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深淵より来たるもの

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深淵より来たるもの

リアクション

【9・目】

 倒れている人達を介抱する詩穂とアリーセの傍ら、アリアは自身の身体にぬめりがまだ残っているのに気持ち悪さを感じつつも、事態の解決に息をついていた。しかし、
「でもあの深きものどもも大したことなかったな、接近戦と火術と氷術しか能がなかったし。もし生徒達操ったり、スキル使われたら危なかったけど」
 誰かが言ったそれを耳にし、不安が募り始める。
 自分を襲ったあの触手はなんだったのかと、普通の深きものどもに比べあれだけは異彩を放っていた気もするし、触手を操っていた本体がどこにいたのかも、わからないままで。
 そこまで考え、もう黙ってはいられなかった。
「みんな……! 気をつけて、まだ、まだ終わってない!」
 その叫びにぽかんとする一同。
 だが直後、ボコンッ! と、地面から何かが飛び出してきた。
「ヒヒヒ……ヒハハハハハッ!」
 そこに現れた、そいつ。
 それは人間のようで人間ではなかった。深きものどもと同じく濁った目は同じだが、顔がまるでヒトとカエルを足して二で割ったような不気味さのそれで、胴体からのびている腕はぬめっておりその指は、不気味にうねうねと伸びている。それが先程の触手であった。おまけに尻尾まで生えており、とどめとばかりに全身から腐った水のような刺激臭を放っていた。
「ヒ、ヒヒヒヒヒ……気づかれたんじゃしょうがねぇな……このまま隠れて、オマエラが帰るのを待ちたかったんだが」
 ぎょろぎょろ、と目を不気味に動かし、周囲の生徒達を恐怖させる。
「自己紹介といこうか。オレ様は、カエルと、ナメクジと、ヘビの細胞を併せ持った突然変異生命体……『深淵より来たるもの』と、オレ様を封印した野郎は呼んだぜ」
 そして動き回る視線が、ルルナをとらえた瞬間、にやぁ、と下卑たものに変わった。
「しかしその封印も、そこの嬢ちゃんのおかげで破られた。オレ様の力で着々と子分を増やすことには成功したんだがなぁ。てめぇらのおかげでそれも水の泡だぜ。だが、それでもまだオレ様の野望は費えちゃいない。いずれはこの世界全てを支配し――」
「はああああああああああっ!」
 その途中、小鳥遊美羽(たかなし・みわ)は掛け声と共に飛び上がっていた。
 それはスキルの爆炎波と光条兵器の大剣を併用した、炎をまとったジャンプ斬りのための行為だったが、おかげで短めのスカートが思いっきりヒラヒラさせる結果となり、近くにいた男子生徒達を大いに慌てさせていた。
 そのまま頭部に剣を炸裂させようとしたが、当の敵はまさにカエルのような跳躍で跳び退り、その攻撃を回避していた。
「おいおい、ひでぇな。まだこっちの口上の途中だぜぇ?」
「うるさいわね。黙って聞いてれば話がダラダラ長いのよ! 深淵だか新年だかしらないけど、私より目立つなんて許さないんだからね!」
 ビシッ、と美羽は深淵より来たるものを指差して、
「とにかく、さっさと退治してあげるから覚悟しなさいっ!」
 そう宣戦布告していた。
「ヒハハ……オレをさっきまでのデクノボウと一緒にしてくれるなよ……キヒヒヒヒヒ、イーッハッハッハッハッハ!」
 甲高い、聞くだけで不快感が増大される声を発したかと思うと、触手が再び動き出し周囲に向かって伸びていく。
 が、
「はあああっ!」
 ウェイル・アクレイン(うぇいる・あくれいん)の光条兵器がそれらを容易く蹴散らした。
「悪いが、俺はおまえみたいなできそこないキメラより、もっと上等なやつを倒したことがあるんでな」
 そしてパートナーのフェリシア・レイフェリネ(ふぇりしあ・れいふぇりね)も、ホーリーメイスで触手を叩き潰す。
「手加減しなくていいなら、思いっきりやれるわね。……それにしてもぬめぬめしていて気持ち悪いわね」
 深淵より来たるものは、若干顔をゆがめたが、すぐさま潰れた触手を切り離すと、再び胴体から新しい触手を生やしていた。
「生命力はたいしたものみたいだけど、この人数相手だ。観念したほうが身のためだぜ」
 ウェイルのその言葉に応じるように、集まった生徒達はじりじりと深淵よりきたるものを逃がさないよう取り囲んでいく。
「ヒヒ……まあ、確かに。普通のやり方じゃ多勢に無勢だ……だがな、オレ様にはとっておきの、特別な力があるんだよっ!」
 そして、澱んでいた目が、その両目が、怪しい光をあたりに放った。
 その光を浴びてしまう一同。
 その直後。
「な、に……?」
「なんなの、この感覚……」
 ウェイルやフェリシア、美羽、近くにいた生徒を皮切りに、その場の誰もかもが自分の心にあるものを芽生えてさせていく。
 それは、恐怖。
 怖い。気持ち悪い。逃げたい。勝てない。悲しい。苦しい。恐い。痛い。気味悪い。やばい。目を背けたい。恥ずかしい。寒い。暗い。こわい。こわい。こわい!
 様々な毛色の恐怖が、皆の心を覆って、彼らを精神的に追い詰めていく。
「ヒヒハハハハハハ! どうだ? 怖いだろう? 恐ろしいだろう? 震えが止まらないだろう! これがオレ様の切り札。恐怖の目! この目から発せられた光を浴びた者は、心を暗い感覚に襲われていく! ヒハハア! これでもう満足に戦うことはできまい!」
 そして再び、うねうねと触手を動かして獲物を吟味する深淵より来たるもの。
「さぁて。ほっといても、恐怖に心が負けて死に至るのは時間の問題だが、それじゃオレ様の気がすまねぇよな。どいつから、いたぶってやろうかなぁ?」
「…………い」
「あん?」
 その時。
 ひとりまっすぐに深淵より来たるものを見つめる人物がいた。
 ルルナである。
「なんだよ、嬢ちゃん。あまりの怖さに、死に急ぎたいってか?」
「怖く、ない!」
「……あ?」
 ルルナは、まっすぐにそう叫んだ。身体を震わせながら、それでもまっすぐ目を向けて。
 そして、それに応じて、
「まったくだぜ、これが、なんだってんだよ」「そう、ね! 怖がってなんか、いられない」「ルルナちゃんに負けちゃダメだよな」「こんなの、ぜんぜん、どうってことないよ」
 集まった生徒達の声が、恐怖を打ち消していく。
「こんなにたくさんの人達が、一緒にいてくれるんだもの……ぜんっぜん、怖くなんかないよ!」
 ルルナは、そう叫んだ。
 そして。
「ヒ……な、なに、やせがまん、してんだよ。怖いだろ? 恐ろしいだろ? なあ!」
 今度見つめられるのは、深淵より来たるもの。
 目が、たくさんの決意に満ちた目が。
「や、やめろよ。そんな目でオレ様を見るんじゃねぇ……。オレ様は特別なんだ、最強の存在なんだ。恐怖しろよ、怯えろよ。う、あああ」
 何度も目から恐怖の光を放つが、もはや誰にもそれは通じなかった。
 ただひとりその恐怖に負けてしまう者がいるとしたら、それは、水溜りにうつった深淵より来たるものそのものだった。
「やだ……見るな……違う……怖い……ヒ、ヒ、ヒャアアアアアアアアアアアアアアア!」
 その叫びを最後に、深淵より来たるものの目は真っ白く染まり、そのまま地面へと倒れ伏した。己の力に、最後は自滅してしまったのだった。
     *
 その後。
 村では、宴会が行われていた。
 入れ替わられてしまった村人は、今までのことを覚えてはいなかったが、それでも生徒達の話を聞いて事態を把握した後、身体を震わせて怯えてしまっていた。
 他の住民達も、ようやく今回の事件を知って、
「本当にすまなかった、ルルナ。お前の言うことを信じずに」
 村長をはじめ皆、頭を地面にこすりつける勢いで謝っていた。
 そしてそんな謝罪と、お礼の意味で村では宴会をしているということだった。
「それにしてもさ。あそこまで目や肌に違和感出てたのに気づかないって、俺たちどうかしてたのかな」
「しょうがないよ。意外と、周知の間の人なら多少違和感を感じても面と向かってそんなこと問いただせないし。気のせいで済ませる人の方が多いだろ、きっと」
 村人のそんな声をよそに、生徒達は、ルルナと共に笑いあい、ずっと騒ぎ続けていた。
     *
 そうやって騒がしくなる宴会の賑やかさから離れた、再封印されたストーンサークル。
 そんな中にぎょろぎょろと目をせわしなく動かしている、一匹のカエルがいた。
 その目は一体どこを見ているのか。何を思って動かしているのか。
 それはどうしてもわかりようがなかった。なぜなら、
 そのカエルの目は、なぜか真っ白だったから。
                                           終

担当マスターより

▼担当マスター

雪本 葉月

▼マスターコメント

 いかがでしたでしょうか。マスター担当の、雪本葉月です。
 今回は『恐怖との戦い』を題材にしてみました。
 人は知らないもの、わからないもの、気味の悪いもの、など色んなことに対して恐怖を覚えるものですが。それといかにして戦うか、というのが重要なところです。
 時には目を背けたり逃げるのも必要かもしれませんが、それでも戦わざるを得ない状況もあるでしょう。そうなった際にどういう選択ができるか。どんな風に向き合うか。そういったことがテーマとなっています。
 それでは、最後まで読んでいただきありがとうございました。

▼マスター個別コメント