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【両国の絆】第一話「誘拐」

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【両国の絆】第一話「誘拐」

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【舞台裏――それぞれの戦い方】



「やはり面会は難しいでありますか」

 エリュシオン帝国北東、オケアノス地方。
 直轄地、ジェルジンスク地方と隣接し、貿易を主とする賑やかな中心地の一角に、この地方の選帝神ラヴェルデ・オケアノスの公邸がある。
 その応接間に通されたまま、絶賛放置プレイ中のマリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)からの通信に氏無は若干申し訳なさそうに『すまないね』と応じた。
『アベル氏はラヴェルデと外出中らしくてね。公務の間で面会をお願いできるような立場じゃないし、理由も無いからね、「まだ」……ただ痛くない腹は探られたく無いからかな、中に入るのは許可降りてるから』
 それ故の応接間放置かと理解して、マリーは息をついた。アールキングと繋がり、策を弄したラヴェルデが今回も何かしら噛んでいるのではないかと疑っていたのだが、確かにまだ現時点では彼と事件を繋ぐものは何も無い。現在の選帝神たちは、他国人である契約者たちへは寛大な態度をとってくれてはいるが、地球で言うなら州知事のような立場の相手である。有事でもなければ流石に公務中の面会を取り付けるのは難しいのだろう。不在の間屋敷を好きに滞在して良い、という許可だけでも破格のものだ。『ま、相手国の心象をむやみに刺激するより、寛大なとこ示して見せたほうが、株を下げずに済むからね』とは氏無の皮肉だが。
『それから、牽制という言う意味では、キミたちがそこにいること自体が、彼らへの牽制となるでしょ……というわけで、そっちの調査は任せるけど……まぁキミなら大丈夫だと思ってるけど、無茶しない程度で頼むね』
 友好的とは言え他国である。氏無でも庇い切れない部分があるのだろう。了解、と応じて通信を終えようとしたマリーの耳に、ふと氏無の笑う声が聞こえた。思わずそのまま聞いていると、笑っているはずなのに、妙に冷たい響きの声が『しかしまぁ良くそこに目を付けたね』と面白がるように言った。
「何か、あるので?」
『オケアノスは先の戦争でボクが死ぬはずだった場所だ。その因縁が今回の発端なら、そこに何もない筈がないのさ』
 初めて聞く話にマリーが目を瞬かせている中、氏無は続ける。
『恐らくラヴェルデは関与はしていない。けれど、事態はそこで動いてるはずだ。ラヴェルデとアベル氏へのアポは取り付けるから、後のことはキミに任すよ』
 そうして慌ただしく終えた通信にマリーは一拍置いてはっと目を見開いた。緊迫した物言いに、信頼とも言える態度ではあったが、結果だけを要約すればつまり。
「ま、まさかの丸投げでありますかっ!?」
 マリーの叫びはオケアノス公邸に虚しく響いたのだった。


「でねぇ、やっぱり色々怪しいみたいだよマリーちゃん」
 その後、オケアノス公邸でマリーと合流したカナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)蘆屋 道満(あしや・どうまん)は、半ば強引に個室を借りて屋敷で手に入れた情報を整理していた。誘拐事件がおきたジェルジンスク、その隣接するオケアノスが関わっているならば、本来幽閉する予定であった場所がこちらに造られている可能性が高い。となれば、人が移動した痕跡や、匿うための施設などが用意された痕跡があるはず、と探っていたカナリーは、式神の術で式神化したデジタルビデオカメラの映像を表示させた。映像に映っているのは、屋敷で働くメイドたちだが、問題は彼女たちの会話だ。
『……の、でしょう? 先日騎士達が……』
『恐ろしいわねぇ、全滅だなんて、何があったのか……』
 ところどころ作業音が邪魔をしてきちんとは聞き取れないが、どうやらオケアノスのどこかで、騎士達が派遣されるような出来事と、その騎士達が全滅するような事件が起こっていたらしい。それだけならば、魔物討伐か何かの噂話と取れなくは無いが、マリーたちが顔を見合わせたのはその後だ。
『でも、アベル様が……には、……が、その騎士達の亡霊を見かけたって言うのよ……』
 メイドたちの潜めた声に、マリー達は顔を見合わせるとその表情を険しくした。
 仲間達からイルミンスールで事件を起こしているのが死霊使いであるという報告があったから、というのもあったが、その亡霊の騎士達は、留学生たちを護衛していたはずだ、と彼女たちが漏らしたからである。
「…………誘拐事件が一件と限らない、とは思ってはおりましたが……」
 思いのほか根の深い何かがありそうだ、とマリーは眉を寄せたのだった。





 その頃、世界樹ユグドラシルの内部、帝都ユグドラシルに聳えるエリュシオン宮殿では、カンテミール地方選帝神ティアラ・ティアラが、並み居る強硬派の前で「ステージ」の真っ最中だった。

「強引に、とは、こう言う意味でしたか」

 拠点としているカンテミールから、所謂テレビ電話にあたる通信画面越しに状況を眺めて、エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)が驚きと呆れの混じった声で呟いたのに、富永 佐那(とみなが・さな)は寧ろ口元を緩めた。
「物理――歌とは、アイドルのあなたらしい方法ですね」
 カンテミール地方に止まらない知名度を持つアイドル、ティアラのステージは、聞く者の耳を引きつけ目を惹きつけ、その足を止めさせる。地球人でありながら、選帝神たらしめているその歌声は、正しく脳を揺さぶってその支配下に置くのだ。流石に相手は帝国の重臣たちであるため、完全な支配下に置くのは難しいようだが、意識を此処に留めさせておければ十分、とティアラは笑う。
「ところでぇ……そちらは、どなたですかぁ?」
 画面越しに首を傾げるティアラに、ああ、と思い出したように佐那は笑った。
「この姿でお会いするのは初めてですね。改めまして、富永佐那と申します」
 そう言って、ネットアイドル海音☆彡シャナのポーズを取るのに納得したように「ああ、あなたでしたかぁ」とティアラが頷く。
「随分と、乱暴だな」
 そんな二人の間に割って入ったのはジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)だ。
「皇帝が単身で動くことといい、少々浅慮ではないか?」
 上に立つものは後ろでどっしりと構え、迂闊には動かないものだ、と、暗に止めるものはいなかったのか? と言わんばかりの言葉に「ドミトリエさんが一生懸命止めてたんですけどねぇ」とティアラはくすくすと笑った。
「動くに機ありとも言いますしぃ、そのへん、うちの陛下は侮れないですよぉ?」
 その物言いに肩を竦め、ジェルジンスクへ向かっている筈の国頭 武尊(くにがみ・たける)へと、いざとなった時のセルウスの安全確保――それこそ担いででも離脱させるべきという旨のテレパシーを送りながら、ちらりとその視線をティアラへと戻した。その目線に、先の言葉が、こうして真正面から暴力的なやり口を行っている自分へも向けられているのを悟り、ティアラは肩を竦める。
「強硬派の方々とかぁ、この機に乗じてやろう、って方とかぁ、諸々の区別がまだついてないしぃ、そんな調査してる時間もなかったしぃ、そんなわけでまとめて止まっといてもらってるんですよぉ」
「一口に強硬派、と言っても、内情はそれぞれ違うと言うわけか」
 それなりの納得をした様子のジャジラッドの次の質問を悟って「勿論」とティアラは続ける。
「それぞれの内訳とかについてはぁ、エカテリーナちゃんに一任してますからぁ、何か判れば情報はお渡ししますよぉ」
「ひとつ……お聞きしたいのですが、その強硬派の中に、選帝神はいらっしゃいますか……?」
 そんなティアラに、声を潜めるようにして口を開いたのはエレナだ。
「立場が明確なのはぁ、ティアラとノヴゴルドのおじいさまぐらいですねぇ。下手に動いて、事件そのものが周知されてしまう危険をこそ、避けたいっていうかぁ……」
『じゃあ何で君はそこに?』
 そうテレパシーを投げかけたのは、先程から会話の殆どをテレパシーでティアラから流して来られていた武尊だ。
『ジェルジンスクの方は、足元に火がついたんだから動かざるをえねーんだろーが、君がなんでそっち側で動いてるのかがわかんねーんだよな』
 その言葉に「義理、人情、保身、あとは帝国の双頭どちらにも貸しを作るメリット?」と笑って言った。
「だいたい、ヴァジラさんが犯人と、思えってのが無茶ですってぇ。誘拐とか立てこもりだとかこんなずさんでダサい真似するようなひと、ティアラが一時でも支持するわけないっていうかぁ」
 肩を竦めたが、その目は僅かに冷たい色をして、魂を抜かれたような重臣たちを見やった。
「踊らされてるか踊ってるかは知りませんけどぉ、どちらも推測な状況なら、確証が有る方につくのが、後々安全じゃないですかぁ?」
 冗談めかすように口にしてはいるが、その中にはヴァジラという人物を知っているが故の、今回の事件へ潜む何かへの警戒が見える。行動の中に彼女なりの計算があるのを確認して、武尊は問いを続けた。
『君はヴァジラをどうしたい?』
 その言葉に、尋ね返したりはせず、ティアラはほんの少し言葉を捜すようにしながら目を細めた。
「……選帝神ティアラとしてはぁ、いっそこのまま注目を集めといてもらってぇ、大掃除のための良い囮になてくれればなあ、なんて思ってるわけなんです、けど……ティアラ個人としてはぁ、無事であって欲しい、ですねぇ」
 微妙なニュアンスの混ざったその言葉に武尊が黙っていると、ティアラは独り言のように続けた。
「地球人の選帝神なんてぇ、外様も良いトコロですしぃ。もひとつでっかい外様があったほうが、帝国みたいなとこには、緊迫感があって逆に良いんじゃないかなぁ、なんてぇ?」
 ふふ、と笑ったティアラは、パートナーのディルムッドから水とマイクを受け取ると、一気にグラスを空けて息をつくと「さて」と気合を入れるようにぱんぱんとスカートをはたいた。
「休憩はここまで、ですねぇ。それじゃあステージ再開と行きましょうかぁ」
 そんなティアラに、その前に、と佐那が呼び止めた。
「お聞きしたいのは――タイムリミットです」
「さすがに、一日が限界ですかねぇ」
 ティアラは即答した。
「エリュシオンは力が全て……流石に、お歴々ともなれば、そう簡単にころっとはいってくれませんしぃ」
 つまり、ヴァジラの救出を含めた事態収拾にかけられるのは、最大でも日暮れまで、と言うことだ。それを過ぎれば、強硬派を確実に押さえる手段は無くなると考えてよいだろう。
「……説得は、できないのですか?」
 控えめに口を開いたのはソフィア・ヴァトゥーツィナ(そふぃあ・う゛ぁとぅーつぃな)だ。上手くやれば、あるいは彼らとも協力も出来るのではないか、と言うのには、ティアラは首を振る。
「相手の狙いが明確ではないのでぇ……引き入れたのが味方の顔した敵だった場合が厄介ですしねぇ」
 今はその選別を行っている余裕は無く、まずは事態そのものの収束が第一と、ティアラは視線を重臣たちへと戻した。そんなティアラの背中に「国と国の間にお友達の関係は成り立たない、と本で読みました」とソフィアが独り言のように続ける。
「……でも、人と人の間でなら、ジナマーマも手を貸すことが出来ると思うのです」
 その言葉に、ティアラはにこりといつもの営業用のものとは違った笑みを一瞬浮かべると、彼女のステージへと戻っていったのだった。



 そして、佐那が通信を終えたのと丁度同じ頃。
 エリュシオン地方北西部、“エリュシオンのアキバ”とも称されるカンテミール地方中心地の一角では、一般人としてその地を訪れていた裏椿 理王(うらつばき・りおう)が、ネットカフェの片隅でふう、と息をついていた。
『うーん、腕が鈍ったか』
 彼が参加していたのは、カンテミールで今最も人気と言われている、ネットゲームの中で行われていたイベントだ。とは言え、勿論遊ぶためだけがその目的ではない。ゲームに紛れて飛び交う、エリュシオンに暮らす人々の交わす、様々な帝国内での雑談もまた重要な情報源であるからだ。
 ひとまずは両国の誘拐事件は、それそのものが全く表へ出てきていないらしいのを確認して、理王は軽く安堵に似た息を吐き出した。エリュシオン、シャンバラの両方で、あるいはどこか予想済みだったのではないかと思わせる速度で対応が走った結果だろうか、とそんなことを思う一方で、気になる情報もある。アンデッドの目撃証言、そして神隠し――噂でしかなさそうなそれも、集めれば何か繋がることもあるかもしれない、と理王は纏めて白竜へと宛ててデータを送信していく。そんな隣の部屋では、桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)が途方にくれたようなため息を吐き出していた。エカテリーナへの差し入れにとお菓子を用意して来たものの『今は少しガマンしよう』と理王にアバターで説得されたのだ。
 そのエカテリーナは、ティアラからの依頼に動いていて手が足りない状態なのか(そのくせしっかりゲームには参加している辺りが彼女である)接触は叶わなかったものの、これもティアラからの指示だろう、彼女たちの信用する一部の人間へ宛てた情報が、その手元へやって来ていた。
『………大きな国は大きな国らしく、中々面倒が多いみたいだね』
 そのデータの中身に、理王は何度目かのため息を漏らした。
 強硬派――所謂ヴァジラ討伐に意気込んでいた者たちも一枚岩ではないようで、挙がっている名前の背後には、先の継承問題の折にヴァジラ側であった者、単純な強行思想派、そして反セルウス派の一部に紛れるように、反シャンバラの者の影がちらつく。
『思惑が多岐に渡り過ぎてるね……だのに行動が一致してるってのはちょっと、解せないけど……』
 今は国軍を離れた身の上である自分の役目ではなさそうだ、と、あくまで協力者という立場を崩さないまま、白竜たちへと向けて端末を叩いたのだった。

『エカテリーナさん、ティアラさんも気をつけて……』