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リアクション
【鏡の国の戦争・空港4】
ライトアップされ、いつの間にか鳥居まで用意されていたカイザー・ガン・ブツは、じっと戦いの推移を見守っていた。
安全のためにかなり後方に設置されていた事、ここに至るまでの経路にこれでもかと罠を仕掛けた事、あとはたぶん神々しい何かの恩恵によってカイザー・ガン・ブツは戦いの影響を受けずに鎮座していた。
機内オペレーター席には、セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)、マネキ・ング(まねき・んぐ)、メビウス・クグサクスクルス(めびうす・くぐさくすくるす)、願仏路 三六九(がんぶつじ・みろく)が思い思いの行動をしていた。
マネキは設置された賽銭箱のズーム映像を定期的に確認し、お布施の有無を確かめる。今だ賽銭箱に書かれた「甲斐の貯金箱」という文字には気づいていないようだ。
セリスとメビウスは、全高129mを誇る黄金に輝くド超級巨大大仏の視線の高さを用いて敵の動きを偵察、味方に報告をしていた。
そして三六九は、何かをする様子はなく、モニターを眺めていた。
「マネキさん、準備はよろしいですか」
「は、準備、ですか?」
「ええ、マネキさん。この大いなるワタシ(カイザー・ガン・ブツ)は、遍く全ての者に救済と慈悲の心を教えて差し上げる為に存在するのです」
マネキは口をパクパクさせたあと、
「もしや、戦うというのですか神よ」
と焦った様子で返した。マネキは三六九の事を神と呼んでいるのである。
「何、戦うの?」
話が聞こえていたメビウスが尋ねるが、返答は無かった。
「し、しかし、カイザー・ガン・ブツはただ見せび……その御威光をアナザーの者共に知らしめる為に用意したのであって、戦うなど……、そもそも我はこんな戦いなどどうでも……」
「ここで、見世物だけにしておくにはワタシの教え、ましてやマネキさんの本意にもにも背くことでしょう」
「神よ……わが本意とは……。ま、まさか奴らは、参拝に来たのではなく…我が、この空港に隠しておいたアワビを奪いに来たというのですか!?」
マネキはすぐにメビウスに向かって、攻撃準備を指示した。
「やっぱり戦うんだねー、もう準備できてるよ」
できる子メビウスは、事前に天罰の使用準備を整えていた。イコン用機晶爆雷の手動操作をセリスに預け、攻撃地点の絞込みと周囲の味方への緊急退避指示を手早く進めていく。
「セイヴァ(救済者)ーーーーーーーーーーーー!!」
三六九は絶叫と共に、天罰を発射した。
空港の要所には佐倉 薫(さくら・かおる)が放った式神が配置されている。貴重な超魔王のコレクションを元にした式神は戦闘補助に状況報告にと忙しく仕事をこなしていた。
そんな式神達のうち、カイザー・ガン・ブツを監視していた式神がついに連絡が入る。
「ふむ、ついに動き出すそうじゃぞ」
「よーし、回避行動行くぞ」
三船 甲斐(みふね・かい)は三船甲斐拠点移動ラボを左回りに大きく動かした。回避行動に入ってすぐ、メビウスから緊急退避の連絡が入る。
「わかってるって」
思った通り、三船甲斐拠点移動ラボの居た地点を中心に天罰を叩き込むつもりのようだ。ラボにはジャマー・カウンター・バリアが多重に積まれており、防御力は相当なものだ。一発なら耐える事も可能だろうが、恐らく一発撃って満足する相手ではない。
「回避って、これって十分効果範囲の中じゃ」
猿渡 剛利(さわたり・たけとし)の言う通り、完全に退避しきれていない。ラボの足であれば、回避しきる事は可能なはずだ。
「俺様達が全力で逃げたら、あの黒いの巻き込めねーだろ?」
アルダ達はバリアを積みまくったおかげで火力の低いラボに群がってくる。最初は馬鹿かと思ったが、ラボの動力の大きさに呼び込まれているのだとわかると、自分達の役目は囮と誘導と割り切った運用で戦場に貢献してきた。
「くるよー、みんな気をつけて!」
注意を促すエメラダ・アンバーアイ(えめらだ・あんばーあい)は既にナノマシン拡散状態で、衝撃を受け付けない構えを取ってる。剛利も慌てて、手近なものに掴まった。
「着弾!」
振動と衝撃、バリアをもってしても影響は完全に殺しきれない。
だが、これによって周囲のアルダを纏めて撃破できたようだ。機晶石に引き寄せられているアルダは、比較的こういった攻撃に巻き込みやすい。
「損傷は」
「着弾点側の装甲にダメージがあるみたい、でもこれぐらいなら許容範囲だよね」
「ぐずぐずしておるな、次のが来るぞ」
「その次のって、味方の砲撃だよな……」
一体自分達は誰と戦ってるんだっけ、剛利は次の衝撃に備えて身を硬くしながら素朴な疑問に首を傾げた。
「今日で一番死ぬかと思ったぞぉ!」
鳴神 裁(なるかみ・さい)は、事前に用意しておいた塹壕から飛び出しつつ叫んだ。台詞の割りに表情が明るいのは、彼女に憑依している物部 九十九(もののべ・つくも)のテンションがあがっているからである。
今は武器化している黒子アヴァターラ マーシャルアーツ(くろこあう゛ぁたーら・まーしゃるあーつ)が、ライトアップされる大仏に恐怖を感じ前もって身を隠す塹壕が無ければ、今叫んでいられなかったかもしれない。
ソレンジャイに、メビウスからの退避指示が飛んできたのは、天罰発射のほんの数秒前だった。そして、仲間に気を使った様子のない砲撃地点、一緒に消し飛ばすつもりだと思われても仕方ないのだろうが、現場の判断は意外と冷静であった。むしろ、「知ってた」という様子で粛々と回避行動が行われていたのである。
裁も知ってた組みの一員ではあったが、場所が悪かった。ほぼ砲撃地点の中央で、ソレンジャイの最高速度でぶっちぎってギリギリ退避できるかできないか、事前に穴を掘っておかなければ消し炭になっていただろう。
塹壕から飛び出した裁に、さっそくアルダが接近する。どうやら、同じように溝か何かに身を隠して凌いだ一人らしい、見回すとそういったアルダの姿がちらほら見える。最も、そういう幸運に恵まれたのは一割にも達しておらず、手足の指全部を折る必要は無さそうだ。
「もうこっちにはこないよね」
カイザー・ガン・ブツの狙いはすでに違う地点、具体的には三船甲斐拠点移動ラボを狙うように砲撃地点を選択している。戦場の機晶石が減り、ラボにアルダが引き寄せられているからなのだろうが、敵だか味方だかよくわからない行動だ。
「止まらなければ、残りは全部ボク一人で十分だよね」
可変型多目的兵装「撃針」の先端を向かってくるアルダに向け、かっ飛ばす。接近、構えたパイルバンカー・シールドをぶちかます。直撃し一体撃破。
「まだまだっ」
そのまま二体目に接近する。パイルバンカー・シールドを構えた瞬間、アルダは飛び出す杭の一点のみから身を捩じらせて回避しつつ、カウンターの拳を振るう。
「ボクだって、これぐらいできるよ」
狙い済ましたカウンターを、裁は顔の前で手の平で掴みとった。
もう四十回は相手にした敵だ。それぐらい繰り返せば、相手の癖や思考だってわかってくる。相手に合わせて戦い方を工夫するのは、アルダ達だけの特権ではない。
掴んだ拳を振り払いつつ、魔装ドール・ゴールド(どーる・ごーるど)のグラビティコントロールで微調整して撃針の進行方向を百八十度反転させ、アルダの背後に一瞬で回りこんでパイルバンカー・シールドをぶち当てた。
「あんまり無茶しちゃダメなのですよ〜?」
ドールが忠告する。グラビティコントロールは裁の体の負担を軽減するためのもので、その場でターンするように使うためにあるわけではないのだ。
「わかってるけど、ちょっとぐらいお返ししないとね」
アルダのカウンターが来ると確信できるほどに、裁はカウンターを貰っているという事だ。アルダのように、死んで交代とはいかないので、当然ダメージは蓄積されている。
「みんな力を貸してくれてるから、大丈夫、もっともっと舞えるよ」
遠野 歌菜(とおの・かな)の鼓舞の歌の中で、アンシャールは高速軌道で味方の前に躍り出た。
「離れろ!」
月崎 羽純(つきざき・はすみ)はアンシャールのマジックカノンを撃ち込むが、ほとんどのアルダは素早く効果範囲から抜け出し、一体か二体かしか巻き込めなかった。
「予測通りに、動いてくれないか」
行動予測は段々と上手くいかなくなった。思考にだって癖はある、アルダは多くを失いつつも、予測の方向性を読み回避コースの選択に利用しているのだろう。
「だけど、これならどうだ?」
暁と宵の双槍を、目の前に地面を抉るように振るう。迸る魔力の波動が、近づいていたアルダを吹き飛ばすものの、撃破に至った数は少ない。
だが、今のは倒すためのものではないから問題は無い。この時既に、歌菜の歌は鼓舞の歌から回復の歌の変わっていた。
(機体の状態は……そうか、なら脱出してくれ、後始末はこっちで行う)
羽純はテレパシーで通話をした相手は、教導団の一般学生イコン乗りだ。鋼竜は既に満身創痍で、自力での離脱は難しいようだ。
イコンは強力な兵器だが、純度の高い機晶石を利用しており、アルダにとっては数を増やすエネルギー源だ。イコンの機晶石一つで、三桁以上の数に増える事が可能で、一機のイコンの撃墜数と釣り合うかといえば、釣り合わない。
「歌菜」
「うん!」
名前を呼ばれた歌菜は、戦慄の歌を歌いだす。
足止め効果は一回ごとに効果を弱めてしまっているが、まだ全く効果が無いわけではない。
一体でもアルダが取り付けば終わりだ、羽純はダメージを上昇させた一撃必殺の技で、鋼竜を上下に分断した。地面に落ちる前に、槍で突き刺すと、掬い上げるようにして振るい、抜けた上半身は味方の陣地に向かって飛んでいった。
動力炉のある部分は、味方の陣地に飛んでいって無事アルダの増殖を防ぐ。目的を達したアンシャールもその場を離脱した。
「破壊されたイコンは……」
「大丈夫、わかってるから。パイロットさんはちゃんと脱出したし、これ以上増やすわけにはいかないもんね。私にはちゃんと、戦う理由があるから。羽純くんと、皆と生きてく世界を守るの、だから大丈夫だよ!」
「そうだな……味方からの救援要請だ」
「わかった。加速するよ!」
「退避!」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は目の前のアルダの回し蹴りをステップ回避しながら、声を張り上げた。
十人の兵士は牽制の攻撃を止め、予め予定された通りの行動で素早くその場から退避する。
「そろそろ、下がる場所も無くなってしまうわね」
二歩下がった先で、背中をセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と合わせる。
「あと一回、うまく行くのは確定してるわ。問題は、その先ね」
受け答えをする彼女達の少し先で、爆発が起きてアルダが吹き飛ぶ。事前に仕掛けておいた機晶爆弾のトラップだ。
一晩かけて、地形情報を整理し、最適な場所にトラップを仕掛け、部下達と共に動きを調節して今日を迎えた。
一つ誤算があったとすれば、アルダは数に任せた方法を得意とするのではなかった事だ。行軍自体の足並みと、目の前の動くものを狙って戦うというスタイルは、軍は軍でも、軍隊アリ染みている。
だが、嬉しい誤算もあった。アルダ達は機晶石に対して非常に積極的に集まろうとし、どうもその有無の判断は目や耳や知識というよりも、感覚に頼っているらしい。その鋭敏な感覚は、機晶爆弾のおおよその位置に当たりをつける事が可能らしく、自分から罠に飛び込んでいってくれた。
誘引剤に集まって駆除されるあたり、これもまた虫のようだ。
おかげで、小さな部隊でありながら撃破の効率はかなり高い。
「配置終わったそうよ」
「そう、じゃあ、そろそろ行ってもらわないとね」
二人は同時に身を屈めた。頭上では鏡写しのような、アルダとアルダのハイキックが交差する。二人はそのまま互いの位置を半分ずつ譲り合い、セレンフィリティを狙っていたアルダをセレアナが、セレアナを狙っていたアルダをセレンフィリティが撃ち抜いた。
「一対一に拘るから、混乱するのよ」
セレンフィリティはそのまま立ち上がり、セレアナは身を屈めながらその場を一旦離脱した。
「わざわざ突っ込まなくてもいいのは、サービスって事ね」
シュヴァルツ、ヴァイスの重さを再確認しつつ、まずは向かってくる新しい奴がどいつかを見定める。
ここまで彼女は、部隊の指揮と囮の二つの行動に徹し、自分からほとんど攻撃を加えていない。手を抜いていたのではなく、味方の通信からアルダが「殴ったぶんだけめんどくさくなる」という相手であると理解し、かつ戦術に対してはそこまで強くないと結論が出たからだ。
アルダ達は、セレンフィリティ・シャーレットを知らない。知らない相手に対して、アルダは損害を出す事に寛容だ。そして、思った通りに一体、二体、三体と撃退数を増やしていく。
そして予想していた通りに、倒せば倒すほど、手強くなっていく。八体目で手の届く距離まで間合いを詰められ、九体目で綺麗な一撃をもらってしまった。
「メンタルアサルトにもひっかからないか……」
一枚ずつ、手札を奪われていっているかのようだ。行動予測はタイミングを外され、疾風迅雷も動きの予備動作で完全に行動を見抜かれる。だが、表になっていないカードが奪われる事はない。
「待たせたわね」
セレアナの声は、駆け抜ける高熱を伴って届いた。融合機晶石【バーニングレッド】で最大限強化されたソーラーフレアがアルダ・ザリスを焼き払う。
「遅いじゃないのよ」
神の目の強烈な光に遮られ、恋人の姿は見えない。返答も、騒がしい銃声が止むまで待たされた。
「ごめんなさいね、爆弾の時みたいに寄ってこないから苦労したのよ」
「待たされた分の価値はあったみたいね」
周囲のアルダも今の攻撃で大方片付いていた。
「それを聞いて安心したわ。それで、どう?」
「予測通り、最初の一回が一番効率がいいわ。恐らく、今のも次はもっとやり辛いか、潰されるでしょうね。けど、人が違えば、また違うんじゃない?」
「私の時は、あまり待たせないでね」
少し先には、こちらに向かって来る集団の姿が見える。
セレアナはその集団に向かって進み、セレンフィリティは背中を向けて進んだ。
「大丈夫よ。もう絶対に一人になんてしないわ」