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【2019修学旅行】穏やかな夜に

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【2019修学旅行】穏やかな夜に

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○    ○    ○    ○


「京都の夜景、なかなか素敵ですねー……あら?」
 宿の窓から外を眺めていたイルミンスールのソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は、裏口の方から抜け出すように街へと飛び出す人物の姿を目にした。
 それはソアの旧友、兄のような存在の少年だった。
「あれは間違いなく……何故こそこそと……」
 ちょっと考えた後、ソアは鞄を掴んで部屋から飛び出した。

「ケイおにいちゃん。ごきげんようです」
「ヴァーナー、お待たせ!」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)とイルミンスールの緋桜 ケイ(ひおう・けい)は、百合園女学院生が宿泊する旅館の前で待ち合わせ、一緒に夜の街を肩を並べて歩き始めた。
「そらの星、きらきらしてるです」
 目をキラキラ輝かせるヴァーナーは、とても可愛らしかった。
 ピンクの丈の短い浴衣に、レースのついた黄色い巾着が、ヴァーナーの可愛らしさを一層引き立てており、ケイは思わず溜息をついてしまう。
 公園まで、景色と町並み、空に浮かぶ星々の美しさを語り合いながら、2人はゆっくりと歩いた。
「池にうつってるお月さまもきれいですね」
 ヴァーナーは嬉しそうに言いながら、自然にケイの腕に自分の腕を絡めて、ぎゅっと握り締めた。
「う、うん。綺麗だな」
 ヴァーナー達の宿泊先の庭園ほどではないだろうけれど、この公園の池も幻想的な美しさを見せていた。
「あそこのベンチに座ろうか」
 ケイが誘うと、ヴァーナーは嬉しそうな笑みを浮かべて「はい」と返事をする。
 ヴァーナーを座らせてから、ケイは隣に腰掛けて、彼女の手にそっと手を添え、握り合い。微笑みあった。
「ヴァーナーは家から何か持って来たのか? 百合園生は事前に旅館に荷物送ってあったんだよな? 枕とか持ってきている子もいそうだよなー」
 ケイの問いに、ヴァーナーはこくりと頷いた。
「前にもらったクマちゃんのヌイグルミのクーちゃんといつもいっしょに寝てるです」
 言って、ヴァーナーはケイの腕を、自分の身体で包み込むように、ぎゅっと抱きしめたのだった。
 こんな風に、いつも積極的なヴァーナーの受け手に回ってばかり、だけれど……。
(今日は、俺も男らしさを見せる――!)
 自分の腕に抱きついて、頬を摺り寄せるヴァーナーに、ケイはもう一方の手を近づけて。
 ヴァーナーの髪にそっと触れた。
 ヴァーナーは目を細めて、嬉しそうに、幸せそうな笑みを見せている。
 身体を少し近づけて、ヴァーナーの後頭部に手を当てて。
 仄かに香る、甘いシャンプーの匂いに、鼻腔を擽られながらも。
 ケイはヴァーナーに顔を近づけた――。
 途端。
「まままま……まだそーいうことは早いんじゃないでしょうかっ!?」
「うわっ!」
 ベンチの後からにゅっと生えた影に、ケイは驚いてヴァーナーをぎゅっと抱きしめた。
「そそそそそういうことは、もっと大人になってからにした方がーっ!」
「あ、ソアちゃんですっ!」
 ヴァーナーはケイに抱きしめられながら、可愛らしい声を上げた。
「そ、ソアか……。ったく……」
 ケイはふて腐れ気味にヴァーナーを離して頭を掻いた。
「で、何でこんなところに?」
「いえ、ちょっとお土産を買いに出ただけです」
「イルミンスールの宿からは随分遠いと思うけど?」
「こ、このあたりのお土産屋さんに目をつけてたんです。旅行前から!」
 後をつけていたとは言わず、ソアは必死に誤魔化そうとする。
「ソアちゃんもいっしょにデートしようです!」
「んー、そうだな一緒に、そのソアの期待の店で土産でも買うか」
 3人だとデートとは言わないよなーと思いながらも、ケイは喜ぶヴァーナーと一緒に立ち上がった。
「それじゃ、一緒に行きましょう〜。えーと、お土産物屋さんは」
 ソアはきょろきょろと辺りを探し、見つけた土産物屋を指差した。
「あそこです」
「お揃いのもの買うです」
 ヴァーナーは右腕をケイの腕に、左腕をソアの腕に絡めて、嬉しそうに微笑む。
「アクセサリーなんかどうでしょう」
「言っておくが、俺は男物だぞ?」
 ソアの言葉に、ケイはそう反応をした。
「……全員が似合うものにしましょうね」
「はいです!」

 そうして、3人はお揃いの花――マリーゴールドのブローチを選んだ。
「ケイおにいちゃんもソアちゃんもかわいいです」
 ヴァーナーは帰りも、ケイとソアの真ん中で、2人の腕にぎゅっと抱きついていた。
「ヴァーナーさん、私は兎も角ですね、ケイは一応男の娘なので、あまり抱きつくのとかは良くないと思うんです」
「なんか、今、男の子の言い方が変だったぞ、ソア」
 ヴァーナーはきょとんとした顔を見せるも、直ぐに笑顔に戻る。
「またあそびましょう!」
 気付けばもう、百合園女学院の宿泊先の前に着いていた。
 ヴァーナーは2人の腕から自分の腕を離すと、まずはソアの頬にキスを。
 そして、ケイの頬にもキスをして、ふわりと微笑んだ。
「あ、わわわわわっ」
 キスされた部分を触って、ソアは動揺をする。驚きのあまり、ケイへのキスを止めには入れなかった。
「お休み、ヴァーナー」
 ケイは手を伸ばして、ヴァーナーの頭に触れて、優しく撫でた。
「おやみなさいです」
 ぺこりと頭を下げて、右手を振って巾着を揺らしながら、ヴァーナーは旅館へと駆けていく。
 ケイは手を振り返し「またな」と声をかけて。
 ソアは赤くなりながら手をぶんぶんと振って、見送るのだった。

○    ○    ○    ○


「ね? ね? 浴衣変じゃないよね?」
 ロビーで遠鳴 真希(とおなり・まき)は、談笑している友人達の前でくるりと回ってみせた。
「可愛い可愛い。で、誰と待ち合わせなのかなー?」
 からかい口調の友人達に「えへへっ」と真希は笑い顔を見せる。
「真希」
 待ち望んでいた声に、真希は勢い良く振り向く。
「行こうぜ」
 外を指差しているのは、蒼空学園の瀬島 壮太(せじま・そうた)だ。
「真希ちょっと借りていくぜ」
 壮太が百合園生達にそう言葉を発すると、真希は薄っすらと赤くなる。
「じゃ、ちょっと行って来るね」
 真希は友人達にそう言い残して、壮太の方へと早足に歩くのだった。

 ポケットに入れていた手を出して、壮太は真希の手をとって歩き始めた。
 車の通りはあまり多くはないが、彼女を庇うように自然に壮太は車道側を歩く。
 浴衣姿の真希の歩調に合わせて、ゆっくりと。
「それ、つけてきてくれたんだ」
 壮太が目を向けたのは、真希の薄茶の髪を飾っているひまわりのヘアピンだ。
 それは以前、壮太が真希にプレゼントしたものだった。
「うん」
 と、微笑む真希の姿に、壮太は目を細めた。
 彼女が着ている浴衣もまた、ひまわりの柄だった。
 黄色地にひまわりの柄の浴衣は、彼女の明るさを引き立てていて、とても可愛らしい。
 ヘアピンともマッチしている。
 ただ、元々実年齢より幼く見える真希だけれど、この浴衣姿だと、更に幼く見えてしまう。
「ど、どうかな?」
 真希が顔を赤らめて壮太に訊ねると、壮太はこくりと頷く。
「すっげぇ可愛いらしい、子供らしくて」
「そ、それは子供っぽいって意味? もーっ」
 ぷっくり膨れた後、2人は同時に笑い出す。 
「真希、ちょっと顔赤いぞ? 寒いだろ」
 そう言いながら壮太はジャケットを脱いで、真希の肩にかけた。
「店ん中でまた見せてくれよな、可愛らしい浴衣姿」
(顔が赤いのは、寒いからじゃないんだけどな……)
 真希は片手で壮太の暖かな匂いのするジャケットを落ちないように押さえ、もう一方の、彼の手を握る手に少しだけ力を込めた。
「うん。ありがと」
 明るく頷いて、真希は少し歩調を速めた。
 この彼の暖かな手が、冷えてしまわないうちにお店に入ろうと思って。

 2人が入った茶屋には百合園女学院の生徒の姿もちらほらと見られた。
 殆ど女同士で座っており、男女のカップルは壮太と真希だけであった。
 真希が注文したのは、冷やし抹茶ぜんざいとホットほうじ茶だった。壮太も同じものを注文し真希の話に興味深く耳を傾けていた。
「どーれだっ?」
 日中撮った舞妓姿の写真を、真希は壮太に見せる。
 写真に写っているのは……なんと、12人の舞妓。
「真希はこの舞妓だな」
 化粧をして全く分からない外見なのに、壮太は一度で真希を当てた。
「すごい、なんで?」
「そりゃ、小さくて可愛いから」
「んもう、また子供扱いするっ」
 笑いながら怒る真希の姿に、壮太はにやりと笑みを返す。
 そんな真希の顔も、すっごっく可愛いのだけれど、今はそれを口には出さず、ひまわりのような彼女の笑顔を堪能するのだった。

 1時間弱ほどその茶屋で過ごして、2人はそれぞれの宿に戻ることにした。ゆっくりと。
 突如。
 繋いでいた手を、壮太はぐっと引いて、真希を、路地の方へと引っ張る。
「どうしたの?」
 不思議そうに自分を見上げる真希の手を。
 自分の方へと引っ張った。
 1歩、彼女は壮太の方へと近付いて。
 顔をもっと上に向けた。
 40センチほど身長差のある彼女に合わせるために。
 壮太は膝を折って、彼女の肩に手を当てて……。
「このあいだのお返しだ」
 その柔らかく可愛らしい頬に、軽く優しく――口づけた。
 真希は息も止まるほど驚いて、しばらく小さく口を開けたまま、呆然としていた。
「……さ、帰るか」
「う、うん……っ」
 彼女の手を引いて、壮太は再び百合園女学院の宿泊先に向かって歩き始める。

「わ、渡したいものあったんだ」
 と、真希は旅館の前で立ち止まった。
 真希が巾着から取り出したのは、青いチェック柄の紙包みだった。
「お昼に神社で買ったの。はい」
「おっ、サンキュ」
 壮太は紙包みを受け取り、中に入っていたものを取り出した。
 青色のお守りだった。
「あたしとおそろいっ!」
 真希は巾着の中から、もう一つ、色違いの赤い色のお守りを取り出す。
 嬉しそうに微笑む彼女に、壮太も笑みを浮かべてもう一度礼を言う。
「ありがとな」
「うん、今日は会いにきてくれて、ありがとうね! 気をつけて帰ってね」
「真希がくれたお守りもあるし、俺はヘーキ。真希こそ、旅行中、はしゃぎすぎて怪我すんなよ?」
「うん!」
 じゃあな、と。
 壮太は手を上げて、背を向け――蒼空学園の宿の方へと歩いていく。
「あっ、あのね!」
 突如、真希が上げた声に、壮太が振り返る。
「そのお守り、好きな人と持ってると幸せになれるんだって!」
 目をぎゅっと瞑って、思わず大声で言ってしまい。
 真希は顔を真っ赤に染めて、旅館の中に駆け込んだ。
 驚きの目を向けている学友の側を駆け抜け、ロビーを抜けて、階段を駆け上がり。
 真希は踊り場でへたりこむ。
(いっちゃったー!!)
 赤いお守りをぎゅっと握り締めて、心の中で叫び続けるのだった。