
「あ、じゃあ僕も行くのー」
無事下についてイルルヤンカシュの元へ向かう彼らを見て、今度は及川 翠(おいかわ・みどり)がひょこひょこと前に出た。
覗き込むと、斜面は高さはあるが角度はそう深くはない。足場になりそうなでっぱりや窪みもあって、下りるのに支障はなさそうだと判断した翠は、手と足を伸ばして下り始めた。
「え!? ちょ、翠!?」
ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)があわてて駆け寄る。
「オズさんの話、聞いてたでしょ? イルルヤンカシュの周りにはたくさんのモンスターがとりまいてるって――」
「ここから観察日記つけるのは遠いのなの。もうちょっと近付かないとなの」
そう言いながらも、翠はするすると降りて行く。もう残り3分の1ほどだ。
「あ、待って待ってー! 私も行くー」
それまで必死にピントを合わせていた双眼鏡を片手に、サリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)があとを追って斜面に飛び出した。翠に負けず劣らず身軽な動作でぴょんぴょん足場を飛んで、さっさと下へ向かう。
「サリア、あなたまで!?」
「だいじょーぶー! モンスターさんが見えたらそれ以上近付かないようにするからー!」
「見える所まで近付いて、無事ですむはずないでしょう! ……あの子たちったらまったくもうっ」
手を振ったのち、タタタっと2人して森のなかへ駆け込んでいくのを見て、ミリアは憤懣やるかたなしというふうに腰に手をあてるとティナ・ファインタック(てぃな・ふぁいんたっく)を振り返った。
「私たちも行くわよ」
「ええ、もちろん。あの2人だけなんて、危なっかしすぎるわ」
肩から下げていたギャザリングヘクスの入った水筒を邪魔にならない位置に調節して、斜面のでっぱりに手を伸ばす。
斜面を下りかけて、ふと気づいてミリアがセルマたちを見上げて視線を合わせた。
「何かあったらテレパシーでお知らせします」
「分かった。気をつけてね。俺たちもここから見てて、気付いたことあったら知らせるから」
「ありがとうございます。そうします」
にこっと笑って、再び下り始める。
「うーん。じゃあ私も行こうかしら〜」
崖の端に腰かけて、さっそくサラサラ鉛筆を走らせていた師王 アスカ(しおう・あすか)が立ち上がった。
「え!? おまえ、無茶はしないって言ってなかったか!?」
「ここからだと俯瞰になっちゃうから、木が邪魔でどうしても下半身が描けないのよね〜」
驚く蒼灯 鴉(そうひ・からす)の前で、素描を終えたスケッチブックをたたみ、さっさとバッグにしまう。そして、ぽん、とそばでポケーっとイルルヤンカシュを見ていた松原 タケシ(まつばら・たけし)の肩に手を乗せた。
「もちろんタケにゃんも行くわよね〜」
「え? ナニソレ? おれ、ここからで全然かまわねーんだけど。あと「にゃん」はやめろって」
「まさかかよわい女の子を1人でモンスターうようよの所へ行かせたりしないわよね〜」
言うなり、むんずとえり首を掴んで斜面へ引っ張り込んだ。
「ちょ? うわ!? アスカはかよわくなんかないだろー!?」
何この握力。おまえ、ぜってーおれよりつえーよ!
「あきらめろ、タケシ。絵が関係してくるとそいつは猪突猛進だ」
「だからってなんでおれを巻き込むー!?」
タケシは絶叫とともに緑へ消えた。
やれやれと首を振りつつ、鴉があとに続く。もちろん、ホープ・アトマイス(ほーぷ・あとまいす)それにルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)、リーレン・リーン(りーれん・りーん)もだ。
こうなってくると、もはやなしくずしである。せっかく注意してくれたオズトゥルクの手前我慢していたが、心情的にはイルルヤンカシュを間近で見たい者たちばかりだったわけで。
とたん、われもわれもと下へ下りる者が現れだした。
「あー、おまえら!」
続々と下り始めた大勢の者たちにオズトゥルクが肩をいからせる。
「あれほど言ったってーのに! まったくしょうがないやつらだな!」
くすくす笑っているとなりの佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)の方を向く。
「あいつらだけで行かすわけにもいかんからな! オレも行ってくる」
「はいですぅ」
幸運を与えてくれる竜の機嫌を損ねて、ご利益を自分から棒に振る必要もない。見送るつもりだったルーシェリアだったが。
「まったくもう、おじさんったら。どうせおじさんも行きたかったに決まってるわ」
娘の悠里がオズトゥルクのあとを追って斜面をすべり下りて行くのを見て、あわてて駆け寄った。
「悠里ちゃん、危ないですぅ」
「おじさんを守らなきゃ。行ってきます、お母さん」
「オズさんはあなたが守らなくても十分――」
心配しないで、と下から笑顔で手を振って悠里もまた緑のなかへ駆けて行く。
「われわれも行きましょう。悠里が危険です」
「はいなのですぅ」
あたふたしながらルーシェリアはアルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)の手を借りて下へ向かった。
「セルマさん、そちらをよろしくなのですぅ」
「分かりました。ルーシェリアさんたちもお気をつけて」
口元に手をあてて言葉を返すと、セルマは彼らを見送った。
「やっぱりね。きっとこうなると思っていたわ」
下から吹き上げてくる強風に髪を押さえながらセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は苦笑する。そしてセレンフィリティに視線を向けた。
彼女はここへ着いたときのまま、ぼーっと前を向いていた。
「どうしたの? 一番近くで見たかったんでしょ。行かなくていいの?」
「ええ……そうだけど…」
そう答える声も、気が抜けている。
(ついさっきまで、あんなにはしゃいでいたのに)
『見る者にご利益を与えてくれる竜ですって!? これはもう行くっきゃない!』
掲示板に張り出された書状を見るなり、セレンフィリティは叫んだ。最近ツキにとんと見放されている自覚のあった彼女は、これぞ天の采配だと確信したのだ。
『ふふふ……これでもう懸賞も宝くじも株も当たりまくりよ!』
昨夜、旅行準備をしながらベッドの上でぶつぶつつぶやいていたのをセレアナは知っている。ツッコんでもきっとはぐらかして認めようとしないだろうけど。
カナンでドラゴンといえば信仰の対象だ。まさかほかにも観光客がいるような場で無茶はするまいとは思ったが、いろいろと破天荒なセレンフィリティのことだ、いざそのときがきたら舞い上がって、何かしらやらかさないとも限らない。
それでも注意したりしなかったのは、そういう彼女が好きだからだ。
無邪気で、天真爛漫で、思ったことがすぐ顔に出て。じっくり考えるのは苦手、思い立ったがそのときと、好奇心が満たされるまでひたすら突っ走らずにいられない。
はたしてどうなることやらと思っていたが、今回ばかりは杞憂ですんだようだ。すっかり心を奪われて、声も出なくなっている。
「ま、無理もないわね」
あらためてセレンフィリティの視線の先に目をやると、イルルヤンカシュはまるでセレアナが注目するのを待っていたかのように後ろ足で立ち上がると、たたんでいた背中の翼を大きく広げた。明るいエメラルドグリーンの薄い皮膜がおおったコウモリ羽根は、体のサイズと対比してみるとやや小さめだ。飛行能力はないのかもしれない。
太陽の光を浴びて虹色に輝く真珠色の肢体をまるで液体のようになめらかに流動させて、イルルヤンカシュは天に向かい鳴いた。
――ルルルルルルルロゥー……
「きれいだわ…」
その類いまれな美しさに身も心も囚われたようにイルルヤンカシュから目を離さず、セレンフィリティはセレアナの手をさぐりあてた。
「そうね」
指をからめ合い、きゅっと握る。
「でも、なんだかさびしそう。だれかを呼んでるのかしら」
「そうかもしれないわね」
そっと指にキスをした。あなたには私がいるでしょ、と。
セレアナの唇が触れた優しい感触に、セレンフィリティは自分を取り戻した。
互いに互いの腰に腕を回し、抱き寄せ合う。それからは無言で。2人はともにイルルヤンカシュに見入っていた。
そしてその光景を、じーーーーーーーっとビデオカメラで撮影する者が1人。
「エリシア! そんなデバガメするために持ってきたんじゃないですよ!」
陽太が少し憤慨しつつエリシアをしかった。
「む?」
「さあ、返してください。――まったく。「何しに行ってたの」って環菜に怒られちゃうじゃないですか」
もちろん映っていた恋人同士のイチャイチャ動画は消去する。
環菜と陽太は仕事の日もオフの日も一緒にいる熱々夫婦の2人だったが、今日は残念ながら別行動だった。本当は彼女も来る予定だったのだが、今朝になって突然仕事が入ってしまったのだ。
「俺も行きましょうか」
そう言った陽太に環菜は首を振って、自分だけですむからと答えた。あなたまで旅行をやめると、エリシアとノーンまでやめると言いだしかねないからかわいそうだと。せっかくあんなに楽しみにしているのだから……そう説得されて、今日は別行動となった。
ビデオカメラは、来れなくなった環菜にせめて映像だけでもと持参した物だ。これなら評判の鳴き声も聞けるし。もちろんここに来るまでの道中のエリシアたちや、山の休憩所でみんなと一緒においしくとった食事風景も録画済みだ。帰って上映会をすれば、家族みんなで楽しめるだろう。
「さあ、これでよし、と」
消去ついでにメモリーを整理して、これでイルルヤンカシュを録る準備ができた、と顔を上げた陽太の目に入ったのは、ファルケに乗ったエリシアの姿だった。
「!?」
「何を驚いているんです、陽太。早く向かわないと一番の絶景ポイントが押さえられてしまいますわよ」
「……え? いや、ズーム機能ありますから、ここからでも全然問題なく――」
「さあ、準備できましたか? 行きましょうノーン」
「わーいっ、イルルヤンカシュさんにこんにちはってごあいさつするのー」
「あ、駄目です! わたくしより前に出てはなりませんっ。わたくしがモンスターを抑えますから、ノーンは後ろです!」
陽太の返事も聞かず、2人はさっさとイルルヤンカシュに向かって猛ダッシュする。
「………。
ああ、もおっ! 待ちなさい! 危ないでしょう!」
ビデオカメラを手に、結局陽太もイルルヤンカシュの元へ向かうことになったのだった。
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