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リアクション
第10章 前半――紅の12番、動く
(さすがは私の仲間、と言ったところかしら?)
藤原優梨子は紅チームの動きを見て感心した。
白チームFW陣にはスポーツ経験者が数多く入っているし、サッカー部員もいる。動き方のセンスは大したものだし、実際自分もパスをカットされている。現在もパンダボールは白の方がキープしている最中だ。
だが、実況の人間も言っているように、紅チームの選手の層は相当厚い。メンバーはMFやFBに固まっているので、白の進軍はこれからますます困難を極めるだろう。
(私が抜けても、守備に問題はないでしょうね)
彼女はそう判断し、走り出した。
目指すは白ゴール前。一気に勝負を決めてやる。
ただのサッカーなら、おそらく白への勝ち目はなかった。だが、普通のサッカーでは、フィールドの凍結や光学迷彩でのマーク、バーストダッシュや機晶姫の加速ブースターでのブロックなど存在しないだろう、
これは蒼空サッカー。要所要所でのスキルの使い方を熟知した方が、勝つ。
(教えてあげますわ、白のみなさん)
彼女は心で呼びかけた。
(スキルには、色々な使い方があるのですよ?)
前半もそろそろ半ばを過ぎた。
安芸宮和輝は、ベンチ代わりの自軍天幕の方を見た。
クレア・シルフィアミッドが出したサインは、パンダボールは未だ紅陣地の中盤――センターラインから700メートル程度しか進んでない事を示していた。
(こちらは攻めあぐねていますね、どうにも……)
一方、紅チームは当初のFWの他、MFも何人かが前線に入り、攻撃の陣容が厚くなってきている。クリアしようとしたボールは紅の14番や15番が「バーストダッシュ」で立て続けにブロックしており、ゴール前には紅のリーダーが常駐してパスが渡るのを待っている態勢だ。
さっきの紅の19番から出されたパスには冷や汗が出た。正確無比で、こちらのディフェンスの真ん中を一気に貫いていった。ああいうのをキラーパスという。あのプレイヤーには現在こちらの8番・アシュレイがマークについているが、光学迷彩を使っていてさえ既に一度抜かれている。
(厄介な相手ですね――)
紅のリーダー相手にオフサイドトラップが使えれば――そう思う反面、サッカー経験者が少ないチーム編成では、そういう連携を取るのは難しいとも思う。サッカー初心者にとって、オフサイドのルールはなかなか理解が難しいものなのだ。
(いっそのこと、私と稔で強行突破を狙いますか――?)
そうも思うが、相手の底が見えない以上、端くれとは言えサッカー経験者がゴール前を外れるのは危険だった。
また紅のリーダーにカレーボールが回る。ボールはトラップなしでシュート。安芸宮稔がブロックし、こぼれた球を虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)が拾い、樹月刀真にパス。が、そこに紅の17番が「軽身功」で割り込みカット。「爆炎破」でも使ったのだろう、炎をまとったカレーボールがゴールに向かって真っ直ぐに飛んでいく。
キーパーはこれをキャッチ。さっきから、属性つきのシュートを立て続けに止めている。何度か繰り返されている場面だった。
(ヴァーナーさんがいてくれて良かった)
安芸宮和輝は心底そう思った。
(あの人のヒールがなかったら、今頃うちのキーパーは倒れていたでしょうね)
だが、これ以上の負担は危険だろう。そろそろ攻められっぱなしの流れを変えないと――!
(稔はよくやってくれている――よし!)
「キーパー! ボールをこっちへ!」
安芸宮和輝は手を振った。放られたカレーボールをキープした後、前方のMF・樹月刀真と漆髪月夜に声をかける。
「刀真さん、月夜さん! 攻めます!」
指示を出した後、ドリブルを開始。再度「軽身功」を使って紅の17番が吶喊してくる。引きつけてから味方の6番・ミューレリアに渡して吶喊を回避、すぐにパスを返してもらって樹月刀真・漆髪月夜のペアに合流する。
「刀真さん、月夜さん。ちょっと長旅になりますけど、つきあって下さい」
「……まさか、敵ゴールまで一気に?」
漆髪月夜の問いに、安芸宮和輝は頷いた。
「流れを変えましょう。両方のボールを紅陣地に持って行って、プレッシャーをかけます」
その申し出に、樹月刀真が口元を歪める。
「面白いですね。約3キロの突破行ですか」
「紅の防衛線を分散させれば、こちらがキープしているパンダボールも先行させられるかも知れませんからね」
「消極的ですね。いっその事、俺達で点を取りに行きませんか?」
「同感だわ。攻めに行くんだから、強気にならないと」
三人は顔を見合わせ、互いに向かって頷くと、併走を始めた。
紅の人員は、今のところほとんどがまだ自陣に集中している。攻撃陣のラインを抜ければ、あとは紅陣中盤程度までは簡単に突っ切れるはずだ。
紅の14番・15番がこちらに向かって走ってくる。3vs2。正面に14番。フェイントをかけて股下を抜き、樹月刀真にカレーボールを繋ぐ。15番が競り合いに来るが、樹月刀真はショルダーチャージ一発でこれを吹き飛ばす。15番の体は地面に転がった。
「金剛力」を使ったのだろうが、物凄い押しの強さだ。
(――これなら行ける!)
カレーボールは安芸宮和輝に戻された。
行く手には、もうひとり紅のプレイヤーが走ってきていた。12番。
――相手がひとりなら、簡単に抜ける。
三人がそう思った時、12番の髪の毛が波打ち、眼光が凄絶な輝きを帯びた。
「『私にひざまずきなさい』」
直後。
三人は、身動きができなくなった。
《あっと、白チームのカレーボールキープ組、突然動きが止まった!》
《……ただいま入りました情報によりますと、観客の中にフィールドにレーザーポインターを向けている人がいるようです。このような行為は極めて危険であり、試合への妨害行為と見なされます。発見次第排除されますのでお辞め下さい》
《あの三人……2番・安芸宮和輝、10番・漆髪月夜、11番・樹月刀真もそのレーザーポインターを受けたのでしょうか?》
《いや、動きの止まったのがまったく同じタイミングです。レーザーポインターによるイタズラとは思えないのですが……》
(((……!?)))
ずん、という衝撃を、確かに三人は感じた。
足首は地面に縫いつけられたように動かない。膝は固まったまま小さく震える。心臓が動悸を始め、全身にはイヤな汗が噴き出し、ガチガチと歯の根が合わなくなった。
「……何が……?」
呻き交じりに、樹月刀真が口から洩らす。
「……分からない……でも、あの12番が……!」
漆髪月夜が、髪を波打たせている紅の12番を睨む。
が、その顔はすぐに引きつった。怯え。彼女のそんな表情は、樹月刀真もほとんど見た事がない。
パートナーの事は笑えない。樹月刀真も、自分が同じ表情をしているのが分かった。
「……ぐっ!」
押し殺した悲鳴を上げ、安芸宮和輝が膝をついた。
彼の足元にあったカレーボールは所在なげに転がって、紅の12番の右足に受け止められる。
「ナイスパス。ご苦労様でした」
彼女――紅の12番はそう答えた。
彼女はゆるゆるとドリブルを始め、再びカレーボールを白の陣地に戻していく。
その姿が、三人の真ん中を悠々と抜けていく。
安芸宮和輝、樹月刀真、漆髪月夜は、何もできない。通り過ぎていく背中を見送る事さえできなかった。
――怖れ。恐怖。絶対的な者への畏怖。
自分達が感じているものの正体に気付いたのは、紅の12番が遠ざかってから大分たってからの事になる。
「……うわ。あの12番、エゲツないことするわねぇ」
さすがのヴェルチェも顔をしかめた。
「あれって精神に間違いなくダメージ与えてへんか?」
日下部社も顔を歪める。
「今度は一体何が起きたんだ?」
「まるで、蛇に睨まれた蛙というか……」
「当たりや」
日下部社は近藤勇の台詞に、口で「ぴんぽーん」とジングルを鳴らした。
「アボミネーションや。目の前の白プレイヤー、ビビらせおった」
(効果てき面、とはこの事ですわねぇ)
紅の12番とは、藤原優梨子の事である。
彼女は、ゴール前を見た。白チームのプレイヤーや、ゴールキーパーがまとめて固まっている。
球技とは、より多くの点数を入れた方が勝ちである。そのための戦術は色々あろう。敵の守るゴール前を制圧することも、有効な手段のひとつには違いない。
敵のディフェンダーやゴールキーパーの動きを止めてしまえば、あとは点の取り放題だ。
藤原優梨子は満面に笑みを浮かべていた。
(白のゴール前、占領させていただきますわ)
(くそ……まさかあんな使い方があるなんて……!)
虎鶫涼は歯噛みした。
スキル・「アボミネーション」。効果は、敵対者に畏怖の感情を呼び起こす、というものだ。紅の12番は邪神や死神の気配を全身から発しているのだろう。
(あの三人は、そんなのを近くからまともに受けたんだ……よく腰を抜かさなかったものだ)
ゴール前に接近する彼女の狙いは明白だった。あのスキルをここで使うに違いない。そうなればこちらの守備陣は文字通りに壊滅する。
敵の拠点や防衛線を制圧するという意味では、一番正しい使い方だろう。それがサッカーとして正しいか、という問題は別として。
これを止められる人間は――
(いた……ただひとり!)
「9番! 秋月は動けるか!」
虎鶫涼に呼ばれ、秋月桃花が駆けつけた。
「はい、何でしょう?」
「いいか、いまからすぐ味方のFWの所に行って、緋桜遙遠――うちのチームの18番に、ゴール前に戻るよう伝えろ! 『敵、ゴール前、アボミネーション』、これだけ伝えればいい!」
「は、はい!」
彼の血相に驚きながらも、秋月桃花は翼を広げ、前線に向かって飛んでいった。
(頼むぞ、秋月……あんたの速さが、白チームの命運を握る!)
虎鶫涼の眼が、飛び去っていく秋月桃花から紅の12番に移った。
確か、名前は藤原優梨子と言ったか――ゆっくりとしたドリブルで近づいて来る姿は、あまりに無防備に見える。
戦闘だったら、魔法を飛ばすなりなんなりして迎撃態勢を取るのだが、生憎これは「サッカー」だ、そんな事はできやしない。
もっとも、戦闘という枠を取ったとして、今の白チームディフェンダーが束になって掛かっていっても、彼女を止められるかどうかは怪しいが――
(それでも、やれるだけの事はしないとな……!)
虎鶫涼は、迫り来る藤原優梨子に向けて走り出した。
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