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【蒼空に架ける橋】第4話 背負う想い

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【蒼空に架ける橋】第4話 背負う想い

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■第34章


 肆ノ島防空圏内の外側で、旅客船は航行を止めた。
「これ以上当船は進めません」
 前甲板に集合したコントラクターたちを前に、重々しく船長が告げる。
「今朝から肆ノ島は弐と参からの船には上空待機の上での検閲を敷いています。検査官を乗船させればあなたたちが地上人であることはすぐに知れてしまうでしょう」
「ここまでで十分よ。ありがとう」
 力強い声で謝意を表すと、リネン・ロスヴァイセ(りねん・ろすヴぁいせ)は振り返り、「フェイミィ」とパートナーを呼んだ。長い船旅の間に、すでにこの先は打ち合わせ済みだ。フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)は「おう」と応えて騎獣格納の護符を取り出して、ペガサスナハトグランツを召喚する。
 数々の試練をともに乗り越えてきた、深い絆を持つ愛馬の濃銀の毛に覆われたたくましい体をさすって、フェイミィは話しかけた。
「これからちょい無茶をさせちまうことになるが、勘弁してくれ。あとでたっぷりおまえの好物を食べさせてやるからよ」
 ぶるると応えるナハトグランツに飛び乗って、空へ上がる。
 まぶしい太陽を避ける手庇の下から見上げてくるユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)と目を合わせた。
「行ってくる。もしものときは任せたぜ」
「心得ていますわ。
 息さえあれば、なんとしても癒してみせます。かといってあまりご無理はなさらずに!」
 離れていくフェイミィに、最後の方では船から身を乗り出して声を張る。
「攻めるしかない、ですわね……」
 不安げに、だんだんと小さくなるフェイミィを見守ってぽつっと言葉をこぼすユーベルの肩に、リネンが手を乗せた。
「大丈夫よ。きっと大丈夫」


 雲海にまぎれるようにして、フェイミィは肆ノ島へと近づいていく。しかしフェイミィのとった行動は、雲海にいて、いつも機会を狙っている魔物たちのテリトリーに自ら飛び込んできたエサとたいして変わりはなかった。
「やっぱ、見逃しちゃあくれねーか」
 人間など軽くひと飲みしてしまいそうな、巨大な口を開いて襲いかかってきた魚の魔物を見て思わず毒づく。天馬のバルディッシュをかまえて迎撃しようとしたところで、ふとある考えが浮かんだ。馬首を再び肆ノ島の方へ向ける。
「15基の浮遊砲台ヒノカグヅチとやらの性能を見るのにちょうどいいかもな」
 はたしてフェイミィにおびき出されるようにして、雲海の魔物は肆ノ島の防空圏域に入っていく。
 船のモニターで観察していたリネンたちは、浮遊石にカモフラージュされた浮遊砲台の1基が機動したのを見逃さなかった。レーザー発射口を守るハッチが開き、チカッと赤い光が走る。
 瞬間。
「うわ!」
 光の速度で雲を貫き、走ったレーザー光が、ほぼ同時にフェイミィのすぐ後ろに迫っていた魔物を撃ち抜いた。魔物は跡形もなく蒸発して消える。
「……二方向からの同時的中。すごい演算性能だわ」
「先に入ったのはフェイミィですのに、対象となったのは魔物の方ですのね」
 もしや人馬ではサイズが極小すぎて、レーザーの標的外となったのだろうか?
 ユーベルがその考えを口にしようとした直後、再び浮遊砲台からレーザーが発射された。それを、フェイミィは全くの幸運と偶然でたまたま避けることができていた。
「ちくしょう!」
 とっさに群青の覆い手で水壁をつくり、2射目もわずかに射角を変えてどうにか躱わす。
「サイズで見ているのは優先度だけのようね。
 もういいわ、フェイミィ。戻って」
「おう」
 リネンからの通信に、フェイミィは元来た方角へ馬首を巡らす。こんな危険空域には1秒たりと身を置きたくない。
 フェイミィは全速力で船へ戻った。


「……あのレーザーはたしかに死角ゼロかもしれないけれど、有効角度は水平角までよ」
 攻略を練る作戦会議で、そう言ったのはJJだった。
「……もう少し俯角があるかもしれないけれど、そんなに深くはないわ。だって、下に撃ったら肆ノ島を攻撃することになるじゃない」
 つまりこう、と島と浮遊砲台を横から見た略図を描く。そして島の端と浮遊砲台を直線でつないだ。
「……ここまでね。この内側へ入り込むことができれば、ヒノカグヅチは攻略できるわ」
「そこから先はこの僕にお任せを!」
 胸を張ったのは忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)だった。
「ふふふふふ。すでに浮遊島群のネットワークについては熟知していますからね。この僕があの防衛装置を島ごと全部丸っとお見通しに暴いてやるのです!」
「ポチ、頼もしいのです」
 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)に頭をなでなでされて、ポチの助はうれしそうにきゃんと鳴く。
 その一方で、対照的にベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が急に頭痛を感じだしてか、1人後ろでこめかみに手を添えていた。
(やっぱこうなるのか)
「……つくづくいやな予感ほどよく当たって困るぜ」
 うんざりしきった声でつぶやいたりもしたが、もちろんその声に耳を貸してくれている人物はいない。
「そして当然フレイはJJに同行する訳だ。
 さすがにこればかりは俺たちも責任があるから止められねぇし」
 深いため息が口をつく。そして次の瞬間、気合いを入れるように、フン、と強く息を吐き出した。
「ったく。ここまで来たら乗りかかった船だ、とことんやってやろーじゃねぇか!」
 ひそかに1人決意を固め、発奮しているベルクから視線をはずしたJJは、次にフレンディスとポチ、2人の様子をじっと見ていた。
 視線に気づいたフレンディスが面を上げたときにはもうJJは下を向いて手元の図を見ていたため、フレンディスも視線の意味を問うことはできなかったが……。
「……とにかく、最短距離で行くのはこのラインね」指が肆ノ島の防空レーダーのラインのすぐ外側をなぞる。「この距離を正確に確認してほしいのと、あと、1秒でいいから死角へもぐり込む時間をつくってほしいわ」


「天空騎士の名に賭けて。つくってみせるわ」
 先にフェイミィが調べたヒノカグヅチの探知ラインギリギリで、フェイミィの操るナハトグランツの背に立ち、上昇気流に吹かれながらリネンはつぶやく。
「行くぞ、リネン」
「ええ。行きましょう」
 フェイミィの合図でナハトグランツが躍り出た。彼らの動きを探知したヒノカグヅチが再びハッチを開き、レーザーを発射する。
 レーザーは直進する。そして発射角さえ分かれば、2人の能力からすれば反応するのはそう難しくはない。
 フェイミィの群青の覆い手、そしてリネンの嵐の使い手の能力が、前後左右からくるレーザー光を防ぐ。ハイランダーズ・ブーツを履いたリネンは身軽に宙を舞い、ときにナハトグランツの背を離れて攻撃の対象を2つにしたり、着地してまた1つに戻したりと変化をつけることで敵の攻撃を翻弄する。
 時間が経過するにつれ、彼女たちをねらうレーザーが増加していく。視界に入るすべてのレーザーの砲門が自分たちを補足していると確信して、リネンは合図を送る。
 それを見て、JJやフレンディスたちが一斉にトトリ等乗り物を下に向けた。落下の速度で島の端と浮遊砲台を直線でつないだ接点まで落ちて、そこから内側へ飛び込むのだ。
 わずか1秒にも満たない時間に、4人全員が練習もなしのぶっつけ本番でそれをしなくてはならない。それでもレーザーを完全に躱わしきるのは不可能だった。
 リネンが巻き起こした嵐が壁となって彼らを守る。
「リネン!」
 ユーベルの叫びが聞こえて、リネンはその場を跳んで離れた。
「……くッ!」
 かなり距離をとったはずなのに、衝撃で体がバラバラになりそうになる。
「大丈夫か!? リネン!!」
 放物線を描いて落ちていくリネンをフェイミィが横抱きにして受け止め、ナハトグランツを駆ってすぐさま探知圏域を抜ける。ユーベルの飛ばした命のうねりが意識の遠のきかけたリネンを回復させた。
「……みんな、は……?」
「ああ、ちゃんと入った。あとはあいつらに任せよう」
「そうね……」
 自分がやるべきことは完遂できた。その満足感に満たされながら、リネンはほほ笑んだ。



 ヒノカグヅチをやりすごすことのできたフレンディスたちは、浮遊砲台の真下をくぐり、一路中央にあるヒノカグヅチの中枢制御端末へと向かう。そしてドアを破壊し、先陣きって内部へすべり込んだのはフレンディスだった。
 侵入者を感知して通路に現れた銃口が放つ銃弾を忍刀・霞月で切り払うやいなや移動忍術・縮地の術で駆け抜け、すべての銃口を切り落とす。
 それだけではない。JJを狙って放たれた銃弾にまでその身をさらすフレンディスにベルクは目をむく。
「おいおい。飛ばし過ぎだ、フレン」
「わ、私があの日ご依頼してしまったがためにJJさんにご迷惑をおかけしてしまい……。
 この責任は必ずや……!」
 その決死の念が、フレンディスを前のめりにさせていたのだった。
 その言葉を聞いて、JJがフレンディスを振り返る。
「……わたしは迷惑など感じていないわ」
「JJさん」
「……それに、依頼主は、責任を感じることなどないのよ。ただあなたの望みを完遂するために、わたしに何をしてほしいか、言うだけでいいの。
 今のわたしが感じているのは……あのヒノ・コという老人へのいら立ちかしら。護衛を依頼しておきながら、護衛者を置き去りにするのは違反しているわ」
 通路の角を盾とし、すばやくリボルバーから排莢して新しい弾を込めながら、淡々と口にする。
「……あなたに、半分と言ったわね。
 わたしが依頼でしか動きたくないのは、依頼内容に一切私情や思考を持ち込みたくないからよ。あなたから依頼を受けたときから、この件について、わたしはあなたというフィルターで見ることになったの。あなたが基準になったのよ。あなたが良いと感じることが、わたしにとっても良いことなの。分かるかしら? そこに「迷惑」というものは存在しないのよ」
 それは、機械になりたい、感情も何もない、ただの武器の1つになりたいと言っているようだった。
 持ち主に乞われたならそのとおりに動き、そのとおりに相手を攻撃し――そして摩耗し、壊れていく。ちょうど彼女が持っている古い掌銃のような……。
 そのことにどう言葉を返したらいいものか。ためらううちに、彼らは最奥の部屋へたどり着いた。
 ドアを破壊し、なかへ侵入する。
「ここです!」
 正面のコンソールにポチの助がまっすぐとびついた。すぐさま自分のイヌプロコンピューターに接続する。
「……地上には気づかれているでしょう。ロックされているかもしれないわ」
「当然ですね。しかしその程度のもの、この超ハイテク忍犬の僕には通用しません」
 今、彼は時間の節約に獣人の姿をしているため「犬」というセリフは微妙だったが、その意味は十分さとれた。
「クックック。あの掛け算め」どうやらクク・ノ・チ=九九=掛け算、という三段論法らしい。「下等生物の分際で、この僕に挑戦とはいい度胸ですね! この程度で僕の侵入を阻むことができると思ったら大間違いなのですよ」
 そう独り言をくちずさむ間も、液晶画面を流れていく文字を追う目の動き、キーボードの上をすべる指の動きは止まらない。興奮のあまり床につけたおしりから伸びたシッポがぱたぱた高速で振れていたが、本人に気づいている様子はなかった。
「どうですか? ポチ。停止させられそうですか?」
「もちろんです。お任せください、ご主人さま。ただ、時間を少しいただくことになりますが……」
 ポチの助の目が、チラっとドアの所にいて、通路の方を警戒しているベルクを見る。
「んだよ?」
 ベルクが視線に気づいたところで、視線をはずした。
「ヒノカグヅチの機能停止はもうすぐ終わります。終わり次第、僕はここのラインを使って情報収集に挑戦しますので、ご主人さまとJJさんは地上へ向かって、パルジさんたちと合流してください。
 エロ吸血鬼だけは残って、僕がハッキングに専念している間の護衛を、僕の邪魔にならないようにしやがるのです。……そして最終的に、ここの浮遊砲台は破壊するのです。そうすればエロ吸血鬼だけ犯罪者で、ザマァなのですよ!」
「全部聞こえてやがるぞコラァ」
 クククッと笑っているポチの助の頭に、ゴチンと制裁のこぶしが落ちる。


 そうして肆ノ島の防衛システムのヒノカグヅチは、ポチの助の手によって機能を停止したのだった。