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リアクション
第三章 舞踏会の幕は華やかに上がり
「華やかなりし、舞踏会。それは虚構か、一夜の夢か……」
遠くからミューズが見守り、戯れに歌う中、続々と人々が、舞踏会の会場へと入ってきた。
「良かったー! 本当に普通に入れたね!」
赤井 葵(あかい・あおい)が花のような笑顔を見せて喜ぶ。
葵を連れて古城に入城した日下 進士(ひかげ・しんじ)は微笑みを浮かべながら、その手をゆっくりと離した。
「ね、言ったとおりでしょう? 招待されている舞踏会ですからね。間違っても、襲われるなんていう、勘弁して欲しい事態は起きませんよ」
「進士ちゃんの、そのマスクが利いたのかも?」
「それを言うなら、赤井さんのそのドレスかもしれません。とても可愛らしいですよ」
進士が褒めた葵のドレスは、ピンク色の超ミニスカートのドレスだった。
とても戦い向けの服装では無い、というのが目に見えて分かったし、それに、葵自身もそのつもりだった。
「ありがとう! 葵ちゃんね、戦うのって苦手なんだ! でも、ダンスはできるよ! 百合園でも社交ダンスの時間ってあるし。あ、作法の時間とかもあるけどね!」
「そうですか。そのあたりは薔薇の学舎とやはり似ていますね」
ふっと進士が微笑みを浮かべる。
仮面舞踏会らしく、道化師のような装飾をしたハーフマスクをつけているが、残り半分の顔は大人びたカッコ良さがあり、いつも百合園女学院で女の子に囲まれている葵にとっては、ドキッとするものがあった。
しかし、無邪気な葵は、それよりも、美しく彩られたパーティ会場の方に目を奪われ、うれしそうに会場を見渡した。
「わあ、とっても素敵! こういった会は初めではないけれど、どれも素晴らしいものが並んでいるわ!」
「そうね、使ってる食器も、絨毯やカーテンなんかの調度品も、悪くないアンティークのものだわ」
「あ、リリアナちゃん! テトちゃん!」
葵の話に乗ってきたのは、同じ百合園のリリアナ・エレトリカ(りりあな・えれとりか)と、そのパートナーであるテト・シュレディンガー(てと・しゅれでぃんがー)だった。
百合族のテトはいつものように首に赤いリボンをしていたが、さらにふわふわっとした可愛らしいドレスを着せられていた。
「可愛いねー、テトちゃん」
「……ボクは着せられただけだ」
テトが金色と青色の瞳に不満そうな色を浮かべる。
なんでボクまでこんな恰好で……と思っているようだが、ふわふわのスカートから覗く尻尾は可愛らしく、葵を魅了した。
「お耳だけじゃなくて、尻尾も可愛いー」
「か、可愛くなくっていいってば!」
慌てるテトのそばで、リリアナがじっと進士を見つめる。
「どうなさいましたか?」
進士の漆黒の瞳がリリアナを見つめ、リリアナの大きく青い瞳が進士を見つめる。
「その服装はバトラーをしてるの?」
「ええ」
「あたしも同じよ。花嫁修業のためにメイドをしているの。ね、良かったら一緒に踊らない?」
自分より20センチ以上背の高い進士を見つめ、リリアナは美しい笑顔を見せた。
「あたし分かったのよ。自分から待ってるだけじゃ王子様なんて来てくれないって。だから誘ってみたの。誘う女はイヤかしら?」
リリアナの言葉に、進士が微笑みを浮かべる。
「いいえ、喜んで」
進士がお姫様らしいフリルのドレスを着たリリアナの手を取り、一礼する。
プラチナブロンドの髪がふわりと揺れ、リリアナも笑みを零す。
「あ、いいなー! 葵ちゃんとも次にダンスしてね!」
カッコいいけれど、どこか裏のありそうな進士は、葵の好みに合っていた。
「ええ、もちろんですよ」
進士が答えると、葵もニコッと笑った。
「それじゃ、それまでテトちゃんとダンスしてるね!」
彼らが踊るそばで、少し変わったカップルが出来上がっていた。
シャンバラ教導団の一ツ橋 森次(ひとつばし・もりつぐ)は自分より30センチも背の高い蒼空学園のシモーヌ・ペトレイアス(しもーぬ・ぺとれいあす)に誘われて、戸惑っていた。
「一ツ橋様はわたくしではおイヤかしら?」
美しい青い瞳が誘うように潤み、ツインテールの髪がふらっと揺れる。
少し悲しげな様子を見て、森次は慌てた。
「え、いえ、イヤなんてことは本当にまったくないよ!」
「まぁ、本当ですの?」
悲しげに見えた表情が、今度は微笑みを浮かべ、森次を魅了する。
森次は話しかけられてからずっと、こんな調子だった。
大好きなアイスクリームをもらい、役目として舞踏会を盛り上げようとした森次だったが、そこで美しいシモーヌに声をかけられた。
しかし、シモーヌの背はヒールこみで2メートル近く。
その上、惜しみなく胸の谷間の見える、オフショルダーの黒色のドレスを着ていて、美しさと共に迫力があった。
シャンバラ教導団の制服は、それで戦闘の訓練をするので蒼空学園の女性制服などに比べ、分厚い。
普段、手すら手袋で隠された、肌の露出のない人ばかり見ている森次にとっては、シモーヌの姿はなかなかに刺激の強い格好でもあった。
「では、踊ってくださいますか?」
森次の目標のリンスレットはいまだに現れない。
ここは舞踏会が華やかでないと出てこないのかと思い、森次はダンスに誘われることにした。
ダンスを始めると、スカート部分が大きく広がった、18世紀のヨーロッパ風のシモーヌのドレスはとても映えた。
会場中の注目が思い切り集まる。
しかし、ダンスを始めた森次はそれどころではなくなった。
なぜなら、シモーヌの大きな胸が、森次の顔に当たってしまうからだ。
「あ、あの!」
「はい……?」
何か言おうとする森次だったが、シモーヌの美しい笑みを見ると、胸が当たって困ります、などとうまく言えなかった。
でも、シモーヌも気づいているのか、少し照れた表情をして、濡れた瞳で森次を見ている。
「また機会がありましたら是非に……」
ダンスが終わると、妖艶な微笑みを残して、シモーヌは森次の手を話した。
女性をエスコートをしようと思っていた森次だったが、終止、シモーヌの色香に翻弄されたのだった。
そんなふうにダンスが行われる中、プリモ・リボルテック(ぷりも・りぼるてっく)は、パーティの料理を食べてダラダラしていた。
「なんだ、壁の花か?」
裏椿 理王(うらつばき・りおう)に声をかけられ、プリモは小さく苦笑した。
「温泉掘りに疲れてねー。メイドとして舞踏会に……と思ったんだけど、外部の手伝い入れないみたいだからダラダラしてるんだ」
「温泉?」
「ちょっとね」
プリモはあいまいに答えつつ、理王の手にしたパソコンを見た。
「そっちもダンスをしないで何してるの?」
「ダンスは苦手だ、肌が触れるしな」
そう答えながら、理王はちらっとプリモを見た。
「あんた、技術屋だろう?」
「まあ、教導団の技術科だしね」
「だと思った。そういう匂いがする」
他者に興味を持たない理王が珍しく声をかけたのはそういう事情からだった。
「なぜここに?」
「鏖殺寺院のことが気になってね」
「目的は同じか。でも……古城ってのは辛いものだな」
理王は自作の盗聴器などを各フロアにしかけて、壁を壊してない部ケーブルを拝借……と思っていたが、ここは古城。
そういったデータ通信系統の充実はまったくなく、アナログな世界ばかりだった。
「本人に直接いろいろ聞くのがよかろう? ほら、おでましだ」
話に加わってきたイルミンスールのリトル・リトル(りとる・りとる)が2人にやってきたリンスレットを示す。
犯行声明でその姿を見ているので、全員がすぐにリンスレットと分かり、会場がざわつく。
長い髪をアップして結いあげ、紺色のドレスを身にまとったリンスレットは、踊る葵たちを見て、満足げに微笑んでいた。
「はじめまして、リンスレット。今日はお招きありがとう……というべきかな?」
妖艶な微笑みを浮かべるリトルに、リンスレットも笑みを返す。
「ようこそ、私と同じ匂いがする人がいて、うれしいわ」
「同じ匂い……?」
首を傾げるリトルを見て、リンスレットはその頬を撫でた。
「そう、同じ匂い。イルミンスールの学生は魔に魅入られやすいのかしら?」
背の高いリトルを見上げ、ロングウェーブの髪をいじりながら、リンスレットがくすくすと笑う。
すると、二人の会話にロカ・ユークリッド(ろか・ゆーくりっど)が混ざってきた。
「お邪魔してもよろしいですか?」
輝く銀色の髪を、黒いリボンで束ねたロカを見て、リンスレットは柔らかく笑う。
「どうぞ。お話しする相手が増えるのはうれしいことだわ」
「それはありがとうございます。リトルさんも失礼します」
同じイルミンスールの生徒であるリトルに挨拶をし、ロカは控えめにリンスレットに尋ねた。
「あの……放送見ました。守護天使についてお伺いしたいのですが……」
「何かしら?」
「守護天使の刻印というのは、安全に外すことはできないのですか?」
「他の方法?」
「吸い出す以外に消す方法があったりとか。吸い出しても、害ってないんですか?」
その言葉に、リンスレットはきょとんとし、楽しそうに笑いだす。
「さあ、害がないかどうかは、あそこを見たらどうかしら?」
「あそこ……? あ、あれはドルイド学科の魔桐さん……?」
リンスレットが扇で示したのは、魔桐 千草(まきり・ちぐさ)のことだった。
同じイルミンスールの生徒なので、ロカも見覚えがあった。
仮面はしているものの、青い髪や目元以外の外見で大体の想像がついたし、会場に箒に乗ってきたのだから、ほぼ間違いなかった。
胸元や背中が開いた色っぽいドレスを着こみ、蝶の仮面をした千草は会場の警備をしている守護天使に声をかけていた。
声をかけられたのは千草よりも20センチくらい背の高い男性で、何かを少し話したあと、千草は屈んだ男性の首筋に、いきなり口付けをした。
「魔桐さん!?」
驚いたロカが走り寄ったが、それでも千草は口付けをやめなかった。
千草の薔薇色の唇が動くと、それと共に少しずつ守護天使に付いた刻印が消えていった。
「……ふぅ」
刻印が消えたのを見届けると、千草が男性の首筋から唇を離し、ふらっと体を揺らした。
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ、ロカさん。ただ……」
「ただ?」
「もし、私が刻印に侵されそうになったら、どうか止めてください……」
「そんな、これ以上、刻印を吸う気ですか!?」
心配するロカに千草は笑顔を見せる。
「ええ。ロカさん、私たちイルミンスールの生徒は世界樹の元にいます。そして、それをずっと守ってきたのは、ヴァルキリー。だから、そのヴァルキリーを救うためなら……できる限りのことをしますわ」
「魔桐さん……」
ロカと千草の様子を見て、リンスレットが含み笑いをしている。
「なんだか楽しそうですわね、リンスレット」
百合園女学院の有栖川 珠桜(ありすがわ・みお)が笑うリンスレットに、挑戦的な感じで声をかけた。
「あら、お嬢様らしいお嬢様ね。流石は百合園生というところかしら?」
よく手入れされた金髪の縦ロールを見て、リンスレットが褒めるが、珠桜は少しもうれしくなかった。
なぜなら、その縦ロールをいつも巻いてくれる親友のティフォーネが、今はリンスレットのせいで倒れているからだ。
「お望み通り仮面舞踏会に参加いたしましたわよ?」
「ええ、そうね、ありがとう」
礼を言うリンスレットに調子を狂わされながら、珠桜は続けた。
「ヴァルキリーを治す薬は渡していただけないのかしら?」
「私は仮面舞踏会に来いとは言ったけれど、それで薬を渡すなんて言った覚えはないわよ?」
「そう。お薬は素直に渡してはいただけないようですわね。ならば、実力でいただいていきますわ!!」
アサルトカービンを取り出し、珠桜が戦闘態勢に入る。
しかし、その瞬間、リンスレットはダンスを踊る人たちを背にした。
「なっ……」
「もし、外れれば、他の招待客に当たるわよ?」
引き金を引けない珠桜を、リンスレットは面白そうに見やる。
「百合園女学院というのは、お嬢様を育てているのかと思ったら、とんだ教育をしているようね」
瞳が冷たくなるリンスレットを、睨みつける珠桜。
しかし、その銃口に見知らぬ男が入ってきた。
「おっとダメダメ! 可愛い女の子と綺麗なお姉さんが睨みあうなんてもったいない」
割って入ってきたのは神楽坂 春樹(かぐらざか・はるき)だった。
涼しげな目元をした春樹は、まず間違いなく、ハンサムという部類の中でも、上等に位置する容姿をしていた。
その容姿に2人とも目を引かれ、動きが止まる。
「2人とも見るなら俺を見てくれ」
春樹の笑みもまた、人を魅了する者があり、リンスレットは態度を和らげた。
「で、あなたを見てると何が起きるのかしら?」
「そうだな。では、ダンスのお相手を。せっかくの仮面舞踏会。踊らないのはもったいないのでは?」
「うん、ボクもリンスレットさんと踊りたいな! 主催者が楽しまなければ、舞踏会は盛り上がらないと思うよ」
ダンスに慣れてきた一ツ橋 森次(ひとつばし・もりつぐ)もリンスレットをダンスに誘いに来た。
「それもそうね。では、踊ろうかしら。あなたは彼の後にね」
森次にそう告げて、リンスレットが春樹の手を取る。
「ところで……もし、舞踏会を満喫して、満足したら、ヴァルキリーの治療薬を渡してもらえるか?」
「あら、そんなつもりでの誘い?」
「いや、もし、満足できなかったら、そちらの望むことをしよう。どうだ?」
春樹の提案に、リンスレットはふっと笑う。
「私はそういう自分もリスクを背負う男、好きよ」
そう言うと、リンスレットは小瓶を春樹に見せた。
「はい、これあげる」
「ありがとう」
いきなり渡されて驚いたが、春樹はそれを受け取ると、ポケットにしまって、リンスレットの手を取った。
「では、ダンスを」
その態度にリンスレットは本心からの笑みを見せた。
「先に渡されたら逃げ出す……なんて真似をしたら、後ろから撃たせようと思っていたけれど、そういう男じゃなくて良かったわ」
「もちろん。女性を誘っておいて、そんな真似はしない」
そう答えつつ、春樹はリンスレットを見て、惜しいと思っていた。
あと、10年若ければ、と。
(これでエリザベート様に褒めてもらえるかも……!)
そんなことを思いながら、春樹はダンスを始めた。
自分と同じ学校の人たちが頑張る中、リトルはこっそりとお金になりそうな貴重品を持ち出そうと、物色していた。
その途中で、つまらなそうなアナスタシア・グランシェリ(あなすたしあ・ぐらんしぇり)の声を聞いた。
「ダンスはしたことないから、誘われても断ろうって思ってましたけれど……あまりに誘われないと寂しいですわ、ヴィンス」
「きっと見た目の年齢や身長で、ちょうど合うのがいないのであろう」
ヴィンセント・シルバーバーグ(う゛ぃんせんと・しるばーばーぐ)はしれっとしてそう言ったが、実際にはふわふわの巻き髪に黒と白のふんわりしたリボンを絡ませた、いつも以上に可愛らしいアナスタシアにはたくさんの注目が集まっていた。
ただし、アナスタシアに声をかけようとした男性に対して、ヴィンセントがその後ろに立ち、「俺の嫁に何か用だろうか?」と脅すので、みんな怖くなって逃げてしまい、声をかけるにいたってないのだ。
もっとも、ヴィンセントからしたら、自分が脅したくらいで逃げるような男など、アーニャにふさわしくないということになるのだが。
「では、アーニャ、俺と踊ろうか?」
「そうですわね。ヴィンスならダンスも得意ですし……、場を盛り上げるとしましょう」
アナスタシアの手をヴィンセントがうやうやしく取り、二人はダンスを始める。
「あら……」
アナスタシアとヴィンセントのダンスに、リンスレットが注目をする。
黒いラインの入ったリボンやフリルをたくさん施した白いドレスのアナスタシアは清楚で可愛らしく。
それを抱くように護るように踊るヴィンセントは、黒を基調としたタキシードに白いラインの入ったデザインを着て、マントを舞わせながら、踊っていた。
「いいわね、あの梟の仮面というのも」
2人のダンスと、ヴィンセントの美しさと、アナスタシアの可愛さに、リンスレットは気を良くし、襲撃された不快さも忘れて、また舞踏会に集中し始めた。
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