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闇世界の廃校舎(第1回/全3回)

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闇世界の廃校舎(第1回/全3回)

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第2章 保健室の生者ヘルド・フランケン

 ピチョンピチョンと、手洗い場に滴る水音が辺りに響き渡る。
「なんだかじっとりとしてて気持ちが悪い所だよな」
「―・・・えぇ、空気が重いわ」
 ベアとマナが床を踏むたびに、ギシッギシッと木造の床がきしむ音がした。
「誰かいるぞ!」
 廊下の向こう側から何者かの足音が聞こえてくる。
 壁際で息を潜めて待ち構え、対象が近くまできたのを狙いグレートソードを振り下ろす。
「まっ待て、俺たちは人間だ!」
 両手を交差させて振り、斬られそうになったウェイル・アクレイン(うぇいる・あくれいん)は叫ぶように声を上げる。
「―・・・」
 ウェイルの傍にいるフェリシア・レイフェリネ(ふぇりしあ・れいふぇりね)は、頭上スレスレで止まった剣を見上げて顔を青ざめさせていた。
「そこに誰かいるの!?」
 ギシギシと足音を立てて、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が駆け寄る。
「待ってくださいよー、私を置いて行かないでぇえ!」
 置き去りにされると思ったベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は、泣きそうになりながら必死に美羽の後を追う。
「あぁよかった、やっと人と出会えたわ」
「このまま誰にも会えなかったらどうしようかと思いましたよ」
 ウェイルの声を聞きつけてやってきた美羽たちは、ほっと安堵の息を漏らす。
「もしよかったら・・・途中まででもいいんで一緒に行動しませんか?」
 青色の瞳を潤ませ、ベアトリーチェはすがるようにウェイルたちを見る。
「いいんじゃないかしら」
「あっ・・・ありがとうございます!何てお礼を言っていいか・・・」
「そんな大げさに言わなくてもいいのに」
 嬉しそうに言うベアトリーチェの姿に、マナは苦笑する。
「―・・・しっ!静かに・・・。誰か来るわ・・・」
「人なら声かけたらいいじゃないですか」
「もしもそうじゃなかったら?」
「そうじゃないって・・・まさか・・・」
 美羽の言葉にベアトリーチェは顔を蒼白させた。
「顔を・・・くれ・・・顔を・・・」
 喉の奥から無理やり発生させたような何者かの声音が、静まり返った空間に響く。
「誰かふざけて言ってるんですよね・・・」
「―・・・いや、生きてる者が演じているとは思えない感じだぜ」
 ウェイルは頬に冷や汗を流し、正体不明の相手に聞こえないように声を潜める。
 声の主はギシッギッっと足音を立て、だんだんと彼らに近づいてくる。
「やっ・・・やだ・・・こっち来ないでください」
 顔を俯かせて嫌な音が聞こえないように、ベアトリーチェは両耳を手で塞いだ。
 逃げ出そうと顔を上げると、マナの後ろに顔をそぎ落とされたようなゴーストがいた。
「き・・・きゃぁあああ!」
 マナの背後のそれを指差し、ベアトリーチェが大声で叫ぶ。
 何事かとマナが振り返ると見たこともない化け物が、刃渡り20cmの包丁を自分を目掛けて振り下ろしてきた。
 とっさにフェザースピアでガードした彼女は、顔のない化け物を力任せに壁際へ飛ばす。
「顔をくれ顔を・・・」
 痛覚がないのかゴーストは、よろめきもせず立ち上がった。
「生きてる人の顔が欲しいのかしら。だったらベア、そのかわいそぉおな顔をアレに上げたらどう?」
「―・・・なっ何だと!このナイスガイな俺のあんなのにやれと言うのかよ!」
「いいじゃないの、1切れや2切れくらい分けても平気でしょ?」
「人の顔をちとせ飴みたいに言うんじゃねぇえ!」
 貶すような態度をとるマナに、顔を真っ赤にしてベアは怒鳴り散らした。
「向こうからも来たわよ!」
 美羽は長剣の光り輝く光条兵器を構えて声を上げる。
「ちょっとベアトリーチェ、いつまでも怯えてないで援護してよ。もう・・・まったくしょうがないわねっ」
 襲い掛かるゴーストの胴体を、美羽が真っ二つに斬り裂く。
「何よ・・・まだ動けるの・・・」
 美羽は包丁を握り締めたまま向かってこようとする相手を見下ろして眉を潜める。
「こっちもなかなかくたばらねぇぜ」
 グレートソードで頭を切断されても動くゴーストに、ベアは顔を顰めた。
「こうなったら・・・聖なる光で浄化させてやるわ」
「うぅ・・・怖いけど私も頑張らなきゃ・・・」
 標的に両手を向けて、マナとベアトリーチェがバニッシュを発動させる。
 真っ白な光がゴーストを包み、シュウゥウッと音を立てて皮膚が焼けただれた。
 校舎に入ってきた所辺りから、またもや不気味な声音が聞こえてきた。
「おいおいまだ来るのかよ・・・。あっ!向こうにドアがあるぜ」
 2階に上がる階段付近にあるドアをウェイルが指差す。
「あなたたち、早く避難するわよ!」
 フェリシアは声を上げ、彼らに走るよう促した。
「保健室・・・」
 最初にドアの前へ辿り着いたウェイルは、ドアの近くの右側にかかっているプレートを見ると保健室と書かれていた。
「鍵がかかっているのか?」
 ドアノブをガチャガチャと回すが、中から鍵がかかっていて開けられなかった。
「うるさいな・・・誰だ」
 ドアの向こう側から、だるそうな口調で言う男の声が聞こえ、カチャッと鍵を開ける音がする。
 思いっきりノブをフェリシアが引っ張り、いっせいに室内に雪崩れ込む。
 ゴーストが入ってこないように、ベアはすぐさまドアを閉めた。



 ドアを開けてくれた白衣を着た30代半ばの男が、ズボンのポケットから鍵の束を取り出し、ドアの鍵を閉める。
「うえぇえーん、うぇえええん!怖かったですー!」
 緊張の糸が途切れたのか、保健室に入った瞬間ベアトリーチェは床に座り込み、滝のように涙を流し大泣きした。
「助けてくれてありがとうな。俺はベア・ヘルロット」
「私はマナ・ファクトリよ」
「別に・・・助ける気はなかったが・・・。あまりにもうるさいから誰かと思って開けただけだ」
 礼を言うベアたちに向かって彼は、無愛想な態度をとる。
「なんだ愛想のないヤツだな・・・喉が渇いたからとりあえず茶くれ」
「呼んでもないヤツらに出す茶なんてないな」
「ちょっとベアは黙ってなさい!」
 マナは眉を吊り上げてベアに叱るように言う。
「助けてもらってなんだけど、何者なの・・・?」
「人間」
 たった二文字で返され、マナは怒りを我慢して身体をわなわなと振るわせた。
「そうじゃなくて名前だ、名前!」
「あぁ・・・オレはヘルド・フランケン。職業は医者、趣味タバコと酒。嫌いなもんはうるさい女。きーきー猿みたいに騒ぐ声が耳に響くんだよな」
「どうして危険な町に住んでいるの?」
 今度は美羽がヘルドに質問する。
「私も不思議に思ったわ。よく生きていられるわよね」
 マナも同じ質問を投げた。
「―・・・別に理由はないが、強いて言えば居心地がいいからだな」
「そう・・・なの・・・」
 恐ろしい化け物がいる場所で過ごす彼の思考を、美羽はまったく理解できなかった。
 会話が途切れた瞬間、ドンドンッと乱暴に戸を叩く音が響く。
「まったく・・・今度は誰だ・・・」
 戸を開けてやると、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が転がるように入り込んできた。
「怖ぃにゃぅう!」
 続けてアレクス・イクス(あれくす・いくす)片倉 蒼(かたくら・そう)も室内に飛び込んでくる。
「いいかげん放してください!」
 ゴーストと遭遇した恐怖のあまり、プレゼントボックス型外装から半身だけ飛び出し締め付けるように抱きついてきたアレクスを、蒼はなんとか引き剥がそうともがく。
「ボクお顔取られちゃうにゃうぅう!」
「ちゃんと顔ついてるじゃないですか」
「コントなら他所でやってくれない?」
 ヘルドは不愉快そうに顔を顰めた。
「すっすみません!後でちゃんと叱っておきますから」
 部屋から追い出されたらたまらないと思い、エメは申し訳なさそうにペコペコ頭を下げて謝る。
「それにしても・・・お前らこそよくこんな所に来たな。遊び半分で来る連中がしょっちゅういるが・・・、運よくオレの所に辿り着いたヤツは聖水をやってるが」
「どういう効果があるのよ」
「これを1瓶飲むと1時間半、ゴーストたちから姿を隠せる。注意する点は、見つかってから飲んでも効果が無い。そんでいくら姿が見えないからといって、調子に乗って攻撃すると返り討ちに遭うかもな」
「質問を変えるわ。どうして私たちに聖水をくれるの?」
「特に理由はないが・・・生きて帰るチャンスを手に入れて無事に帰ることができればめっけもんじゃないか。命は1つしかないんだから、大事にしないとな」
「ここは一体どこなんですか?」
「トンネルの外と別離さてしまったゴーストタウンさ。死者の強い妄執とかでな・・・」
 彼の説明にエメは考え込む。
「それで・・・この町を救える手段はあるの?」
 再びマナがヘルドに問う。
「無いな。死者の怨念でトンネルの外と別離され、すでに異界化してるからな」
「―・・・そう」
 この町に対しての哀れみからか、マナは沈んだ表情をする。
「あの顔のないゴーストたちは何者なんですか?」
「さぁな・・・もともと無かったか・・・もしくは斬られたかもな」
「(斬られた・・・?何者かの手によって斬られたせいで、ああなったのでしょうか・・・)」
 ヘルドの返答にエメは疑問を重ねた。
「あぁそうそう・・・この紙に書かれた謎を解くとあいつらを倒せるかもしれない」
「―・・・何かの歌かしら?」
「さぁな、オレにはさっぱり分からん」
「どうしてこのことを私たちに?」
「解けたら面白いな、と思っただけさ」
 紙に書かれた言葉を見ながら、ヘルドの態度にマナは腑に落ちない顔をする。
「ほら、お前たちにも1瓶ずつ聖水をやるから部屋から、早く出て行ってくれないか」
「あっ・・・ありがとうございます・・・」
エメたちは1つずつ受け取ると、ヘルドに部屋から追い出された。



「ずいぶんと古ぼけた感じだな・・・」
 コンクリート作りの廃校舎の外装を眺め、緋山 政敏(ひやま・まさとし)が呟くように言う。
「長い間誰も使ってないような感じですね」
 校舎内に入ったカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)が痛んだ床を見る。
「そこに廃材が置いてあるよ」
 カチェアよりも先に進んだリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)は、通路の奥に放置されてあるダンボールを指差す。
「ほとんどゴミみたいだが・・・使えそうなのもあるな」
「これなんて良さそうですよ」
 ダンボールの中から、カチェアは鉄パイプを手に取った。
「他に何かないかなー」
 リーンが箱の中を漁り始めると、人のような低い呻き声が聞こえてくる。
 それはだんだんと彼女たちに近づいてくるようだった。
 カチェアは息を潜めて鉄パイプを握り、声が聞こえる方へ向かう。
「顔が・・・顔が欲しい・・・欲しい・・・」
 数メートル進むと、ブツブツと呟くような声がはっきりと聞き取れるようになった。
「生きている気配がしないな・・・。気をつけろよ2人とも」
 政敏が2人に注意を促すと、ギッギッギシギシと何者かの足音が猛スピードで近づいてくる。
「―・・・顔を、顔をよこせぇええー!」
 顔のない死者が政敏の方へ迫り、鋭く尖った包丁を振り下ろしてきた。
 とっさにカチュアは手にしている鉄パイプで、死者が包丁を持つ腕へズブリと貫通させる。
「・・・えっ・・・嘘でしょ・・・」
 腕の痛みをまったく感じない相手に、彼女は驚愕の声を上げた。
 さらに鉄パイプを貫通させ、カチェアの顔へ包丁を向けた。
「ニムロッド!」
 政敏もダンボールの中から鉄パイプを拾い、ゴーストが刃物を手にしている手首へ叩きつける。
 ゴキンッと骨が折れた鈍い音が響く。
 隙をついてカチェアは、標的に刺さった鉄パイプを抜き、そこからブシャァアッと赤黒い血が噴出す。
「なんで・・・どうしてまだ動けるんですか」
 異様な化け物に対して、カチェア5歩後退る。
「ねぇっ、あっちにドアがあるよ。とりあえずそこへ避難しよう」
 リーンの声に2人は頷き、その場から逃れようと駆ける。
 業務用のイスに座り、眠りそうだったヘルドをけたたましくドアを叩く音が起こす。
「はぁ・・・まったく今度は誰だ・・・」
 仕方なくドアを開けると、政敏が保健室に入り込んできた。
「顔のない化け物たちに突然襲われてしまって・・・少しの間だけかくまってくれ」
「お邪魔しますー」
「勝手に入るで〜」
「えへへボクもお邪魔しちゃうよ」
 七枷 陣(ななかせ・じん)リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)が、続けて部屋の中に入った。
「結構な人数がいるね」
 無遠慮に遠野 歌菜(とおの・かな)も上がり込む。
「何だお前ら勝手に!」
「私たちも中に入れてぇえ!」
 非常口が開いた感覚で柊 まなか(ひいらぎ・まなか)たち生徒も便乗して無理やり入り込む。
 廃材置き場で拾った手斧を片手に持ちながら、シダ・ステルス(しだ・すてるす)は保険室内をキョロキョロと見回す。
「校舎内の地図とかってないのか?玄関口を探したがなかったぜ」
「あー・・・あれか。だいぶ前に来たヤツが勝手に持っていったみたいだな。そいつが今、生きているのか死んでいるのか分からないが」
「そうか・・・。(生存者を探そうとおもったが、校舎内で迷ったら厄介だな)」
 如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)は地図のありかをヘルドに聞いてみるが、すでに持ち去られた後だったようだ。
「いろんな薬品がありますね」
 傷の消毒用のエタノールから劇薬と、無造作に木製の棚の中に並べれている様子をラグナ アイン(らぐな・あいん)が興味津々な顔で見つめる。
「おい、その辺りの勝手に触るなよ」
「ほぅ・・・触れられたら困るのでもあるのか?」
 眉間に皺を寄せて言うヘルドの様子に、佑也は怪訝そうな目で見る。
「誤って硫酸とか被っても知らないってことだ」
 ヘルドの言葉に薬品に触ろうとしたラグナは、ピタッと手を止めた。
「こっちの棚は難しいそうな医学書とかばかりありますね」
 懲りずにラグナは、再び辺りを見ながら面白そうなのを探す。
「これを飲むと、ゴーストから姿を隠せるのね(お宝ではなさそう・・・)」
 ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は不思議そうな顔をして、聖水の入った小瓶を見つめる。
 この町のどこかに宝が埋まっているというガセネタをインターネットのサイトで見てしまい、それにひっかかったヴェルチェはゴーストが徘徊する町に来てしまったのだった。
「すみません、うっかり落としてしまいました」
「落とすなよ!あぁ〜割りやがって・・・この部屋の掃除するの誰だとおもってんだ」
「あの・・・もう1つ貰えますか?」
「1人1瓶だからお前だけに特別やるわけにはいかないな」
 受け取り損ねたのは佑也の自己責任だと断言し、もう1瓶貰おうとする要求を拒否する。
「―・・・一つ頼みがあるのだが」
「却下だ」
 ヴィンセント・ラングレイブ(う゛ぃんせんと・らんぐれいぶ)が言い終わる前に、ヘルドは即断った。
「まだ内容を言っていないであろう・・・」
「聞かなくても分かるぞ・・・何か借りたり持ち出そうとしているんだろ?」
「(くっ・・・俺の考えを読まれているとは・・・)」
 言い出そうとした言葉を読まれた彼は思わずたじろぐ。
「油性ペンを貸してほしいのだよ」
「どうせろくなことに使わないだろ?却下だ・・・」
「この校舎の地図を書くために使おうかと・・・」
「ほぉー・・・」
 説得させ易いと思ったセリフを並べてみるが、ヘルドから疑いの眼差しを向けられる。
「―・・・まぁ・・・いいだろう」
 少し間を空けてから、許可を出した。
 黒の油性ペンを1本受け取ると、ヴィンセントは礼を言い保健室を出て行く。
「さぁ、そろそろ他のやつらも部屋から出て行ってくれ」
 無理やり生徒たち全員追い出し、バタンッとドアを閉めてヘルドは再び室内の中から鍵をかけた。