リアクション
episode3:恋は一生懸命!
魚住 ゆういち(うおずみ・ゆういち)は、ぎっくしゃっくと空京神社に向かっていた。
神社前の巨大鳥居で、各務 竜花(かがみ・りゅうか)と待ち合わせなのである。
一緒に初詣をする約束をしたのだ。
初デートである。
よく解っていないらしい竜花は
「楽しそうですね」
の一言で誘いに乗ったが、初デートなのである。
「魚住くん、お待たせ」
時間通り、竜花は鳥居の前に現れた。
長い髪を結い上げた、その青い振袖姿に、ゆういちのハートは串刺しにされて、顔が真っ赤になる。
うおおお俺の飼ってるアロワナちゃんより断然可愛いぜ!
などという言葉は口から発せられなかった。
竜花は1人ではなかったのだ。
「……何この連中?」
振袖姿ではにかむように笑ったのは、ルーナ・フィリクス(るーな・ふぃりくす)である。
「おめでとござっす、先輩」
動きやすい普段着姿で軽く手を上げたのはケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)で、パートナーのジゼル・フォスター(じぜる・ふぉすたー)と共に来た城定 英希(じょうじょう・えいき)は、男のくせに女性用振袖を着込む念の入れようだった。
髪もばっちり結っている。
「いや、俺だけ男だったから。これで魚住くん、ハーレムだね」
はっはっは、と笑う英希に
「いらんわ!」
と返すゆういちだが、彼等はゆういちの初デートを邪魔しに来たつもりではなく、その恋路を応援するつもりで来たのだ。
何しろ
「えっと、皆と一緒の方が楽しいかと思って……」
おろおろと竜花がゆういちに言う。
「あ、いや! いいんだ! うん、皆と一緒の方がきっと楽しいよね!」
こんななので。
ゆういちと、恋心の自覚の無い竜花との初詣、ということで、周りの仲間達は燃え上がるほどに奮起したのである。
「それにしても、各務さんの振袖姿、可愛いよね」
こそりとケイラがゆういちに耳打ちした。
思っていたことを言い当てられて、ゆういちの顔が再び赤く染まる。
「うむ。実に可愛らしい」
と、ジゼルも頷いて焚き付ける。
「そうですか? 有難うございます」
竜花が微笑んで礼を言っている。
ここで自分も褒めなくては! と、ゆういちの心の目もくわっと開いた。
「うん! きれいだすごい似合ってる! 青い振袖ってのはいいな! 本マグロが泳いでそうだぜ!!」
ルーナと英希はひっそりとこめかみを押さえた。
無駄にテンションが上がりまくって言ってることがおかしなことになっている。
それでも、竜花はくすくす笑って、「ありがとう」と答えていた。
「あ、綿飴」
屋台の綿飴屋に竜花が目を留めた。
白いふわふわの飴が作られているのを見て
「可愛いね」
と言う。
ぽーと見とれているゆういちにすかさず、どん! どん! と、ゆういちの斜め後ろ両側から、ケイラと英希の肘鉄が入った。
「あ、よかったら食べる?」
勿論奢りで、財布を取り出すゆういちに、
「ありがとう」
と横でルーナもにっこり笑う。
「皆もかよ……」
「そりゃあ、男だったらここは気前良くいかなきゃ」
横ににじり寄ってたかる英希に、はいはいとゆういちは溜め息を吐き、英希は、ゆういちに張り付く自分に竜花が嫉妬しないかな? とこっそり竜花を覗ってみるも、竜花はゆういちに綿飴を手渡され、無邪気に喜んでいた。
「甘い。おいしい。魚住くんもどう?」
と、はいっと綿飴を向ける。
「ええっ!?」
びっくりして赤くなるゆういちは、それじゃあ……と、もぐ、と一口。
「……これは、特に心配することもなかったのではないか?」
ジゼルが英希に囁く。
「うーん、でも自覚ないっぽいしねー」
それは致命的だろ、と英希は肩を竦めた。
「あ、魚?」
次に竜花が目を留めたものを見て、ゆういちも、ルーナ達も目を丸くした。
魚、という単語に、金魚すくいを連想した一同だったが、そこにあったものは違っていた。
3メートルほどの高さの巨大な水槽……もとい空槽。
囲われた中、空中を、巨大な魚がゆらゆらと泳いでいる。
「…………森海魚すくい!?」
ゆういちは唖然として声を上げた。
それは、イルミンスールの奥地に生息するという稀少な種類の魚だった。
「森海魚?」
ルーナが首を傾げる。
「……いや、あれはやめとこう。
結構凶暴な魚だし……ていうか何でこんなところに……?」
ゆういちは竜花達を促す。
「流石、魚には詳しいのだな」
ジゼルが感心したように言った。
「ん、でもやっぱ、普通の金魚がいいかもね」
ルーナが苦笑し、竜花も頷いて、金魚すくいの店を探した。
ちなみに、知識はあってもゆういちは一匹も金魚をすくえず、見かねたジゼルがほいほいとすくってみせて、ゆういちにやり、竜花は綺麗ねと笑って、それを2匹だけ貰った。
「あれっ?」
そしていざ参拝になると、煙のように英希達の姿が消えてしまった。
「迷子になっちゃったのかな?」
少し探してみたが見つからず、不安そうな竜花にゆういちは、
「後で合流できるよ。
できなくても、子供じゃないんだから後で連絡すれば問題ないって。
それより、俺達もはぐれないよう、掴まって」
と手を差し出す。
そうですね、と竜花はゆういちの手を取り、ゆういちは絶対にこの手は離さないぜと誓いながら、拝殿へと向かった。
賽銭を投げ込み、拍手を打つ。
これからもずっと一緒にいられますように!
ちら、と竜花を見て、ゆういちは願う。
うーんどうしよう、願い事って特にないんだよね……
竜花は何を願うか迷って、ふと、隣りにいる人物を思う。
そうだ、今、感じていることは。
……魚住くんと仲良くなれますように。
帰り道、2人の様子を物陰から生温かく見守っている英希の悪戯心がギラリと光った。
ゆういちの足元の地面を、氷術で凍らせて、スリップさせたのだ。
運動神経のまるでないゆういちのこと、体勢を崩して竜花と密着するに違いない。
「うおぁ!!?」
「きゃあ!?」
どしーん!
きゃー、各務さん!
叫びそうになったルーナの口をケイラが塞ぐ。
確かに、ゆういちと竜花は密着した。
密着したが、むしろその体勢は、押し倒した、と言った方が正しかった。
もっと言えば、ゆういちは竜花を押し潰した。
「うわ! ごごごごごごめん!! 大丈夫!?」
慌てて身体を起こして、ゆういちは竜花の手を引いて起こす。
「だ、大丈夫。びっくりしたけど、平気」
無理しているのではなく、本当に痛くなかった。
すかさず物陰から、ケイラがヒールを施したのだ。
「うわ、かっこわりい……ほんとゴメン」
落ち込むゆういちに、竜花は笑う。
「金魚が無事だったから、本当に平気。
今日は楽しかった。魚住くんは?」
「そりゃ、勿論楽しかったぜ!」
慌てて答えたゆういちに笑いかけ、二人は仲睦まじく帰って行く。
じろ、とジゼルに睨まれて、英希は
「だってまさか、あんなにまともに転ぶとは……」
と言い訳する。
「あの2人、少しは進展したかしら?」
後姿を見送って、ルーナがケイラを見上げる。
「ま、これからも頑張れってことで」
ケイラは肩を竦めてそう答えた。
◇ ◇ ◇
図らずも一緒に過ごすことになった
高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)とのクリスマスがとても楽しかったので、また一緒にどこかに行きたい、と思っていた
関谷 未憂(せきや・みゆう)は、彼を初詣に誘ってみた。
悠司の方も、多少面倒くさいと思わないでもなかったが、折角女の子と仲良くなれたのだし、と、その誘いに応じ、今年最初の顔合わせとなった。
「あけましておめでとうございます」
ぺこりと頭を下げた未憂に悠司も
「ああ……おめでとうゴザイマス」
とぶっきらぼうに答える。
顔を上げた2人の視線がばちりと合って、未憂の表情に笑みが零れた。
「折角だから振袖とか着てみたかったけど無理でした」
1人で着付けは出来ないし、出来る人のアテもなかった未憂は、部屋中に服を広げた結果、タートルネックのセーターにスカート、タイツとブーツにハーフコートというカジュアルなコーディネートに落ち付いた。
「あー、まあ、いいんじゃねーの」
ふい、と顔を逸らして言いながら、2人は何となく歩きだす。
「元旦じゃないからわりと空いてますね」
「歩けないほどじゃないな。でもこのまま本殿に行くのは何だか気に入らないな。もっと静かな社を探そうぜ」
パラミタにある神社なのに地球の英霊とか自重しやがれ、とか何とか考えていたことはとりあえず腹の中に収めてそう言うと、
「そうですね」
と未憂も言って、静かな参道を選んでのんびり歩き、見付けた小さな社でお参りをした。
「えーと、家内安全無病息災!」
「願い事って声に出したらまずいんじゃないのか?」
「えっ、そうでしたっけ!」
慌てて口を押さえる未憂に
「いや、どうだったかなー。今年も1年よろしくなっと」
ぱん、と拍手を打って、悠司も声に出して言った。
その後でおみくじも引いてみる。
「あっ、私より先に見ないでくださいっ!」
引いた番号を聞いて2人分のおみくじを受け取った悠司が悪げもなくそれを開いて見て、未憂に言われ、
「悪ぃ悪ぃ、大吉だってよ、よかったな」
と、おみくじを未憂に渡す。
「あ、ありがとうございます。高崎先輩はどうでした?」
「中吉。まあまあだな」
実はこっそり取り替えたことは秘密なのだった。
◇ ◇ ◇
その2人は恋人同士からもう一歩進んだ間柄だったが、2人きりでの初詣にはならなかった。
それは、2人だけで過ごすことよりもっと大事な予定を抱えていたからだ。
互いのパートナーを含めた総勢6人での初詣帰り、ちょうどお昼時になったので、
譲葉 大和(ゆずりは・やまと)と
遠野 歌菜(とおの・かな)は互いのパートナーと共に、ファミレスに寄ることにした。
6人掛けの席だが、大和の左側に座った歌菜の膝の上に、大和のパートナー、
九ノ尾 忍(ここのび・しのぶ)が座っている。
振袖姿の歌菜の膝の上で、見た目子供の忍の巫女服が、何とも可愛らしかった。
ちなみにその横に座る大和は紋付袴、といった目立ついでたちで、向かいの座席の真ん中に座る大和のもう1人のパートナー
ラキシス・ファナティック(らきしす・ふぁなてぃっく)も、歌菜とお揃いの振袖で、歌菜を慕うラキシスは、同じ振袖にご機嫌だった。
歌菜のパートナーの
ブラッドレイ・チェンバース(ぶらっどれい・ちぇんばーす)と
リヒャルト・ラムゼー(りひゃると・らむぜー)は、ラキシスを挟んで座っている。
食事をしながら、いよいよ、と歌菜と大和は視線を合わせ、テーブルの下で大和は歌菜の左手を握り締めた。
「あ、あのね。皆に、報告したいことがあるの」
大和の手に勇気を貰いながら、歌菜が思い切って口を開く。
集まった視線に、大和が言葉を継いだ。
「昨年のクリスマスの夜に、歌菜に婚約を申し込みました……。
その、歌菜の返事は」
と、大和は握り締めたままの手を、テーブルの上に出す。
その薬指には、指輪がきらめいていた。
「報告が遅くなりましたが……。
未熟な2人ですが、どうか見守っていて下さい」
緊張に身体を強張らせながら、パートナー達の反応を待つ。
「……やれやれ」
軽く溜め息を吐いたのは、ブラッドレイだった。
「ようやくか。報告が遅いぞ、カナ」
「……えっ」
自分のパートナー達に反対されるとは思っていなかったものの、気付かれているとも思っていなかったので、歌菜はぽかんとする。
そんな表情を見て、リヒャルトが微笑んだ。
「歌菜ちゃん、クリスマスからずっと指輪つけていたでしょう。
それを見たら分かるに決まってるよ」
報告してくれるのを待っていたんだよ、と優しく言われて、
「王子……」
と、歌菜は胸を熱くした。
「クリスマスに申し込んだの? ロマンチックだね!」
ラキシスが嬉しそうに言って、大和は少し顔をしかめる。
「……ラキ、お前どこでそんな知識を……」
クリスマスに告白するのがロマンチックだなんて意識がこの子供にあったなんて意外だったのだが、文字通り、ラキシスはロマンチックも婚約も、知識でしか知らなかった。
「歌菜おねえちゃんが、本当のお姉ちゃんになってくれるってことだよね?」
と、嬉しそうに言ったラキシスに、微妙に安心してしまう、父親気分の大和だった。
「そうですよ。ラキちゃん、忍ちゃん、これからもよろしくね。
僕達ももう家族みたいなものだね」
「レイちゃんやリックちゃんもボクのお兄ちゃんに? 素敵だね!」
ラキシスは両側を見上げて、瞳を輝かせる。
お互いに、自分達のパートナーに関しては心配していなかったものの、相手のパートナーの反応を心配していた歌菜と大和は、パートナー達のそんなやりとりにほっとした。
「大和、覚悟した方がいい。カナのフォローは大変だぞ?」
からかうように、ブラッドレイが大和に言う。
「そんな風に言わないの。大和くん、歌菜ちゃんをよろしくね」
言葉は違えど、歌菜のパートナー2人に言外におめでとうと言われて、大和は頷く。
「いやいや、歌菜殿、むしろ大和をよろしく頼むのじゃ。
こやつは馬鹿じゃし、アホじゃし、おまけに馬鹿じゃが、末長くよろしくの」
「お前、馬鹿って2回言ったな」
歌菜の膝の上なので限界まで我慢しているが、忍の我慢しきれない尻尾が、嬉しげに揺れている。
実は密かに、嫁姑プレイができるの! とか思っていることは内緒だ。
「みんな……ありがとう。改めて、これからもよろしくね!」
歌菜が、とびきりの笑顔を皆に向ける。
「おめでとう、カナ」
無愛想ながら、あたたかい感情の込められた一言を、ブラッドレイは歌菜に送る。
「では今日は大和のおごりじゃな!
まさかこのめでたい席で甲斐性の無いことは言うまいな?」
と、手ががっしと追加注文のメニューを掴んでいる忍に、大和はやれやれと溜め息を吐いた。
「はいはい、好きにしてくださいよ」