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第2章 シャンバラ新幹線を守れ


 シャンバラ新幹線は、地球からパラミタへ入る唯一のルートである。
 今、大陸にいる地球人の生徒たちも、この新幹線に乗ってパラミタ入りしたのだ。
 一葉は一行を、駅裏手の従業員通用口に案内する。ジークリンデが事前に鉄道会社に連絡をつけており、駅の職員が笑顔で出迎えた。
「いやあ、助かるよ。一応、警察も警備には来てるけど、学生さんの色々な能力には期待してるからね」
 そして職員用の通行パスが配られた。これで改札や通用口を通ることができる。
 前日から空京駅を訪れて状況の把握に努めていた元教導団のパラ実生、国頭武尊(くにがみ・たける)が、警備に先立って皆に説明する。
「いいか。新幹線が空京駅を発着するのは、一日数本。そのうち午前中は、パラミタを訪れる者が多く、午後の便は帰り客が多くなる。
 新幹線に乗る客は、だいたい十分前をメドに集まってくる。それ以前はホームはにほとんど人がいない。到着客が降りると一時的にごった返すぞ。オレとしては、この時にパニックが起こると心配だな。
 そうそう、こっちが浮遊大陸の生徒だと分かると、観光客から、トイレはどこだとか旅行社の窓口はどこだとか色々聞かれるから覚悟しておけよ。
 目の前に地図や観光ガイドを出されて視界の邪魔になったり、見張りがおろそかになりかねないからな。あらかじめ、聞かれそうな場所はすぐ答えられるようにしておいた方がいい」
 前日はすっかり駅の案内役になっていた武尊の、経験から出た言葉だった。
 ミーティングを終えると、一行はそれぞれに決めた持ち場や巡回へと散る。
 メイドの夏野夢見(なつの・ゆめみ)は駅出口付近で見張ることにした。
 まだ人の少ない駅前では、観光客数人が空京駅をバックにはしゃぎながら記念撮影をしている。
 夢見は気を抜かずに、それらの人々がおかしな行動を見せないか、それとなく見張りを続けた。
(鏖殺寺院は一見、何も関係なさそうな人物を使ってくるかも。
 それに空京の開発反対派だっているようだしね)
 夢見は、並び立つ建設中の高層ビルをちらりと見上げ、思った。
 先ほど再会を果たしたベアトリスとラルクは、一緒に警備をしながら話していた。
「お前、何処の学校に行ったんだ? まあ、何となく察しはつくけどな」
「はは! 聞くだけ野暮だろ? パラ実だ。お前も……ま、予想通りなんだろうな」
 ベアトリスは雰囲気通りに、シャンバラ教導団である。
 そんな話をして周囲に溶けこみつつ、二人とも周囲への注意はかかさない。
 と、ベアトリスがまわりを見回して言う。
「ふと、思ったんだが。今この場で一番怪しい者って、お前だよな」
「ちょ……。怪しいとか、ひどくね? ただのおっさんなだけじゃねぇか!」
 ヒゲの大男は苦笑まじりに抗議した。ベアトリスは平然と返す。
「見ろ。怪しいお前には、観光客も誰も道を聞いてこない。こちらは警備に集中できるってもんだ」
「そ……そりゃ役に立ってるって事なのか、おい?」

 ナイトのデゼル・レイナード(でぜる・れいなーど)は、許可を取って線路上に降りていた。
「ったく。ルケトのヤツ、メンドクセェ仕事をよこしやがって……!」
 今そこには来ていないパートナーに、文句をつぶやくデゼル。ため息を吐きつつも、線路の陰やホームの下に不審物が無いか、慎重に確認していく。
 やがてホームを過ぎ、短いトンネルに入る。
「この先は、空間が閉じてんのか……。トンネルの先に爆発物をしかけられる危険はないってコトだな。やれやれ……、線路の点検もこれで終わりだな」
 デゼルの目の前で、線路は唐突に途切れているように見える。
 だが、その先は鉄道会社と契約する高位魔術師の空間制御魔法によって、シャンバラ新幹線が通る時だけ、地球へと続く魔法のトンネルが開くのだ。
 同じ頃、シャンバラ新幹線の空間制御室では、ウィザード如月陽平(きさらぎ・ようへい)が魔導装置を興味深そうに眺めていた。
「うわー。これが古代王国の遺産なんだ?!」
 魔法で空間制御を行う老魔術師が、装置をキラキラした目で見ている陽平に、微笑ましいといった表情で説明する。
「そうじゃよ。これは空京で発掘された、シャンバラ古王国時代の魔列車を動かすシステムを修理、改造したものなのじゃ」
「新幹線が行き来するのに魔術師が貢献してるんだね。イルミンスールを卒業して鉄道会社に勤めるっていうのも、有りなのかな」
 陽平は、イルミンスール魔法学校の生徒である。
「そうじゃな。空間制御でできる有能な術者が増えれば、新幹線も今よりもっとたくさん発着できるようになるじゃろうて」
 そんな老魔術師の言葉に、陽平は
(やっぱり空間制御室を護りに来て良かった)
 と思った。
 陽平のパートナーである守護天使シェスター・ニグラス(しぇすたー・にぐらす)が老魔術師に聞く。
「そんな高位の魔術師さんたちをボクたちが護るというのも失礼ですか?」
 老魔術師はゆるゆると首を振った。
「いやいや、術に集中している最中は、他の事に構っとる余裕はありゃせんのじゃよ。下手に集中を乱したら、新幹線が大変な事になってしまうしのう」
 陽平は表情をひきしめ、宣言する。
「大丈夫。この部屋にテロリストを近づけさせないよ!
 ……じゃあ、僕たちはそろそろ警備の持ち場につくね」
 陽平とシェスターは部屋を出て、その入口の前で警備を始める。
 シェスターは空中からの警備も考えていたが、あいにく飛ぶにはその場所の天井は低すぎたので、陽平と並んで見張りをすることにした。
 巡回で回ってくる生徒もいるが、そこに常時つめるのは陽平たちだけだ。
「陽平、この制御室がテロに狙われる可能性はどれだけあると考えていますか?」
 シェスターがパートナーに聞いた。
「狙われないに越したことはないんだけどね。
 ……ミスター・ラングレイの声明文に『浮遊大陸にあがりこむ不心得者』ってあっただろ? 鏖殺寺院は、これ以上パラミタに地球人を増やしたくないって考えてると思うんだ。だったら、地球とパラミタを唯一結ぶシャンバラ新幹線の空間制御室がテロに狙われる可能性は高いと思うよ」


 空京駅ホームに、シャンバラ新幹線が到着する。降りてきた大量の観光客と少数のビジネスマンで、ホームはごったがえす。
 先に武尊が言っていたように、見張りをする生徒たちは道を尋ねる客の対応に追われる。
 ゆる族やドラゴニュートなどの見るからに異種族のシャンバラ種族は、観光客に群がられてもみくちゃにされる。
「きゃー、この人形、しゃべるよ!」
「うっわー、このトカゲなにぃ? きもーい!」
「写メとって、写メ! こら、逃げんな!」
 受難した種族の者たちは、観光客が少々苦手になった。

 新幹線を降りた人々が、改札を抜けていく。
 改札前で待ち受けていた旅行会社のガイドやホテルの出迎えが自身の客を探し、いっせいに仕事を始める。
 警備につく者たちも、急に増えた人通りの中に怪しい者が紛れていないかと集中を深める。
 そんな中、セイバー仁科聖(にしな・ひじり)は他の警備者とは連絡を取らず、一人で不審者がいないか目を光らせていた。
 聖は、警備している学生から離れて単独行動するうちに、あまり人のいない通路に出た。
 通路に置かれた看板の陰で、誰かが携帯電話で話しているようだ。
「……ああ、言われた通りにしたぞ。……ブツは用意できてるんだろうな?
 ……で、どこに行けばいい? ……うむ、……うむ」
 電話を終えた人物が、看板の陰を出る。聖は背後の通路に隠れた。
 彼の目の前を、電話をしていた男が通り過ぎる。年齢四十前後、折り目正しいスーツを着込んだビジネスマン風の男だ。外見上、怪しい所は無い。
 聖は気取られないよう注意しながら、その男の尾行を始めた。他の学生には敢えて知らせない。
 尾行される男は、他のビジネスマンと特に変わった点もなく、警備者の誰に止められる事もなく駅出口まで、たどりついた。
 聖は彼に近づき、道に迷ったフリで話しかけた。
「すいません、おじさん、パレードにはどう行けばいいですか?」
「ん? 知らないよ」
 聖は時間稼ぎをするため、さらに食い下がりつつ、男が武器や爆弾と思しき物を持ってないか視線を走らせる。
「アナタも今日のパレードに見に行くんじゃないんですか?」
「遊びに来たんじゃないよ。仕事だ」
 男は少々迷惑そうな様子で、足早に駅を出ていく。その態度に、特に怪しい点は感じられない。
 男が向かった先は、パレードが行われる空京開拓大路ではなく、マンションや低層のオフィスビルが立ち並ぶ方面だ。
 聖は心に引っかかりを感じながら、その後ろ姿を見送った。

 旅客を下ろした新幹線は、いったん車庫に入る。
 先ほどは線路とホーム下を確認していたデゼル・レイナードが、ふたたび仕事に取りかかる。
「あ〜、今度は発車時刻までに車両のチェックか。忙しいったらないぜ……」
 デゼルが不審物がないか確認してまわっていると、車掌が声をかけてくる。
「整備員さんが、ぜひ車体の下の点検にもつきあって欲しいって言ってるよ。よかったね」
 デゼルは思わず口の中で「よかねぇ」とつぶやいてしまう。今日はえらく働いているような気がした。
 もっとも、車体の足回りを確認すのに整備員の許可と協力が取れないかを求めたのは彼自身である。
 デゼルは車掌に言った。
「念のために安全確認は必要だからな。車両と路線、ついでに乗客まとめてドカン!とヤられたときが一番被害がデカそうだしな」
 そうは言いつつも、心の中では
(ルケトめ、後で覚えてやがれ……)
 この話を持ってきたパートナーに、そう思わずにはいられないデゼルだった。

 一人の壮年ビジネスマンが、狭い裏道を進んでいく。
 先ほど空京駅で聖が尾行した男だ。
 周囲は、オフィスや飲食店が入る雑居ビルが並んでいる。その男はさらに細い路地に入りこんだ。
 隣のビルの狭い非常階段が道をせばめ、飲食店のポリバケツやビールケースが並んでおり、いかにもビルの裏といった雰囲気だ。
「ここか。人目は少ないが……」
 男は汚そうにバケツを見る。
 彼の背後の頭上、非常階段に気配もなく人影が現れた。
 その手には大口径の拳銃。亜音速で発射された弾丸はサイプレッサーにより発射音をほぼ消され、路地の男を襲う。
 倒れる男に、執拗に何発もの銃弾が撃ちこまれた。


 次の新幹線の発車時刻が近づいてくる。その列車に乗る予定だろう人々が、空京駅に集まり始める。
 駅前で待ち合わせをする者の姿も多い。そんな中にソルジャーヴィンセント・ラングレイブ(う゛ぃんせんと・らんぐれいぶ)と機晶姫翔嵐飛鳥(しょうらん・あすか)の姿もある。
「なんだ、お前さん、もう昼にどの店に行くかなんて決めてるのか?」
「そうよ。だってパレードのある通りって話題のお店がいっぱいあるのよ! 腹が減ってては探索もできないでしょ?」
「いくら機晶石の維持に大量に食べる必要があるったってなぁ」
 なかば呆れた様子のヴィンセント。飛鳥は観光ガイドをかかげるように目の前に広げる。そして
「このお店がイチオシなのよ!」
 とでも言うような雰囲気で言った。
「今、観光案内所の前を歩いてるグレイのコートのコ、変よ」
 ヴィンセントはハッとして、飛鳥の言った方を見る。灰色の厚手のコートを着た少女が、フラフラと歩いていた。
 ヴィンセントたちは人待ちしている観光客を装って、不審者を警戒していたのだ。
 飛鳥は開いたガイド本で口元を隠し、視線をごまかしながら、彼に説明する。
「今日は暖かいんでしょう? 周りは半ソデやワンピース一枚の人だって多いのに、あの人、秋服用の長いコートっておかしいよ! 年頃の女のコが町に出てきてるのに、化粧もしてないし髪の毛もバサバサ。おみやげや旅行カバンも持ってないもん」
「確かめてみるか」
 ヴィンセントはそこを離れ、何かを探しているていで灰色コートの少女に近づいた。二人の体がぶつかり、少女は転んでしまう。
「あっ、すみませんでした。大丈夫ですか?」
 ヴィンセントはあわてた様子で、彼女を起こしにかかる。
 飛鳥が駆け寄ってきて言う。
「もう、何やってんのよ、ヴィンセントったら! ごめんね! 大丈夫だった?」
 コートの少女は、焦点の定まらない目で飛鳥を見ると、何も言わずに先ほどまで向かっていた方へと歩きだした。
 飛鳥はヴィンセントをこづいて小声で言う。
「ちょっと。いくら持ち物を探るためだからって、体に触りすぎじゃない?!」
 だがヴィンセントは、深刻な表情をしていた。
「マズイぞ。あのお嬢さん、コートの下で筒状の物体を何本も体に巻きつけてる」
 ヴィンセントは急ぎ、駅の警備にあたる他の生徒たちに、その旨を連絡する。

 それを離れた場所で見ていた剣の花嫁マナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)は、急いでパートナーに電話する。
 駅構内を見張るセイバーベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)の携帯が鳴った。
「……マナか。どうした?」
「他の人が、不審者を見つけたみたい。でも、そのコ、様子は変だけど学生と変わらないような年だよ! テロリストっぽくは見えない」
「ああ、こっちでも連絡が入ってきてるよ。自分もそのコの方に向かうから、マナも合流してくれ」
 ベアは携帯電話を切ると、セイバー犬神疾風(いぬがみ・はやて)が彼に言う。
「俺も一緒に行くよ。俺もなるべく穏便に事を済ませたいから」
「おお、ありがとうな。中には殺生始めそうな学生までいるから、心強いよ。よし……気を引き締めていくぞ!」
 二人は急いで、不審な少女が来るという方へ向かった。

 セイバー東重城 亜矢子(ひがしじゅうじょう・あやこ)が、不審な灰コートの少女の前に立ちふさがる。それに呼応して、少女の背後を亜矢子のパートナー、機晶姫バルバラ・ハワード(ばるばら・はわーど)がふさいだ。
 亜矢子は絶対に譲れないという態度で、しかし表情だけは笑顔で聞いた。
「あなた、本日はどのようなご用件で空京駅にいらしたのかしら?」
 返答はない。亜矢子はさらに聞いた。
「どなたかをお迎えに? それとも……」
 そこにベアと疾風が駆けつけてくる。
 いつでも相手に飛びかかる準備がある亜矢子の前に、ベアがさりげなく身を入れて牽制する。彼は視界の隅で、パートナーのマナがやって来るのを確認した。
 疾風は努めて柔らかい態度で、不審な少女に声をかけた。
「ごめんな。そのコートはお気に入りなのかい? こんなあったかい日にまで着てるなんて」
「……ぅ……」
 少女はノドの奥でうなり声のような声を出しただけだ。目の焦点は定まらず、普通ではない感じだ。ポケットにつっこんだままの右手には、何か握っているようだ。
 疾風はなおも少女に、優しく言った。
「俺でよければ話を聞くよ? なんでも言ってくれ」
「…………た……けて……」
 少女の見開いた目が震え、疾風の方に向けられる。疾風は彼女に言い聞かせ、安心させるように言った。
「大丈夫。俺たちは味方だよ」
 少女はガクガクと震えながら、ゆっくりと右手をポケットから出した。握られた小型の機械には針金が伸び、その先はコートの中に消えている。
「……が……あ……あああああッ!!」
 少女が獣のような声をあげて頭を振り、機械のスイッチを押そうとする。
「やめて!」
 マナが悲鳴をあげ、少女に飛びついた。疾風が少女の腕を押さえ、亜矢子が機械をもぎとった。
 少女の悲鳴と動きに反応した学生の前に、ベアが両手を広げて「撃つな!」と立ちふさがる。
「起爆スイッチ、確保いたしましたわ」
 亜矢子が宣言する。疾風が皆に言った。
「彼女は薬か術で無理やり操られていたみたいだ。テロリストじゃない」
 マナが少女のコートのボタンを外すと、彼女の胴にはダイナマイトがぐるっと巻きつけられていた。ベアが手早く、しかし慎重に彼女の体から爆薬を外していく。
 その場に座りこみ、泣きだした少女をマナが抱きしめ、優しく頭をなでる。
「大丈夫……もう大丈夫だからね! 怖かったんだね。もう誰もあなたを傷つけたりしないよ。安心して」

 その後の調べで、いくつかの事が判明した。
 爆薬を体に巻いて空京駅に現れた少女は、空京近くの村に住んでいたパラミタ人で、数日前、空京で仕事を探すために村を出たという。
 彼女は何者かに麻薬を投与され、シャンバラ新幹線に乗りこみ、走行中に爆破スイッチを押すように暗示を受けていたようだ。
 もし、それが実行されていたら乗客乗員は全員死亡、シャンバラ新幹線もしばらく不通となっていただろう。
 なお、少女に薬と暗示を与えた者が何者だったのかは、彼女も覚えていなかった。


 空京駅に、次の新幹線は発車が遅れると告げるアナウンスがかかる。
 体に爆薬を巻きつけた少女が確保された件で、警察の捜査が始まったためだ。
 セイバージェイド・アルバーン(じぇいど・あるばーん)が、警備を行う者たちに言ってまわる。
「犯人が一人確保されたからと言って、気を抜くな。そちらは陽動かもしれんしな。相手が一人だとは限らないぞ」
 セイバー士方伯(しー・ふぁんぶぉ)が不平を言う。
「まだ終わらないのか? いい加減、もう疲れたぜー」
 彼のパートナー、長身のシャンバラ人ジュンイー・シー(じゅんいー・しー)がジロリとにらむ。
「方伯、貴様さっきから仕事をサボってばかりだろう。そんな様では……」
「ああ、ああ! 分かった。警備すりゃいいんだろ?!」
 方伯はジュンイーの小言がまた長くなりそうなので、途中でさえぎった。そして目立たないよう、通路の隅の方に行って見張りを始める。
 しばしの後、ジュンイーが方伯に「不審者発見」の合図を送る。
 その人物は、いかつい体をやたらと派手なシャツに包み、コワモテかつパンチパーマ。暴力団組員風の男だ。
(うわー。あのごっつい喜平のネックレスとか、ありえねー)
 方伯はそう思うが、ジュンイーがせかすので、しかたなくその人物に接触することにした。
「すみません、アンケートに協力お願いしまーす」
 男は横目で彼を見下ろし、まったく無視しして歩を進める。
 だが、駅で話しかけてくるアンケート調査員を完全無視する行動は、普通にありえることだ。それで怪しいとは言えない。
 方伯は食い下がってみた。
「新幹線はまだ出ませんよ。急いでるんですか? 待ち合わせとか? 時間つぶしにアンケートに協力してくださいよー」
 組員風の男は、方伯をにらみつけた。
「うっせえガキだなあ。おら、ガムやるから、あっち行ってろ」
 方伯はガムをもらってしまった。
 ちなみに。彼は代々軍人の家系に生まれて現在はシャンバラ教導団に通う16歳男子であるが、その外見は身長138センチ、13歳程のかわいい女の子である。さらにはピンクの髪に、かわいらしい声。
「あ、あの野郎、ナメやがって!!」
 しばらく固まっていた方伯が我に返って、ガムを床に叩きつける。そんな彼に、誰かが話しかけてきた。
「お嬢ちゃん、ボクだったらアンケートに答えてあげていいよ」
 方伯が振り向くと、秋葉原が似合いそうな好青年がちょぴり頬を赤らめながら笑顔で立っていた。
 方伯は青年を無視して、ジェイドの所に駆けつける。
「おい! 今、見るからに怪しい野郎が通ったぞ。あんな奴、絶対チャカでもシャブでも持ってやがるから、ふんじばっちまおうぜ!!」
「落ちつけ。この先で山田が検問を張ってるから、そこで引っかかるだろう。その時、テロの証拠になる物や反抗的態度を見せたら即、確保だ」

 その頃、山田 一はダルそうに乗客たちの手荷物検査をしていた。
 座右の銘が「働いたら負け」である彼は、先ほど駅構内図のコピーを皆に配った後に、とっとと帰ろうとしたのだが、一葉に阻止されて今に至る。
「すいません、現在テロ警戒中でして、恐れ入りますがお手荷物を拝見させていただいてもよろしいでしょうか」
 それを聞いて、先ほど方伯を振り切った人相の悪い男が、さっそくゴネだす。
「ああん? そんなの聞いてねえぞ!」
「申し訳ありません。先程、駅構内で未遂事件が発生しましたので、お客様にもご協力をお願いしております」
 一が男のカバンに手を伸ばそうとすると、男はあわててカバンを自分の体に引き寄せる。
「さわるんじゃねえよ! 弁護士を呼べ、弁護士を!」
 その時、辺りにポンと軽い音が響いた。
「ぐぎゃあああ!」
 男が悲鳴を上げて、カバンを放り出し、床に転がった。床に落ちたカバンが衝撃で開き、中から何丁もの拳銃が転がり出た。
「確保しろ!」
 検問まで来ていたジェイドが叫び、もがく男に飛びかかる。ジュンイーも協力して、二人で取り押さえにかかった。
 方伯が「一般人はさわるんじゃねえぞ!」と床に散らばる銃を集めにかかり、ある事に気づく。
「なんだ、こりゃ? 発射できねえモデルガンだぞ。なんで、こんなモン、いっぱい持ってんだ?」
 押さえつけられた男の手は、肉も骨もえぐれ、穴が開いた状態だ。
 ジェイドが男の上着で傷を隠し、腕をしばりあげて、とりあえず出血を止める。組員風の男はすっかり抵抗する気力をなくしている。
 どういう訳か、カバンの持ち手が爆発したのだ。少量の指向性の爆発物が仕込んであったのだろう。だが男が自分で爆発させたとは思えない。
「操作を誤って爆発させてしまったのか……? あれになら何か映っているかもな」
 ジェイドは天井に設置された監視カメラに目を留め、言った。

 手を爆発させた男を、一とジェイドが駅の管理事務所に引っ立てる。
 一は不思議に思っている事を聞いた。
「どうしてまた、モデルガンをこんなに持っていたんです?」
「し、知らねえ……。こいつにはデータディスクと金塊が……、あ、いや」
 口ごもる男に、ジェイドがすげなく言った。
「話すのに時間がかかると、救急車を呼ぶのも、その分、遅くなるぞ」
 青ざめていた男が、さらに青ざめる。
「だっ、だから……その中には取引の情報と謝礼の金塊が入ってるはずだったんだよ! カバンを調べてくれ。鍵がかかってて開かないようになってただろ?! そいつぁ、昨日、柳山会の奴らから渡されたんだ! 奴らが俺をハメやがったんだ!」
 一が「何を言ってるんだ」という顔で彼を見て言う。
「空京で密かに縄張りを作ろうとしていた暴力団柳山会でしたら、一週間前に、鏖殺寺院によると思われるテロで全員、事務所ビルもろとも吹き飛ばされていますよ?」
 男は驚愕の表情になる。
「へえっ?! じゃ、じゃあ、俺に取引の電話をしてきたり、爆発しやがったカバンが入ったロッカーの合鍵を送りつけてきたのは、どこのどいつなんだ?!」
「それはボクたちも知りたいところですよ」

 その後、男は警察に引き渡された。
 男の自供や警察の資料によると、彼は中国などアジア各地から日本を経由して人材をパラミタ大陸に送りこむブローカーだった。その商売の実態は、パラミタへの密入国の手引きや人身売買である。
 男が確保されたことにより人と金の取引ルートが解明され、被害は多少なりとも減るだろう。

 なお、ジェイドは何度も監視カメラに保存された映像を見直し、壊れたカバンの持ち手も調べたが、なぜ爆発したのかは分からなかった。
(まあ、あのタイミングで爆発したからこそ、中身のモデルガンを見てテロリストかと思った俺たちがブローカーを捕縛できたわけだが。ブローカーにとって、不運が重なったという事か?
 ……もし、誰もカバンを持っていない時に爆発したら? ブローカーの周囲に誰もいない時に爆発していたら? まさか駅の人ごみに紛れ、誰かが遠隔操作で爆破スイッチを……いや、あれだけの数の生徒や警察官が爆破スイッチの類に注意をしている中ででは、リスクが大きい。だいたい誰が何のために、人身売買のブローカーを? 競合する別業者……だとしたら、バラして埋めた方が手間もかからないじゃないか?)
 ジェイドはどこか納得できないものを感じていた。