空京

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建国の絆 最終回

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建国の絆 最終回
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リアクション



女王の行方

 グゥオオォォォォッ!!!!
 
 地鳴りに旧宮殿が揺れた。
 儀式でふらふらになっていた人々は、衝撃波に吹き飛ばされる。
「ど、どうしたんや?! 何事や、一体?!」
 神子のフィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)が目の前をおおう土煙を払いながら叫ぶ。儀式を終えた体は、別物のように重い。
 事態のヒントを求めた視線が、ぎくりとして止まる。

 神子たちの視線の先に、一柱の神が出現していた。
 現れただけで神だと分かる、凄まじい存在感だ。その腕には、ぐったりとしたアムリアナ女王が抱えられている。
「何者?! 陛下をどうする気だ?!」
 エル・ウィンド(える・うぃんど)が果敢に叫ぶ。全身が苦痛に悲鳴をあげるが、それを上回る危機感が彼を突き動かす。
 女王を抱えた神は、傲然と笑んだ。
「……口の利き方を知らぬ小僧だな。
 我はエリュシオン選定神が一柱、鏖帝神君(おうていしんくん)ジェルジンスキー。
 貴様らに代わり、シャンバラ女王を護ってやろうというのだ」
 その言葉に、迷いを見せる者もいた。
 だが藍澤 黎(あいざわ・れい)は厳しい姿勢を崩さない。
「ならば何ゆえ、我々や宮殿へこのような所業を行なう?!」
 ジェルジンスキーは鼻で笑った。
「それがシャンバラの総意だからよ。
 何故、一度は時の流れに敗北した我がここに復活できたと思う?
 そして何故、この結界内に入るほどの神力を得られたと思う?
 残念だったなぁ。この宮殿に集まった奴らは女王を担ぎあげるのに必死なようだが……強き魂を持つ者、つまりはコントラクターのすべてが、そうではなかったようだな。
 建国などという、既存の価値観と戦い、責任を負うような役目、担いたくはないだろう?
 だから我ら帝国が、シャンバラを丸ごと貰い受けてやろうと言うのだ!」
「ふざけた事をっ!」
 クイーンヴァンガード達が彼に斬りかかる。
 さらにエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)が「ごちゃごちゃと、うるさい奴ですぅ〜!」と火炎弾を投げつけた。
 しかし。
 ジェルジンスキーは女王を足元に放り、むん、と気合を込めた。
 彼の手から巻き起こった魔力の渦が、すべての攻撃を受け止め、数倍に増して跳ね返す。
 床に伏する人々に、神ジェルジンスキーはあざ笑いを浮かべる。
「笑止! 我の力は、シャンバラの総意!
 貴様らの個人的な正義感ごときで、その我を倒すことなど不可能なのだ!」
 すでに女王復活と闇龍封印の儀式で疲弊しきっていた神子や護衛者達に、もはや神と戦う力は残っていない。
 倒れたヴァンガード隊員や白百合団員の間から、一匹の薄緑色の蛇が這い出てくる。
 蛇は皆に聞こえるテレパシーで暴言を吐く。
(君さぁ、ネフェルティティに呪いをかけて、テロ組織としての鏖殺寺院を生んだ張本人のクセに、なに今さら復活してきて、イイ所だけ持っていこうとしてるのさ? 組織のトップとして、ずっこくない?)
「フン、裏切り者が」
 ジェルジンスキーが無造作に魔力弾を蛇に放つ。
 たまらず蛇は吹っ飛ばされ、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)の姿に戻って宮殿の壁に叩きつけられる。

 薄れる意識の中、ヘルは首のまわりに何かを感じた。
 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)からお守り代わりにともらった、黒革のチョーカーだ。
 トップには彼の誕生石のアメシストが付いている。
 呼雪から形に残る物をもらったのは初めてだったので、ヘルは大喜びしていた。
 聞けば、どうやらヘルの誕生日に用意したものの、色々と遠慮があって渡しそびれていたらしい。

 さらにヘルの脳裏に、出発前ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)から言われた事が蘇ってくる。
「今回は早川を守る為には同行できん……。
 言う必要も無いとは思うが、守ってやってくれ
 それと同じくらい、お前も無事でなければならんぞ。天音も我も、早川が悲しむ姿を見たくはないのだ。
 それに……既にお前も友人だ、失いたくはない」

(もー。呼雪もブルーズも、寂しがり屋さんなんだから★)

 それは一瞬の走馬灯だったようだ。
「どういう事よッ?!」
 誰かがヘルの肩を揺すっている。彼が目を開けると十二星華セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)だった。
 その後ろにティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)が立ち尽くしている。
「エリュシオン帝国……」
 ティセラの白い肌が蒼白になっているのは、戦闘による疲労の為だけではないだろう。
 しかし彼女の前には、結界が立ちはだかる。そこを通り抜けられるのは女王本人、神子、またそれぞれのパートナーのみ。
 パッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)達が結界ごしにジェルジンスキーを撃っているが、攻撃は結界に吸い込まれてしまう。

 その結界の中。
 青ざめていた呼雪の耳に「きゅう〜」という間延びした声が届く。
 様々な音にかき消されかけているが、彼がヘルの声を聞き間違うはずはない。
 我知らずホッとした呼雪の脳裏に、テレパシーが響いた。ヘルではなく、先ほど話した女性の声だ。
 その話を聞き、呼雪は相棒の神子ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)をそっとつついた。
「んん?」
 ファルは目をぱちくりさせる。呼雪は何かやろうとしている。
 それに藍澤 黎(あいざわ・れい)樹月 刀真(きづき・とうま)も気づく。
(俺たちで協力すれば、なんとかなる筈だ……)
 黎と刀真がうなずく。


 勝ち誇るジェルジンスキーの前で、レジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)金住 健勝(かなずみ・けんしょう)の手を借りて立ち上がる。
「未来を手に入れるって……約束したんです」
 レジーナがふたたび、神子の波動を発生させ、ジェルジンスキーに向ける。
 レライアルケトも神子の波動を重ねていく。
「ふん、そのような術が効くか!
 帝国は貴様ら機械かぶれと違い、魔法の本道を行くのだぞ!
 その選定神である我が……」
 ジェルジンスキーの言葉が途切れる。波動がピシピシと彼の体の表面を固めていく。
「なっ?! これは我が国の呪い御霊?!」
 そこに至って、ようやく彼は気付いた。神子の波動に、先ほどから呼雪が呪文を乗せている。
「バ、バカな?! 貴様、何故、帝国の封印呪を知っている?!
 クッ、しかし、こんな物で封じられるような我ではない……!!」
 ジェルジンスキーが放った魔法塊を、藍澤 黎(あいざわ・れい)ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)がみずからが盾となって食い止める。
 その時、結界内に闇の魔力塊が渦巻いた。
 それはジェルジンスキー自身のもの。彼の驚きに乱流が起きただけ、ではなかった。
 闇の塊を切り裂き現れた大剣が、身動きを封じられたジェルジンスキーの胸を貫いた。
「あなたなどに、シャンバラも陛下も任せはしませんわ」
 星剣ビックディッパーをかかげ、ティセラが告げる。
 ヘルが自身が受けたジェルジンスキーの魔力を彼女にまとわせ、結界内にテレポートしたのだ。
 万一の際には、仮の女王となるだけのキャパシティをそなえた十二星華だからこそ可能な技だ。
「私たちの未来は渡さないわ!」
 十六夜 泡(いざよい・うたかた)のファイアーストームが、崩れかけるジェルジンスキーに最後のトドメを打った。

 選定神ジェルジンスキーの体が、霧と散っていく。
 その霧が流れとなって、一人の女性に吸い込まれていく。
「馬鹿な人ね……五千年待たせて、今頃現れたって、私の気は変わってるわよ」
 霧を取り込んだ白輝精は寂しげにつぶやくと、香水の香りと共に、封印の中に入ってくる。
 呼雪は彼女に頭を下げた。
「ありがとう。貴女が帝国の呪文を教えてくれたおかげで、難を逃れる事ができた」
「やぁね、別に私はあなたたちの味方ってわけでもないわよ」
 白輝精は床にヒザをつくと、いまだ気絶しているアムリアナ女王を抱きあげる。
「陛下に何を……?」
 周囲の戸惑いに、白輝精は女王を示す。
「見なさい。この弱りきった彼女を」
 女王はひどく憔悴し、意識をなくしているようだ。顔色も悪い。
 白輝精は言う。
「彼女の状態は、そのままシャンバラの状態でもあるわ。
 国が成ったとはいえ、いえ、成ったと言うのに、闇龍を抑え込むことで力を使い果たし、その守りはもろく、今にも消えそう。
 ……まあ、昔はこれで死んじゃったんだから、それに比べれば良い結果よね。
 でも、このままじゃ、また世界は戦争とテロに包まれるわ」
 ネフェルティティが青ざめた顔で、聞きただす。
「どういう事ですか? 鏖殺寺院を……作った神はもう消えました。私も、もう鏖殺寺院には解散するか、回顧派のように昔の姿に戻る事を求めます」
「そーいう事じゃないのよ。
 このままだと、古王国時代のお宝は復活しまくってるのに、国の守りはボロボロのシャンバラを、我が物にしようと帝国が動き出すわ。
 まずはシャンバラと帝国の間にある、カナンやコンロンが犠牲になるでしょうね。
 それに直接シャンバラを弱らせる為に、あのイコン部隊あたりとつるんで大攻勢に出るんじゃないかしら?」
「そんな……話し合えば、まだ……」
「そういう甘チャンな事を言ってるから、洗脳されちゃうのよ」
 白輝精の一言に、ネフェルティティはしゅんとなった。
 白輝精は艶やかな自分の体をなでる。
「今のは推測じゃなくて、取り込んだジェルジンスキーの中にあったものよ。帝国は本気でシャンバラを攻めてくるでしょうね」
 言いながら白輝精は、女王を抱き上げて立ち上がる。
「ジークリンデをどこに連れてくのよっ?!」
 高根沢理子(たかねざわ・りこ)が足をよろめかせながら、白輝精の腕に取り付く。
「ほんと、にぶちんねぇ」
 白輝精はため息をつきつつ、大蛇の尻尾でリコを巻きとり、ぽーんと放った。彼女を放り渡された形になった親衛隊が、難なく受け止める。
「シャンバラ女王には、パラミタと地球を結びつけておく力があるのよ。
 帝国にとっては、欲しくてたまらない能力。
 だから今、女王を帝国に連れてけば、私の罪も免除になるどころか、一生遊んでくらせるってわけよ」
 白輝精はどこか投げやりに答える。だが。
「貴女は、そんな人ではありません!」
 アイシス・ゴーヴィンダ(あいしす・ごーう゛ぃんだ)が声をあげた。彼女の大声に、シルヴィオが驚いた顔をする。
「戦争を起こさせない為に、わざわざ陛下のパートナーをシャンバラに残して、陛下を帝国に連れていくおつもりなのですか?」
 軟着陸したリコが「どういう事?」と周囲にささやく。
 神子のレジーナがそれに応える。
「……女王陛下のパートナーには、陛下の代わりの王となる力が備わるんです」
「えっ、そんな力、感じたことないけど」
「それは今まで陛下の力が封印されていたからです。神子として、今のリコさんからは……国を司る力を感じます」
「ええーっ?! あっ、じゃあ、セレスティアーナも……ありゃ」
 そのセレスティアーナは、色々あって目をぐるぐる巻きにして気絶中だった。
「人々を守るために、罪をかぶる御つもりなのですか?」
 アイシスが白輝精に問う。
「やあねぇ、あのキモいくらいの超御人好しと一緒にしないでよ」
「……砕音様? まさか……」
「変な想像はやめてよ」
 白輝精が不機嫌そうに言う。
 今まで退屈そうにしていたナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)が首を突っ込んでくる。
「なんだどうした? ゲロゲロな善人の匂いがするぞ?」
 さらにはクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が結界の外から呼びかける。
「白輝精、どこかに行くなら付き合うよ。どこに行くにしても雑用係、必要でしょ?」
「だーめ。帝国の状態はまだ分からないんだから。下手にシャンバラ人をつれてくのは危険よ。
 あなたがどうにかなったらヘルがへこむんだから、大人しく留守番してなさい」

 激しい七色の輝きが、封印の間をおおう。
 その光が消えた時には、白輝精もアムリアナ女王の姿もなかった。
 エリュシオンにテレポートしてしまったのだろう。
 その驚愕から醒めないうちに、ネフェルティティが言った。
「私は姉さんの負担を減らし、シャンバラを安定させる為に、王都と共に闇龍の封印を守る眠りにつきます」
「なに言うてはるの、美空ちゃん?!」
 橘 柚子(たちばな・ゆず)が彼女の言葉に驚き、飛び出してくる。
 ネフェルティティは微笑んだ。
「この国は今、卵から孵ったヒナのようなもの。
 姉さんがいなくなった以上、国の礎となる神が必要です。私は……皆さんに大変な迷惑をおかけしましたから……」
「そんなの駄目や! 誰かが犠牲になるなんて……美空ちゃん!」
 柚子が言ううちにも、周囲の光景とネフェルティティの姿が、水面に映った像のように揺らぐ。
 水鏡に波が立つように、すべてが見えなくなっていく。
「美空ちゃん……美空ちゃん……」
 柚子は涙をこぼしながら、ただ彼女の名前を呼んだ。頭の中に、ネフェルティティの声が響く。
(……姉さんがまた普通にシャンバラに戻ってこられるようになったら、私も目覚めるから、皆でピクニックに行こう。
 ドーナツやお菓子、いっぱい持ってきてね……!)


 強風が砂をまきあげながら、大荒野を渡っていく。
 それは数千年間、変わらない光景。
 五千年前のシャンバラ宮殿も王都シャンバラも、夢と消えはて、そこにはどこまでも荒れ果てたシャンバラ大荒野が広がっていた。
 荒野に、生徒達だけが取り残されて、たたずんでいた。
 やがて、ある者は火急の知らせに母校へと飛び帰り、ある者は途方にくれた様子で近隣の町へと旅立った。
 そして、皆が帰っていっても、いつまでもそこに残る者もいた。
 アゼラはただ呆然とそこに立ち尽くしていた。
 悠久ノ カナタ(とわの・かなた)がそっと横に寄り添った。
 アゼラはうなだれる。
「昔、あそこ、で、あの子と、暮らした、のに」
「もしや幼かったという愛娘を探しておったのかな?」
「すごく、かわいかった、のに」
 アゼラは今はもう何もなくなってしまった荒野を、食いいるように見つめる。
 カナタは考えを巡らせ、諭すように言う。
「あの街には、建物は復活しておったが、住民はどこにもいなかった。
 あそこに生きた人々は、すでに輪廻に乗っておるのやもしれぬ。ならば、いつか旅の果てに出会う日も来よう」
 カナタはアゼラの手を取ると、仲間の待つ方へとゆっくり歩みだした。