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【蒼空に架ける橋】最終話 蒼空に架ける橋

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【蒼空に架ける橋】最終話 蒼空に架ける橋

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■第37章


 浮遊島群の人々が持つ心的外傷になど思い及ばず、地上の喧騒など一切届かない、遥か上空に浮かぶ対魔物用防衛装置浮遊砲台ヒノカグツチの中枢制御室で、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は外部モニターから外の様子を見ていた。モニターは攻撃用炎熱レーザーを搭載した15基の浮遊砲台それぞれについており、360度見渡せるようになっているが、それは今、ほとんどが上空にいるオオワタツミの一部とその周囲を飛び回っている雲海の魔物たちを映している。
 忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)がここを完全制圧したのを見届けたあと、地上へ向かうと言うJJについて行ったフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)とは別れ、ベルクはポチの助とともにここへ残ったわけだが、今の彼にできることはなかった。彼は万が一の護衛役として残ったわけで、それは襲撃が起きない限りほぼ出番はない。そしてオオワタツミの出現に地上が混乱しきっている今の状態では、ヒノカグツチのコントロール奪還は最優先事項ではなかった。たしかにヒノカグツチは対魔物用として配備されているものだが、それとてキャパには限りがある。その数、数十とも数百とも思える魔物が防空圏内にいる今の状態では、作動させたところでたった15基のレーザーでは対処しきれない、という判断からだった。
 もちろんポチの助もそのことに気づいていないわけではない。それもこれも、最大の欠点はヒノカグツチ自身に移動能力がないことだ。が。
「ようはハサミは使いようなのですよ。下の連中にはそうかもしれませんが、この僕の手にかかれば切れないハサミをナイフにすることなど朝飯前。いっそ、バスタードソードにしてみせましょう」
 フフフフフ。その瞬間を胸に描いてか、ポチの助は不敵に笑ってコンソールの下を開けると、イヌプロコンピューターに接続したケーブルを口に加えてなかに潜り込んだ。そしてそのままそこに座り込み、ごそごそ何かやっている。
 真剣にやっている邪魔をしては悪いと、ベルクはモニターをいじって外の様子を観察でもしていることにしたわけだが、いいかげんそれにも飽きてきたところだった。なにしろ、さまざまな形態をした雲海の魔物たちが泳いでいる姿は見えても、肝心のオオワタツミがほとんど見えない。黒雲のなかを蠕動(ぜんどう)する腹や背中の一部が見えるだけだ。しかもその背中は、まるで出来の悪い心霊写真に写った「この世に恨みを残して死んだ霊」とやらによく似た面相の黒い影が浮き上がっているという代物だ。ごく一部のホラー好きにはたまらないかもしれないが、普通の感性を持つベルクには、長時間アップで見ていて気持ちのいいものではない。
「おいワン公。モニターの引きを変えられねーか? もうちょい望遠にして、全体を映すとか」
「ばか言わないでください。対象との間にそれだけの距離がないのに、どうして望遠できたりするんですか」
 これだからこのエロ吸血鬼は、という軽蔑の視線をチラっと投げて、再び手元のキーボードに目を戻すと、エンターを押した。
「ミツ・ハさん、聞こえますか?」
『はっきり聞こえるわよん』
 スピーカーからミツ・ハの声がクリアに聞こえてきたことで、ポチの助は報告を続ける。
「今攻撃目標の対象を書き換えるためのプログラムが完成したところです。もう一度確認して、それからランさせます。ここまでにかかる時間は約7分です。その間は決して防空圏内に入らないでください。その後一度完全にシャットダウンしますので、再起動まで通信が途切れます。もし何か事態が急変することがありましたらHCの方を使ってください」
『分かったわん』
「いただきました識別信号を組み込んでありますので、再起動しても参ノ島の船がヒノカグツチの防空圏内へ入ることに問題ありません。以上です」
 簡潔に要件のみを伝えて通信を終えたポチの助の態度に、ゴールデンレディ号の艦橋でミツ・ハはふふっと笑う。
「なかなか優秀じゃないのん、あの子」
 そうつぶやいたあと、表情を引き締めて部下たちに命令を下す。
「聞いたとおりよ。今から7分後、対オオワタツミ・雲海の魔物掃討作戦を開始するわ! 各艦タケミカヅチ、小型武装艇の操縦士は各機搭乗し肆ノ島防空圏域の外側で待機! そこで突入の合図を待ちなさい!」


「おー! スーパースペクタクルファイティングコングラッチェーションワンダホー!!」
 左右6隻の戦艦から次々と発進していく戦闘機の様子に目を輝かせ、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は興奮しきって叫んだ。その様子にアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)
「男の子ネ」
 と、少々あきれ気味だ。
「うひゃー、すげーなこれ! マジで怪獣大決戦じゃん!」
「アキラ、あまりふざけたことを言うでない。ここの者たちにとって、これは浮遊島群の未来を決める生死をかけた戦いなのじゃ」
 艦橋にいるオペレーターたちに謝罪するような視線を送りながらのルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)の言葉に、アキラは展望ガラスから身を引きはがしてルシェイメアを振り返る。
「ふざけてないよ、俺だってこれから出る!」
「なんじゃと?」
「ここの島の人たちほどじゃなくたって、俺だって今度のことは全然他人事じゃないからな! せっかくみんなで頑張ってきたのにここで「ふりだしに戻る」になんかされてたまっかぃ! なんとしてでも食い止めるぞォォ!
 そして大活躍して、今夜はミツ・ハさんとウハウハに……」
 だってミツ・ハさん、約束したもんな。「撤回させるほどアナタが凄腕の持ち主なら」って。
 アクション映画のラストはヒーローとヒロインのラブシーンが挿入されてのハッピーエンドが定番中の定番だし。ってことはみごとオオワタツミを退治したあかつきには、ヒーローとヒロインのくんずほぐれつの濡れ場が…………でへへへ。
「でへへへ〜」
 妄想全開でデレっとしたしまりのない顔で不気味な笑いを浮かべていると、突然ルシェイメアが爆弾発言をした。
「ではきさまが不甲斐ない様を見せるようならば、ワシがとことん相手をしてやろう」

「えっ、マジ!?」

 なんというヘル・オア・ヘブン!
 成功すればミツ・ハさんとウハウハ、失敗してもルーシェとウハウハ。いやマジでこれ、俺に得しかないんですけどっ!!
 ボンキュッボンのマリリン・モンローなお色気おねーさんのミツ・ハさんに究極のテクニックを教わるのもいいけど、口を開かなければ美人でロリィなルーシェにいろいろえっちぃことを教えるというのも、それはそれで……。
「何を想像しておるんじゃ、愚か者め!」
 究極の妄想でついハアハア息を荒げてしまったアキラの顔面に、ルシェイメアの荒馬のブーツの靴底が激突した。
「わしが喝を入れてやると言うとるんじゃ!」
「あ、そういうことね……」
 プーーッと鼻血を噴きながら、大の字にひっくりかえる。
 いや、うん、まあ、そういうオチだとは思いましたよ。ええ。そんなオイシイ話、あるわけないって。
「まったく、いつまで経ってもこやつは未熟者のままじゃ」
 ルシェイメアはやれやれと首を振ると、邪魔にならない壁際まで退いて、そこからテレパシーで地上のカディルと連絡をとった。
「カディルよ、ルシェイメアじゃ。そちらはどのような塩梅じゃ?」
 ――今か? 馬より早いというのでセテカさんから小型飛空艇を借りて、北カナンに着いたところだ。これからイナンナさまのいらっしゃる光の神殿へ面会を求めに行く。

「そうか。すまんな、無理をさせて」
 今となっては彼の行動も無駄なことだった。イナンナや各国の領主が動くころにはこの戦いの勝利者は決しているだろう。しかたない。あのときのアキラにもルシェイメアにも、ここまで事態が急変するとは想像もできなかった。カディルとて、もしこんな事態が勃発すると知っていたなら東カナンへ戻っていたりはしなかっただろう。きっと弐ノ島に残ったはずだ。
「実はな、こちらではこれからひと戦さが始まるところなのじゃ」
 ――なに? どういうことだ、それは!?

「よければわしらの武運を祈っておいてくれ。
 それから、うちのアホタレからの伝言じゃ。きさまはわしらの思いに答えてくれた。ならばわしらもきさまの思いに答えよう。サク・ヤどのと浮遊島群はわしらが必ず守りとおす、だそうじゃ」
 ――待て! 詳しく教えろ! 一体そこで何が起きてるんだ! サク・ヤが危ないのか!? おいっ!

「それだけじゃ。すまんのう。これからわしらも出るでな、もう時間がないのじゃ。終わったら、わしか、アキラかがまた連絡をさせてもらう」
 今言えるのはそれぐらいか。
 テレパシーを切ったあと、ルシェイメアはカディルの切羽詰まった声を思い出し、言うべきではなかったかもしれない、と思った。しかし、言わないではいられなかった。
 ふうっとため息をつくルシェイメアをよそに、復活したアキラは再びアリスを頭に乗せて、空飛ぶ箒スパロウを手に「突撃ー!」と艦橋を飛び出していく。
「ああこら、待てアキラ」
 浮かれて地に足のついていないアキラだけ行かせるわけにはいかないと、ルシェイメアもあとを追って行った。
 一連の騒動を、まるで劇か映画でも見ているように司令官席から見ていたミツ・ハは、主要役者の退場にくつくつ肩を揺らして笑う。
「まったく、あなたたち地上人って、つくづく不思議ねん」
 言葉にも声にも、話のダシにされていたことに腹を立てている様子はない。むしろ、こんなときだというのにまだあれだけふざける余裕があるのだと、感心しているような口ぶりだ。
「みんながみんな、あんなお気楽トンボじゃねぇよ」
 さすがにこればっかりは同列視されたくないと思ってか、聞き捨てならないというように白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)はいささかムッとした表情で言葉を返す。それに対し、ミツ・ハが「ふう〜ん?」と疑問の余地のありそうな声で返したのを見て、チッと舌を打つと、竜造はくるっと身を反転させた。
「アラ。どこか行くのん?」
「ここにいたってしゃーねぇだろ。ここでおまえが襲われることはねえし。俺ぁお飾りの犬じゃねーんだ、戦場の方が肌に合ってる。
 行くぞ、徹雄、ヤンデレ」
 2人を引き連れて艦橋を出て行く後ろ姿に、やれやれとため息をついたとき。ドアを抜けた先で松岡 徹雄(まつおか・てつお)が振り返った。
「あ、そうだ。きみ、魔物除けの粉って知ってる?」
「知ってるわよん。肆ノ島の太守家に伝わる粉よねん」
 それがどうしたの? と見てくるミツ・ハに、徹雄はそれをもし持っていたら分けてくれないか、と頼んだ。
「悪いけど持ってないのよねん。アタシもわけてほしいって言ったことあるけど、秘中の秘だからってもらえなかったのねん」
「そうか。分かった」
 それで話は終わった。けれど、徹雄は去る素振りを見せなかった。少し黙り込んだあと、告げる。
「ゴージャス。きみ、ここにいるよね?」
 その揺れた語尾に、ほんの少し、彼が不安そうに思っているのを鋭く嗅ぎ取って、ミツ・ハはほおづえを解いて笑顔になる。
「そうねぇ。アタシも行きたいのはやまやまだけど、ほかにできるのがいないから、ここにいるしかないのねん」
「そうか。……いや、そうとは思ったんだけど、きみのことだからねえ」
 オオワタツミに向かって単身突撃しかねない、と暗に含んだ声で肩をすくめて見せると、徹雄は先へ行ってしまった2人に追いつくべく止めていた足を動かそうとする。しかし浮かした右足が床につく前に、彼は突然横から突き飛ばされて壁に両肩をぶつけることになった。直後、唇に温かく、弾力のあるものが押しつけられる。
「……正解」
 吐息まじりに耳元でささやくと、ミツ・ハはパッと身を引いて、あっさり徹雄を解放した。
「行ってらっしゃい。アタシが焦れて突撃する前に、オオワタツミを倒してご覧なさいな、地上人」
 そして、まだ何が起きたのかよく分かっていない表情で立っている徹雄の前、ドアはフシュッと音を立ててしまったのだった。