リアクション
▽ ▽ 幸せな光景を目にする時にふと、何かが胸を疼かせることがある。 その違和感がやがて形成するものに未だ気づかないまま、ナゴリュウは、偶然すれ違ったアレサリィーシュの美貌に思わず振り返り、そんな自分に苦笑して、再び歩き出す。 「……あんな美しい人が、もしも僕の恋人だったら、僕の人生も少しは潤ったんだろうな……」 修羅場も物騒な事件もない、平穏な日常。 自分の一生は、きっとこのまま何の変化もなく過ぎて行くのだろう、そう思っていた。 △ △ ルーナサズの街をブラブラ散策しながら、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)は今回の騒動を振り返る。 「わけのわからねえ夢が、最後には前世の世界持ってくる話になるとは、思いもよらなかったが……」 企み的には面白そうとも思うが、やはり死んだ世界はそのままくたばってろってやつだよな。 そう頷きつつも、竜造は、完全な前世の否定から、その因縁、というか呪いは、確かに存在したのだと、認めるに至っていた。 「前世の俺はイデアと関係してるわ女孕ませるわ監禁するわ、散々暴れたが、最後にはブッ壊れた挙句女に殺されちまうとは情けねえ話だぜ。 あれじゃ俺とクズ和の時と同じ……思い出すほどでもねえことか」 ふと、竜造は足を止めた。 道の先で、じっと自分を見つめている者がいる。 杠 桐悟(ゆずりは・とうご)の姿を見て、竜造はにやりと笑った。 桐悟は、ゆっくりと竜造に歩み寄る。 二人の間に緊張が生まれるが、それを破ったのは桐悟だった。 「敵対するつもりで来たわけじゃない。ただ興味があった」 シャウプトとしての自分が、ナゴリュウとして関わった彼に。 前世がどうあれ、今は今だ。カビの生えた骨董品レベルの因縁を持ち出す気は、桐悟には無い。 「ただ、今世でどんな人物になったのか、見てみたかった」 そう、そうして、気持ちに区切りをつけたい、そう思ったのだ。 「がっかりしたか?」 ふん、と笑った竜造に、桐悟は肩を竦めた。 「今は今、だ。比べるものなどない。 ただ、もう全て終わったことだし、今の姿を見てみるのも悪くないと思ってな」 ◇ ◇ ◇ 「……この、あたたかな記憶は……」 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)が最後に思い出したアレサリィーシュの記憶は、今迄のものとは違っていた。 まだ自分が周囲の者達を闇に落とす、闇の触媒ではなかった頃の、ただの娘だった頃の記憶。 カズと出会い、どちらかといえば人見知り気味のアレサリィーシュが、初めて恋心を抱き、交際した。 不器用な彼女は、見ている者の方が恥ずかしくなるような初々しさでカズと付き合い、優しい恋を育んだ。 両親のように、自分はいつかこの人と結ばれたいと、結ばれるのだと、そう思っていた。 この幸せが永遠に続くのだと。 「……思い出したくなかった、こんな記憶……」 淡い恋の思い出は、それがとても幸せなものだからこそ、思い出すのが辛い。 辛すぎて何度も泣きそうになり、全ての記憶を忘れてしまいたいとすらゆかりは思った。 けれど、アレサリィーシュにとって、最後に縋ったこの記憶は、何物にも代え難い、かけがえのないものなのだろう。 ならば、自分が、ずっと憶えていてあげなくては。ゆかりはそう思う。 現世の自分までが、彼女を否定しない為にも。 ◇ ◇ ◇ 新風 燕馬(にいかぜ・えんま)は、一時パートナーロスト状態となったサツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)を心配し、シャンバラに帰る前に、ルーナサズの医師に診せた。 ついでにイルダーナに紹介状を書いて貰い、そこで医者のバイトをさせて貰う。 「おかしいところは無いと思うけどね。 というか、話を聞くに、それはシャンバラの病院に診せた方がいいんじゃないの?」 老いた女医は、契約者特有の病気を懸念している燕馬に対し、そう言う。 「確かに私は倒れましたけど……ソレを言うなら、完全に死んでた燕だって」 サツキは、心配する燕馬に対しそう言うが、今の燕馬からは、以前の『ここからいなくなってしまうような』あの嫌な感じはもうしない。 このまま少し、大人しく心配されていようかな、と思ったのが悪かったのだろうか。 「それにしても、ヤミーってホント、サツキに似てたよな。顔は。 性格はぜんっぜん似てないけどな」 燕馬は深いため息を吐いてぶちぶちと愚痴った。 全くあの女、気が向いたなら一晩限りの関係もOKとかマジ有り得ねぇ。 未だに、あの身体を串刺しにされるような感覚が消えねえし、タウロスとかいう男の時のは死ぬかと思った……あれを平然としてられる女ってすごい 「あ、あの、あのう。ちょっとーっ……」 本人は軽い雑談程度のつもりなのだろうが、サツキは真っ赤になって燕馬を遮る。 「確かに私は燕馬より年上ですけど、ヤミーさんと違って、『そっち』の耐性は無いんです!」 「あ、ワリ……?」 「それに、そんな話をされたら……その、意識しちゃうじゃないですか」 「……サツキ」 「それにつける薬は無いわねえ」 はいはい外でやってね、と、見詰め合った二人を、女医はぽいっと表に放り出した。 ◇ ◇ ◇ ルーナサズの街を散歩しながら、鷹野 栗(たかの・まろん)は、パートナーのループ・ポイニクス(るーぷ・ぽいにくす)のことを考えていた。 覚醒し、戻ってきたループは、前世のクシャナがいなくなった、と言っていたが、その後、特に寂しそうな素振りは見せていない。 「今回のことで、少し大人になったのかな……と言っても、実際何歳なんだか解らないけど」 むしろ、言うべきことは別だ。 パートナーロストになった時のことを思い出す。 体よりも、魂が痛かった。もうあんな経験はしたくない。 「ループも思い切ったことをしたよね……後で叱ってやらなきゃ」 あなた一人の命ではないのだと。そう、文字通りに。 一方ループも一人で街を歩き、ふと子犬が路地裏に走って行くのを見つけて、前世のクシャナを思い出す。 クシャナも犬を拾ったことがあったのだ。 弱っていた犬を「仕方なく」拾い、「仕方なく」治療して、「仕方なく」餌をやった。 けれどクシャナは、自分に尻尾を振るようになった犬を手放した。 いつ戦場に出るか解らない自分に犬など邪魔だと、街娘に押し付けた。 「……ばかだなあ」 ループは、クシャナに言う。 ▽ ▽ 「この時期に滅びの啓示なんて、告げなければよかったのに。馬鹿ね」 連行されるアザレアは、クシャナの言葉に無言で微笑んだ。 「むざむざ死に近づくような真似をして。そんなに民が大事? それとも巫覡って皆そうなの?」 言いながら、クシャナはそっと、赤い宝石をアザレアの手に握らせた。 「……これを。 何なのかは教えない。それとも、もう知っているのかしら。 どうにも出来ないだろうから、構わないけど」 まるで試すようにそう言って、クシャナはぷいとアザレアに背を向け、立ち去った。 △ △ |
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