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【2019修学旅行】闇夜の肝試し大会!?

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【2019修学旅行】闇夜の肝試し大会!?

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境内 〜トップを狙え! その壱〜

「せーのっ、とうちゃーく!」
 遠野歌菜は、エル・ウインドと歩調を合わせ、砂利の敷き詰められた境内へと足を踏み入れた。
「なんだか、わりかし楽勝だったねっ。エルさん!」
 ぎゅっ、とエルの手を握って、歌菜は微笑む。
「わっ……わわわんっ! わんっ!」
「エルさんエルさん、私、犬語は分かんないです」
「……失敬」
 エルはごほんと咳払いをして、開けた境内を見渡した。
 境内の中央には朽ちかけた拝殿が鎮座し、その脇の社務所には絵馬が並べられている。
「確かに余裕だったね、はははは」
 エルは乾いた笑い声をあげる。
「ま、まあ、ボクと歌菜様のチームワークがあってこそだよね。きっと、ぶっちぎりで一番乗りだよ」
「そうかなあ? そうかなあ? そうだったら幸せだよね!」
 ぶんぶんとつないだ手を振りまわす歌菜に、エルはこくこくと頷き返す。
「あぁ……幸せだ……」
 ずるっ……。
 不意に、砂利の上で何かが引きずられるような音がした。
 びくっ、とエルの肩が跳ねる、
「なっ……なんだっ!?」
「脅かし役かな?」
 エルはびくびくと、歌菜はいたずらっぽく、音のしたほうを見た。
「――この恨み……晴らさでおくべきか……」
 真っ白な死に装束を、頭からかぶった血のりで真っ赤に染め上げた柳生 匠が、刀ほどの長さがある棒きれを引きずりながら、歌菜たちのほうへ近づいてきていた。
「……――ひっ!」
 びくっとすくみあがりつつ、エルはきょとんとした歌菜の前に歩み出る。
「さっ……さっきまでの連中よりは迫力があるじゃないか」
「この恨み……晴らさで……」
 匠は、棒きれを片手で振り上げて、
「おく……べきかァッ!!」
 ためらいもなく振り下ろしてきた。
「うおおっ!?」
 エルは歌菜の手を引いて、とっさに横へと避けた。
 空振りした棒きれがぶおんっ、と風を裂く。
「なっ……やる気か!?」
「さっすがー。ラストステージだけあって、気合い入ってるねー……うん?」
 歌菜の足首が、生暖かい手にぐっと掴まれた。
 ちら、と歌菜が視線を落とすと、地べたに伏せた平 清景が、歌菜の両足を掴んでいた。清景の口は耳まで裂けた裂け口で、目は死んだようにうつろ。首は半ばでもげ掛け、背中には幾本もの矢が突き立っている。
「うっ、うわわわっ!?」
 さすがの歌菜も飛び上がって、清景の手を振り払った。
「止めろおぉぉぉぉぉぉぉ……祇園精舎の鐘を、止めろおぉぉぉぉぉぉぉ……」
「わわわっ、エルさんエルさん! 本物が出たぁっ!」
 うめく清景から駆けて離れ、エルの腕をひっつかみつつ歌菜は叫ぶ。
「うおおっ! 歌菜様! ぜひもっと強くしがみついてください!」
「逃げよう! 逃げよう! エルさん、拝殿へダッシュ!」
 エルの腕を小脇に抱えて、歌菜は全速力で拝殿を目指す。
 けれど、不意に暗がりから迷い出てきた人影が、歌菜の行く先をふさいだ。
「ひゃっ!?」
 勢いあまって突っ込む歌菜。砂利道にしりもちをついて、迷い出てきた人影を見上げる。
「おいおいおいおい、あぶねえなァ!? 一体どこに目ェつけて歩いてんだ? ああ?」
 悪魔のような白塗りメイクに、ヘビメタ衣装をまとった仏滅 サンダー明彦は、口の中でくちゃくちゃとガムを鳴らしながら歌菜を見下ろした。
「あーあー、痛ェ、痛ェなあ! よう姉ちゃん? この落とし前、どうつけてくれんだ? おお?」
 トゲトゲショルダーガードをつけた肩をさすりながら言うサンダー明彦を、歌菜は呆然と見上げた。
「おー、地獄からの使者」
「ああん?」
「あのっ……オシャレのセンス、すっごくズレてもがっ!?」
 エルが片手で歌菜の口をふさぐや、半ば強引に助け起こして駆け出した。
 こけつまろびつエルのあとを追いながら、歌菜が名残惜しげにサンダー明彦を振り返る。
「ねえねえエルさん! 今の人すごいセンスしてたよ!」
「いいから、ボクが対処しきれないような状況に進んで足を突っ込まないでくれ!」
 そんなやり取りをしながら駆けていくうちに、拝殿は二人の目と鼻の先まで近づいてきていた。エルが、ほっと安堵したように息をつき……、
「!?」
 拝殿の両脇から歩み出てきた巨大な人影を見て、顔をこわばらせた。
「俺達の神社で肝試しししようっていう、考えなしは手前らか……?」
 拝殿の右脇から歩み出てきた、赤鬼の姿をした巨漢、オウガ・クローディスが唸るように言った。
「仲よさそうに手なんか繋いでまあ、いいご身分じゃねえか」
 拝殿の左脇から歩み出た、青鬼のコスプレをしたラルク・クローディスが、恨めしげに言葉を継ぐ。
「――うわっ!?」
 見上げるほどの巨躯、それも、鬼のような恐ろしい形相の二人を前にして、エルの足が止まる。
 オウガとラルクはにやりと笑うや、声をそろえて咆哮した。
「神社を荒らされた我らの痛み!」
「恋人と肝試しが出来なかった我らの恨み!」
『思い知るがいい! ウォオオオ――――!!』
 吼えつつ、オウガとラルクがその巨躯を生かして突進してくる。
 歌菜は、気おされたようにじりっと後ずさり……、
「ここは俺達に任せとけ!」
 飛び込んできたブラッドレイ・チェンバースとリヒャルト・ラムゼーが、真正面からオウガとラルクを受け止めた。
「レイ! 王子!」
 目を輝かせて、歌菜が叫んだ。ラムゼーがオウガの肩を押し返しながら、歌菜にふっと笑顔を送る。ブラッドレイもラルクを受け止めたまま振り返って、怒鳴った。
「おいエル! あんまりカナにくっつきすぎんじゃねーぞ!」
「……二人とも、ありがとう!」
 ブラッドレイとラムゼーに笑顔を向けて、歌菜はエルと手を繋いだまま、拝殿へと足を踏み入れた。

「ふふふ……この拝殿に足を踏み入れたのが運の尽きだな……。その命、貰い受ける」
 闇色のローブをばさっ、と翻し、幾分芝居がかった口調で、ラズー・フレッカは吼えた。
 体中を真っ赤に汚した、鮮やかな血のりが、ラズーの白い肌を、まるで死人のごとく、より白く浮かび上がらせている。
「ふぎゃあぁぁぁぁぁ!!」
 エレミア・ファフニールが、水をぶっ掛けられたネコのように飛び上がって驚き、
「ごっ、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいっ!」
 ティエリーティア・シュルツがボブに揃えた艶やかな金髪を振り乱して謝りまくった。
「ここまで驚いてくれると……ちょっと、うれしいじゃないか」
 ラズーは独り言のようにぼやいてから、自分が考えうる一番恐ろしい顔をして、
「さァ……先に頭を刈られたいのは、どっちだァ―――!!」
 叫んだ。
「ぎゃ――――ッ!!」
 仲良く悲鳴を上げたエレミアとティエリーティアは、いたずらを叱られた子供のように一目散に逃げていく。
「たっ……楽しい……」
 呟きながら、ラズーはぎりぎり追いつかない程度の速度で、二人のあとを追いかけた。

 逃げ惑うエレミアとティエリーティアを横目で確認しつつ、羽瀬川 セトは柳生 匠が振り下ろした棒きれを、間一髪で避けた。
「厄介ですね……境内で脅かしている連中は、みんな参加者を傷つけてもいいと思っているんですか?」
「少なくとも俺はそうさ。特に、お前みたいなスカした野郎はな!」
 襲い来る棒きれを、セトは何とかかわしていく。
 武器こそただの棒だが、太刀筋はきちんと訓練をつんだ本物だ。手ぶらのセトでは、避け続ける以上の行動には移れない。
「美少女をっ! 三人もっ! 連れ歩きやがってっ! 思い知れっ!」
「なにか……重大な誤解がある気がするのですが……」

「羽瀬川君! 今フォローに入る!」
 春日井 茜が声を張り上げると、匠の棒きれを避けながら、セトが首を横に振った。
「こっちは平気です! ミアのフォローに回ってやってください!」
「そうか……わかった!」
 茜は頷き、ラズーに追い掛け回されるエレミアたち……はたから見たら、お兄さんに遊んでもらっている子供達にしか見えない追いかけっこに視線を移し、駆け出そうとして、ふと自分の足が動かないことに気がついた。
「祇園精舎の鐘を、止めろおぉぉぉぉぉぉぉ……」
 地響きのように唸りながら、清景が茜の足首を掴んでいたのだった。
「鐘がァ……鐘がァあああああ……」
「えと……」
 茜は、地べたを這う清景の前にしゃがみこんで、にごった瞳をじっと見据えた。
「うるさいときは……耳をふさいだらいいと思う」
「え、あ、はい」
 目を見て諭すように言うと、清景はあっさり頷いた。
「矢が刺さってるのは……平気か」
「あ、わりと」
「そうか……気をつけろ」
「あ、はい。どうも」
「首……曲がってるぞ」
 茜は、腐乱した清景の顔にためらいなく触れて、もげかけた首を元の位置に戻した。
「あ、助かります」
「そうか……よかった」
「おうおうおうっ!? てめえ、俺のパートナーに何してくれてンだ?」
 サンダー明彦が、清景を足で押しのけて茜の前に立った。
「あーあー。こりゃ重症じゃねえか。よし、慰謝料代わりだ、賽銭全部置いていけや!」
「明彦ォ!!」
 がばっ、と立ち上がった清景が、サンダー明彦の目の前に立ちはだかった。
「御主いつから、かように心の優しい女子から金品を奪い取ろうなどという下郎に成り下がった!?」
「オイオイ、何懐柔されてんだよお前。俺は生まれたときからロックだっての!」
「ええい退かぬか! どうしても彼女から金品を奪おうと言うのなら、この清景を斬ってからにせい! ……さあ、姫! 今のうちにお逃げなされ!」
 二人の成り行きをきょときょとと見守っていた茜は、清景に促されて、はっとして頷いた。
「わかった……ありがとう」
 清景に小さく頭を下げてきびすを返し、茜はエレミアたちの元へと駆け出した。

「うわっ!?」
 砂利で足を滑らせ、セトが仰向けにぶっ倒れた。
「もらったァ!」
 すかさず、匠が棒きれを振り下ろす。
「――っく!」
 セトは何とか両手で棒を受け止めたが、ぐぐぐと力任せに押し込まれ、長くは持ちそうにない。

「――セト!」
 エレミアはぴたっと足を止めて、セトのほうを振り返った。
「エレミアさん! 止まったら危ないです!」
 ティエリーティアが切羽詰った声で言う。
 けれど、足を止めたのはエレミアだけではなかった。
 ラズーもぴたりと足を止めて、セトのほうを振り返り、
「そろそろかな」
 駆け出した。
「卑怯な! 二人がかりでセトを潰す気か!?」
 エレミアが悲鳴じみた声で叫ぶ。
 ラズーは、もみ合うセトと匠のそばへ走り寄ると、ぐっと固めた拳を匠のみぞおちに叩き込んだ。
「ごふっ!?」
 くぐもった声と共に、匠の体がだらりと脱力する。
 ラズーはぐったりした匠をお姫様抱っこで抱え上げて、エレミアたちのほうへ戻ってきた。
「ごめんね、ちょっとうちのパートナーがやりすぎちゃったみたい」
「……はあ」
「そろそろ退散するね。先、進むといいよ」
 歩み去っていくラズーを、エレミアは呆然と見送って……はっと気がつく。
「拝殿! もう誰かがおるぞ!」
 きっと、エレミアは拝殿を睨んだ。
「ファフニールさん! シュルツ君! 無事!?」
「茜! セトに肩を貸してやってくれ! 行くぞシュルツ!」
 エレミアはすばやく言うと、ティエリーティアの手を取って駆け出した。
 砂利を蹴立てて拝殿へ駆け寄る。
 ……と、
「待てェ―――!!」
「ここは通さんぞォ!!」
 拝殿脇から、オウガとラルクが飛び出してきた。
「ごっ……ごめんなさいーッ!!」
「怯むなシュルツ! 二手に分かれるぞ!」
 エレミアはティエリーティアの肩をぽんと押して、単身オウガに突っ込んだ。
「おっ、やるかい? お嬢さん」
 ぐっと、姿勢を低くして身構えるオウガ。エレミアはいたずらっぽく笑って、ぽんとジャンプした。
「残念じゃが、先を急ぐでな」
 オウガの頭に手をついて、跳び箱の要領でその巨体を飛び越えた。
「ごごごっ、ごめんなさいーっ!!」
 ティエリーティアも謝りまくりつつ、ラルフの股下をでんぐり返ってすり抜けて、再びエレミアの隣に並ぶ。
「一番乗りはわらわたちなのじゃ……やるぞ、シュルツ!」
「はっ……はいっ。頑張りますっ!」

 暗い賽銭箱の中で様子を伺いつつ、城定 英希はくすりと笑った。
 英希の視線の先には、今まさにお賽銭を投げ入れようとする歌菜たちの姿がある。
「そろそろかな……?」

「それじゃ、せーのでお賽銭入れようね! せーのっ!」
 歌菜の声にあわせて、緊張気味のエルと、息を切らしたブラッドレイ、ラムゼーが、いっせいにお賽銭を放る。
 放物線を描く硬貨。がたがたっ、と賽銭箱が震えだす。
「――ぐす、ぐすっ……。私の前で、幸せそうにして……――」
 どかっ、と賽銭箱の上に飛び乗り、放られたお賽銭をすべてキャッチしたエレミアが、英希の声をさえぎった。
「そう簡単に、参拝はさせんぞ!」
 エレミアが朗々と言って、
「むむっ、妨害!」
 歌菜が眉根を寄せて唸った。
「みんなっ! もてるだけお賽銭を用意だよ! 弾幕で押し切る!」
 歌菜が指示して、エルたちは持てるだけの硬貨を手に握る。
「させん、させんぞ……っ。せえええええっ……かく、死ぬほど怖い思いまでしてここまで来たのじゃ! 絶対に、わらわがトップを取るのじゃぁあああああっ!!」
 ばっ、とエレミアは両手を広げたが、振りかぶられたお賽銭の数は圧倒的だ。
 ぎゅっと目を閉じて、エレミアは迫り来るであろうお賽銭に備える。
「えとっ……わ、わ――――――ッ!!」
 歌菜たちの背後で、ティエリーティアが叫んだ。あまりに古典的過ぎる脅かしだったが、不意を突かれた歌菜たちはびくりと飛び上がった。
 中でも一等派手に飛び上がったエルが、
「うわあびっくり!」
 まるで条件反射のようにティエリーティアに抱きつく。
「え、あの、ちょっと!?」
 突然のことに、身をすくませるティエリーティア。
「わー、怖い怖い。こんな美少女に脅かされたらもうボクここから動けないよー」
「あのっ……僕は男の子ですようっ……」
 ティエリーティアに頬ずりするエル。その背後に立って、歌菜はどこから取り出したかも知れないハリセンを振りかぶった。
「破廉恥……禁止です――――ッ!!」
 すっぱーん。とすがすがしい音と共に、エルの身体が五メートルは吹っ飛ぶ。
「……はっ。つい条件反射でっ。だっ、大丈夫、エルさん!?」
 ハリセンを握ったまま、歌菜は拝殿を飛び出していく。
 満足げな表情のまま砂利の上に転がったエルを指差して、エレミアは呵々と笑った。
「ふははははっ!! 同士討ちとは無様じゃのうっ! 茜、セト、急げ! この勝負勝つぞっ!!」
 阿鼻叫喚の境内で、
「……出られない」
 英希だけが静かに、賽銭箱の中で呟いていた。