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【原色の海】はじめての魔法。

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【原色の海】はじめての魔法。

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第6章 つまり魔法って何ですか?


 マイクを向けられ、ハルミア・グラフトン(はるみあ・ぐらふとん)は考え込んだ。どちらかと言えば、他の契約者たちの話を聞きたいなぁと思って、観客のつもりでいたからだ。
「魔法、魔法ですかあ。ハルミアは、まだまだ魔法のお勉強の途中なのでございます」
 金色のくせ毛を無意識に撫でつけながら、難しい顔をしていたが、
「でも、その、おまじないみたいなものなら、むかし故郷でよくやってました」
 と、記憶の中の思い出に行きあたって、少女は無邪気な笑顔を浮かべた。
「おまじないですか?」
「ハルミアの家は、うんと田舎のほうにありまして、弟や妹たちは、いつも外で駆け回って遊んでたのです。だから時々、転んでひざを擦りむいたりして、わんわん泣きながら帰ってくることがよくありました。
 そんなときは『kiss it better、イタいのイタいの飛んでいけ』って、やってあげて。そうしたら、不思議と泣き止んでくれて」
 彼女は掌を翳すと、撫でるような仕草をしてみせる。それはまるで本当に目の前に弟や妹がいるような表情と動きだった。
「母さんがやっていたのを、真似ただけなのですけど、でも、ハルミアにとっては、きっとそれがはじめての魔法なのでございます」
 パートナーのドラゴニュート・アルファ・アンヴィル(あるふぁ・あんう゛ぃる)はそんなハルミアを内心で微笑ましく思いながらも、この企画の意図を知って、冷静に話を続けることにした。
「わたくしにとって初めての魔法……火術の一種であったかと。二歳ごろの事でしたね。ええ、くしゃみと共にブレスが」
 真紅の鱗のドラゴニュートのこと、炎を吐いても他人からは不思議に思われないかもしれないが、幼いアルファにとってははじめてのことだったから、あの時は驚いて……いや、その意味さえも分かっていなかったかもしれない。
「思いのほか威力があったのですが、辺りの草木に燃え移らなかったのは幸いでしたね。……さあ、龍の魔法の話はおしまいですよ。皆様方の魔法はどのようなものですか?」

「先に言われちゃったかな。……それでもいいか?」
 涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が確認を取ると、ユルルは勿論ですと頷いた。それを見て彼は話しを始めた。
「魔法とは何か? これは魔法を使う者にとって永遠の命題みたいなものだ。それ故に興味深い話でもある。
 私のように魔法使いの家系に生まれた人間には身近なものだが大多数の人はそうではない。だからこそ、初めて見た魔法は新鮮に写り、感慨深いものになるのかもね」
「そうですね、私もはじめて魔法を見た時は凄く感動しましたよ」
 ユルルが相槌を打った。
「私にとっての初めての魔法は『ちちんぷいぷい、いたいのいたいのとんでいけ』だな。
 子供の頃、外で遊んでいて怪我をするとよく母親にやってもらったなぁ。今思えば気休めみたいなものなんだけど、不思議と痛みがが消えたんだよな」
 照れくさそうに頭をかく涼介。
 彼自身が魔法使いになった今、彼にもそれでは傷を癒せないことは知っている。
 じゃあ自分が子供が転んだ時、すり傷を癒すために回復魔法を使うのか? といったら、そうとも言えないことも知っている。
「でも、それがあったから今の自分があり、目標としている医学と治癒魔法の融合に繋がってるのかもしれないのかな。魔法使いに真に大事なものは『心』なのかもね」

「『心』が魔法……と言えば、私も、自分の『感情』といいますか、他の人の『心』がきっかけだったんだなぁって思いますー」
 涼介の言葉を受けて、高峰 結和(たかみね・ゆうわ)は勇気を出して、そう言った。人前はあまり得意じゃなかったから。
「……私、最初は、真面目に魔法の勉強してなかったんです」
 彼女はイルミンスール魔法学校の生徒なのだ。魔法を学ぶ気がないんだったら、パラミタに来るにあたってわざわざ選ばなくても……と、他の契約者が感想を抱いた時、彼女は続けた。
「本当は、教導団に入りたくて。でも、体力検定で落ちちゃったんですよね。地球には戻りたくないから、イルミンスールに入学して……本当は、自衛官の両親みたいに強くなりたいんだけどって」
 そうして懐かしそうな眼をした。
「……でも、あの夏の日。エリザベート先生が暑いって騒いでて、皆さんで涼しくさせて上げようとした事があったんです。
 私……えっと、友人と一緒に、果汁を凍らせたかき氷を作って皆さんに振る舞ってたんです。ふふ、そう、氷術で、凍らせる係で。
 とても楽しくて……私なんかの魔法でも、人を喜ばせることができるんだって嬉しくて。小さいけど、魔法に真摯になるきっかけ…だったと思います」
「……ぼっ、ぼb 僕、も……しゃしししゃべり、たい、yyよ!」
 パートナー、そしてハルミアと涼介の話に触発されたのか、エメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)がどもりながら、そう言った。
 声は非常に聞き取りにくかったが、マイクを欲しがる仕草をしたので、ユルルはすぐに了解して彼に渡す。
 エメリヤンは頑張って、話していく。
「ゆ、ゆ結和ははは、そ、そそ言うけけけど……、ぼ……ぼ、ぼ僕は最初から……魔法の、さささ才能……あああった、とー、お、おも、おもも思うなー」
 彼が長い時間をかけて話したのは、以下の内容だった。
 ──小さい頃、『痛いの痛いの飛んでいけ』ってやってくれたでしょ? あれ絶対母さんや他の人より効いたもんね。
 結和はよく魔法を『想いや願いが力になる』って言うけど、やっぱりきっと心底僕を心配してくれてたからそうだったんだよね──
「そ……そ、そそそれも、……きっと……一種の、ままま魔法……みたいな……もも、も、もので、しょ?」

「そちらの方はいかがですか? 気持ちは魔法だと思いますか?」
 結崎 綾耶(ゆうざき・あや)はユルルがエメリヤンから受け取ったマイクを向けられ、つい隣を見た。
 パートナーであり恋人でも匿名 某(とくな・なにがし)を見たが、彼は何かを考えているようだった。
「そうですね、ちょっと違う話になるんですけれど……私の知ってる初めて魔法は……そうですねぇ、某さんのいる国で最初に使った携帯電話ですねぇ」
「携帯電話……ですか? ああ確かに、私、はじめて見た時はどんな凄い魔法使いの魔法がかかってるんだって思いましたよ」
 ユルルはこくこくと頷く。
「今は普通に使ってるんですけど、当時の私にとっては本当に魔法みたいなモノでして、着信音とか鳴るたびにびっくりしたものです。
 それで某さんに色々と教えてもらったあとに試しにメールをえいって送ってみたんです。
 ちゃんと届くって聞いててわかるんですけど、ちゃんと届いた時は嬉しく感じましたねぇ。その後電話してみたりネットをやってみたりとホントに色々とやってみて、その度にびっくりしたのを覚えてます」
 ひとつひとつの思い出を確認するように、綾耶は言った。それは単にできるようになっただけではなく、教えてくれた人たちとの思い出だったり、初めて電話を通して聴いたあの人の声だったりする。
「皆さんが言う魔法とは違うかもしれないんですけど、昔はできなかったけど今は当たり前にできる『技術の進歩』も魔法みたいだと思いませんか?
 ……ということで、某さん」
「え? 俺? 俺が初めて使った魔法は“禁猟区”ですね」
 綾耶に急かされ、某はとりあえず考えていたことを口にした。
「確か地球で綾耶と契約してパラミタに行くまでの間でした。契約したらなんか力が使えるってネットで見て、何ができるんだって二人で考えてたらなんとな〜くできそうじゃないかって思えてきてやってみたらできたんですよ。……なんだかパッとしない感じだけどそんな感じです!」
 そう、あっさり言ってはみたものの、頭の中では先程の思考が繰り返し繰り返し、流れている。
(気持ち……気持ちねぇ……。まあ、本当の魔法は綾耶と出会えた事だけどな。代わり映えのしない毎日を過ごすもんだと思ってた俺の前に現れて、今ここに至るまで常識を超えた体験を共に過ごしてきた、この世界で一番大切な存在。そんな綾耶との出会いこそ……)
「……なんて、本人の前じゃ言えん」
「え? 何ですか某さん?」
 目を丸くした綾耶に、はっと某は顔を上げた。
「え? あれ? 俺、言っちゃった? 綾耶に出会ったことが俺の知る限りで最初で最高の魔法だって」
「え? ええっ?」
 互いに驚きながら、互いの赤く染まった頬を見合わせる。
 某にとって救いだったのは、既にマイクと観光客の注目は、次の契約者に移っていたことだった。

 次にマイクを握ったのは七瀬 歩(ななせ・あゆむ)だった。
「みんなは『シンデレラ』のお話って知ってるかな? 地球のお話だから知らないかなぁ?」
 歩はかいつまんで、シンデレラの物語を語っていった。
「お姫様みたいにエスコートしてもらえるとかすごい素敵。時間制限が残念だなぁって昔は思ってたけど……魔法はいつか切れるものだけど、それは悲しいことばかりじゃないんじゃないかなぁ」
 彼女は白馬の王子様に憧れている。シンデレラの王子様、といえばその最たるものだろう。
 でももしたとえば、シンデレラが、単に本物の、魔法が解けないドレスや馬車を誰かに与えられただけだとしたら。……果たしてそれだけで幸せになれただろうか?
「今はそのおかげでシンデレラが負い目無く王子様と幸せになれたのかもって思う。隠し事してたら、やっぱりギクシャクしちゃうし。
 魔法は何でも出来るけど、本当に印象に残るのは、アナスタシアさんが言ってたように、自分が変わるきっかけを与えてくれたものだと思う」
 その方がきっとその人のためにもなる、と歩は続けた。
「パラミタに来て本当の魔法が身近になったけど、そういう『誰かのための』魔法を使えるようになりたいなぁ」
 言い終えてユルルにマイクを返すと、歩は生徒会の仲間であり、彼女を親友と思っている村上 琴理(むらかみ・ことり)の姿を探した。
 彼女が出航直後、パートナーのフェルナン・シャントルイユ(ふぇるなん・しゃんとるいゆ)と何か言い争っているようだったのを見ていたのだ。
(何か相談に乗れたりしないかなぁ……)
 琴理は先程、フェルナンと共にホールに戻って来て、隅で何やら話をしているようだった。
 声を掛けようかどうしようか迷っていると、そんな歩に藤崎 凛(ふじさき・りん)が、お茶を運んできた。
 アルバイトとして乗船していた彼女は、幽霊船騒ぎの後もそのまま、カフェのスタッフを続けていた。
「あの……大丈夫ですか?」
 海の方が気になっているのだろう、と凛は思ったのだろう。
「リラックスした気分でお話に没頭していたら、時間なんてすぐに過ぎてしまいますわ」
 凛自身不安な気持ちを抑えつつ、そう控え目に言って、季節の花の香りが心地よい紅茶とソーサーにお菓子を添えて渡す。
「ココナッツで香り付けしたカフェオレもありますよ。お砂糖もミルクも、お好きなだけ」
「ありがとう」
 凛のパートナーのシェリル・アルメスト(しぇりる・あるめすと)もまた、凛がいれたお茶を配っていた。熱いから気を付けてね、と渡しながら、ただ考えてしまう。
(リンが私を目覚めさせてくれて、今こうしてここにいる事自体、魔法のようなものなのだろうけれど……私は何処へ行こうとしているんだろうか)
 こうして彼女を手伝っていても、以前からあったもやもやとした気持ちにはまだ晴れそうもなかった。
(リンを心配させている事も分かってるんだけどね。それはともかく──)
「琴理さん、お茶どうぞ」
 フェルナンが静かにデッキに向かうのを確認して、一人になった琴理に、彼女は声を掛けた。
「あ、ありがとうございます」
 琴理は微笑してはいるものの、心ここにあらず、といった風だった。シェリルは、そっと訊ねてみる。
「なんだか浮かない顔をしてるから、どうしたのかなって。さっきパートナーと話しているところを見掛けたけれど、何かあったの?」
「……ええ、ちょっと。大したことじゃないんですけど、今までと立場が変わると言いますか……」
 いただきます、と彼女は紅茶に口を付けてから、ゆっくりと話した。
「ヴァイシャリーの貴族令嬢とパートナーが、結婚することになりそうなんです。政略結婚なら私は止めるつもりでいました。でも彼はそれを、本心でなくても望んでいる──シャントルイユ家とヴァイシャリーのため、という名目で。その場合、私はどうしたらいいのかなと思いまして……その、新婚生活に親密な異性のパートナー、というのは不似合でしょうし」
 でもご挨拶のために一度お相手とお会いするつもりなんです、と彼女は続けた。
「……でも、こんな話珍しくないですよね。百合園女学院は良家の子女が集う学校ですから。こんなことありふれていますから。
 でも、もしそれが『ありふれた不幸』になるのなら──不幸とすら、いえ、不満すら口にしてはいけないのではないかと思いながら、彼とお相手の方は抱えて、生きなければならないのかもしれません。それに……」
「それに?」
「確かめたいことが」
 それ以上は言わず、琴理は紅茶を美味しいですね、と、カップに口を付けた。