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料理は愛情! お弁当コンテスト

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料理は愛情! お弁当コンテスト

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第3章 これもふだんのお弁当?

 つかの間の休憩を挟んで、コンテストは再開した。
「第二部はふだんのお弁当部門ですわ。こちらは多くの方にご参加いただきましたわね」
 一斉に並べられた色とりどりのお弁当箱とその中身。お腹を空かせた審査員達も満足すると思われた。審査員はフォークにナイフは勿論、お箸と各自取り皿を持って、中央のテーブルを取り囲む。制作者はいつでも質問に答えられるようにと弁当箱の側に控えていた。
 全員がうきうきして楽しく美味しく食べられるはず──だった。
「このお弁当はなんですの?」
 胸に黒百合の飾りを挿した神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)が、作者に疑問を呈した。
 弁当箱の上に、こんがり焼けたトーストが一枚乗っている。浮いていると言った方がいいだろう。トーストを剥がすと、白いご飯の真ん中に梅干しが一個鎮座しているいわゆる日の丸弁当が姿を現した。
「え〜これは日の丸弁当の部分が日本を、トーストがその上に浮かぶパラミタを表現しています。私はこれを弁当のフロンティアと名づけました」
 弁当は勿論、本人の肌も白くてちんまりとしたレロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)は、あくびをしながら答えた。褐色の肌で黒を好む長身のエレンとは対照的である。
「実は5分で考えたんですけど、愛情はできるだけ込めました。どうか審査よろしくおねがいします」
 頑張って作ろう! と思っていたのに、何となく時間が過ぎてしかも今日も寝過ごして、こんな有様だ。ただ苦し紛れでもこんな風にしれっと言えてしまうのがレロシャンである。もっとも手先が器用というわけではないから、時間があっても細工の凝ったものは作れなかっただろうが……。
「た、確かに料理は愛情ですわよ。愛情を抱く人に食べてもらおうと思えば、好みを調べ、味見をし、見た目に凝り、健康も気遣い、創意工夫するものですもの」
 が、しかし。
 祖母から料理を仕込まれ、誰かを想って愛情を込めて作ったか、に重点を置いて審査しているエレンの目から見れば、5分で考えた“弁当のフロンティア”にある愛情と自称するものは、弁当の新天地(フロンティア)に無理矢理タイトルをクリエイティブされたように見える。お弁当の蓋を開けたときのこのガッカリ感をたとえるなら、そう、未開の海を航海し希望を満載して戻ってきた筈のその船が港に辿り着いたとき、既に船はバラバラの残骸となっていたのだった……。
 ──これは、ひどい。
 無論レロシャンの表情には悪意の欠片もない。リアクションに困って周囲を見回すと、他の審査員達は別のお弁当を食べたのか、うめきながら水を求めて彷徨っていた。
 実は害意のある人物にはおしおきを、などと考えていたエレンだったが、
「みなさん天然ですのね……」
 と感想を呟くに留まった。

「俺は色んなおにぎりを作ったヨ! ドウゾドウゾ〜!」
 教導団から参加のサミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)は、2メートルを超える長身に兎柄のお重を抱え、審査員にアピールしている。
 食べて貰いたい人が用事で今日来れなくなって、一緒のランチを夢見ていたのにとしょぼーんとなっていたサミュエルだったが、お料理をするうちにちょっと元気が戻ってきたらしい。
「ハワード……これは戦闘糧食部門に出すべきだぜ……勿論、使用方法は相手の陣地にこっそり置いてきてだな……」
 教導団のよしみで手を出したグレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)は、口の中のものを水で無理矢理飲み下した。
「えー? 相棒は俺が作ったのは普通に食べてくれてるのにナ……」
「いいから食べてみろ」
 ぱく。虹の色じみたカラフル過ぎるおにぎりの中から、何故か緑色をしたおにぎりを手に取り、具まで半分囓って、サミュエルは首を傾げた。
「……美味しいヨ?」
 その切り口からのぞいていたのは、生のグレープフルーツだった。外側はキウイとミント、わさびをご飯に混ぜたモノである。他の色も推して知るべし。中身もチョコレートやタコ、キャラメルと、およそ普通おにぎりにいれないようなものだった。
 そう、サミュエルは料理が絶望的に下手だったのである。他の審査員は、見た目からして危険なそれを口にしていない。
 見た目からして危険なお弁当といえば、イルミンスールの晃月 蒼(あきつき・あお)もだ。
 すごいお弁当を作って見返してやる〜と意気込んだ彼女の作品、自分モチーフの立体キャラ弁“らしきもの”、だった。
 しょうゆ焼きおにぎりの頭部の肌はまだらに染まり、錦糸卵の金髪は自慢のさらさらヘアを目指したはずが、太い燕の巣がからまったような有様。
 海苔とそぼろの瞳はぼろぼろと崩れ落ち、桜でんぶのほっぺたはほんのりピンク……いや、練習の筈のスパーリングで一方的にやられた状態。かまぼこの唇は、食紅でちょっぴりピンクのルージュを引いたつもりだが、粉の量が多すぎて、真っ赤になって垂れ下がっている。
「これで勝つる!☆」
 幸いにしてお弁当とは似ても似つかない本人は、何故だか違和感を覚えないらしい。
「……どこの撲殺死体だろ……」
 愕然としながら静香が呟く。キャラ弁といったら、本人をデフォルメしたりして可愛らしくなっているのが常なのに。
「えへへ♪ カカッと作っちゃいましたぁ」
 ラズィーヤは懐かしいものを見るような目つきで蒼を見やった。
「昔は苦労しましたわねぇ……ジュースを搾ってたら回復で割れて全ロストしたこともありましたっけ」
「なんかよくわからないけど詳しいんだね」
「料理はナイトの嗜みですわよ」
 ラズィーヤの発言に静香はよく分からないような顔のままうなずいた。

「……んと、こちらのお弁当もどうですか?」
 瑞月 メイ(みずき・めい)がおずおずと差し出したのは、どこにでもありそうな普通のお弁当だ。パートナーの黒霧 悠(くろぎり・ゆう)が栄養配分と見た目──つまりメニューを考え、味付けをメイが担当した合作弁当だ。
 料理が特別得意でもない悠としては、優勝よりも二人でお弁当づくりを楽しめればそれでよかった。メイは悠にとって、ずっと年下の家族、妹のようなものだったからだ。普段は自分が作ってメイが盛りつけを担当しているのだが、今日は反対にしてみたのも、せっかくのイベントだからだ。
「……えと、悠と一緒に作ったんだよ」
 楽しげなメイを見て、お弁当には過程も楽しまないと続かないよな、とまともなことを考えた後で、審査員が箸を延ばすのを見て、悠は心の中で合掌した。
「まぁ、審査員には生け贄になってもらおうかな……」
 コロッケを口に運んだ審査員は、一瞬にして咳き込んだ。
「……あれ、辛かったかな? ……これ、どうぞ」
 メイが水筒のコップに注いだ液体を、一気に飲み干して、審査員は再びむせた。
 片手で口を押さえて中身をリバースしないように必死である。
 口の中では、スッポンの生き血の血なまぐささと、青汁の青臭さが絶妙なハーモニーを奏でていることだろう。
「……んっと、頑張って、栄養バッチリのお弁当目指しました」
 悠は元よりメイの料理の腕前は承知している。見た目がまともなら食べてくれるだろうという予想は当たりだ。
 何が悪いのか分かっていない様子のメイを見ながら、悠はとりあえず一緒に参加できたことに満足していた。

「見た目が普通でも油断できないということですね。でも、こっちは綺麗ですね……」
 ソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)が目を付けたのは、薔薇の学舎から参加した藍澤 黎(あいざわ・れい)のお弁当だ。
 学校と本人の耽美なイメージを裏切らず、お弁当箱の中身は芸術的なまでの美しさだった。
 ラズィーヤは珍しく目を輝かせて、感嘆の息を漏らした。
「お美しいですわ。このまま飾っておきたいくらいですわね」
 黎のお弁当は、木の平箱に詰まった豆寿司弁当だった。宝石のように並べられたそのひとつひとつが、柿や薔薇、月を模してある。
「こちらの柿は鮭、薔薇は漬け鮪で表現なさっているのね。月は厚焼き卵……。とっても日本の風情があって、素晴らしいわ」
 しかも一口サイズなので、大口を開けなくても食べられる。根っからのお嬢様である彼女には好印象だ。
 ラズィーヤはひとしきり褒めちぎった後で、箸を延ばした。
 黎は少しどきどきしながら彼女を見守る。参加して百合園でもてなしの心を学び、忙しい恋人に負担にならないような差し入れをしたい──そんな動機で参加した黎にとって、お嬢様の象徴とも言えるラズィーヤの感想は貴重なものになるだろう。
「……」
「どうだろうか」
「……」
 お嬢様は、普段の不断の努力で、何とか薔薇を飲み下した。
「……お水くださる?」
 黎は、そうは見えないが、実のところ結構がさつである。料理も自覚できるほど苦手だ。
「酸味が少々……いいえ、あの食べられることは食べられるのですけれど」
 何とか食物としての体裁を保っているレベルと言えばいいのか。
 ラズィーヤは小夜子から水を受け取り、口の中でべたべたするお酢を洗い流す。
「そうか……」
 黎は肩を落とした。やっぱり、百合園の知人に貰ったお弁当券を使用して、ちゃんとした作り方を教えてもらった方が良さそうだった。
 同じく薔薇の学舎のティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)のお弁当は、こちらはシンプルなものだ。趣味の紅茶にはこだわりがあるが、料理は得意とは言えない。人にお弁当を作ってあげるために練習していたくらいなので、難しいものは避けたつもりだ。
 中身は卵焼きに一口ハンバーグをメインに、人参とブロッコリーのグラッセ、ごはんに、季節のフルーツ。
 ちょっとお弁当箱に隙間があるのは、付いてきたフリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)が材料をつまみ食いしたからだ。
 フリードリヒはティエリーティアと料理の腕前はどっこいどっこいで、生ジャガイモを食事に変える電子レンジを崇めているくらいである。いちいち自分で料理したりしないわけで、各種食材はおろか、他の出場者におかずをねだったりしていた。
「いただきます」
 静香は今までのものに比べて、これなら安心かなー、とお弁当に手を付けた。しかし、予想以上に酷くはないが、卵焼きはこげこげ、ハンバーグはミディアムレアで、ご飯も芯が残っている。
 表情が難しくなるのを見て、ティエリーティアは狼狽する。
「が、頑張ったんですけど……」
「ご飯ひとつでもね、吸水時間とか研ぎ方で随分違うんだよ〜」
 静香は一通り彼にアドバイスをすると、次のお弁当に向かってしまった。
「……フリードリヒ、これは後で一緒に片付けようね……」
「おう! 食べられるんなら何でももらうぜー!」
 味覚にこだわらないフリードリヒにならともかく、友達にあげる日はまだまだ遠そうだ……。

 エルシア・リュシュベル(えるしあ・りゅしゅべる)は、今のところご飯が殆どのお弁当の中にあって、サンドイッチを作っていた。
「り、理不尽です……」
 サンドイッチケースを前に、つり目の目尻を下げている。箱の中のサンドイッチは、ベーコンとスクランブルエッグに“なってしまった”ものだけだ。パートナーでありメイド役の高務 野々(たかつかさ・のの)がぷるぷる震えるエルシアの元へふらりとやって来て、
「甘すぎて気持ち悪くなりそうですがまずくはないです、って言ったじゃないですか」
 甘いものが嫌いな野々的には、これでも控えめな表現のつもりだ。
「あたし、料理なんてしたことないんですよ! レシピだけ教わっても、無理です。しかも分かってやってたなんて」
 お弁当といったら卵焼き、野々のお手伝いだと思っていたら、一人でやれと言われて彼女は半泣きである。卵焼きは野々の予言通り甘いスクランブルエッグのサンドイッチになってしまった。今ケースに入ってるものもかたちがいびつだけど、これでも失敗がひどいものは野々が食べてくれたのである。
 こんなに意地悪なパートナーでも、メイドだけあって野々が以前作ってくれた卵焼きは美味しかった。それがエルシアには余計腹立たしい。
「大丈夫ですよ、静香校長なら今まで色々とスゴイのを食べてたみたいですから。美味しいって言ってくれると思います。……本当ですよ?」
 今日も可愛らしいワンピース姿の静香を眺めて、野々は自分に言い聞かせるように言った。
 静香は開場からこっち、誰とでもにこやかに会話している。以前の船旅でちょっとひっかかっていたことはあったが、目指すべきメイドであるのには変わらない。性別なんてメイドの前には意味がない。
「本当ってどうなんですか。校長に失礼じゃないですか?」
「大丈夫。……ほんとーですよ」
 エルシアにしか分からないニュアンスで、野々は保証した。