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【蒼空に架ける橋】第3話 忘れられない約束

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【蒼空に架ける橋】第3話 忘れられない約束

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■第22章


 雲一つない晴天が参ノ島上空に広がっていた。
「すっごくいい天気」
 船を下りて早々、シルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)は笑顔で空を見上げる。
 そのとなりでアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)も、手庇しの下で目を細めながら笑んだ。
「前にいた島がずっと曇天だったせいかな。なんだか久しぶりに思えるね」
 天気というものは不思議で、青天井が広がっているという、ただそれだけでなぜか見る者の気持ちも上向きにさせる。
 船旅で固まっていた筋肉の凝りを解消するように、うーんと伸びをする。そしてシルフィアと目を合わせて交感する一方で、意外とそうでもないのが完全魔動人形 ペトラ(ぱーふぇくとえれめんとらべじゃー・ぺとら)だった。
 タラップを駆け下り2人の横をすり抜けて前に出たペトラは、くるっと振り返り、真上に突き上げた手のびらをぶんぶん振り回す。
「マスター、シルフィア! 早く早く! 僕、もう待ちきれないよー!」
 そんな元気いっぱい天真爛漫なペトラの姿を見て、同じ船に乗ってやって来た布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)がふふっと笑った。
「ペトラちゃん、楽しそう。見てるこっちまで楽しくなるよ」
「そうね」
 となりを歩いていたエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)も同意を示す。
 ペトラがこんなにもはしゃいでいるのには訳があった。船内で知り合った男性に、参ノ島についていろいろと教わったのだ。
 参ノ島へ義腕のメンテナンスに向かうというその男性は、島に到着するまでの一時、参ノ島について知りたいという彼らの話し相手になってくれた。
『参ノ島は、言うなれば浮遊島で一番の先駆者だ。採掘した機晶石を用いての工業化もどこよりも早かったし、機晶石採掘が陰りだしたことから工業に見切りをつけて、方針を転換するのも早かった。今の太守ミツ・ハさまのひいおばあさんの代だ。すごいやり手の女傑だったそうだよ。おかげで今じゃあ浮遊島のほとんどの警備を参ノ島の女傭兵たちが請け負ってる。私船の警護なんかもね』
『女傭兵?』
 弐ノ島から参ノ島へ行く船は小型船で、個室はない。三等客室という名の大部屋で円座して話を聞いていたルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)がその言葉を繰り返す。
『男の傭兵はいないんですか?』
『いや、いるよ。ちゃんとね。ただ、ほとんど女って印象だな。彼らはトトリを使うから』
 トトリには重量制限がある。武装を考えれば体重は50キロ以下であることが望ましく、そうなると女性が多くなるのは必然と言えるだろう。
『とすると、島ではやっぱり女性が強いってことなのかな……ルシェンやアイビスみたいに』
 手で隠した口元でぼそり榊 朝斗(さかき・あさと)がつぶやく。
『あら、今何か言いました? 朝斗』
 しっかり耳にしたアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が声を揃えて笑顔で訊いた。
『い、いやっ、何でもっ』
 あわててごまかそうとする朝斗に、アイビスは苦笑で聞き流したが、ルシェンはそっと後ろ手で足をつねった。
『!!!!!』
 しびれがきれかかっていたこともあって、声にならない声で床に突っ伏すようにくずおれて1人悶絶する朝斗に気づいた様子もなく、男は明るい声で続ける。
『だから、あの島はそういった者たちのための武装や武具を扱う店や鍛冶職人、それに義肢師なんかも多い。雲海の魔物にやられた漁師たちも、よく義腕や義足を造ってもらいに行ってる。おれのようにね』
 おもむろに男は袖をまくって、肘のあたりから左腕をはずして見せた。
『うわ、かっこいー』
 ペトラが素直に感心した声を漏らす。
 表情をキラキラさせて義腕を見て、話に聞き入ってくれているペトラの姿に気を良くしたのか、傍らの鞄からペンと紙を取り出すとさらさらっと簡単な地図を書いてペトラに差し出した。
『ほら。お嬢ちゃん、興味があるならここへ行ってみな。面白い物が見られるかもしれん』
『うわあ。ありがとー、おじさんっ!』
 ペトラはその地図を両手で受け取り、礼を言った。
 それからというもの、船内でもそわつきっぱなしだったのを知るアルクラントとシルフィアは、鼻歌まじりにスキップを踏んで歩いて行くペトラの姿に口元をほころばせつつ、後ろをついて歩く。
 24ブロックと書かれたストリートに入ったころから、人のとおりがまばらになった。異国から来た彼らから見ても、時代がかっていかにも仰々しい、それでいて古ぼけた、まったく実用的でない巨大な建造物――しかも入口のほとんどは鉄パイプのシャッターが下り、内側にひと気が感じられない――が壁のように両側に連なり、ずい分前から手入れを放棄されているようで、あちこちに赤さびが浮いている。
 朝斗は、ふと足を止めて振り仰いだ。遠くに見える巨大な煙突から蒸気が出ているのは半数にも満たない。
「どうかしたんですか? 朝斗」
「ん? いや、あの人の言うとおり、たしかにほとんど稼働してない感じだなあと思って」
 ほんの少し長く見つめすぎていたらしい。そんなつもりはなかったのだが、感じ取ったアイビスに答える。視線を追って、アイビスも朝斗の見ていたものを見た。 
「昔は主産業だったのでしょうが、今はほそぼそと、といった感じですね」
「そうだね」
 かつて栄えていたものがさびれているのを見るのは、少し寂しい。
「まーまー。だからこそ俺らが来たんだろー?」
 ばーんと背中をたたいて言ったのは、2人の会話を耳に入れたアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)だった。
「ここの工業区域? って言うのか知らないけど。ここも、俺たちが救ってやろーじゃないの。弐ノ島の機晶石採掘場を救ったみたいにさ!」
 にっかり笑うアキラのパワーに圧されながらも朝斗も笑顔になる。
「うん」
「と、ゆーわけで」くるっとアルクラントたちの方を振り返った。「俺たち、向こうに用があるから。ここで分かれるな」
「ああ」
「交渉、がんばってね」
「ありがとう」
 彼らは笑顔で手を振りあって分かれた。
 アルクラントたちは操業しているらしい工場のある方角へ進むアキラや朝斗、佳奈子たちの姿が角を曲がって見えなくなるまで見送る。
「アルくん、ワタシたちも行きましょ」
「うん。そうしよう」
 うなずいて、彼らとは正反対の道を進む。十字路を渡り、24から26へブロックが変わると、雰囲気ががらりと変わった。通りを歩く人や店も増えて、普通の町中と変わらなくなる。
「傭兵の島って聞いてたけど、全然それっぽくないのね」
 さりげなく周囲を見渡してシルフィアが感想を口にする。
 たしかに体格のいい女性が多いが、普通におしゃれをして、ウィンドウショッピングを楽しんだり、男性と手をつないで歩いたりしている。
「傭兵がいるって事は、それが必要な状況が起こりえるってことでしょ? でも見た感じ、全然普通……」
「そう? 私にはとてもいたましい女性が多いように見えるけど」
 体に残る傷あと、手や足などといった部位にわずかに不自然さを感じて――おそらく義肢をつけている――アルクラントはつぶやく。
「それに、ここは常に雲海の魔物に包囲されている場所だということを忘れちゃいけないよ」
「あ、そうか」
「どんなに平和そうに見えてもね、薄氷の下には人間たちを食べようと手ぐすね引いてる魔物たちが存在している。
 そう見えないのは、ここの太守たちや彼らの長年の努力と、イルミンスールやセフィロトといった世界樹のおかげかな」
 それだけではない気もしたが、それが何か不明なため、口にはしなかった。
「それに、シルフィア。きみもいざとなれば剣を手に勇敢に戦う女性だけれど、今そうしているきみはかわいい普通の女性にしか見えないよ」
「えっ……」
 「かわいい」という言葉に反応してシルフィアのほおが赤くなるが、言った本人のアルクラントはまるで自覚がない。
「ん? どうかした? シルフィア」
 黙って背中を向けてきたシルフィアを追い越して、覗き込もうとしたとき。
「マスター、シルフィアー! この店みたいー!」
 先行していたペトラが目当ての店を見つけた興奮でぶんぶん手を回しながらアルクラントたちを呼んだため、アルクラントの意識はそちらへ流れてしまった。
「ここかい?」
「うん! 店の名前も合ってる!」
 ガララン、とドアベルを鳴らして店内へ入る。とたん、鉄のにおいが鼻腔をついた。わずかに火薬のにおいもする。彼らには嗅ぎ慣れたにおいだ。不快というわけではない。
 うす暗い店内を見渡した。さほど広さはないが奥行があり、所狭しとばかりに様々な武具が飾られている。壁を埋め尽くした剣やハンマー、ハルバート。それだけでは足らず、糸を使って天井からも吊られていた。派手な装飾がある物もあれば、雑多に箱に詰め込まれた物もある。箱には赤札がついていることから、高級な品ばかり扱う店というわけでもなさそうだ。
「きれい」
 シルフィアはパッと目についた棚に置かれた女性向きの繊細な装飾が施されたダガーへと見入っている。
「いらっしゃい」
 奥から店員の男が現れて、にこやかに話しかけてきた。
「お客さん方、島の者じゃないね」
「紹介されたんだ。ここに来ると面白い物が見られるかもしれないって」
「面白い物ねえ」
 ふむり。男はあごをさすって、手近の壁からひょいと重厚な剣をはずした。
「まあ、あまりよその店にはこういったのは置いてないかもな」
 柄のあたりに軽く衝撃を与えたように見えた瞬間、剣がパタパタと動いて小槍になった。
「うちの工房の職人で、こういうカラクリ物っつーか、ギミックが好きなやつがいてね。一部のお客さんには好評価を得てる。そら、そっちのやつは1本に見えるが、双剣にもなるやつだ。今お嬢さんが見てるのは刃が射出するやつだね。護身用だよ。
 お客さんたち、ギミック物がほしいのかい? 時間あるならオーダーも受けるよ」
 つらつらと男が話す間、アルクラントは男が指差したコーナーにある品を眺めていた。
 小さな物はペンサイズの物から、大きな物は巨大剣サイズまで。柄にアイテムが仕込まれていたり、全く別の武器へ形状が変化する物までさまざまだ。
 それらに見入っているアルクラントの横顔に、くすりとシルフィアが笑う。
「アルくん、何かほしいの見つかった?」
「ああ、いや」見られていたか、と少し照れたようにはにかむ。「特にこれというわけではないんだけど、やっぱりこういうのを見るのは楽しいものだね。
 変形合体は男のロマン……って、あれ? これ前にどこかで言ったような」
「男の子って、こういうの好きよね」
「僕も好きだよ! びっくり箱みたいで面白いよね!」
 銃口が仕込まれた義手をいじっていたペトラが、そのとき壁にかけられていたある物に気づいてぴたりと動きを止めた。あまりの驚きに、あんぐりと口を開けて固まってしまう。
「どうした、ペトラ」
「マスター、これ……これ、僕のと同じだ。ほらっ! そっくりだよ!」
 壁にかかっていたそれをぴょんと飛びついてはずして、アルクラントに突き出した。
 ペトラが言うほどそっくりというわけではなかった。しかし対で造られた物と言われても納得しそうなほどには共通点がある。
「ふむ。たしかにこれはきみが使っているやつと同じタイプの武器らしいな。こんな所で見つけるなんて」
「お客さん、それを装着するにはコツがいるよ。ちょっと貸してみな」
 男はペトラからそれを受け取ると、一部を開いて砲撃口を見せた。
「ここから光弾や光線を射出する。小型で軽量化してあるが威力は抜群だ。それだけに人間だと反動で肩が逝く。生身の腕でないなら問題ないが」
「僕、機晶姫だから平気だよ!」
「ああそうか。なら大丈夫だな」
「ちょっと見せてくれないか」
 男から受け取ったアルクラントは機動部を見る。
「機晶石自体は古い物のようだが、まだ十分使えそうだね。
 閉じたまま斬ってもよし、開いて斬るもよし、はさみ切るもよし。しかも開口部からはビームも撃てる。今使っているのよりワンランク以上に上、って感じだな」
「ねえマスター! 僕これほしい!!」
 ペトラのおねだりに、そうくると思ったと笑って値札を見たアルクラントのほおが少し引きつった。
「……こりゃまた結構なお値段」
「古いが品は良いからな」
 さらりと答えた男の口調、表情は、びた一文まける気はないと言っている。
 もう一度ペトラを見て、その期待でキラキラした表情に、アルクラントは負けたというようにため息をついた。
「これをください」
「わーーーいっ!! マスター、ありがとう!! 大好き!」
 がばっと飛びついてきたペトラの頭をなでる。
「さっそくつけてみるか? お嬢ちゃん」
「うんっ!」
 男についてバックオフィスの工房へ向かうペトラのうれしそうな姿に、財布は痛いがそれだけの価値はあると思った。
「プレゼントが武器ねえ……。色気がないわね」
「そういうのはポチに任せることにするよ」
「たしかにね」
 でも武器をもらって喜ぶあの様子を見た感じ、まだまだペトラはそういう色っぽいこととは無縁な気がしないでもなかった。
 支払いをすませて表で待っていた2人の元に、さっそく装着したペトラが戻ってきた。
「見て! 調整するとき、クリーニングもしてくれたんだ! すっごくきれいになったよ!」
「おお、日の下で見ると、さらにいい感じだな。よく似合ってるぞ、ペトラ」
 アルクラントにほめてもらって、ペトラはますます得意げに胸を張る。
「へへー、ありがとマスター。あとね、これってなんだか落ち着く感じがするんだ。それに、なんだか不思議な力も感じる、かな」
「ふむ、なんだか落ち着く、か。
 ペトラがあそこまで惹かれた物だし、その武器はペトラに使ってもらうためにここでずっと待っていたのかもしれないな」
「ほんとにそう思う?」
「ああ、そう思う。これはまさになるべくしてペトラの手にきた、そう考えると素敵じゃないかい?」
「……うん! 僕もそんな気がしてきた! ありがとうマスター!
 ウァールさんにも見せたかったなぁ」
 腕につけた武器を太陽にかざし、しげしげと見ながらペトラはつぶやく。
「見せられるわよ。まだ私たちの縁は途切れずつながっているから」
「え? そういうの、見えるの? シルフィア」
「見えるっていうか……うーん、感じるの、胸で。
 だから大丈夫。きっとまだ会える。それがどんな状況でかまでは分からないけど」
「同じ浮遊島にいるのはたしかだからね」
 アルクラントもシルフィアの考えに同意するのを見て、ペトラは「うん」とうなずいた。
「そうだね! あー、早くそうならないかなーっ」
 軽い足取りで前を歩き出したペトラについて歩きながら、ふとアルクラントは分かれたときのウァールのことを思い出した。
 セツとは会えただろうか。話すことがあると言っていたが、うまくやれたかな?
 そのとき、まるで彼の心を読んだようにシルフィアが言った。
「大丈夫」
 するりとアルクラントの肘の内側へ手をかける。
「大丈夫だから」
「……ああ、そうだね」
 お互いだけに通じ合う笑みをかわして。2人は特段急ぐ様子もなく、歩いて行った。