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リアクション
【六 オープン戦・ワイヴァーンズ】
いよいよ、オープン戦に突入である。
各チームが予定する消化試合数は、まちまちであった。というのも、基本であるSPBリーグ内でのオープン戦組み合わせは、各チームとも互いにホームとアウエーで二試合ずつの、計十二試合は最低限消化する必要があるのだが、それ以外の試合については、完全にチーム個々で独自に設定することが出来るからだ。
例えばワイヴァーンズの場合、シャンバラ地方の各校の野球部と、交流試合の意味合いを兼ねて練習試合を数試合予定しているのだが、この練習試合も公式なオープン戦の消化数にカウントされることになっている。
異例といえば異例であるが、ここが日本でも米国でもなく、シャンバラ地方というひとつの独立した地域内での開催である為、他所から文句をいわれる筋合いはない。
またその一方で、ワルキューレは一週間の遠征日を設けており、このうち三日をMLB中部地区の某球団と三連戦を戦うことになっていた。
よくぞMLB側が承諾したものだと周囲は驚きの念を禁じ得なかったようだが、蒼空財管の政治力をもってすれば、この程度の交渉締結力は朝飯前であるといって良い。
* * *
オープン戦初日のパークドーム三塁側ダッグアウト。
ここで、ちょっとしたハプニングが起きていた。三塁側、即ちビジターであるイルミンスール・ネイチャーボーイズのベンチに、予想外の珍客が訪れていたのである。
「お願いしますっ! 無理は重々承知の上ですが、そこを何とか……!」
「いやぁ、急にそういわれてもねぇ……」
ネイチャーボーイズ監督ルイス・ビネラがすっかり困り切ってしまっている。それも無理からぬ話で、突然三塁側ダッグアウトを訪れた赤羽 美央(あかばね・みお)が、入団テストを受けさせて欲しいと懇願してきたのだ。
ネイチャーボーイズの選手達はといえば、ある者は驚き、ある者は呆れ、またある者はテストを受けさせてやれと無責任にやんやの声を上げている。
だが流石に、この手の話は監督の一存でどうにかなるものではない。何とか知恵を絞って出した結論が、育成選手での入団テストであれば、球団も認めてくれるかも知れない、という話であった。
「育成選手、ですか」
正直なところ、プロ野球の選手登録システムを全く知らない美央にとって、育成選手が如何なるものであるのかも、まるで未知数であった。
だが少なくとも、育成選手は二軍選手ですらない、本当にただのお抱えに過ぎないというイメージが、すぐに頭の中に浮かび上がってきた。
実際、育成選手は支配下登録を受けられない契約選手のことを指す。
支配下登録されないのだから、本当にその球団に正式に入団出来るかどうかも分からない。果たしてそれで満足すべきなのかどうか。
今の美央には、結論を出すべき判断材料が欠片にも無かった。
* * *
ともあれ、記念すべきワイヴァーンズの最初の実戦が、遂に始まった。
先発バッテリーはショウとあゆみの組み合わせである。
試合そのものは、各ポジションとも交代がめまぐるしく行われ、ベンチ入りのほぼ全員が最低でも一打席、或いは一度の守備につくという按配で、どちらかといえばキャンプ中の練習試合の延長のような雰囲気だった。
オープン戦は結果よりも内容が重視される為、どの選手も、自分が実戦で試したいこと、確認したいことを重点的に見るばかりで、ほとんどチームとしては機能していないといって良い。
スコアは5対3でワイヴァーンズの勝利。
勝ち投手は四回表から投げ始めた巡で、勝利打点は勝ち越しの犠牲フライを上げたリカイン。セーブは九回表を三人でぴしゃりと締めた優斗につけられた。
* * *
パークドームの一塁側ダッグアウト裏に伸びる廊下。
そこに、円と歩の姿があった。いやふたりだけではなく、地元の商工会を通じてオープン戦開幕に招待した子供達の姿もある。
どの子供も、小さな両手で色紙を抱えており、試合後にベンチから引き上げてくるワイヴァーンズの選手達を待ち構えている。
いずれもあどけない顔に、緊張の色が浮かんでいた。それもその筈で、ツァンダで初めて、本当のプロ野球選手という人々がお披露目されたのである。今まで接したことのない存在相手に、サインをお願いしようというのだから、緊張しない方がむしろおかしい。
だがそんな子供達以上に、円と歩の方がより緊張していた。
スタインブレナーからダッグアウト裏に子供達を連れ込む許可を取ったまでは良かったが、果たして選手達がサインに応じてくれるかどうか。
ここでもし、選手達が邪険な態度やぞんざいな対応を見せたりすれば、円と歩の努力は全て水泡に帰すかも知れないのである。
と、そうこうしているうちにダッグアウトに通じる扉が開き、イングリットとソルランが最初に顔を出してきた。
「ありゃ、キミ達そんなとこで何してるのん?」
「あー……きっと、出待ちってやつですね。お目当ての選手が居たりします?」
イングリットとソルランの問いかけに、円は若干、困った表情を作った。
「えっと、ペタジーニ選手は、もう出てくるかな?」
「俺がどうしたって?」
ソルランの小柄な体躯の上に覆いかぶさるような格好で、ペタジーニの長身がダッグアウトの中からのっそりと姿を現した。
円と歩の緊張は、ここで頂点に達した。
ところがペタジーニはそんなふたりの緊張感など露とも知らず、色紙を抱える子供達を見かけるや否や、いきなり眉を開いて破顔した。
「おぉっ、何とも可愛らしいファンの皆さんじゃねぇか。どれ、色紙を持ってるってこたぁ、サインだな? よしよし、今すぐにでも書いてやるからな」
すると、その後に続いて出てきたバッキーとブラッグスが、ペタジーニの後を追うようにして子供達の前へと向かってくる。
「おいアレックス、おめぇひとりだけ抜け駆けかよ。俺にもサインさせろっつうの」
「やぁ君達。俺からも、是非一筆書かせてくれないかな?」
子供達の間で、歓声が沸いた。
つい先程まで目の前でスーパープレイを披露してくれたプロ選手達が、気さくな態度でサインに応じてくれているのである。
小さなファン達にとって、これ以上はない贈り物であった。
「やったね、円ちゃん! 皆さん、とっても良い人ばかりだよ!」
「本当……そうだね。何だか、やきもきして損した気分だよ」
喜び、はしゃいでいる子供達だが、それ以上に、円と歩は誰よりも嬉しい思いを強く抱いていた。
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