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リアクション
第11章 夏の海の他愛ない風景
海では、相変わらずドラゴンサーフィンが行われていた。栗とヴィータは順番にチャレンジしていて、その度にしぶきがあがり波が荒れた。野良巨大生物もちらほらいて、一時的に浜に上がっている一般客も多い。しかし、1つのパフォーマンスとして見られるのか、眺めているだけでも客達に不満は無いようだった。
「楽しそうだな……。暑いし、オレも入りたいけど……」
ぶっちゃけ、パートナーのお守りがあって海に入れない。夏野 日景(なつの・ひかげ)はそんな派手な海を見ながら、隣の深沢 ごまりん(ふかざわ・ごまりん)を見遣った。ごまりんは、ゴマフアザラシの赤ちゃん型ゆる族だが――
「まさか、その姿で泳げないとは思わなかったよ」
「俺は泳げねぇ」
堂々とした態度で、ごまりんは断言した。ちなみに、姿自体はアザラシの赤ちゃんであるがサイズはかなり大きい。その辺りは、やはりゆる族だ。
「だって、アザラシなら泳げるよね?」
「俺はアザラシじゃねぇよ。つーわけで、浜辺でお姉ちゃんたちをウォッチング、及びモテモテ狙いだな」
「最初から、泳ぎにきたんじゃないんだ……」
「水には入れるんじゃねぇよ。段差にも注意だぞ」
がっかりする日景に、ごまりんは釘を刺す。よっぽど水が嫌らしい。そこで、栗とヴィータがドラゴンサーフィンを終えて浜に上がってきた。
「うー、いっぱい落っこちちゃった。ぼく、まだ、おねえさんみたいにはうまく乗れないみたい」
ヴィータは少し残念そうだったが、充実感溢れる表情をしている。
「でもね、今日すっごく楽しかったよ。また、いっしょに来ようね!」
「うん、そうね。また来よう。……シェリダンの飛び方、まだまだ治りそうもないなぁ……。でも、彼のペースもあるから、気長にやっていこうか」
栗は、浜に大きな足跡をつけるシェリダンを見上げ、ゆっくりと撫でた。
「龍と人との絆を深めることが、このスポーツの最も大切な目的だから」
そこで、栗は浜にいるごまりんに気付いて近付いていく。ごまりんも彼女達に気付き、「キュ」と甘えるように鳴いた。
(キュ!?)
何だその変わり身の早さ!
日景の驚きをよそに、栗はごまりんを撫でる。
「……ゴマフアザラシの赤ちゃんですね。ちょっとサイズが大きいですけど、可愛いです」
「そりゃ、見た目は可愛いかもしれないけど……」
見た目だけである。
だが、可愛いは正義とも言う。
「海にアザラシですか……焼きモロコシ、食べますか?」
動物好きの海の家の店員、レムテネルも焼きモロコシを持ってやってきた。相手は男だが、パラミタモロコシの焼けた香ばしい匂いにまたもや「キュ」と鳴いた。
「あ、好物みたいですね」
美味しそうに焼きモロコシを食べるごまりんの姿に、レムテネルは目を細める。肉体労働ということで最初は気も進まなかったが、今は来て良かったと思える。
「リアも、彼女に会えたようですし……」
そして、レムテネルは雲ひとつない空を見上げた。夏の始まりをしみじみ思うような、空。
「熱くて暑い夏が来ますね」
◇◇◇◇◇◇
「まさか、こんな所で会えるとは思わなかったぜ」
「ふふ、私もよ、リア」
海岸の外れにあるベンチ。アルバイトを休憩し、リア・レオニス(りあ・れおにす)はそこにアイシャ・シュヴァーラ(あいしゃ・しゅう゛ぁーら)と隣り合って座っていた。
今は、女王とか立場の関係無い、リアとアイシャの個人的な時間。
そこには、ただ友人としての親密な空気だけが流れている。
「どうして海へ? お忍びってやつか?」
「お忍び、というわけでもないんだけど……まあ、私も息抜きくらいはする、ということよ。リアは、アルバイト?」
「ああ、夏は色々と金が要るからな。……アイシャ、これ食うか?」
リアは、屋台から持ってきていた焼きモロコシの内の1本をアイシャに渡す。
「こんなん王宮じゃ出ないだろ」
「そうね……、ありがとう。これは……どうやって食べるの?」
「直接だよ。手で持って、口で直接食べるんだ。こうやって」
リアが自分の分を持って食べてみせると、アイシャはそれをじっ、と見つめて見よう見まね、という感じで白緑色の持ち手を掴んだ。黄色くびっしりと実のつまったモロコシからは、醤油の香ばしい匂いがした。
八重歯を立て、食べてみる。初めてだから、綺麗に食べるのは難しいけれど。
「美味しい……」
「だろ? 花火も持ってきたんだ。一緒にやろうぜ」
線香花火の袋を掲げてみせる。打ち上げ花火とは違ってささやかで小さな火花だけれど、それだけに風情もある。
リアとアイシャは、袋の中身が無くなるまで線香花火を楽しんだ。
◇◇◇◇◇◇
「海! 夏! 青春! ……と来れば、夕日を眺めながらの海デート!」
海を訪れた天海 北斗(あまみ・ほくと)は、レオン・ダンドリオン(れおん・たんどりおん)との待ち合わせ場所に向かいながら気合充分に言った。
「レオンは俺の嫁!」
「……えっと、北斗兄さん、好きな人と“でーと?”ですか? がんばってください……」
天海 聖(あまみ・あきら)は少し首を傾げつつも彼を激励する。天海 護(あまみ・まもる)との契約前の記憶をほぼ失っている聖は、デート、というものがまだどこかピンと来ないらしい。しかし、恋をしている人と大切な時間を過ごすのだという概念は理解していて、兄となった北斗の想い人はどんな人なんだろう、と思っていた。
せっかくだから挨拶を、ということで、聖は北斗と護についてこうして浜を歩いている。聖とレオンは、今日が初対面だ。
そのうち、前方に人集りが出来ているのが見えてきた。男女問わず集まっているようだ。その中心で見え隠れしているのは、金茶色の髪を持つ青年の笑顔だ。
「わあ……やっぱり、レオンは人気者だなあ」
とりあえず、彼を囲む人垣が崩れるまで待つことにする。
「そうだ。挨拶の時にちょっとしたドッキリを仕掛けてみない?」
護が聖と北斗にそう提案したのは、そうして浜に立っている時だった。
「レオン!」
1人になったところを見計らって北斗が声を掛けると、レオンは人好きする笑顔で「おっ!」と声を上げた。そして、すぐにきょとんとする。
「ん? ……あれ、北斗……?」
北斗と聖を順に見比べて不思議そうにするレオンに、護が悪戯っぽい笑みで言う。
「片方が聖で、片方が北斗だよ」
そう、レオンの目の前には、全く同じ姿の機晶姫が2体立っていた。北斗と聖は、性格以外は見た目も声音も全くの同一、量産型の同型機だ。揃って並ぶと、一見、区別がつかない。
全く同じ姿勢で立ち、北斗と聖は同時に喋る。
「「さて、北斗はどっちでしょう?」」
「何だ、本物当てゲームか? そういうことなら……、うーん……」
レオンは真剣な表情で顎に手を当て、2人をじっくりと見比べる。何となく、2人共緊張してますます直立不動になった。冷や汗が出そうなところだが、残念ながら彼等には発汗機能がない。
そして――
「こっちだ!」
レオンは、びっ、と聖を指差した。
「ちょっ……レオン、冗談だろ!」
間違えられた北斗はショックを受け、慌ててレオンにがっついて腕を掴む。だが、狼狽する北斗の手を解くことなく、レオンは余裕を持った苦笑で彼に言う。
「おう、冗談だぜ?」
「……え?」
「どっちが北斗かなんて、すぐに判ったよ。いくら見た目や台詞が同じでも、雰囲気や喋り方は違うからな」
そうして、レオンはぽかんとしている北斗の頭をぽんぽんと叩いた。
「で、そっちが聖なんだな? レオンだ。よろしくな!」
「はい、よろしくおねがいします」
聖は穏やかに笑って、ぺこりと頭を下げた。
◇◇◇◇◇◇
「全く……、アザラシじゃないとか言っといてちゃっかりしてるよな」
「美味かったぜ。悔しかったらお前も『キュ』って言ってみな」
「オレが言ってどうするんだよ!」
焼きモロコシを貰い、更に、食べている姿が可愛い! と、あの後女の子達からちやほやされ、ごまりんはすっかりご満悦だ。
「水着の姉ちゃんもいっぱいいるし……お、あの2人なんか上物だぜ!」
(ふふ、今年も男どもはあたし達に釘付けね!)
ボトムの食い込みをパチン、と直し、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は男達の視線をその身に感じていた。
ごまりんの視線を初め、通りかかる男から海で泳ぐ男性達までが、波打ち際で戯れる彼女とセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)をちらりと見ていくのが分かる。中には、こちらを指差して堂々と話題に出す男達や、双眼鏡越しに自分達をガン見している男達もいる。
夏といえば海、海といえば水着……ということで、セレンフィリティは今年の新作水着、黒のブラジリアンビキニを購入して今年最初の海を堪能していた。
去年もそうだったが、今年も水着美女を鑑賞しようとする男は芋洗い状態だ。それに気付かないふりをして、彼女はさりげない無防備な仕草で彼等の反応を楽しんでいた。
「もう、セレンフィリティったら」
そうも思うが、セレアナも夏の海の開放感に満ちた雰囲気に晒されて、自身も今日は開放的だ。白一色の大人っぽいバンドゥビキニのズレを直すと、セレンフィリティに近寄って、そっと彼女を抱きしめた。
「あっ……」
「もう、どこ見てるの? 今日はせっかくのデートなんだから、2人だけで思いきり楽しみましょうよ」
「ごめんごめん」
セレンフィリティは振り返り、今度はセレアナを後ろから抱き返した。
「……そうだ、次は日光浴でもしない? ドリンクでも飲みながらさ」
「そうね。それもいいかもね」
軽く抱き合ったまま、しばらく波打ち際で恋人同士で笑いあう。そのドキドキするような光景に、双眼鏡男を初め、傍から見ていた有象無象の男達の動きが止まる。興奮しているのが分かって、セレンフィリティは更にセレアナと水を掛け合ったりして触れ合い、それから浜にシートを敷いてうつ伏せになり日光浴を始めた。当然、ビキニの上は外してトップレスである。
横乳を見せて双眼鏡の向こう側にいるエロ坊主どもを挑発するセレンフィリティに、セレアナは呆れてしまう。
「去年の夏もおんなじことやってる……相変わらずね」
「このナイスバディに注がれる欲望まみれの視線が女を磨くのよ」
得意気な恋人に、しょうがないわね、と苦笑してセレアナも同じようにうつ伏せになった。挑発こそしないものの、その自然な仕草が実に魅力的だ。
彼女もまた気軽な気持ちで、男達の視線に身を晒した。