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螺旋音叉『怠惰』回収

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螺旋音叉『怠惰』回収

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6.深淵の幻影


 螺旋音叉から先ほどまでとは比べものにならない大音響が鳴り響いた瞬間、黒い壁を構成するスライムもどきたちの様子が一変した。
「何が始まるのかしら」
 彩祢 ひびき(あやね・ひびき)は、スライムもどきの表面に浮かんでははじける眼球を、ふくらみきる前に潰すのに使っていたはたきを止める。
「なんだか分からんが、危険じゃ!」
 遠野 舞(とおの・まい)はひびきの制服の裾を引く。舞はひびきに禁猟区をかけていた。危険を知らせる禁猟区は、いまや最大限の危機を知らせている。
 舞とひびきは、おにぎりの具に関して熱い意見を戦わせながらも、スライムもどきの壁がふさがれないように攻撃を続けていた。
「なにが、起こったんだ」
 加能 シズル(かのう しずる)は息を切らせながらも、剣を振るい続ける。反撃らしい反撃もしてこないスライムもどきとの戦いだが、延々と剣を振るい続けることはシズルの精神をゆっくりと疲弊させていく。
「シズル様! 残る要救助者は花音さんだけですわ」
 秋葉 つかさ(あきば・つかさ)が空から舞い降りる。
 つかさが学園の音楽室から持ち出した小型の音叉には、無数の小さなヒビが走っている。もう二度と正しい周波数では振動することはないだろう。あちこち飛び回っている内に壊してしまったのか、それとも螺旋音叉の影響なのか。よく分からない。
「私、行って参りますね!」
 光る箒で飛び立とうとするつかさ。そこに黒い腕が絡みつく。ほとんど反撃してこなかったスライムもどきが突然、偽腕とでも呼ぶものを作り出しつかさをがんじがらめにしたのだ。
「邪魔だ! 散れ散れ!」
 棗 絃弥(なつめ・げんや)がスライムもどきにスプレーショットを叩き込む。
 スライムもどきがひるんだ隙に、シズルがつかさの身体に巻き付いたスライムもどきの腕を一刀のものにたたき落とす。
「きゃっ」
「大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます。
 シズルの腕の中に落下したつかさは頬を赤らめつつ頷く。
「何か浮かんできますわ! 皆さん、気をつけて」
 レティーシア・クロカス(れてぃーしあ・くろかす)は、黒いタールのようなスライムもどきの身体の中に、赤色の何かが形作られつつあるのを見つけ、叫ぶ。
「アルティマ・トゥーレ、存分に食らえ!」
 絃弥は冷気を帯びた弾丸をスライムもどきの身体に打ち込む。すさまじい冷気によって、スライムもどきの身体は瞬間的に凍り付く。
「な……なんだ?」
 スライムもどきは、凍てついた自らの身体を内側から突き破って、真っ赤な器官を露出させた。
 幅1メートルほど。高さは30センチほどだろうか。赤い、唇がそこにはあった。
「ひゃああ、レキは見ちゃいけないような気がするアル!」
 救助隊の援護のためにスライムへの攻撃を続けていたチムチム・リーは、少し前と同じのようにパートナーであるレキ・フォートアウフの目をふさいだ。
「わ、わ……チムチム、なに!?」
 レキは突然のことに、思わず武器を取り落とす。
 スライムもどきの身体の表面に、無数の口が浮かび上がってきている。肉感的な唇が小さく震えている。目を凝らせば、口からつながる声帯らしき管が、スライムもどきの体内に見て取れる。
 黒い壁一杯に、数え切れない真っ赤な唇。
 唇が、まるで一つの意識を共有しているかのように開く。
「ekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTekeli−liTek」
 スライムもどきたちが、奇妙な鳴き声を上げるのと、飛空挺によって螺旋音叉『怠惰』が空中に持ち上げられたのはほぼ同時だった。
 さらにそれをきっかけとしたかのように、クレーター状にえぐれていた地面がさらに陥没していく。
「おい! まだ花音が残っているんだろう」
「山葉君、ここからじゃ間に合わない!」
 山葉 涼司は駆け出そうとして、そばにいた五月葉 終夏に押さえられる。
「っく……俺はまた――」

 天城 一輝は飛空挺の出力を最大にしながら、自分の背後に控えるユリウス プッロを振り返る。
「――」
 二人の男は無言のまま頷き合う。戦友の間に言葉はいらない。プッロはやはり無言のまま、一輝の身体を担ぎ上げる。
 そしてそのまま。
 裂帛の気合いとともに一輝を槍投げの要領で投擲した。
「バンジー!!」
 こういうコトもあろうかと、一輝は自分の身体にバンジージャンプ用のゴムを巻き付けていたのだ。
 ゴムは限界まで伸びきる。一輝の瞳の先には、今にも奈落の底に飲み込まれそうな花音だけが映っている。
 一輝は必死に手を伸ばす。しかし、届かない。あと数センチ。しかし、これ以上は無理だ。
「手を!」
 一輝の叫びに、花音はゆっくりと手をさしのべた。
 二人の手がふれあう。
 二人は、特殊ゴムの力で一気に上昇を始める。

 螺旋音叉『怠惰』が突き刺さっていた場所を中心として、まるで地面が崩落していく。地面は巨大な空洞に飲み込まれていく。空洞の深さは、うかがい知ることすらできない。
「やった!」
 騎沙良 詩穂はすぐ隣にいた猫井 又吉を思わず抱きしめる。
 花音はなんとか一輝の飛空挺に乗り込むことができた。
 螺旋音叉も、三機の飛空挺によって上空に持ち上げられている。あれだけのワイヤーの長さがあれば、飛行中に飛空挺が動かなくなることもないだろう。
 要救助者をすべて救助し、螺旋音叉の回収も成功したことになる。
 あとは、未だに叫び続けているスライムもどきをどうするかという問題だけだ。

 学生たちが安堵の吐息を漏らした次の瞬間。
 螺旋音叉が突き立っていた場所にあいた空洞から、巨大な触手が伸びてきたのだ。
 イカやタコを思わせるその触手は、しかし吸盤であるべき場所に一つ一つに様々な生物の眼球がついている。山羊、犬、猫、昆虫の複眼、そして人間。
 無数の眼球が、何かを探し求めるように展でばらばらに蠢く。
 巨大な触手は、飛空挺によって懸架された螺旋音叉をつかもうとする。しかし、すでにさらに高度を上げていた螺旋音叉に触れることは叶わない。
 触手は、巨大な空洞の縁に立つ、スライムもどきたちに狙いを変えたようだ。
 叩付けられる触手。スライムもどきたちは再び奇怪な叫び声を上げてそれを迎え撃つ。スライムもどきたちの体内から紫色の電光が触手に向かってほとばしる。
 しかし、巨大な触手はそれをものともせずスライムもどきを叩きつぶしていく。
 眼球の一つが、呆然と触手を見上げていた彩祢 ひびきをとらえる。
 ひびきの右手が指先からゆっくりと石へと変わっていく。見つめるだけで相手を石に変える邪視の力を持った目までもが触手についた眼球には含まれていたらしい。
 ひびきは表情を変えず、左手で背負った刀を抜き放ち、自らの右手首を切り落とす。
 すぐそばに立っていた舞に、ひびきの手首のあった場所から噴き出す血がはねる。
「あ、ちょっとこれ使って止血してくれる?」
 ひびきが頭につけていた三角巾を舞に差し出す。舞は顔を真っ青にしながら、ポケットの中のペンを使ってひびきの手首を締め付けていく。
「うー、何でこんな目に」
「舞ちゃんは命の恩人だネ!」
 ひびきは自分の右手首を、携帯電話をしまうようにスカートのポケットに押し込む。

 ヤード・スコットランドはマウントポジションを取ってパートナーである桜田門 凱を殴っていた。今までに感じたことのない異様な気配に拳を止め空を見上げる。
 次の瞬間、巨大な一本の触手も、スライムもどきも包み込む巨大な闇色の球体が出現する。
 球体が秘めるすさまじい魔力の奔流に、紫月 睡蓮はこらえきれずに傍らの紫月 唯斗にもたれかかる。
「あのスライムもどきたちは、音叉を地中に戻そうとしていました……」
 睡蓮は、スライムもどきたちの身体から放射される魔力の流れから、スライムもどきたちが螺旋音叉『怠惰』を地中に押し込もうとしているのだと分かった。あたりの地面がクレーター状にえぐれたのは、その副次的な現象でしかなかった。
「となると、あの球体もスライムもどきの仕業か?」
 唯斗の言葉に、睡蓮は頭を振る。
「分かりません。……あれはあらゆるものを隔絶する完全結界です。あそこからは光さえも脱出できない」
 結界を構成する緻密な術式は、睡蓮を圧倒する。まるで荘厳な塔を見上げているようだ。この術式は、スライムもどきたちにくみ上げられるものではないようにも思える。
 半径百メートルの範囲を完全に包み込む漆黒の球は、現われたときと同様に突然、音もなく消滅した。
「なにも、ない……」
 絶対結界の消えたあとには、何も残っていなかった。吸盤の代わりに眼球のついた巨大な触手も、カメラに写らない漆黒のスライムもどきも、はじめからそこに存在しなかったかのようだ。
 クレーター状にえぐれていた地面は、今はまるでガラスの湖のようになっている。
 オゾンにも似た匂いがあたりに漂う。
 ガラスの湖の正体は超高熱によってあるものは気化し、またあるものは完全に融解しガラスのように固まったものであろう。
「ひゃあー、でっかいレンズみたいやな」
 大久保 泰輔は飛空挺の上から、地上の惨状をそんな風に表現する。いったいあの結界の中では何が起きていたのだろうか。まるで、太陽が落ちてきたような……
「ん?」
 泰輔は、地上にて来た直径100メートルのガラスレンズのそこに何が見えたような気がして目をこらす。
 ガラスレンズのそこには、巨大な胎児が眠っている。その頭部には無数の螺旋音叉が突き刺さり、下半身は名状しがたい無数の触手が絡み合って構成されている。
 頭部には一つの小さな穴があり、そこから一筋の血が流れ出て、ガラスレンズに溶け込んでいる。
「泰輔、しっかりしろ」
 讃岐院 顕仁は手にした箒の柄で泰輔の頭を小突く。
「……白髪ができておるぞ」
「マジで!」
 泰輔は慌てて前髪に手をやる。飛空挺の計器のレンズを鏡代わりにして見ると、確かに前髪が一房白髪になっている。
 泰輔が再び地上のレンズに目をこらしても、二度と異形の胎児の姿を目にすることはなかった。





 螺旋音叉『怠惰』は蒼空学園の施設に収容され、研究されることになる。
「道標は……定められた」
 暗闇の中、声だけがうつろに響いた。



担当マスターより

▼担当マスター

溝尾富田レイディオ

▼マスターコメント

 こんにちは。溝尾富田レイディオです。
 参加してくださった皆様、ありがとうございます。
 力が及ばず締め切りに間に合わせることができませんでした。

 今回のシナリオの目標である螺旋音叉『怠惰』の回収と要救助者の救助、両方を達成することができました。
 今後、螺旋音叉『怠惰』は、蒼空学園の敷地内にあるあらゆる波を遮る施設の中で少しずつ研究が進められるようです。

 螺旋音叉『怠惰』の振動波形を取得した方は、その後その波形の音波だけでは螺旋音叉『怠惰』と同じ効果は出せない、と言うところまではすぐに確認できました。

 いよいよ今年も残り少なくなってきましたね。風邪などを召されませんようご自愛ください。
 それでは、皆様にとって来年がよいお年となることをお祈り申し上げます。