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【裂空の弾丸】Ark of legend

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【裂空の弾丸】Ark of legend

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第三章 浮遊島の墓場 5

 ベルネッサたちが辿り着いたのは、クレーターの跡地にあった巨大なシェルターだった。
 中に入ると、すでに先客がいたようである。入り口横の壁に穿たれたのは大きな穴で、撃ち込まれたのはメルトバスターは放ったエネルギー砲だった。
「ちぃっ……! また別の客のお出ましかよ!」
 メルトバスターの持ち主は柊恭也であった。
 なぜ彼がこんなところに? その事にベルネッサが疑問を投じるよりも早く、彼と攻防戦を繰り広げる辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)の放ったさざれ石の短刀が、ベルネッサの前の地面にいくつも突き立った。
「ベルネッサさん! そこにいると危ないぜ!」
 呼びかけたのは、なぶらであった。
 恭也となぶら、そしてそのパートナーたちが、目には見えないほどの素早いスピードで襲いかかってくる刹那と戦っているのである。
 無論――刹那のパートナー、アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)も同様である。
「せっちゃん! こっちの分が悪いよ! 敵の数が多すぎる!」
 従順なる機晶ドッグに守られるアルミナは、ブロードソードを振って、なぶらのパートナーのフィアナの剣撃を受け止めてから叫んだ。ばしっ――と弾かれたように距離を取ったアルミナは、壁を蹴って飛び交っていた刹那と合流する。
「うむ……ここはひとまず、退くしかあるまいかな」
「待ちやがれ……!」
 恭也が追いかけようとするが、その前に刹那の周りに得体の知れない粉と蟲がまき散らされた。
 なんだ? 真っ先に気づいたのは、なぶらだった。
「まずい! こいつは……!」
 毒虫の群れと痺れ粉であった。
 すかさず、なぶらは真空波を全力で放った。轟然と唸りをあげた風の波動が、粉と蟲を蹴散らす。
 ようやく、無事を確認出来たときには、すでに刹那たちの姿はない。
 代わりに――
「悪く思うてくれるな。これも仕事なのでのぉ……」
 という、残照にも似た声が空気からこぼれてくるのみだった。
 最後に刹那が残したものなのだろう。彼女たちはホーティ盗賊団に雇われた暗殺者だ。恐らく、こちらでの仕事は早めに切り上げ、盗賊団のもとに向かったに違いない。
 いずれにしても、ひとまずは安心のようだ。
 ベルネッサたちは、ついに“女神の翼”と思われる遺物に近づいた。
「ちぇっ……先に見つけてさっさと持ち帰ろうと思ったのに、余計な邪魔が入ったぜ」
 恭也は独りそうごちるが、協力をしないつもりではなかった。恐らく、女神の翼を先に起動させたのも彼なのだろう。口には出さないが、場所を教えてくれたのかもしれないと、ベルネッサは思った。
「これは……」
「巨大な推進装置のようですね。恐らくは、飛空艇の……」
 “女神の翼”に近づき、放心したような声をこぼしたベルネッサに、アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)が言った。
 機晶石について並々ならぬ興味を覚えている若者である。その原因の一つは、恐らく――完全魔動人形 ペトラ(ぱーふぇくとえれめんとらべじゃー・ぺとら)
「…………」
 アルクラントの隣にいて、興味深げに遺物を見あげる機晶姫だった。
 古代文明に、異形生物たち。大切な力。取り込まれる機晶石と、ベルの暴走。
 それはまるでペトラがフードを外したときの暴走にも似ていて、どこか通じるものがあるというようにアルクラントは考えていた。無論、確信的なものは見つかっていない。しかし、“女神の翼”に近づいたとき――
「ペトラ……!? それは……!」
「えっ……? な、なに、これ……?」
 ペトラの身体の中にある機晶石が、茫洋な光を帯びはじめたのだった。
 すると同時に、“女神の翼”が起動を始め、シェルターへ来る前にベルネッサたちが見たような、ビーム状のエネルギーを天空に向けて放射した。続けざまに、そのエネルギーは左右へ広がり、翼のような形となる。
「なるほど……女神の翼ってわけか……」
 なぶらはその姿を見て納得したように、そうつぶやいた。
「むー……ねえ、マスター。これってなにかな? 僕、これとなにか関係があるのかな?」
 ペトラは自分の胸の中が光っているのを見ながら、アルクラントにたずねる。
 しかしアルクラントは、黙りこみ、ペトラに答える言葉をなくしていた。ペトラは、自身の暴走のことを知らない。伝えるべきか? 隠しておくべきか? いまや彼の心には葛藤が渦巻いていた。
 いや、ペトラ自身……どこか気づいているのかもしれない……。
「キレイだなぁ……」
 遺物の翼を見あげながら、ペトラは静かにそうつぶいていた。
「……なあ、ベル……」
「…………どうしたの? アルクラント」
 話しかけられたベルは、翼の光からアルクラントに視線を移した。
 彼は地球人の娘を見てはいない。俯けるような顔で、葛藤に唇を噛みしめているだけだった。
「俺は……ペトラに話すべきなんだろうか……。あいつの身にある、秘密を……」
 それはペトラには聞こえない声だった。
 ベルネッサはしばし沈黙し、自分の過去を思い起こすような顔をしていた。彼女は知っている。自分の暴走のことを。
 父の形見である機晶石を初めてその身に取り込んだとき、まるで自分が自分でなくなったような感覚がした。
 数多の意思が、自分の身体を支配したような、そんな感覚がした。
「……話さなくても、気づくときが来るわ」
 ベルが言った。アルクラントは、切なげな色を瞳に湛えた。
「――大事なのは、そのとき、あなたが彼女を支えてあげることよ、アルクラント」
「私が、ペトラを……?」
「そう。あなたは彼女にとってかけがえのない存在だわ。自分を知らない彼女に、名前を与えてあげたのでしょう?」
「…………」
「だから、その時は支えてあげて。……これは、あたしからの願いでもあるけどね」
 ベルはそう言い終えると、くすっと笑った。
 アルクラントはそれがわずかに緊張もほぐれたのか、同じように穏やかな笑みを浮かべた。
「……そうだな」
「おおぃ、ちょっとこっち来てくれよ!」
 そのとき、皆を呼びかけたのは誰だったか?
 駆け寄っていくと、いつの間にか女神の翼の後ろに回っていたなぶらが、フィアナ、瑠璃と一緒に制御盤を開いていた。
「なに? なぶら? ……ちょっと、勝手にいじったりしないでよ」
「調査は何事にも必要だろ? で、実は面白いもの見つけちゃったわけだ。ほら、これ見てみろよ」
 そう言って、なぶらが押したのは制御盤のあるボタンだった。
 すると突如、彼らの目の前にホログラムが映し出された。それはある種の記録装置で、当時の映像を立体的に映しだしているものだ。そこに立つ男の姿を見て、一人が驚愕めいた悲鳴をあげた。
「父さんっ……!?」
 そこに映っていたのは、ベルネッサの父の若かりし頃の姿だった。
“アーカムスラスター”の封印を解きし者よ……私の名はヘセド。最後の“クォーリア”の生き残りである』
 皆の視線がベルネッサに集まる。ベルネッサは、放心した顔で声をこぼした。
「ヘセドは……父さんの名前だわ……」
 となると、確実にここに映っている男はベルネッサの父ということになる。
 しかし、なぜ地球にいたはずのベルネッサの父が、この遺物のホログラムに?
 ベルネッサの父は、話の続きを語り始めた。
『かつてこの浮遊島は一続きの陸地であり、浮遊大陸と呼ばれていた。我らクォーリアの騎士は、その浮遊大陸と天上人たちを守るという使命を帯びた者たちなのだ。天空にも存在する危険な魔物たちの手から、我らは浮遊大陸の平和を守ってきた。長い間、ずっと……。しかしあるとき、その平和が脅かされるようになったのだ。あの男の手で……』
「男……?」
 契約者たちが怪訝そうな声を洩らした。それに答えたわけではないだろうが、ホログラムは続きを語った。
『それは、アダムと呼ばれる男だ。危険な男である。奴はかつては我らがクォーリアの一員であったが、あるとき、浮遊大陸全土に宣戦布告した。奴は……野心を持ちすぎたのだ。浮遊大陸をその手に支配することこそが、奴の野望であった。クォーリアの騎士であったとき、それを見抜けなかったのは……奴の指導官であった私の落ち度だ。そしてその結果、クォーリアの騎士の本部であった天空城が、奴に奪われてしまった。そこにある浮遊大陸最強の兵器――無転砲さえも』
 ベルネッサの父の顔は、苦渋に満ちていた。
『クォーリアの騎士に攻め入られ、奴は最後の手段であった無転砲を発射させてしまった。しかし、不幸中の幸いというべきか。無転砲のエネルギーのチャージは完全ではなく、地上にはその影響は及ばなかった。だが代わりに、浮遊大陸は崩壊し、気候は乱れ、この……かつては大陸の首都があった場所も、私が気づいたときには、すでに廃都と化してしまった』
 唇を噛みしめる父の顔に、ベルネッサは唸る言葉すら失っていた。
 しかし、怪訝に思ったものはある。私が気づいたとき? ホログラムは、目の前にいるであろう何者かに投じられるその質問を予期していたのか、返答に当たるものを語った。
『……大戦が起こったのは、今より遙か昔のことなのだ。無転砲が発射される直前、クォーリアの仲間たちは、ただひとつ残っていた冷凍睡眠装置に私を入れた。誰かが生き残らなければならないと、反対する私を押し切って……。目覚めるには長い年月が必要だった。私は生き延びることができたが、目覚めたときには、故郷はこの有様(ありさま)だった。浮遊島の民たちはすでにクォーリアの名など忘れ、かつての大戦は伝説となっていた。――ここにはもう、私の生きる場所はない』
 ホログラムはそう言って、ふと後ろを振り返った。
 映像にかすかに映っている廃都の様子は、かろうじてしかわからぬが、確かにこの墓場の都市である。それを見やり、遠い過去に思いを馳せているのか。ベルネッサの父は、思いを振り切るようにまた契約者たちへと向き直った。
『……私は……地上に……そして、地球に降りる。この世界にはもう、私のような存在は無用なのだ。過去を縛られ続ける騎士など……。願わくば、この装置が起動しないことを祈る。封印が解かれたとき、それはすなわち――いま再び、浮遊大陸に脅威が迫っていることを意味するのだから……。それが……アダムでないことを……私は――――』
 ホログラムは、そこで途切れてしまっていた。
 ノイズ混じりになった映像はぷつっと消滅し、残された契約者たちの周りを漂うのは静まり返った静寂だけになった。いや、かすかに見やるのは、ベルネッサの表情だ。父の正体を知った娘は、なすすべも言葉もなく、そこに立ち尽くしていた。
 自分の父がクォーリアという騎士だった?
 いや、そもそも――そうなれば、あたしは地球人ですらない……?
「ベル……」
「……ごめん、アルクラント。……いまは、一人にして」
 これまで父の口から語られることのなかった真実を目の前にして、ベルネッサはそこに居ることすら許されなくなっていた。声を掛けようと手を伸ばしたアルクラントの腕を振り払って、彼女はシェルターを飛び出す。
 ベルネッサのことが気がかりではある。
 しかし……いまは誰も彼女に声をかけられるような者はいないだろう。
 一人になって、ゆっくりと気持ちを整理したいはずだ。
 残された契約者たちはとにかくこの遺物――“アーカムスラスター”を運ぶ算段を考えることに集中した。
 アダム――ベルネッサの父が残したその名に、言いようのない不穏の気配を、感じながら。

(to be continue……)

担当マスターより

▼担当マスター

夜光ヤナギ

▼マスターコメント

 シナリオにご参加くださった皆さま、お疲れ様でした。夜光ヤナギです。
 【裂空の弾丸】シリーズ第二弾、いかがだったでしょうか?

 皆様のアクションに心躍らされ、色々と新しい設定やお話も生まれました。
 それが少しでも皆様のキャラクターの物語となって、糧となってくれたら、嬉しい限りです。
 ベルネッサも、自分の出生を知って、まだまだこれからが冒険の正念場です。
 彼女たちと契約者たちとの冒険を、僕も楽しみにしております。

 それでは、またお会いできるときまで。
 ご参加ありがとうございました。