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襲撃の『脱走スライム』

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襲撃の『脱走スライム』

リアクション

実験



 その規模村ひとつ分。
 巨大、と表現するには意味合いが違った。
 融合しないと連絡が回された。
 村を飲み込むスライムは数千数万に及び分裂した一群に、過ぎない。
 しかし、どちらにしろ、
「あんな規格外なの見たこと無いわよ!」
ということには変わりがなかった。
 見えるもの全てがスライムと知ってリーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)は思わず声を上げていた。
「スライムっぽいが……やっぱスライムか……」
 行ける道を疾走する足音は無音。前から後ろへと流れてく景色の惨状に面倒な奴だと半眼になった紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は更に速度を早めた。
「ったく、唯斗。アンタ本当によくこーいうのに首突っ込んでるのね……。エクスさん言ってる事がよーく解ったわ」
「手早く片付けようかね。リーズ、ちょっとアレの核見つけられる?」
 遅れずに並走するリーズのぼやきを右から左に流して唯斗は警戒を強めた。
 聞かれてリーズは急所狙いに剣呑に目を眇めた。
 透明で向こうの景色が透ける中、たった一箇所、自然物には絶対見えず、また日常生活ではまずお目見えしないだろう色の球体が浮いている。
「んー、それっぽいのは、アレ…かな? 行けそう?」
 それっぽいというよりそれにしか思えず、迷いなく指が一点を示す。問われて、魔槍を握り直した唯斗は頷きで返した。
「あの辺な? 了解、ちょっと行ってくる」
 スカーレットディアブロは紅蓮の炎に包まれ、火花の尾を引きながら分厚いスライムの壁に向かって投擲された。
 駆逐目的の広範囲ではなく、一点を狙った鋭い攻撃に冴弥 永夜(さえわたり・とおや)は中間を崩されバランスを失い天から降ってきたスライムに急いでファイヤーストームの印を切った。
「合体されたらと心配していたんだが、バラバラってのもやっかいだ」
 寸でのところで出現した炎の壁に降り掛かってきたスライムは体当たりしていく端から音もなく消え去った。
 炎が貫いた方を見ると、
 距離的に届かず魔槍は地面に突き刺さり、消えぬ炎で周囲のスライムは焼失。下を失い上が崩れ蟻地獄の様相を体していた。
 千里走りで追随しようとした唯斗は、滑るよりもなめらかに早く崩れてきたスライムとの接触を避けるため、永夜の隣で減速する。
 動く意志を持たないのに、穴埋めは素早い。
 核持ちスライムまであと一歩。という距離は、数の暴力により阻害された。
 雪崩を食い止めようとアンヴェリュグ・ジオナイトロジェ(あんう゛ぇりゅぐ・じおないとろじぇ)が無感動に振り下ろした幾本もの貴族的流血はスライムに接触し突き刺さる直前で霧散した。
 それではとエナジードレインを仕掛けるが手応えはない。
「火しか受け付けない? いや、断言するには検証量が足りない、それにさっきから蒸発するもんとばかり思ってたが、消失、してるんだよな」
 研究不足であることを踏まえて慎重に事を進めているが、不可解が解明できず永夜はふむと思考を巡らす。
「永夜君」
 パートナーを呼んだアンヴェリュグは核の向こう側に見える建物を付近を指さした。
 雪崩を起こし流動的に全体が動いた為か、建物の影に隠れて見落とし残されていた村人の姿がゆっくりと移動し現れた。
 全身すっぽりとスライムに飲み込まれた女性に、永夜は目を瞠る。
 最悪を想像していたわけではなかったが、最早核がどうのこうのと言っている場合ではなかった。
 人命を優先する、数の暴力で阻害されるというのならその大元諸共破壊してでも、だ。



 配慮も十分、火力も十分、見応えも十分、ヴォルテックファイアにて一掃されるスライムの欠片も残さない潔さに宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は弱点を突く爽快感にゆるやかに目を細めた。
「にしてもちょっとの水でこんな爆発的に増えるなんて、テロでしかないわ」
 背後に隠す井戸にちらりと視線を流して溜息を吐いた。スライム一個を井戸に投げ込んだだけでこんな小さな村のライフラインなど容易く破壊できる。
 泥棒が入ったと言っていたが、なんとなく侵入者の考えがわかる気がする。条件付きで無害といえどその増殖速度とこの規模は十二分に悪用できる。
「さて、避難誘導もスライムの量も減り、天気もあまり良くないから手早く済ませないと」
 取り出した闇の輝石を孤立した一体の上に落とした。輝石が表面に落ちた瞬間スライムはその属性色に染まるも直ぐさま元に戻り、飲み込まれずしかし自重で半分ほど埋もれた輝石も沈黙したままだ。
 うんともすんとも言わない闇の輝石を試しに摘み引っ張ってみると接着剤を使用したのかと突っ込みたくなるくらいの吸着力でスライムが剥がれない。逆にスライムが持ち上がった。
「うーん。性に合わなくてもやらなきゃいけないわね」
 実験の第二段階と彼女は自分の指をスライムに押し入れる。
「え、何これ凄い柔らかい。じゃなくて」
 そして、スライムに向かって武器を構えた。
「轟雷閃!」
 髪も衣類もはためかせて放たれた轟雷は貫くか如くスライムに直撃するが、やはりスライムはその色に刹那に染まるも透明に戻った。
 側に寄った祥子はいつでも炎が繰り出せる態勢を取りながら
「反応無し。色がついちゃうけど吸収というよりこれは無効ね」
 刺激を与えたら性質変化を起こして襲ってくるのではと危惧していたが結果は見ての通りだ。
「この事、知ってるのかしら」
 火属性攻撃で持って実験体のスライムを消した祥子は立ち上がり、考えを巡らせた。あんな民家で研究だなんてどんな考えと根拠を抱いているのだろうかと。
 曇天の空を見上げた祥子の、

 ――ぽつり。

 その頬に雨粒が落ちた。



 村から少しだけ離れた場所。
「雨だぁー!」
 細かい雨が音もなく降りだしてきた空に固めた両拳を振り上げてローグ・キャスト(ろーぐ・きゃすと)は大成功とばかりに叫んだ。
 まさか即席の雨乞いの儀式でこんな霧がかるような綺麗な雨を降らせることができようとは、もう感無量であった。
「一時期火の手やら煙が見えてどうなることかと思ったけど、これ絶対間に合ったよなぁ」
 喜ぶローグにナターリア・フルエアーズ(なたーりあ・ふるえあーず)は頷き返した。
「事態収拾の為には水をぶっかけなければいけない。突然の問題発生で少ししか集められなかった情報とは言えそれが有効的かつ実行できるものでよかったわ」
 水が必要と聞き、今にも泣き出しそうな空を見上げて思いついたのが雨乞いだった。来雨の確率が上がり雨が降ればもっけものと安易といえば安易な考えではあった。ただ、成功すればそれは功績というものであろう。
 石と枝とで組み上げた祭壇に向かって、どの神に祈ったのかすら不明な二人は恵みの雨をどうもありがとうと丁寧に頭を下げた。
 頭を下げて、「しかし」とナターリアが首を傾げる。
「何かが思いっきり間違っている気が、しないでもないわ」
「どういう事だ?」
 間違っているとまで言われてしまっては聞き捨てならない。
 救援要請ではなく行きがかりで首を突っ込んだ形になり、得るべき情報を正しく得られているのかナターリアは不安だった。
 素直に心情を吐露するパートナーにローグは彼女の両肩を両手で思いっきり掴んだ。
「よし、じゃぁ行こう」
「え?」
「このまま俺達は消えてもよかったんだが、見に行こう」
 結果が、気になる。
 ふたりは村に向かって雨の中を歩き出した。