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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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『歌う街』

 『天秤宮』との戦いの結果、『ミュージン族』も勝者として『天秤世界』を出られるようになった。
 街はぼんやりと光に包まれ、住民は最初こそ戸惑っていたものの、次第に情報が分かってくるにつれ、『自分達は元の世界に帰ることが出来る』という実感を得る。

「……というわけで、ご覧のありさまだ。いつ帰れるかも分かっていないのに、気楽なもんだよ」
 あちこちから音楽が流れている中を、ブリーズと名乗ったミュージン族の青年が案内する。彼は『天秤宮』との戦いの中、『ヴォカロ族』について情報を聞きにやって来たベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)と会話し、今こうして戦いを終え平和になった事で改めてミュージン族の音楽を聞きに来た一行を出迎えたのであった。
「アムくんもにたようなことしてたよね!」
「うん、そうだったね。契約者と交流するようになってからしなくなったけど、本来芸術家ってのはこういう生き方だと思うんだよね」
 魔神 ナベリウス(まじん・なべりうす)ナナの言葉に、魔神 アムドゥスキアス(まじん・あむどぅすきあす)が昔を思い出すように呟く。確かにこの、『したいと思ったからする』こそが本来の芸術家の姿なのかもしれない。
「パイモン様、ポッシヴィ防衛線の指揮、お見事でした」
「ロノウェもご苦労様です。皆さんの働きがあったからこそ、ですよ」
 ロノウェパイモンが戦いの終わりに、お互いを労い合う。天秤世界に来てからこうして魔神が勢揃いするのは初めてであった。
「ここが演奏場だ。普段皆がここを使うことはまあ、見てきた通りあんまり無いんだけど、今日は君たち契約者が来るからね。
 私達の音楽で、感謝を伝えさせてくれ。では失礼――」
 ブリーズがフルートと思しき楽器を取って、音色を奏で出す。その音色はポッシヴィ全体に広がっていき、やがて街のあちこちから住民が楽器を奏でながらやって来た。
 たちまちその場は様々な音楽が、しかし極端に主張することもなく時に寄り添い合いながら広がっていく空間へと変わっていった――。

「凄いなぁ、この音楽。あっちこっちから流れてきてるはずなのに、聞こうとした音以外はあんまり残らない感じだよ」
「そうね、不思議だわ……。これが彼らの、ミュージン族の音楽なのね」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がロノウェと、ミュージン族の音楽について感想を言い合う。彼らの音楽はじんわりと広がっていくようで、まるで音が意思を持ち、聞きたいと思っている人の所だけへ飛んでいるように思わせた。
「色々あったけど、なんとか終わらせられたね。
 これからの事はエリザベート校長や、イルミンスールの人たちが決めることだよね。ロノウェも参加するの?」
「ええ、そうさせてもらいたいわ。クリフォトも関わっていたはずだからパイモン様も参加を望まれるでしょう」
「そっか、私はそこではちょっとお手伝い出来なそうだけど、もし色んなことが決まって、それでイルミンスールが大変なことになったら、またこうやって手伝いに来るよ」
 美羽の言葉に、ロノウェが意外と言いたげな顔をした。美羽の所属はイルミンスールではないので、イルミンスールが大変なことになったからといって何かをする義務はない。
「所属が違うだけで、みんな大切な仲間や友達だもん。ロノウェだって仲間や友達が大変な思いをしていたら、助けに行くでしょ?」
 そう言われて、ロノウェはあぁ、美羽はこういう子だったな、と改めて思う。そして自分はどうも、美羽のような考えに未だ至れてないなぁ、とも思った。確かに美羽の言う通り、ロノウェにも仲間や友達がたくさん出来た。だからロノウェも彼らが大変な思いをしていれば助けに行こう、とは思っている。でもそこに所属や立場による制約や縛りがあったら、果たして助けに行こう、と言い切れただろうか。
「……難しいわね、自分を変えていくのは」
「?」
 ぽつり、と呟いたロノウェに、美羽が何のことかと首を傾げる。
「あぁ、こっちの話。……そうね、出来る限り、そうしたいわ」
 いつか美羽のように、どんな時でもスッパリと言えるようになれたら、そう思うロノウェであった。

「ほら、こっちはナナたんで、こっちはモモたんとサクラたんだ」
「うわ〜、すごいすごい!」
「ちゃんとわたしたちのとくちょうをおさえてるね!」
 ベアトリーチェの持ってきたクッキーは、ナナとモモ、サクラが居た。……実際は専用の材料を用いてクッキーの上に描いたものだが、出来映えの良さに本当にそこにナベリウスたちが居るような気さえした。
「いつ見ても、見事なものだよ。素直に賞賛する」
「ふふ、ありがとうございます。さあ、どうぞ。お味の方も期待に添えると思います」
 ベアトリーチェに言われ、ナベリウスたちは自分のクッキーを手にして……固まってしまった。
「うぅ……わたし、サクラをたべちゃうの?」
「これってあれだよね、ともぐい――」
「ち、ちがうよ!? たしかにわたしたちそっくりだけど、ちがうからね!?」
 モモとサクラにツッコミを入れるナナ、この光景もすっかりおなじみになっていた。
「パイモン様もいかがですか?」
「ほう、これは確かに美しいですね。では、いただきましょう。ナベリウスの皆さん、失礼しますね」
 ベアトリーチェからクッキーの載せられた皿を受け取ったパイモンは、ナベリウスたちに一礼してからクッキーを口に入れた。
「見た目だけでなく、味も楽しめますね」
「ほら、ぱいもんさまもたべたよ! わたしたちもたべよう?」
「ぱいもんさまはわたしたちがたべたくなるくらいすき……ふふふ」
「わ、わたし、ぱいもんさまになら……」
「わわわ、モモちゃんもサクラちゃんも、なにやってるの〜!」
 なにやら“おいろけ”を出しているモモとサクラに、ナナがあたふたと慌てて止めようとする。
「ふふ。ナナちゃんのそのかおが、みたかった」
「ナナちゃんっておもしろいかおしてくれるから、すきだよっ」
「う、も、もぉ〜〜〜!!」
 自分が二人にからかわれていたのだと分かって、ナナがモモとサクラをぽむぽむ、と叩く。
「ナベリウスの皆さん、あまり演奏の邪魔にならないようにしてくださいね」
「すみません、パイモン様。ナベたんズの事はボクがちゃんと見てますので」
 キャッキャとじゃれ合うナベリウスたちにパイモンが釘を(というほどのものでもないが)刺して、アムドゥスキアスがぺこりと頭を下げてナベリウスたちへ向かっていった。
「……戦いを終わりに出来て、本当に良かった。契約者と魔族が協力して、そして、あれだけ争い合っていた龍族と鉄族が手を取り合って。
 パイモン様、覚えています? 天秤宮が言ったことを」
 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)に尋ねられ、パイモンは直接耳にしたわけではありませんが、と答えた。天秤宮は最初に、「争いは無くせるものではない」と言っていた事をコハクは思い出しながら言葉を紡ぐ。
「確かに争いはなくならないかもしれない。……でも、人はわかりあえるし、争いも終わらせることができる。
 今日この天秤世界での、人間と魔族、龍族と鉄族みたいに。……僕は、そう思うんです」
「そうですね。コハクさんの言う通り、戦いは終わらせることが出来ます。
 私としても、今後出来る限り、イルミンスールの役割に協力していきたいと考えています」
 そう口にしたパイモンは心の中で、『魔族の王』としての発言では無いのかもしれないな、と思う。闘争を止める側に立つのは闘争を起こす側に立つ者と反する気がしたから。
(……何を今更。既に俺は、闘争を止める側に立った者だろうに)
 闘争を起こす側に立っていた者――自分の育ての親――を止めたその手をしばらく見つめ、パイモンは軽く首を振って考えを打ち消し、ひとときの平和な時間に身を委ねることにした。


『齟齬を経て』

「旋律が耳に澄み渡る……綺麗な音色だ」
 『ポッシヴィ』を一望出来る地に立ち、ここまで届いてくる音色にフィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)が感嘆の声を漏らした。
「音楽ってのはね、雰囲気を作り出すものなの。……そして、音楽が創る雰囲気というのは、芸術であり一つの世界でもあるわ」
 背後から聞こえて声に振り返れば、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の姿があった。
「私の役割はここまで。……あなたの世界に、彼を招待して差し上げなさいな」
 通り過ぎさまに助言を口にして、ローザマリアは姿を消しその場を後にする。
「ご招待にあずかり光栄に思います……かな?」
「やめてくれ、そのような堅苦しい挨拶は不要だ。……来てくれてありがとう、アム」
 かしこまったフリを見せたアムドゥスキアスに苦笑を浮かべ、フィーグムンドが自らの隣に招く。
「……善い眺めだ。私達全員で守った眺めなのだな、これが」
「うん。戦いを終わらせることが出来て良かったと思うよ」
 アムドゥスキアスと見るポッシヴィの街並みは、たとえばアムトーシスのような芸術的美しさがあるわけでも、ロンウェルのような整然とした美しさがあるわけでもない。
 しかしそこには人の命があった。二人とその仲間たちが守った、命が。
「確かに、天秤宮は無くなり、この世界を覆う争いは消えた。
 だが争いとは本能的なものだ。そしてそれは、何も物理的なものや目に見えるものだけとは限らない」
 フィーグムンドが向き直るのに合わせて、アムドゥスキアスも身体をフィーグムンドへ向けた。まるで一戦交えるかのような緊張感が辺りに漂う。
「この世界に来て、私とアムが感じた意見の相違、そしてその齟齬を解消しようと互いの想いをぶつけ合ったこと。……それもまた、戦いだった。
 だが、互いの考えを曝け出す為には、避けて通れない必要なものだったと、私は思っている」
 フィーグムンドの言葉には、そして表情には、自分のした事に対する後悔の念はない。あるのは、自身を貫いた事によってアムドゥスキアスを困らせたなという思い。
「……今だから、そしてアム以外の者には到底、言えた事ではないが、実を言うと、な……。
 あの時はじめて私の中に、まったく新しい違和感が生まれた事を知った
 龍族との手合わせの時、その後の鉄族との決戦の時、意見の不一致を悟りながらも自らの思いを口にしたフィーグムンド、意見にも一理あると知りつつその思いを受け流したアムドゥスキアス。
 二人それぞれがその時の事を頭に思い浮かべていた。
「それは……“畏れ”だった。
 何を畏れていたか、最初は自分でも分からなかった。だが……」
 フィーグムンドの思い浮かべていた光景が、『天秤宮』との戦いの時、アムドゥスキアスが魔神としての力を発揮した時に移る。その姿は彼をよく知る者たちすら畏怖させるものであり、無論フィーグムンドも例外ではなかった。
「最後の戦いの折、気付いてしまった……それは、アム。
 お前が私に背を向けたまま顧みなくなる事への畏れだった」
 言い終えると同時、フィーグムンドが自らの胸にアムドゥスキアスを招き入れる。
 今も来る、畏れからの震えをアムドゥスキアスを抱く事で鎮めるように。アムドゥスキアスがこのまま背を向けて去ってしまわぬように。
「勝手な話だろう? 笑ってくれて構わない。
 かつて、地上の美しさを求めてアムトーシスを後に、アムに背を向けたのは、この私だというのに」
「そういえばそうだったね。あれは酷かった、思い出したらキミを置いて立ち去りたくなるくらいさ」
 その発言に、フィーグムンドの身体がビクリ、と震えた。知らずアムドゥスキアスを抱きしめる腕に力が入るが、アムドゥスキアスは特に苦しむ様子もなく続ける。
「過去にあったことは水には流せない、ずっと残り続けるものだけど。でも、それが原因で付き合えなくなるわけじゃない。
 キミがボクにとって必要な存在である限り、ボクはキミに背を向けたりはしない。約束するよ」
 アムドゥスキアスの言葉がフィーグムンドに染み入るにつれ、震えは少しずつ、やがて完全に無くなっていった。
「……恥ずかしい所を、見られてしまったな」
「いいんじゃない? かわいいと思うよ、キミのそういう所」
「な……じょ、冗談を言うのはこれきりにしてくれ。とにかくだ」
 コホン、と咳払いして一呼吸おいて、凛とした顔でフィーグムンドが言う。
「アム。これからもお前の傍に、居させてほしい」
「ああ。キミの力を期待しているよ、フィーグムンド」

 固く結ばれた手と手は、二人の絆の強さを示しているようだった――。