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守り人なき、いにしへの祠

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守り人なき、いにしへの祠

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 空は青く澄み渡り、日ざしも強く照り付けている。
 祠の前でせっせと草刈りをしているのは、清泉 北都(いずみ・ほくと)である。いつもであれば執事服を着ている彼であったが、いまは麦藁帽子にジャージを着ている。
 両手には軍手をはめて草刈り用の鎌で黙々と草を刈る姿は、普段の彼を知るものであれば思わず二度見してしまうほどであった。
「ふぅ……これでどうかな?」
 彼のすぐ傍には、刈られた草がこんもりと積まれている。
 とりあえずの作業スペースは確保できたものの、祠の周囲や細かいところの草はまだ大量に残っているのだった。
 一方、彼のパートナーモーベット・ヴァイナス(もーべっと・う゛ぁいなす)はというと……。
「…………」
「モーちゃーん!そっちはどうー?」
 北都の呼びかけにも答えず、黙々と草刈りを続けていた。
 北都と同様にジャージに麦藁帽子に軍手という姿は普段の紳士的なイメージとは程遠い。
「……?どうした北都。我に、何かおかしいところがあるのか?」
 視線に気が付いたモーベットはそばで北都が立っているのを見つけて、問いかけた。
「いーや、別に」
「?」
 声を掛けても気づかない程作業に熱中しているのに、こうして北都が視線を向けると気になるらしい。
(モーちゃん、相当視線が気になるみたいだなぁ。おもしろい)
 モーベルトはやたらにちら、と北都を振り返るのだった。
 と。
「2人とも、草刈りはそんなものでいいだろう。依頼人のお嬢さん方がお茶を入れてくれたみたいだから、少し休憩するといい」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は2人に声を掛けた。
「もうそんな時間経ったんだ」
「力仕事は時間が経つのが早いからな……さて、せっかく入れてくれたお茶だ。冷める前に頂くとするか」
 北都とモーベルトは服についた汚れを払うと、即席で作ったテーブルにお茶とご飯の用意をしている雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)アルセーネ・竹取(あるせーね・たけとり)の元へ向かったのだった。
「さて、どうせなら祠も立派なものにしたいね。社系なら金属を使わないのがセオリーとして装飾は質素に、屋根には千木を……」
「ねぇ、エース」
 施工管理技師と図面を引きながら話し合うエースの後ろから、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)は声を掛けた。
 彼の手にはいくつかの草花が握られている。
「言われてたものを集めてきたけど、これでいいの?」
 エオリアが差し出した草は、この辺りに自生していたハーブである。主にミントやハッカ系が中心だが、これらは主に防虫剤の原料となるものであった。
「どれどれ……うん、これだこれだ。これならいい防虫塗料が作れるだろう。ありがとう、さっそく調合にとりかかってくれ」
「わかったよ。ところでエース」
「なんだい?」
「この祠……修復できるの?」
「……」
 エースは少し考えるような素振りをみせる。
 そして、はっきりと「無理だね」と答えた。
「まずもって木材が腐りすぎだね。使えるところを、と言いたいところだけど中途半端に残すよりいっそ一から建て直したほうが良い。それと、土台となる石もそうだね。風化が激しいから、このまま使うと土台から崩壊する。やるならほとんど新築だよ、これは」
 傍で作業を手伝う施工管理技師にエオリアは顔を向けるが、彼も一様に頷いている。
 どうやら同意見の様であった。
「……そうなんだ」
 エースが少ししょんぼりとした表情で肩を落とす。
 この祠は今はどうあれ、この地に住まう地祇を祀ったものだ。雅羅とアルセーネが見たという少女が祀られている地祇とするなら、この祠は地祇にとって長年連れ添ってきた住処である。
 なんとか名残を残せないか、と考えたところで、
「それは一度祠を取り壊す必要があるということ?」
 と不意に声がかけられた。
 声の主は魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)を連れた、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)であった。
「なら、その前にちょっといいかな。『サイコメトリ』で祠から情報を取り出したいんだ」
 その言葉を聞いてエースは「ああ、どうぞ」と3人を祠の前へ通したのだった。
「どれどれ……」
 トマスは今にも崩れそうな祠へと手を伸ばす。
 スキルの発動と同時に、彼の脳裏にある風景が描写された。
 それは遥か昔、ある夜の光景であった。
 なにかの祭祀を行っているのであろうか、祠の前にあるスペース――今は作業スペースとして活用している場所――で焚火を熾し、その周りで人々が舞を踊っている。それをさらに囲むように座る人々は口々に歌を歌っていた。
 そんな風景の中で、トマスは祠のすぐ前に座る少女に目を向けた。巫女のような装束を纏い、人々と共に歌いあう一人の少女。
 それはまさしく、アルセーネが見たという地祇の少女であった。
 トマスは祠から手を離す。
 彼の脳裏に写る地祇の少女は、心から楽しげであった。
 おそらく祠にとっては、その頃が一番の「思い出」なのであろう。
 ふと、トマスは視線を感じた。
 視線を手繰ると、木々の間から顔を覗かせて地祇の少女がこちらを見ているのに気づく。
「……っ!」
「待って!」
 少女はトマスと目を合わせた瞬間、逃げ出した。
「逃げないでいいんだよ。僕達は、君がなにか困っているみたいなのを、なんとかしたいだけだから」
「お待ちくださいトマス君」
 急いで追いかけようとするトマスを、魯粛はやんわりと押し留めた。
「おそらくあの子は何十、いえ、祠の状態からして何百年と孤独にいたのでしょう。しばらく他人を見たことがないので、ちょっと恥ずかしがり屋なようです。あまり驚かさないよう静かに、しかし速やかに追跡しましょう」
 とまるで生徒を諭すように言うのであった。
「俺にはよくわかんねぇが、魯先生が土地神様は大事な存在だって仰るからな。あまりおびえさせちまうと、良くねえ事が起こったりすんじゃないかな」
 とテノーリオは鼻を引くつかせ、辺りの匂いを嗅ぎまわりながら言った。
 彼は『超感覚』によって少女の行方を探っているのである。
「御神体も探さなきゃいけないって話だったが……さっきの女の子が持ってた鏡がそれか……?」
 彼は少女が持っていた鏡を思い浮かべて『トレジャーセンス』による第六感を働かせた。すると『超感覚』で感じたのと同じ方向に何かを感じ取った。
「あっちだな……行くぜトマス、魯先生!」
 そうして3人はテノーリオの先導として木々の間へ突入するのであった。

「コウイウ時は何て言えばイイ?ハイ、チーズ?」
 と自分と同じ大きさのデジカメを操作しながら、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)に問いかけた。
「いやいや、記念撮影じゃないんだから……」
 アキラとアリスは今、持ってきたデジカメで現在の祠の姿を撮影している。
 雅羅とアルセーネを始め、修理に来た人たちとの相談した結果やはり祠は一度取り壊して、新しい祠を建築した方がいいということになった。
 しかし地祇にとっては何年と自分を祀っていた祠である。他人が勝手にあれこれいじくり回す訳にはいかない。
 当初は「どうせならお賽銭箱や鳥居を作って、地祇が住める立派な神社を造ろう」と意気込んでいたアキラではあったが、さすがに地祇が帰ってきた時に祠がまったく違うものになっていたら困るだろうということで、元の祠と同じものを造ろうということになった。
「よし、写真もあらかた取り終わったな。出番だよ、おとーさん!」
「ぬ〜り〜か〜べ〜」
 祠の撤去作業のために写真を取り終わるのを待っていたぬりかべ お父さん(ぬりかべ・おとうさん)は、ゆっくりと祠の前へ進んでいった。
 そして、
「ぬ〜り〜か〜べ〜……」
 と何か祠に語りかけるように喋っている。
「……オトーサン?」
 ぬりかべお父さんが祠の前でじっとしているのを見て、アキラとアリスはぬりかべお父さんを不審げに見つめていた。
 そして。
「ぬ〜り〜か〜べ〜!」
 ぬりかべお父さんは祠をぐ、と掴んだ。
 木材が腐った部分からメキメキと音を立てて折れ曲がる。
「ぬ〜り〜か〜べ〜」
 轟音が辺りに響き渡る。
 ぬりかべお父さんが倒れこむと同時に、祠は土台ごと崩落するのだった。
「お、おとーさん!?」
「ダイジョウブか、オトーサン!」
 2人が急いでぬりかべお父さんの元に駆け寄った。
 土煙があがる中、ぬりかべお父さんは崩落した祠を抱きながら、
「ぬ〜り〜か〜べ〜……」
 とまるで「長い間お疲れ様」とでも言うように呟くのだった。