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鏡の中のダンスパーティ

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鏡の中のダンスパーティ

リアクション

【2】

「こんばんは、私」
「あんたが俺?」
「あら、不満かしら?」
 黒霧 悠(くろぎり・ゆう)は長い黒髪の女性に声を掛けられて思わずそう訊き返した。
 よく見てみると、ああ俺だ、とすぐにわかった。金色に輝くつり気味の瞳。長い黒髪。どことなく気まぐれそうな雰囲気。
「美人だな、わりと」
「あら。ナルシストなの?」
「は? 何でだ?」
「だって私はあなたなんだから、私を美人って言うことはつまり」
「自画自賛」
「そういうこと」
 そんなつもりはなかったから、悠は少し困ったように宙を見た。くすくすと相手が笑う。
「ねえ、デートしない? せっかくこうして会えたんだから」
「あら、自分をナンパ?」
「そういうつもりじゃないけど。嫌?」
「自分からナンパされるっていうのも、なかなか奇妙な体験よね。いいわよ。踊る?」
 右手を差し伸べられたから、その手を取った。柔らかくて暖かい、小さな手。
「踊るより話がしたい。相談したいことがあってさ」
「いいわよ。あそこに座りましょう」
 悠香が窓際に並べられたテーブル席を指さした。頷いて、二人は手を取り合ったまま席に行き座る。
「で、相談って何かしら?」
「パートナーと契約したいんだけど、どんな子がいいかなって」
「可愛い子」
「……即答?」
「だって可愛いほうがいいじゃない。顔よりも行動が可愛い子じゃないとダメよ」
「性格じゃなくて行動かよ」
「行動よ。見てて和むような行動をする子がいいわ」
「……参考になったのか、なってないのかイマイチわかんないね……」
「私は本気よ?」
 くすくすと笑う彼女がどこまで本気なのか。
 そんなことを考えながら、正面に座る自分自身を見て、悠は溜息を吐くのだった。

「お願いします、口説きのコツを伝授してください!」
 鈴木 周(すずき・しゅう)は、腰を90度直角に折って頭を下げていた。頭を下げられた相手である鏡の中の自分は、困ったような呆れたような表情をしている。
「もう一人の私がこんな人物とは……そもそも、男子が軽々しく頭を下げるものではないよ」
「そうか! じゃあ、俺をモテさせろ!」
「だからといって威張るものでもないだろう」
 周の解釈に、彼女は深く溜息を吐いた。
「だってお前、モテそうじゃねぇか」
「あながち間違いではないけどね。不本意ながら、女性によく声をかけられるよ」
「どこが不本意なんだよ!」
「私は女だっ! 同性にモテても正直困るのだよ」
「女の子に声を掛けられて困るだと……!? お前代われ! 俺と代われ!!」
「きみ、私の話を聞いていたのかい? 同性だから困ると言っているんだよ、私は」
「で、どうすればモテる?」
「結局そこに行きつくんだね。まったく、もっと真面目に丁寧だね……」
「マジメ? シリアスな顔してりゃいいってことか? こうかな、こう……?」
 周は眉間にしわを寄せたり、睨むような目をしたり、暗めの表情を作ったりとその場で百面相を始める。が、それを見た女性や目を合わせた女性は、ことごとく視線をそらした。
「……モテねぇじゃんよぉ! ああお嬢さん! 俺とお茶しねぇ? あれ丁寧ってこうじゃないよな……してくれたまえ?」
 と、近くに居た巫丞 伊月(ふじょう・いつき)に声をかける。そっくりな見た目の相手は、鏡の中の自分なのだろうか。
 声をかけられた伊月は「あらあら♪」「まあまあ♪」とまんざらではなさそうに笑って、これはいけるか? と思った瞬間仲良くにこりと微笑まれ、
「「ごめんなさいねぇ〜」」
 と声をそろえてフられてしまった。
「待ってくれ! お話しませんか!? しませんこと? してくりゃれ!」
 なおも聞こえてくる周の声と、「いい、もういい。君は普段通りの君であるべきだ」と言う呆れたような声を聴きつつ、伊月は鏡の中の自分の手を取り、スキップするようにステップを踏んで、たまに立ち止まってはお互いに同じ動きを別々に繰り広げては「うふふふ」「ふふふ」と笑った。
「ナンパ」
「されちゃったわね〜」
 伊月は右手を、相手は左手を口元にあてて笑う。
「でも私って、たとえ男だったとしても何も変わらないのねぇ〜」
 見た目も口調も変わらない、違うのは性別だけという自分を見て笑う伊月に、相手も同じ類の笑みを浮かべて応えた。
「それはこっちのセリフでもあるわよ? うふふふふ」
「そういえば私に訊きたいことがあるのよ」
「何かしら、私?」
「そっちの世界にもこのパーティを企画した主催者さんはいるのかしら〜?」
「ぅんふふふ、そうね〜♪」
「教えてくれない?」
「三回まわってニャァって鳴いて、地球を侵略しようと企んでいる私の頭の中の宇宙人を残らず撃退してくれたら、九分九厘嘘の話をしてあげてもいいわよ〜」
「あら、なかなかハードルが高いのね。じゃあニャァって鳴くところだけクリアしましょう、クゥン」
「ニャァじゃないわね、うふふ」
「あら私はそう鳴いたつもりだったのだけれど、ぅんふふふ♪」
「じゃあお次は」
「回るべくしてダンスを踊りましょう♪」
「「ぅふふふふ♪」」
 二人は手を取り合って、みんなが踊っている場所へと紛れていく。

「ご機嫌いかがでしょうか」
「そちらは?」
「この見た目なので、なぜか『兄貴』と呼ばれていますね」
 ダンスホールでは、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)が鏡の中の自分と会話していた。深紫のイブニングドレスに身を包んだ彼女と、漆黒のタキシードを纏った鏡の中の自分。見た目は違うが、二人は出会ってすぐ自分たちのことを理解し、こうして会話に勤しんでいた。
「私。一度踊ってみたかったんです」
 ガートルードはそう言って、もう一人の自分の手を取った。深紫の手袋に覆われた細い指が、白い手袋に覆われた相手の手を握る。
「でも、ダンスのステップの踏み方。わからないでしょう、私たちは」
「相手も居ませんし?」
「お互い様です」
「そのようです」
 二人揃ってダンスホールに足を踏み入れ、たどたどしくステップを踏んだ。
「音に合わせて踊るって、どうにも難しいのですね」
「ドレスなんてあまり着ないから、動きづらいです」
「タキシードもですよ。むしろ初めて着ましたが、やはり動きづらい」
「足を踏まないようにしなくては」
「あなたの靴、ヒールがありますしね。踏まれたら痛いでしょうから気をつけなければ」
「それは怖……あ」
 ガートルードがバランスを崩す。踏まれそうになり、踏まれてなるものかと腰に手を当てて転ばないように手助けをすると、立て直したガートルードはくるりと一回転してにこりと微笑んだ。
「なかなか、ダンスを踊っているようです」
「初体験ですね」
「なんだかその響きがエロティックに感じるのはなぜでしょう?」
「さあ……?」
 その二人の会話が聞こえそうで聞こえない、そんな位置で。
 シャンテ・セレナード(しゃんて・せれなーど)は一見優雅に踊っているガートルードたちを見て、思わず「きれいだなぁ」と呟いた。
「貴様。人のダンスなぞに見惚れるな。俺たちも踊るぞ」
「ええ?」
 そのシャンテの手を乱暴に掴んで引っ張るのは、鏡の中の彼だった。握られる手に込められた力は強く、少し痛かった。
「あの。痛いんですけど……?」
「俺の前で他人に見惚れて隙を見せた貴様が悪い。遅れるなよ、遅れたら足を踏む」
「ええっ、ちょっ、と……!」
 ダンスホールに連れ込まれ、乱暴にステップを踏む彼に合わせるのが精いっぱいで、周りなんて見えなくなる。音も何も聞こえなくなる。
「そうだ。それでいい」
「え?」
「そうやって、いつも自分を出していればいい。隠しているのを見ているのは、つまらん」
「そっか。ありがとう」
「なぜ礼を言われねばならんのだっ」
「嬉しかったから。でも、隠していてよかったのかも」
「? なぜだ?」
「隠していたからきみとこうしてダンスを踊れる。素敵なことだ」
「……貴様、俺を誑かすとはなかなかに策士だな。そんなに踊りたければ貴様の足が動かなくなるまで踊ってやる」
「え、それはちょっと困……わっわっ、早い、早いです! 動き早……!」
 突然激しくなった二人のダンスを見ながら、清泉 北都(いずみ・ほくと)は繋いでいた鏡の中の自分の手を握り、俯いた。
「どうして俯くの?」
「なんだかねぇ。自分がここに居るのが場違いな気がしちゃって」
「なんで? 一緒に居ないと私はダンス踊れないよ。あ、北都以外と踊るのは論外だからね」
 伸び過ぎた前髪で隠れた目を覗き込むように近づいて、彼女はそう言った。鏡の中の北都なのに、北都と違って真っ直ぐ前を見ている瞳。
 彼女はかけている眼鏡をクイッと直し、「まあ、北都が嫌ならしょうがないけど」と言った。どこか寂しそうに。
 そういうわけじゃないのに、こんな表情をさせてしまったことが申し訳ない。
「憂鬱入ってごめんねぇ。踊れば気分も軽くなるよねぇ。踊ろう?」
 にこりと笑って手を差し伸べると、彼女の手が自分の手に重なった。握り締めると握り返される。
「無理はしないでね、北都」
「うん? どういう意味かなぁ」
「無理して笑ってても、辛いからね」
 私が。北都が。その言葉に主語はなかった。どっちだろう、と考えながらステップを踏む。
「ねえ、キミは、今幸せ?」
 ふと質問が頭をよぎって、よぎったまま口に出していた。
「北都は? 今幸せ?」
「……さあ、どうだろうねぇ」
 少しの逡巡の後、笑って誤魔化す。
「幸せが傍にあるのに気付かないの?」
 小さな声で言われた言葉が、胸に刺さった。
 何もかも知っているはずの自分から、その言葉が投げられるとは思ってもみなかったし、知った上で彼女がそれを言っているのだとしたら。
「……さぁ。どうだろうねぇ」
 同じ言葉ではぐらかし、北都は変わらずにステップを踏む。

 鏡の中の自分は、可愛いと思った。
 自画自賛とか、ナルシズムとか、そういうものじゃなくて、一人の女の子として一人の女の子を可愛いと、月島 悠(つきしま・ゆう)はそう思った。
 女であることを偽らず、明るい色のドレスを着て「はじめまして、私」と、にっこり微笑む自分。
 対して自分はどうだろう?
 こんなきらびやかな場所に場違いな、シャンバラ教導団の軍服で来て、心を偽って。
 可愛くないな、と思った。
 目の前の自分のような、可愛らしい格好が好きだ。お洒落だってしたい。でもきっと、似合わない。みんなの前でそんな格好になるなんて考えられない。恥ずかしい。
 だからそれを当たり前のようにできている鏡の中の自分が、素直に羨ましい。
「どうしたの?」
「可愛いなあ、って思って」
「私は私でもあるのに、何言ってるの?」
「だって私はそんな格好、似合わないもん……。ねぇ、あなたはどうして平気なの?」
「平気? 何が?」
「そういう格好で人前に出ること。やっぱり、女の子として育ったから? だから当たり前にできるの? 」
「あなたは違うの?」
「私は紛争地域で育ったの。そこで自分を男と偽って生きてきたわ。だから今更自分を曝け出すなんてこと、できないよ」
 言っていて悲しくなってきた。いつまで偽ればいいんだろう? いつまで好きな人や大切な人を騙すようにして生きればいいんだろう?
「育った環境が違えば、私もあなたみたいに普通の『女の子』になれたのかな……」
「過去形じゃないよ」
 小さく呟いた一言に、鏡の中の自分は力強く答えた。
「え?」
「どこか二人になれる部屋ないかな。私のこのドレスとあなたの制服、交換しよう」
「え、ええっ!? やだ無理だよ恥ずかしい!」
「なんで恥ずかしいの?」
「だって似合わないよ……!」
「似合うよ。私のこと可愛いって言ったなら、それはあなたにもそうであるべきだもん」
 きっぱりと言い切られて、言葉に詰まっていると手を引かれて人気のない方に連れて行かれる。そのままダンスホールを出て、手近な部屋に入ると制服を脱がされてドレスを着せられた。
「あ、足がスースーする……」
「ドレスだもん」
「動きづらいよ」
「ドレスだもん」
「……もしかして、わたしこの格好で踊るの?」
「もちろん」
「私、ダンスなんて踊ったことない。っていうか、みんなの前に出るの恥ずかしいってば……!」
「大丈夫。だってとっても可愛いから」
 鏡の中の自分が、本当に自信たっぷりにそう言いきるものだから。
 案外、少しくらいは似合っているんじゃないかな、なんて期待をしてしまって。
「……じゃあ、頑張る」
 今日くらい、今日みたいな特別な日くらい、いいかな、なんて。
 手を引かれてダンスホールへ向かいながら、思うのだった。