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右手に剣を左手に傘を体に雨合羽を

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右手に剣を左手に傘を体に雨合羽を

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 川の氾濫を阻止する人間がいる一方、現在長雨の被害に遭っている村では避難誘導が始まっていた。
 いや、避難誘導は最初から行われていたのだが、人手が増えたことによりその作業の速度が上げられていた。
 ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)がその作業に加わったことも著しく作業スピードが上がっている理由の一つだろう。彼の災害救助任務の経験はこの場で遺憾無く発揮されていた。
「いいか! 大層な荷物などいらん! 必要な物だけをバッグに詰めろ!」
 村の真ん中でそう指示を出すジェイコブ。それに従い、村人たちはバッグ一つだけを持ってそれぞれの家から出てきた。
 その出てきた村人を一カ所に集め、少し離れた場所に停めてある車へと案内するのは清泉 北都(いずみ・ほくと)だった。本来ならば近くにまでやってきて停めればいいのだが、この長雨で道路はとても車が走れるような道ではなくなっており、やむを得ず来れる場所までやってきたというわけである。
「じゃあ、出発します」
 どこかのんびりとした口調でそう告げ、村人たちを誘導する北都。その傍らにはモーベット・ヴァイナス(もーべっと・う゛ぁいなす)がいる。
 そのモーベットは近くに着陸させていた飛空艇に乗り込み、ある人物に合図をする。
「こっちに乗せるのだよ」
 その声に反応したのはフィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)である。
 彼女は背負っていた老人をその飛空艇に乗り込ませる。老齢で足腰が不自由になっているため、この飛空艇で運ぼうとしていた。
 ちなみにその老人は相当な頑固者でジェイコブが先ほど説得しようとしたのだが、失敗し、相棒であるフィリシアに任せた人物でもあった。特に暴れたり不満を言ったりもしていない。説得は成功したようだ。
 とりあえず避難する第一陣の準備が完了したのを確認すると、北都は村を出発した。
 もちろん、ただ闇雲にそのトラックが停められている場所を目指すのではない。この長雨だ。どこにどんな危険が潜んでいるかわからない。
 北都は小暮から渡されていた無線機に耳を当てる。
 その無線機から、上空を飛び回っている天城 一輝(あまぎ・いっき)の情報を得る。彼が危険そうな場所を報告してくれているおかげで、北都はそれほど危険にさらされることなく、村人たちを誘導できる。
 とはいえ、上空からの監視だけではわからない場所もあった。
 異変はわずかな振動と音。彼の『超感覚』がその危険を察知した。
 斜面に違和感を感じる。老人や子供たちがいるこの状況でこの場所を通るのは危険過ぎるだろう。
「迂回します。少し時間がかかりますが我慢して下さい。――モーベットは先に行って」
 彼はそう告げて別ルートを進み始めた。
 モーベットは老人を乗せた飛空艇を操り、北都が危険察知したその場所を容易に飛び越えた。
 雨が体温を奪うが、ビニールシートを雨避けにしているので、乗せている老人たちの被害は少ない。
 その二人の協力者の様子を見送り、ジェイコブはフィリシアを伴って村の見回りに移る。
「火事場泥棒が出ないとも限らないからな」
 事実、いくつもの災害現場で仕事をしてきたジェイコブだが、そういう場面に出くわしたことも少なくない。
 人命を守ることも無論大事なことだが、帰る場所を守るというのも大事な仕事である。
 ジェイコブは一度咳払いをすると、若干言いにくそうに付け加えた。
「それから、まだ避難に渋る人がいるかもしれんから、そちらの方の対応も頼む」
「はいはい。あなたはそういうことが苦手ですものね」
 フィリシアはクスリと笑った。ジェイコブは短気なためにそういう人々の説得が非常に苦手なのだ。
 そのように頼られることが嬉しくて、フィリシアは少しだけ微笑んだ。


 小暮からの情報を得たのは村人の避難がようやく軌道に乗り始めた頃だった。
 どうやらこの長雨で土砂崩れが起き、数人がそれに巻き込まれて怪我をしたらしい。
 それに巻き込まれて行方不明者が出なかっただけ、マシだったのかもしれない。
 それで身動きが取れなくなってしまった人間が出てしまったと助けを求めに来た村人の報告を受け、叶 白竜(よう・ぱいろん)はその場所へと向かっていた。ちなみに彼の階級は小暮よりも上だが、現場の混乱を避けるためにも指揮権を彼に委ねていた。
「それにしても不自然な雨ですね……」
 白竜は空を見上げて呟く。明らかにおかしな雨。報告にも上がっていたが、この地域にしか降らない雨。何らかの力が作用していると考えるべきである。それが事故的なものなのか、もしくは作為的なものなのかは判別できるものではないのだけれども。
 そんなことを考えていた時だった。犬の鳴き声が聞こえてきたのは。
「白竜! こっちだ!」
 声が聞こえ、白竜はそちらへと向かう。そこにはシャンバラ国軍軍用犬を引き連れた世 羅儀(せい・らぎ)の姿があった。
 そして、その羅儀が見据える視線の先には怪我をした村人が数人蹲っている。その村人の視線は一カ所に固定されていた。
 そこには二匹のゴブリン。ゴブリンたちは敵意に満ちた視線で村人たちににじり寄っていた。
 この雨の影響か、モンスターが凶暴化しており、シャンバラ教導団員の中にも被害が出ているという報告は事前に受けてはいたものの、白竜は現在武器を携帯していない。
 もっとも、そのために羅儀がいるわけだが。
 羅儀もその役割を理解しているようで、銃を持ち上げて走り出した。
 泥を跳ね飛ばし、ほとんど一瞬で村人とモンスターとの間に割って入ると、銃を構えた。間髪入れずに引き金を引く。
 それはブリザードショットガンと呼ばれる銃。氷結属性の散弾が二匹のゴブリンに襲いかかる。
 一瞬でゴブリンの足下が凍りついたが、彼らの敵意は未だに失われていない。凍りついた足を必死に前進させようとする。
「我を忘れている……?」
 白竜はいぶかしむような目つきでその光景を眺めていたが、背後からある人物が追い抜いたことで我に返った。
「大丈夫ですか!?」
 汚れるのも構わずに駆け出したのは白竜に同行していた騎沙良 詩穂(きさら・しほ)である。それに次いで高峰 結和(たかみね・ゆうわ)も怪我人に近寄る。
 まず詩穂がこれ以上体が冷えないようにアイスプロテクションで冷水耐性を施す。
 その間に結和が怪我の手当てをしていく。
「ちょっと染みますけど、我慢して下さいね」
 結和はなるべく優しくそう言い、怪我人の消毒に当たる。破傷風にかかる恐れがあるので、念入りにかつ丁寧に。
 医師としてはまだ見習いだが、志は立派な医師のものである。学んだ医学の知識を総動員して診察し、的確な治療を施していく。少しでも病気で苦しむ人が減ってくれればと願いを込めて。
 小暮に頼まれて白竜たちに同行したわけだが、その価値は十二分に発揮されていたと言える。
 困っている人々を見過ごせずにこちらの方に志願した詩穂はその手際のよさを見て、感心したように「へぇ……」と呟いた。
「手当ての方は結和ちゃんに指示を仰いだ方がいいかもね。とりあえずこっちは自分にできることをっと」
 彼女はアリージャンスで怪我で弱気になっている人々の心を奮い立たせる。
「また別のモンスターがやってくるかもしれない! さっさと離れるぞ!」
 羅儀がブリザードショットガンを構えて周囲を警戒しながら言う。
 詩穂は要救護者の中でも特に歩けなさそうな人物を担ぎ上げると、『妖精の領土』で移動を楽にして自分が乗ってきた馬車へと乗せる。
「もう大丈夫だからね! 今から安全な場所に連れて行くから!」
 詩穂はアリージェンスだけではなく、言葉でも勇気づける。次いで、大きな盾――ラスターエスクードを用いて、風雨から救助者を守る。
 それから、ヒールで怪我人の応急処置をしていた白竜も乗ってきた羅儀の運転するサイドカーに乗り込んだ。それで先導をする。記憶術で周辺の地図と地形は頭に叩き込んであるので、安全な道はわかる。
 そうして、一団は救助部隊が待つ村の方へと戻り始めた。


 これだけの長雨になったのだから不足しているのは人員だけではない。
 元より最悪の事態を予見して多めに持ってきていた食料や衣料品も底をつき始めている。
 そのため、小暮は教導団の方に支援物資の要請を行っていた。
 そうして沙 鈴(しゃ・りん)は一団を率いて補給物資を運んでいた。補給物資の中身はこの長雨でも保存性の高い食料とタオルや衣服、雨合羽やテント、そして現地で衛生状況の確認をした高峰 結和(たかみね・ゆうわ)に要請された医薬品などである。
 鈴はそれらを乗せた一団を率いて、すでに現地入りしていた。他の連中は輸送用のトラックで物資を運んでいるが、彼女は先頭でエアカーを使用している。道がぬかるんでいることを考えればこちらの方が使い勝手がいいのは明白だった。
『やぁん! ちょっとストップ!』
 運転席のところに置いてあるトランシーバーからそんな声が聞こえ、鈴はエアカーを停める。声の主は後ろで車を運転していたニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)だ。
 エアカーから降りて後ろから付いてきていた輸送用をトラックを見ると、そのタイヤがぬかるみにはまっていた。ニキータが車輪を回転させていたものの、むなしく泥を跳ね飛ばすだけで車は一向にそこから抜け出しそうにない。
「最悪だわ」
 そう言って運転席から出てきたニキータは頬に手を当てて困ったような顔をする。
 とは言っても、この状況から一刻も早く抜け出すには取るべき選択肢などほとんどないわけだが。
「出番よ、出てきなさい」
 声をかけると出てきたフラワシが車を持ち上げる。その様を少しだけ見届けた後、ニキータは空を見上げた。
「それにしても見事に境界線ができてるわね」
「そうですわね。ここから雨が降ってるってことかしら」
 鈴はニキータの言葉に首肯する。
 彼女たちが見つめる場所は走ってきた道。そこはニキータの言うとおり境界線だった。乾いた道と泥に埋もれてしまったかのような道の境界線。
「おかしな話よね。何かの影響なのは間違いないと思うけど……。そう言えば最近村長さんが亡くなったって聞いたわね。何か関係があるのかしら?」
「そんなのわたくしたちが考えることではありませんわ。小暮に任せておけばいいのです。ああ見えてもあの男は中々優秀ですわよ」
 鈴が不敵な笑みで答えると同時にニキータのフラワシが車の救助作業を終える。
「とにかく、ここでこうしていても始まりませんわ。わたくしたちはここで立ち止まるわけにはいかないでしょう?」
「ええ」
 ニキータは唇に指を当てて微かに微笑むと、車に乗り込んだ。