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天気晴朗なれどモンスター多し

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タコ中盤戦



 瞼の裏にちらちらと光が揺れる。
 ぎこちなく波を掻く水音。
 遙遠は、その音を聞きながら緩慢に意識を覚醒していった。
 血と海水の交じり合った味が口の中にあった。
 そして、遙遠は己が水中銃を撃った後に、タコの叩き付けをまともに受けてしまった事を思い出す。
 自分を支える腕の感触。
 どうやら誰かが己を背負って泳いでいるようだ、と気付きながら遙遠はゆっくりと目を開いた。
 隣には遥遠の顔があって、彼女もまた深く傷を負っているようで動きが鈍い。
「……迷惑を掛けるね」
 遙遠は血の絡んだ喉を鳴らして、彼女へと言った。
 思った以上に身体に力が入らず、己の声は細い。
 彼女は、前方の護衛艇を強く見つめたまま、小さく微笑を浮かべ、首を振った。


 ユニとアリシアは、かろうじて叩き付けを逃れたものの、すぐにタコ足に捉えられ、締め上げられてしまっていた。
「ッ――っぁぐ」
 絞り上げられて、ユニの口元に血が伝う。
 尚も、締め付けはギュルリと強く彼女の身体を捻って圧迫していく。
 込み上げた血が喉を伝って、それを吐き出す。
 意識がジィンと形を失い掛ける。
 と――。
 彼女を拘束する足が大きな衝撃に揺れた。

 救援指示を受けて、海上を走るボートの上。
「お姉さま、これも使ってください!」
 セリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)がパートナーの宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)へと己のランスを手渡す。
「ありがとう、セリエ」
 祥子はセリエに微笑んでから、受け取ったランスを槍投げの要領で遠くのタコ本体の方へ思い切り投げ飛ばした。
 筋力増強スーツによって強化された彼女によるランスの投擲は、タコの足を怯ませるには十分な威力を持っていた。
 二本のランスを身体にめり込ませて、タコが身悶えするように蠢き、その足に掴んでいたユニとアリシアを海へと落下させていく。
「さっすがお姉さま!」
「後で回収しなくちゃね、槍」
 はしゃぐセリエが腕に捉まってくるのに軽く肩を揺らしながら、セリエは目を細めた。
 彼女らの横で、藤本 雅人(ふじもと・まさと)がナイフを片手にボートの縁に足を掛ける。
「さて、そろそろ行きましょうかねぇ」
「ワタシがアッチの子を担当するから、キミはコッチね」
 秋月 凛(あきつき・りん)がユニ、アリシアと指を差しながら雅人の方へと小首を傾げた。
 その二人の後ろで。
「近くまで……サメが……来てい……すわ」
 沙 鈴(しゃ・りん)がボートの縁に捉まって、青い顔をしながら言う。
「目的は……あくまで救出……うっぷ……たたか……ひつ……うっく……十分に……うっっ」
 限界を迎えた鈴へと、彼女のパートナーの綺羅 瑠璃(きら・るー)が船酔い止めの薬を渡しながら、雅人と凛の方を見やる。
「近くまでサメが来ている。雅人さん達の目的はあくまで救出、戦って倒す必要は無い。十分に気をつけて……と言いたかったみたいね」
 雅人と凛は互いの顔を見合わせ、笑ってから、鈴と瑠璃の方へと視線を返して「了解」を重ねた。
 そして、二人が跳んで海の中へと身を滑らせて行く。
「よし、じゃあ――」
 と、緋桜 ケイ(ひおう・けい)が二人を援護すべく『雷術』を使おうとして――後ろから寄りかかってきた鈴に、どしゃっと押し倒された。
「な、な、なんだぁ!?」
 ケイがワケが分からずに目を白黒させながら、身体を捩って鈴の方を見やる。
 鈴は青白い顔で弱々しく首を振りながら。
「だ、め……電撃は……危険、ですわ」
「いや、でも皆ウェットスーツを着てるわけだしよ」
 ずるずると鈴の身体の下から這い出して、ケイが眉を顰めながら首を傾げる。
 鈴が、あうあうと口を動かしながら首を振る。
「……?」
「戦闘によってスーツが損傷している事が考えられるから、他の魔法にして欲しいって言ってるわ」
 瑠璃の言葉に鈴はこくこくと頷き、そして。
 爽やかに限界を迎えた。
 ケイの悲痛な叫びが青空に響き渡る。


 海に落ちたユニは海面に漂ったまま動きを見せ無かった。
 そのユニに伸びたタコ足へとクルードが切りかかり、タコの意識を己へ傾けさせる。
 そして、彼は凛がユニの傍に辿り着くのを確認し、
「……彼女を……頼む」
 言い残して、タコ足を引き付けるように、その場を離れていった。
 彼女の元へと辿りついた凛はクルードの方へと頷き、ひとまずユニを担いで水を蹴った。
 そこで彼女の意識の無事を確認している暇は無かった。
 視界の端には、ユニを狙って近寄ってくる一匹のサメの背びれ。
 それが予想以上のスピードでこちらに迫ってきている。
(逃げ切れない――)
 クッ、と奥歯を噛んで必死に泳ぐ。
 と。
「……う……」
 凛の肩に掛かる手に微かな動きがある。
「大丈夫!? ねぇ、自分で捉まってられそう?」
「……は、い」
 細い声が返って、凛の肩に回した腕に僅かに力が篭る。
「良かった! ね。もう少しだから、頑張ってね!」
(これで、牽制くらいは)
 凛はユニを支える手を離して、ナイフを抜いて、サメの接近に備えた。
 その間も懸命にボートの方へと向かう。
 そして、迫っていたサメの背びれが海中へ、スゥと姿を消す。
(――来る)
 胸の内で冷える緊張。
 ナイフを持つ手に力が入る。
 そして。
 海中から急上昇してくる、巨大なアギト。
「――ッ!」
 そちらへナイフを突き出す。
 ナイフの切っ先がサメの鼻先に突き刺さる。
 両手でそのナイフの柄を抑えて、自分達がサメの口へと運ばれないように必死に堪える。
 そして、彼女達はサメに叩き出されるような形で海上へと小さく吹き飛ばされた。
 短い浮遊感の後で、海面を擦り上げながら着水する。
 その頭上をケイの魔法が飛んで、海上へ顔を突き出したサメの顔面を捉え。
「失礼っ」
 聞こえたのはセリエの声。
 上から伸ばされたセリエの手に腕を捉まれて、凛はザバァっと一気にボートの上へと引き上げられる。
 横を見れば、ユニの方は祥子が引き上げていた。


 瀕死で海に漂うアリシアへと振り下ろされてきたタコ足を、筋力増強スーツを起動した焔の剣が受け止める。
 そして、彼はそのまま足を斬り落とそうと力を込めるが、かなわずに斬り込んだ形から剣を強く振り切ってタコ足を吹き飛ばした。
 その隙に雅人はアリシアを担ぎ、その場を離れていく。
「アリシアさん……大丈夫かい?」
 ボートの方へ泳いでいきながら、アリシアの方へと問い掛けるが、やはり彼女はぐったりと気を失っているようだった。
 心配になって、彼女の首元に指先を押し当てる。
 脈は、ある。
 雅人は安堵の溜め息を付いてから、彼女の首元より指を離した。
 そして、巡った彼の視線が強まる。
 サメだ。
 いつの間にか、何匹かが自分達を取り囲むように回遊している。
 雅人は自分達が危機的状況に置かれているのを嫌という程に自覚しながら、ナイフを抜いた。
(なんとか……彼女だけでも……)
 自分が囮になる、という選択肢が頭に浮かんだ――その時。
 ポーン、と空を飛んで、自分の目の前に落ちてきたのは一つの硬い浮き輪だった。綱が括り付けられている。
「捉まって!」
 綱はボートの方へと伸びており、その綱を鈴と瑠璃が握っている。
 雅人は素早くナイフを鞘へ返して、その浮き輪に捉まった。
 それを確認した鈴達が、綱を一気に引っ張り上げる。
 筋力増強スーツを起動していたのだろう。通常では考えられないスピードと勢いで雅人とアリシアの身体は引っ張られ、最後にはポーンと空中を巡って、ボートへと落っこちた。


「回収に参りましたわ」
 と、言った所で仁には聞こえていない。
 ミラは溜め息を零して、タコ足の叩き付けによって気を失っている彼の腕を取った。
「本当に、世話の掛かる方ですわ。あなたは」
 それから、馬鹿、と付け加える。
 筋力増強スーツは既に起動してある。
 ミラは僅かに恨めしげな視線をタコへと向けてから、仁を連れ、水を蹴った。
 自分達を追って、タコの足がザン、ザン、と空中からも海中からも突き出されてくるが、スーツによって強化されたミラは、仁を連れながらも、それらを寸でで避けて行く。
 そうして、援護をしてくれていたシエンシアとツークの元まで辿り着く。
「メリッサは?」
 仁を担いだミラが問い掛ける。
「それが……彼女も気を失ってしまって……」
 シエンシアが眉端を少し垂れながら応える。
「唯殿が担いで護衛艇の方へ向かっておる所ですよ」
 ツークが、空中と海上とでこちらを挑発するように揺らめくタコの足先へと弾丸を撃ち出しながら言う。
「仕方ありませんわね。私もコレを護衛艇まで運んでいきますわ。傷、深いようですし……」
 そう言ってミラは仁の顔を覗き、眉を薄く顰めた。


 タコが護衛艇の方へと移動し始めていた。
「絶対に守り切るよ!」
 鉄平が、こちらへ伸ばされるタコ足の先をランスで弾き飛ばす。
「そうだッ、絶対に近づけさせねぇッ!」
 フィルドがナイフ片手にタコ足を必死に牽制する背後では、唯がメリッサを背負って護衛艇へと向かっていた。
 と。
 海中深くを巡って、急上昇してくるサメの気配。
 唯は身を捩るが。
「――間に合わないッ!?」
「させるか!!」
 輝のドラゴンアーツが海中を渡ってサメを撃つ。
 そして、その一撃によって軌道のずれたサメの身体が唯の身体を掠めて、サメが海上へと半身を迫り出し――
 その顎を、唯の剣が突き上げるように刺し貫いた。