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七不思議 怪奇、這い寄る紫の湖

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七不思議 怪奇、這い寄る紫の湖

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第1章 黄昏は逢魔の刻
 
 
 シャンバラ大荒野に日が沈み、イルミンスールの森に黄昏が訪れる。
 暗紅色の光の中、樹海の上に浮かぶ人影があった。
「いよいよ、ワルプルギス家の夜にむけて、時は動き出しますか。空京に注意をむけさせ、スライムを増殖させる時間は充分に稼げたはずです。コントラクターの妨害で力業となってしまったとはいえ、準備は整いました」
 南にそびえる世界樹の方へ黒曜石の仮面をむけていた黒衣の男は、素早く左右に視線を走らせた。右方向には赤いスライムの湖が、左方向には青いスライムの湖が見える。
 イルミンスールの森にある高木の間から確認できるということは、平たい湖というよりも、大きく盛り上がった水滴のような状態で移動しているのだ。
「さあ、最後の仕上げといきましょう」
 オプシディアンは、両手を挙げた。その右手の上には青い魔導球が、左手の上には赤い魔導球が宙に浮かびあがっている。
「集え、我が許に!」
 オプシディアンの声に応じるように、二色の巨大なスライムはゆっくりと合流地点を目指して這い進んでいった。
 
 
第2章 世界樹は輝き
 
 
 フクロウの声一つしない今夜のイルミンスールの森の不気味な静けさとは対象的に、世界樹の中にあるイルミンスール魔法学校はあわただしさにあふれていた。
 今現在起こりつつある異変は、ここしばらくイルミンスール魔法学校を舞台にして起こったいくつもの騒動の中に類似点が見られるものがいくつかある。それらを結びつけて考えれば、導き出される答えは簡単だった。
「つまりは、北の方に現れたという湖は、紛れもなくマジックスライムだということでござるな」
 ナーシュ・フォレスター(なーしゅ・ふぉれすたー)は、図書室に納められた過去のレポートをおおざっぱに流し読みしてから言った。
 さすがに、マジックスライムには懲りた生徒が多かったのか、意外と多くのレポートがあがっている。また、それらをまとめて独自の見解をあげている生徒も何人かいた。
「よし、これで予習復習はばっちりでござる。後は、赤いスライムを拙者の術にて退治し、学校の平和を守るでござる。いざ、出陣!」
 ナーシュ・フォレスターは九字を切ると、光学迷彩を使ってポンと姿を消した。
「図書室では、むやみに術は使わないように!」
 司書に注意されるが、当人はすでに出て行った後だ。
「せっかちよね。事はそんなに簡単だとは思えないのに」
 讃岐 赫映(さぬき・かぐや)の持ってきた資料を次々と読んでいきながら、三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)は眉間に皺を寄せた。
「少し、休んではいかがですか」
 その様子を見て、さらなる資料を運んできた讃岐赫映が言った。
「大丈夫。がんばって、何か手がかりを見つけなくっちゃ。ミツバの仇はきっちりととるんだから」
 三笠のぞみは、うーんと大きくのびをして答えた。
 今、彼女が調べているのは、阿魔之宝珠についての資料だ。
 敵であるオプシディアンが球体を主に使っていたことは、様々なレポートに明確に記されている。防御に使ったり、攻撃に使ったり、どうもスライムの誘導にも使っていたような節がある。ただ、誘導に関しては、目撃者が少ないので、確実な情報ではないのだが。
 球体という共通点しかないが、夏合宿から始まるヴァイシャリーでのどたばたの一件にも、阿魔之宝珠と呼ばれる球体が関与していたらしい。はたして、裏でつながりがあるのではないかと思い、三笠のぞみはそれを調べることにしたのである。
 だが、調べても、資料はなかなかなかった。あまりに古いアイテムなので、それらしき物は見つかるのだが、そのたびに形状や名称が違い、記述が正しいのか間違っているのかさえもよく分からない。宝珠なんて物は、昔から定番のアイテムであるからだ。
「阿魔之宝珠は、大昔に、魔女にあこがれた魔法使いが作ったとしかないけれど、いったいどこにいた魔法使いなのかは書いてないわね。――まったく、字が小さくって読みにくいったらもう」
 ルーペを片手に、三笠のぞみは次の本をのぞき込んだ。
「単純に、魔力を持った金属製の球体は、魔導球って呼ばれていたみたいだけど。こっちの本には、丸い何かが森を訪れて言葉を集めたってあるし、こっちの本には、人形を人に変えたオーブなんてのもあるわねえ。ポータラカには地上を飛ぶ星があるとか。すべての力を跳ね返す月がシャンバラの大地に眠っているとか。もう、ぐちゃぐちゃよねえ」
「伝説というのは、そういうものですよ。仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の裘、龍の首の珠、燕の子安貝……。すべてあったかもしれず、なかったかもしれず。けれど、存在自体はなくとも、言葉や形には意味があるのかもしれません」
 頬杖をついて考え込む三笠のぞみに、讃岐赫映が静かに語った。
「そうか、アイテムがあったという話は多いけれど、どうやって作ったという話はほとんどないわよねえ。それって、何か意味があるのかしら」
「作り方が失われてしまったか、シャンバラ以外の世界から持ち込まれた物か。いずれにしても、私たちとは違う世界の物であるのであれば、そのように扱うのが無難でありましょう」
 讃岐赫映が、黒髪をゆらしながら、何かを見あげるように天井を仰ぎ見た。
「それは、違う考えの者が相手ならば、それを忘れてはいけないということよね」
 三笠のぞみの言葉に、讃岐赫映が静かにうなずいた。
「いずれにしても、スライムのそばでは、色のついた魔導球が目撃されているから、真言たちに色つきに注意するようにメールしておくわ」
「そう心配しなくても、皆、無事に帰って来ますわ」
 片手で携帯のボタンをせわしなく押し始めた三笠のぞみに、彼らなら心配ないと讃岐赫映は言いたげだった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「なかなか、スライム撃退に役にたちそうな薬は載ってないですね」
 学校の備蓄薬物の一覧に目を走らせながら、譲葉 大和(ゆずりは・やまと)は軽くため息をついた。
 スライム相手なら、抗菌剤や細胞分裂阻害薬でもあれば有効だと思ったのだが、いかんせん、イルミンスール魔法学校の薬品庫にあるのはたいていは生薬である、精製された物は量が少なすぎる。かといって、マンドラゴラのような物では、聴覚のなさそうなスライムには効かなそうだし、先に生身の生徒たちの方が倒れてしまいそうだ。
「なんだか、すごく熱心だよね」
「この学校は、俺と歌菜さんが出会った思い出の場所なんです。スライムごときに好きにはさせません!」
 ちょっと不思議そうに訪ねるラキシス・ファナティック(らきしす・ふぁなてぃっく)に、譲葉大和はきっぱりと答えた。それにしても、毒を調べてもそれがイルミンスールにあるのかは分からず、イルミンスールにある薬品を調べてもそれが毒かは分からず、いたずらに時間だけが浪費されていく。このままでは、かなり他の学生たちよりも出遅れてしまうかもしれない。ちゃんと戦いに間にあえばいいのだが。
「ねえねえ、だったら、これなんか使えないかなあ」
 そう言って、ラキシス・ファナティックがキノコ辞典のページを指さした。
「なになに、パラミタオオエノキタケ? 毒キノコ?」
「ほら、そこに、誰かの書き込みがあるよね」
 ラキシス・ファナティックの小さな手が指さすところには、誰かの手書きの書き込みがあった。おそらく、元からあったパラミタの書籍に、地球人の生徒が補足説明を書き込んだのだろう。そこには、フラムトキシンを高濃度で含有、危険と書いてあった。
「ほーう、溶血性毒ですか。これなら、スライムの細胞壁を破壊できるかも」
 譲葉大和は、面白そうににやりと笑った。フラムトキシンは、マムシの毒などに含まれる、赤血球を破壊したりする毒のことだ。
「実験農場が前にスライム騒ぎで水浸しになったとき、エノキタケが異常発生したらしいですね。毛はえ薬の解毒薬になるかもしれないからって、乾燥した物が大量に薬品庫に保管されているとあります。よし、これを使わせてもらうとしましょうか」
「じゃあ、忍ちゃんに連絡するね」
 ラキシス・ファナティックはそう言うと、携帯を使って九ノ尾 忍(ここのび・しのぶ)に連絡を入れた。
「よし、分かったのじゃ。実験農場へ行けばいいのじゃな。何、違う? 薬品庫か、よし、あい分かった」
 携帯でラキシス・ファナティックに答えると、九ノ尾忍はちょこまかと走りながら薬品庫にむかった。
 ちょうど、いろいろな薬品がこのときとばかりに学生たちによって持ち出されている。
「パラミタオオエノキタケの粉末?」
 九ノ尾忍の希望を聞いた薬品庫の管理者は、不思議そうに小首をかしげた。
「また変な物を希望しているなあ。他のみんなは酸とかが多いのに。まあいい。今回限り、許可は出ているから持って行っていいぞ。ただし、劇薬だから、余った物はちゃんと返納するように。いいね。約束を破った者は、校長が釣りの寄せ餌に使うと言っていたから、命が惜しかったら、くれぐれもちゃんとするようにね」
「はーい。ちゃんとするのじゃあ」
 行儀よく返事をすると、九ノ尾忍は目当ての猛毒を首尾よくゲットした。
「ふふふふふ、手に入ってしまえばこちらの物じゃ。余ったら、ラキに近づく不埒者にでもつこうてみたいものじゃ」
 そう言って、九ノ尾忍は密かにほくそ笑んだ。