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第3章 ウサギ攻防戦
「何とも壮観な眺めじゃのぅ」
 光臣翔一朗(みつおみ・しょういちろう)は眼下を見下ろし、呆れとも感心とも付かぬ感想を漏らした。
 いち早く小型飛行艇で飛び出した翔一朗の視線の先には、ウサギ・ウサギ・ウサギ。
 ウサギウサギウサギウサギウサギ×∞。
「頼むからケガせんでくれよ」
 言いつつ、体育倉庫より持ち出したネットを密集箇所に投げる。狙いは違わず、絡めとられた一群が一塊になって転がる。
「っと!」
 そのままだと後続に踏み潰されてしまうだろうそれを、飛行艇の出力を上げ持ち上げる翔一朗。横合い……通過しない場所にそっと下ろすと、次のネット投下に移る。
「光臣さん、様子はどう?」
 そこに四方天唯乃(しほうてん・ゆいの)が空飛ぶ箒で飛来した。その後ろには、パートナーであるエラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)がいつもの様にちょこんと付いている。
「見ての通りじゃ。多少足止めにゃぁなったちゅう所じゃ」
「分かったわ! ゴットーさん達に知らせる!」
「頼む。俺はもう少し粘るきに」
「気をつけてね!」
「おぅ」
「急ぐわよ、エル」
「ゆ、唯乃ッ……!待って欲しいのですよーぅ……」
 ぴゅ〜ん、箒のスピードを上げる唯乃の後を、エラノールがわたわたと追いかけ。
「後十分ほどで先頭の集団が到達するわ」
「分かった。唯乃ちゃん達は後方で支援を頼む」
「うん。ケガしたら手当てしてあげるけど……陸斗くん達も無茶しないでね」
 陸斗は藍澤黎(あいざわ・れい)達と作戦に当たる事になっている。
「ああ。理沙ちゃん達の所まで、行かせないさ」
「折角育った花が食べられちゃうなんてそんなの嫌っ!!」
 白波理沙(しらなみ・りさ)とパートナーであるチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)は、学園最終防衛として、学園入り口に陣を張っていた。
「みんな頑張ってくれてるけど、万が一の時はここで食い止めるのよ」
「お腹が一杯になればお花は食べませんよね〜? 餌を大量に用意しておいたから大丈夫ですわ☆」
「……ってちょっと待ってチェルシー。それってもしかしてパラミタニンジンじゃ?!」
 確かそれは、ウサギを誘導して学園から引き離すべく、陸斗達が持って行ったはずのもので。
「何でそれがこんなに残ってるのよ?!」
「うふふ〜、ウサちゃんは可愛いですわ〜☆」
「うわぁ人の話を聞いてないよ、この娘……」
 理沙は額を押さえつつ、ウサギほいほいもといパラミタニンジンを睨んだ。
「もうこうなったら仕方ないわ。マリーさん達が取り逃がしたウサギ、絶対ここでゲットだよ!」
「凛々しいですわ」
 ぐっと拳を握り締めた理沙に、チェルシーはにこにこしながらパチパチと手を叩いた。
「いくわよっ! 秋桜!」
 鬼神の如き戦いを見せるのは、遠野御龍(とおの・みりゅう)だ。相棒の龍神丸秋桜(りゅうじんまる・こすもす)と共に、戦場を駆ける。
 優雅に華麗に……そして苛烈に。長い真紅の髪が風にたなびく度に、一匹また一匹とウサギが倒れ積み重なっていく。
「ウサギさん達を傷つけないで下さい!」
 自身もウサギ達を食い止めている東重城亜矢子(ひがしじゅうじょう・あやこ)が思わず叫ぶ。
 御龍はそんな亜矢子をチラと冷徹に一瞥した。鋭い緑の瞳を強い青の瞳が受け止め。
「弱きものを傷つけるは本当の強きものに非ず、です」
 自らが振るうのは生かす力だと。言外に示され亜矢子はホッと息を付く。勿論、やりとりの間もウサギ達を食い止める手は止めず。
「フンっ。……秋桜、そのうさぎ、治療して差し上げなさい」
「素直でありませんね。御龍」
 ふいっと言い捨てる御龍に、秋桜はどこか楽しげにも聞こえる響きで応えた。
「あの人、強いね」
「ああ」
 感心とも悔しそうとも取れる大崎織龍(おおざき・しりゅう)に、パートナーであるニーズ・ペンドラゴン(にーず・ぺんどらごん)は短く答えた。
 幼き頃より剣道をたしなむ織龍の剣の腕も中々のもの。けれどそれは正しき剣であり、おそらく御龍のはとても実戦的だ。
 織龍は別に強さのみを求めているわけではないが、そこは剣士の血。悔しさや羨ましさを抱かないと言ったら嘘になるだろう。
「これからだ。これから色々な場所に行き、色々なものを見て吸収する……そうであろう?」
「うん!」
 ニーズに応え、織龍はカルスノウトを握る手に力を込めた。ウサギ達を、そして蒼空学園の生徒達を護る為に。
「頼むから無茶しないで欲しいでござる」
「……ごめんなさい」
 捕獲用の袋を手に、それこそ一人でウサギの群れに突っ込んで行きかねなかったイリスは、ホッと息を漏らした薫にシュンとうな垂れた。
「でも、わたくし……」
「分かってるでござる。但し、今度は拙者と二人で……我等はパートナーでござろう」
 差し出された手、イリスはパッと顔を輝かせ、手を重ねた。
 立ち上がり、共にウサギを捕まえる……お家に帰して上げる為に。
「皆、随分とぬるい事だ」
 奮闘する薫や織龍を、大岡永谷(おおおか・とと)は冷たい眼差しで見つめた。苛烈を極める御龍とて、永谷からすれば甘すぎると言わざるを得ない。
「外見がどうあれ、あれは既に有害なモンスター……全滅させるに限る」
 効率は全てに優先する……永谷は周囲に手早く油を撒いた。予測では、この辺りにウサギ達は追い込まれてくるはずであり。後は、タイミングを見計らい火を点ければそれで終わり……一掃出来る。
「そんなことしたらウサちゃんが可哀想じゃない!!」
 そこに空から女の子が降ってきた、必殺キックと共に。花を守るべく、進路を逸らすべく、パラミタニンジンでもってウサギを先導していた小鳥遊美羽(たかなし・みわ)である。
「蒼空学園をウサギだらけにしたいのか?」
 美羽のミニスカ悩殺キックにも動じず、反対に一喝する永谷。
「そんな事にはならない、私がさせないっ!」
 怯まず言い返す美羽。
「すみません、美羽さんが失礼なことをして……」
 睨み合う二人に割って入ったのは、美羽のパートナーであるベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の、場にそぐわぬ申し訳なさそうな声だった。
「ですが、私も美羽さんに同感です。美羽さんや皆さんなら、学園もウサギも助けて下さると信じています」
「なら、好きにするがいい」
 静かに、けれど揺ぎ無い信頼をうかがわせるベアトリーチェと、ウサギ達は傷つけさせない!、と全身で訴える美羽に、永谷は大きく息を吐くと、降参という風に肩をすくめて見せた。
「こんな事でこれから起こるであろう様々な脅威に対応していけるのか?」
 美羽達の背中を見やり、永谷は厳しい表情で呟いた。
「良かった無事で……あれこの子、足にケガしてるわ。お願い、ベアトリーチェ」
「分かりました」
 心の底からウサギの無事を喜ぶ美羽に、ベアトリーチェは眼鏡の奥の瞳を誇らしげに細めた。

「上手い事、行くんかな」
「我の腕はフィルラが一番良く知っておるだろう」
 愛馬インフィニティに跨った黎は、パートナー・フィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)に不敵に笑んでみせた。
 その眼前に迫るウサギ本隊。地響き立てるそれはまるで津波のよう。
「大丈夫だ、ケガしたらフィルラに治して貰うのでな」
「誰がキミの心配しとるんや!? ボクが心配しとるんはウサギや陸斗はんやで」
「ウサギちゃん達はともかく、陸斗は心配するだけ無駄よ」
「それはちょっと酷すぎないか?」
 軽口を叩きながらも、黎達の表情は引き締められている。待っているのだ、合図を。
 そして、作戦開始を告げる合図が青空に咲いた。
「んじゃ、いっくよ〜」
 マリちゃんの足を引っ張らないように頑張らなくちゃ、カナリーはマリーの合図に従い、点火した。
 ヒュ〜、ドカ〜ん!
「おおっ、た〜まや〜」
 真昼の空に、花火が上がった。合図の、花が開く。
「行くぞ、イフィイ」
 黎とフィルラントは直後、左右に分かれた。それぞれの愛馬の足に結んだ綱。それでウサギの群れを囲むようにして誘導を試みる。
 この二人の動きに合わせ、陸斗も小型飛空艇に乗せたパラミタニンジン株でもって誘導する。
「……やれやれ、厄介事は嫌いなんですが」
 その黎達が目指す先には、天瀬悠斗(あませ・ゆうと)とマリーがスタンバイしていた。
 小型飛空艇とバイクにネットを渡し、ウサギの群れを待つ。
「ダメっ!?」
 だが、そこにコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)が突っ込んできた。すれ違いざま、その透き通った紅い光の刃でネットを切り裂く。
「いきなり何をするんですか!?」
「ウサギ達が学園を目指してるなら、何か理由が有るはず。それを人間達の都合で妨害するのはおかしいです!」
 コトノハの脳裏に浮かぶのは、パートナーの姿。危険な存在だと封印されていた……そう、他でもない人間の都合で。
 だからこそ、コトノハには許せなかった。自分達の都合でウサギを、ウサギの自由な進行を阻もうとする事は。
「そう言われてもね。僕にはウサギ達が喜び勇んで行進しているようには見えないんですけどね」
「それは……」
「ちょっ、どいてくれぇぇぇぇぇっ!?」
 一瞬言いよどみ、それでも再び剣を構えるコトノハに、ウサギに追われた陸斗の飛空艇が突っ込んできた。
「きゃわっ!?」
「……ぐぇっ」
 バランスを崩した陸斗はコトノハの眼前、大地に激突。
 その前で悠斗とマリーは手早く巨大ネットをセット、迎え撃つ。
「悠斗殿、後は!」
「任されました」
 マリーのバイクと悠斗の飛空挺は一気に速度を上げた。ネットの両端を担う二台、その動きに合わせネットの中、ウサギ達が巻き上げられていく。
「結局『歓迎委員』か」
「うん、大漁ですね。ウサギを獲る猟とは字が違いますけど」
「うふっ、二人ともすごいすごい!」
 ホッと息を付くマリーと悠斗に、陸斗を見捨てて一人だけ無事に着地していたキアが、無邪気に声を上げた。
「ほらみてみぃ、こないなけったいな作戦のせいで、うさちゃんが傷ついてしもうたやないかぁ、このむっつりー! ちびっとは頭働かしたらどないなんやぁー!」
 言いつつ、ケガしたウサギにヒールをかけるフィルラント。とはいえ、別に黎がやったわけではない。黎の手綱捌きは見事なもので、それはフィルラントも認めるところだ。
 こんなにポンポン言葉が出てくるのはやはり、作戦の成功と皆の無事に安心したからだろう。
「しかし、ウサギ達も随分と落ち着いているな」
「って、人の話を聞けやぁ!」
「きっと、ウサギさん達も不安だったんだよ」
 美羽は傍らのコトノハに微笑んだ。コトノハだってウサギを、そして大切なパートナーを思って行動した。
 その気持ちが間違っているハズはないから。
「はい。他のウサギさん達の様子も看てしまいましょう」
 美羽とベアトリーチェに促され、コトノハもコクリと頷いた。
「……SP少ないのよね……いざというときに困るわねこれは」
 同じく晃代と共に、ケガしたウサギの手当てをするイリスは、小さくぼやいていた。晃代を護る為に、これからもっと精進していかねばならない。
 だけど今は、自分に出来る精一杯を。
「頑張らないとお茶会に行けないもの、ね」
「陸斗くんその……大丈夫?」
「……うん、生きてる。俺、生きてるよ」
「うん、すごいよ陸斗くん、頑丈なんだね」
 小型とはいえ飛空艇一台と大量のパラミタニンジンに潰されたわりには軽傷だった陸斗は、感心する唯乃に虚ろな笑みを浮かべていた。
「うふふ〜、ウサちゃんはやっぱり可愛いですわ〜」
「ちょっ、少、休ませ……」
 のほほんとウサギを愛でるチェルシーとは対照的に、ぜぃぜぃと息を弾ませる理沙。自慢の髪も今ばかりは埃っぽい。
 それもそのハズ、極上の餌目当てに突進してくるウサギ達への対応で走り回ったのだから。
「み、水……てか寧ろ、美味しいお茶……」
「まぁ理沙ったら気が早いですわ」
 トレードマークの大きなリボンを揺らして笑うパートナーにちょっぴり殺意が湧いちゃったのは……ナイショである。
「可愛い……見ていると癒されるな」
 大体片が付いたと見て取った蒼穹(そう・きゅう)は、籠の中のウサギ達に目を細めた。
 悠斗達の大規模な作戦、そこから逃れたウサギを捕獲していたのが穹と朱華、ウィスタリアだった。
「僕も動物好きなんだよ。本当、可愛いよね」
 ウィスタリアの禁猟区によりいち早く位置を把握されたウサギは皆、対したケガもなくて、それが朱華は嬉しかった。
 何より、捕まえられた当初こそ暴れていたウサギ達だったが、今は落ち着いていた。寧ろ、安心しているようにも見える。
「おまえ達、どうしてこんな所まで来たんだ?」
 穹の問いに、ウサギ達はただ無垢な瞳で見上げてくるだけだったけれど。
「出来れば、元居た場所に帰してやりたいが……」
 安心させるよう、一匹一匹頭を撫でてやりながら、穹は遥か遠く……仲間達が向かっているであろう生息地へと視線を向けた。