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第13章 イルミンスール魔法戦闘航空団「High Maneuver Witch」

「続いてのPVは、プログラムNO.12、『イルミンスール魔法戦闘航空団』」


 画面には、箒を主に各種備品が置かれている物置のような部屋。つられたハンモックで爆睡している茅野 菫(ちの・すみれ)の姿がある。
 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が、手前から画面に入って「もしもし、起きて。時間だよ」と菫の体を揺すった。
 眼を覚ました菫、跳ね起きるとハンモックから飛び降りて慌てて髪を整え、「え?もう撮影してる?」と訊ねてきた。如月正悟は、頷きながら画面の外へ姿を消した。
 菫、手に箒を持ってカメラの前に立ち、咳払いをひとつ。
 そして「えーと」と口を開いた瞬間、背景の部屋が一変した。
 背景は、ガーゴイルや翼のついた魔物が飛び交う空京の町並みになっていた。画面の隅の方に文字「協力:天御柱学院 ※背景はイコンシミュレータによるイメージ映像です」と文字が入る。
「えーと、わたしたちは、イルミンスール魔法戦闘航空団。
 魔法戦闘と空中戦闘を研究、訓練する部活だよ」
 背景の町並みに大きく割り込む、「空飛ぶ箒」にまたがった魔法使いの姿。スキル「ブリザード」が放たれ、魔物の群れを十数体ほど吹き飛ばす。


「わお」
 葉月 エリィ(はづき・えりぃ)は思わず声を上げた。
 PVで、背景に流れている眺めは彼女もよく知ってるものだ。
 天御柱学院が誇るイコンシミュレータ。その内実は単なるイコン乗り用の訓練施設にとどまらず、様々な分野・方面の模擬訓練を可能とする優れたバーチャル・リアリティのマシンだ。
 その中には訓練用に様々なバーチャルミッションが準備され、個々の自主訓練が単調なものにならないようにしている。数々のミッションには、モノによって難易度はピンからキリまで色々あるが、
「ミッションNO.108ですわね、あれは」
 隣に座っていたエレナ・フェンリル(えれな・ふぇんりる)も映像に見入る。
 NO.108のミッション内容。それは、多数の飛行性クリーチャーおよびそれを吐き出す大型の母体クリーチャーによって占拠された空京を解放する、というもの。
 最優先排除目標は母体クリーチャー。これを撃退できたらミッションは成功だ。
 ミッション失敗条件は、損害の発生。ビルの窓ガラス数枚程度ならともかく、建物の損壊が出たらその段階でミッションは終了なのだ。
 ミッション失敗の条件がかなりシビアであることから、学内では難度の高いミッションとして知られている。
(なんつーミッションに挑戦してるんだ)
(イコン持ち出しても無理なのに、魔法使いが単騎でやれるもんなのか?)
(できるわけないだろ、そんなの)
(……なぁ、もしこれで攻略しちまってたら……どうする?)
(ははは、まさか……な)
 館内の空気が、緊張した。客席にいる天御柱学院の学生が、息を飲んでPVに見入った。

 背景映像のカメラは、魔法使いの背後斜め上2メートル程の位置につく。魔法使いは、空京の幹線道路上空を直進した。
「あたし達の部活は、速く、効率よく、飛ぶ方法と魔法の応用を研究、訓練することが目的です」
 視界に入る魔物の群れに次々に突撃をかけるが、毎回接敵直前に急旋回、戦端は開かない。それを何度か繰り返したところで、垂直に急上昇。と、突然進行方向を180度転換、地上を真下に見下ろしながら、ずっと追いかけてきていた何十体もの魔物たちに向けて「ブリザード」を連発し、これらを完全に沈黙させた。


 背景の魔法使いが、力学的に有り得ない挙動を見せた瞬間、
「何ッ!?」
と、 あちこちから声が上がった。
「ちょっと待って!」
 高峯秋も思わず声を上げる
「何だよ今の機動は!?」
 藤堂裄人も思わず腰を浮かせる。
「あんな動き、イコン以外にもできたのか!?」
 

「飛ぶのが好きな人はもちろん、飛べなくても空が好きな人なら歓迎するよ」
 魔法使い、とある高層ビルの前で垂直に急速上昇。屋上にあった補給基地に飛び込む。CGモデルの魔法使いの人からボトルが差し出された。掌を出すと、傾いたボトルの口からザラザラとSPタブレットがこぼれた。
 箒に乗った魔法使いは、手のひらいっぱいのSPタブを口の中に流し込み、無理矢理飲み込んだ。
 CGモデルの魔法使いの人が、また何かを差し出してくる。何だか強そうな槍。それを受け取ると、再び飛翔。
「あ、『空飛ぶ箒』の乗り方はちゃんと教えるから。こうやってまたがって、『飛べ』って思えば普通に浮くから(言いながら、手にある箒にまたがり、浮いてみせる)」
 背景の魔法使い、空京の環状鉄道の線路へ。線路の上には列車のような大きくて細長い、ヘビともミミズともつかない巨大なクリーチャーがいる。これが「母体クリーチャー」、ミッションの撃退目標だ。
「まぁ、自由自在に飛べるようになるにはちょっと時間が掛かるかも、だけど(浮いた状態でその場をゆっくりと行ったり来たり)」
 背景の魔法使い、列車ミミズに向かって急速降下。ミミズは首をもたげ、頭の真ん中にある穴からやたら威力のありそうな光線を撃つ。この光線が撃たれる事で、街並みのビルが倒壊してミッション失敗となるのが常なのである。
 が、上空からの急降下であれば、光線の流れ弾(?)が周辺建造物に当たる事もない。
 魔法使いは光線を回避し、ミミズに肉迫。得物の槍をその体側に突き刺した後、箒の穂先が強い光を帯びる。
 魔法使い、槍を刺したまま列車ミミズの横を走り抜け、その体側に真一文字に傷をつける。
「まぁ、他にも空飛ぶ為の方法や乗り物は色々あるけど、それはおいおい考えるって事で。とにかく、『飛ぶ』事に興味のあるイルミンの子は、一度ウチに見学に来てみて下さい。待ってまーす」
 背景の魔法使い、列車ミミズから離脱。列車ミミズ、爆発して四散。
「えーと、こんなもんでいいかな?」
 文字が被さる。「イルミンスール魔法戦闘航空団  戦闘航空団  >検索」



 PVが終了した時、館内にいる天御柱学院の学生が一斉に拍手をした。スタンディングオベーションをしている者も少なくない。
 喝采に圧倒され、司会も茅野菫も、言葉を出す事ができない。
「えーと」
 司会がやっと声を出した。
「あの……凄い映像でしたね」
「凄い映像って……背景の映像って、これあんたら映研の人に天御柱まで連れてかれて撮ったんだけどさ?」
「すみません、自分、そちらのコミュの撮影にはノータッチだったんで。
 せっかくですのでPV作成のお話などをうかがえれば」
「お話、っていっても……」
 菫は苦笑した。
「あの、あたしが喋ってる映像撮った後、いきなりスタッフの人達に天御柱学院に連れてかれてさ。で、イコンシミュレータに閉じこめられてね。
 よりによってあんな極悪ミッションやらされて」
 客席の中から「何回ぐらいやり直しましたー?」と声がした。
「百回から先は数えてないよ」
 また声がした。「最後にあった補給ポイントは、あれはもともと在ったものですか?」
「そうだよ?」
「手渡された槍は、あれは持ち込みの装備ですか?」
「えーと……ごめん、チート。映研手伝ってた人に設定いじってもらって作った装備」
 「えー」と、一気に天御柱生徒のテンションが下がる。
「しょーがないでしょ! イコン相手が前提のバケモノ、生身でまっとうに戦えってのがムチャじゃん!」
 生徒の中で、ヒソヒソと言葉が交わされた。
「つまり、何かね? あのミッション、開始早々パイロットがコクピットから飛び出して、飛行系装備で飛び回って小物まとめるってのが第一手なのか?」
「それはない。普通に考えて、生身じゃ絶対火力足りねぇだろう?」
「いや、奇策に見えて理には叶ってる。なりが小さいからミミズレーザーの索敵にも引っかからないし、生身ならECMも関係がない。火力は、ひとりがイコン本体に残ってライフルとかで補えば……」
「飛び出したヤツは囮か……って、流れ弾超怖えぇ」
 客席で交わされる台詞に、茅野菫が逆に質問し返した。
「? イコンでも苦しむミッションだったの、あれって?」
「苦しむなんてもんじゃない」
 返事をしたのは藤堂裄人。周囲の者は少し驚いた。
「小物の中に、ECMとかかけてくるのがいる。索敵にジャミングされて身動きできなくなってる内に、ミミズのレーザーで消し飛ばされるのが典型的な失敗のパターンだ」
「つーか、誰だあのミッション組んだヤツ……」
「補給ポイントは知ってたけど、ただの作り込みとばっかり思ってたよ」
「そーいや、設定で歩兵や飛行兵も共闘してる、ってのがあったかもなぁ」
 「ごほん」、と司会が咳払いをした。
「つもる話も色々あるとは思いますが、そろそろ次のPVに映りたいと思います。
 イルミンスール魔法戦闘航空団でした」