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展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第2回/全2回)

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展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第2回/全2回)

リアクション


第七章 そして、夜が明ける

「なんとか『当たり』というところだな」
 空飛ぶ箒の上で白砂 司(しらすな・つかさ)は安堵のため息をついた。
「まずはめでたしと言ったところか。脳に美容に、夜更かしがいいことなんてひとつもないんだ。せめて当たっていてくれなくては割に合わない、というものだからね」
 同じく箒の上のロレンシア・パウ(ろれんしあ・ぱう)
 眼下を見下ろせば、小さなカンバス・ウォーカーの姿が確認できた。
「ただただ後をつけるのがこんなに面倒なものだとはな」
「ストーカーだけにはなるものじゃなさそうだな、キミ」
「誰がなるかっ!」
「それから、決して追われる身になってもいけない」
「何を言っているんだ?」
 意図を図りかね、司が疑問符を浮かべる。
「追う方の苦労が身にしみたからね。私の身内が追っ手の人に迷惑をかけるなど……想像するだにゾッとする」
「どれだけ屈折した感情だ、それは。とにかく行くぞ、パウとのおしゃべりで結末を見過ごしたのじゃ、目も当てられない」
 言って、司とロレンシアは箒の高度を下げ始めた。
「ところで司」
「ん?」
「ここはどこなのだろう?」
「……街外れということしか判らないな。カンバス・ウォーカーしか見てなかったからな」
「はああ。ということは、帰り道も一苦労なのか?」
「まぁその頃には、陽も昇るんじゃないか?」

 運搬には決して向かない三枚の絵を何とか抱え、空京を駈けに駈けたカンバス・ウォーカー。表情に疲労の色は濃いが、「あと少し」という想いだけが気力となってカンバス・ウォーカーの足を前に運んでいる。
 一歩一歩。
 カンバス・ウォーカーは玄関への石段を登っていく。

 もふ。

 その前進が、妙な感触に遮られる。
 バッと後退しようとするカンバス・ウォーカーだが、それより早く、毛むくじゃらの手が彼女を捉えた。
「オッケー! 捕まえたぜ!」
 光学迷彩を解いて現れたのは猫型のゆる族独眼猫 マサムネ(どくがんねこ・まさむね)
「ナイスだよマサムネの兄貴っ! よっし、次は捕縛だね! グルグル巻だね!?」
 身を隠していたズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)がロープを手に飛び出してくる。が、同じく物陰から飛び出したナナ・ノルデン(なな・のるでん)がその行動を制した。
「こ、こらズィーベン! 嬉々としてして人を縛るのはやめてください」
 その言葉にズィーベンは動きを止めた。
「あ、そうか! 先に絵を回収しなくちゃね!」
 ズィーベンが三枚の絵に手をかける。
 カンバス・ウォーカーは、ギュッと目を閉じ、ひしと絵を抱きしめた。
 例えもう逃げ道がなかろうとも手放してなるものか、と。
「それも後です」
 言って、ナナは視線を上げた。
「ここが、『彼女と猫の四季』の舞台ですね」
 一件の古ぼけた家。
 年月によって朽ちかけ、荒れ果ててはいるが、それは紛れもなく『彼女と猫の四季』に描かれた小さな家と、小さな庭だった。
「そして、カンバス・ウォーカーさん、あなた……『彼女と猫の四季』の『猫』ですね?」
 カンバス・ウォーカーに息を飲む気配があった。
 しかしそれを確認する前に、ナナはズィーベンとマサムネに取り押さえられる。
「おーい、ちょっとちょっとちょっとナナ、聞け、ナナ。お前何考えてるのかしらねぇけどオレ達はさっさとあの絵を回収しなけりゃいけねぇんじゃねぇのか?」
「マサムネの兄貴の言うとおりだよ、ナナ! 変なことしてエリザベート校長から怒られるのはごめんだよ!?」
 ナナは二人を引きはがし、再びカンバス・ウォーカーに向き直る。
「……とにかく、私は『彼女と猫の四季』の真相が知りたいのです。とりあえず、何かやましい事に使うというのでなければ、お手伝いもしますから、真相を、話していただけませんか?」
 ジッと、ナナの目を見つめたカンバス・ウォーカーが考え込んでいる雰囲気があった。
「待てー! おまえそれで絵が返ってこなかったらどーすんだー!」
「あー出たー! またナナの悪い癖が出たー!」
 脇ではマサムネとズィーベンが半泣きになっている。
「お黙り下さい! 大体、もう私一人の判断ではないんですから!」
 ナナのその声を合図に、いったい何処に隠れていたのか、六人分の人影が現れた。
 それを見てカンバス・ウォーカーが再び身を固くする。
「ああ、安心してください。皆さん突然カンバス・ウォーカーさんを捕まえたりはしませんよ。そんなつもりの人がいれば、私が子守歌で眠らせています」

「ん? 私? ほら、今はハルバードなんて持ってないよ」
 パタパタと手を振ってみせるのは遠野 歌菜(とおの・かな)
「網なんか用意していませんから大丈夫ですよ」
「こっちだって、罠なんかどこにも張ってないぜ。ま、安心しろよ。俺は何があろうとも可愛いお嬢さんの味方だぜぃ」
 そう言ってそれぞれに笑いを浮かべてみせたのは影野 陽太(かげの・ようた)ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)
「これだけ大騒ぎしてでも集めようとしていたからには、何か、大きなの想い入れがあるのですよね?」
「本当なら問答無用でとっつかまっても文句は言えないんだぜ? 優しいウチのご主人に感謝するんだな」
 優しくのぞき込むソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)の隣では、フンとばかりに腕を組んで反り返る雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)の姿があった。
 ススス、小柄なカンバス・ウォーカーよりさらに小柄なヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)がカンバス・ウォーカーに寄り添い、抱きついた。どうやら親愛の証らしい。
 カンバス・ウォーカーの瞳に、決意の色が滲んだ。

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「ぼくはカンバス・ウォーカー。文字通り『絵画渡り』。さっきの質問の答えはね、半分正解」
 カンバス・ウォーカーは小さな家に一同を招き入れた。
 明かりのない内部は薄暗く、年月を経て朽ち始めているが、カンバス・ウォーカーは迷うことなく奥へと進んでいく。
「ぼくは絵にこめられた『想い』に引かれて形をとるんだ。だから本当は『怪盗カンバス・ウォーカー』という個人はいない。意思もないし、元々の形もない。ぼくは現象の名前だから。それが今回は『彼女と猫の四季』に描かれていた黒猫の想いに引かれて現れた――そういうことなんだ」
 廊下を進んで、カンバス・ウォーカーは突き当たりの部屋に入った。
 ひどくがらんとした部屋は、でも元々絵描きのアトリエだったらしい。古ぼけたイーゼルや、絵の具箱、その他細々した物がわずかにその痕跡をとどめていた。
「絵描きは、不遇な人だったみたい……と言うのもぼくの記憶は猫の物だから、本当の詳細までは判らない。絵が好きで好きでたまらなくて、でも全然認められなくて。結局そのせいで、病気の恋人まで助けられなかったと悔いて……そんな不遇な人。だから、自分の人生の最後に、絵描きは幸せだった記憶を描いたんだ。絵描きと彼女とぼくの、たった一回だけの四季をね」

「……でも間に合わなかった?」
 歌菜が目を伏せたままで呟いた。
「ううん」
 カンバス・ウォーカーは首を振った。
「あ、ねえ、ちょっと悪いんだけど、キミとキミ……パートナーさんが肩車してくれればいいのかな? 手伝ってもらっていいかな。そう、そこの壁の壁紙。少しめくれているでしょう」
 カンバス・ウォーカーに頼まれて、ウィルネストと、ソアを担いだベアが部屋の隅で壁紙を掴み、引きずり剥がした。
 現れたものを見て、一同が息を飲む。
「春はね、一番最初に描かれてたんだ」
 壁紙の下には、小さな庭を埋め尽くす色とりどりの花と、暖かそうな陽光に包まれるこの家。壁に大きく直接描かれた春の風景があった。
「ただ、絵描きは想いを詰めすぎたのかな。それとも彼女の想いだったのかな。『彼女と猫の四季』をバラバラの所有者に渡すと決めるや否や、『彼女と猫の四季』絵の中から『彼女』が消えてしまった。まるで、この家がいいんだって、しがみつくみたいに。そのまま絵はバラバラになってしまった」
 カンバス・ウォーカーは目を細めて壁の絵を見上げた。
「だから、イルミンスールで『彼女と猫の四季』を集めていると聞いてチャンスだと思った。今日しかないんだって思った。ぼくは、絵の中に『彼女』を戻してあげたいんだ。あの幸せな時間に」
 部屋はしんと静まりかえった。
「どうすればぁ〜いいのですかぁ?」
 沈黙を割いたのはヴォネガットだった。
「春、はここにあるから……あとは夏と秋、冬を四面にならべる」
「なぁんだ、簡単ですねぇ〜」
「それから、これまでにぼくが集めた絵描きの他の絵があるから、それを飾り付ける。画家が生きてた頃のアトリエを再現するんだ」
「い、いくつあるんですか? それ?」
 嫌な予感を感じたのか、恐る恐る陽太が聞く。
「二十三点……」
「夜明けまでもういくらもないですよっ!?」
 陽太が悲鳴を上げた。
「それから……」
 さらに発せられたカンバス・ウォーカーの声に一同が凍り付いた。

「イルミンスールに絵を返しに行く」

「おまえなぁ、それ全部一人でやろうとしてたって訳かぁ?」
 ウィルネストが呆れたような声を上げた。
 こくり、とカンバス・ウォーカーは頷く。
「バカじゃねーのかー? そういうのはな、『手伝ってください』って人に相談するもんなんだぜ?」

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「ああ、ご主人、気をつけろ! 手を打つなよ?」
 トンカンという金槌の音。
 ベアが不安そうに肩に乗せたソアを見上げている。
「大丈夫ですベア。私心配されるほど不器用じゃありません」
 プウと頬を膨らませたソアは壁に額縁を固定している。
「なぁ、ご主人」
「なんですか?」
「これじゃあ、何だか二回展覧会やるみたいだな」
 のんびりしたベアの声に、ソアはクスリと小さく笑った。
「そうですね。でも、真夜中の展覧会というのも、ミステリアスでなかなか素敵じゃありませんか」

「ではこの部屋も昔のように戻しましょう! ってことでお掃除――なんですけど私お掃除は〜! お掃除と爬虫類だけは〜」
 歌菜が半泣きでぞうきんを絞っている。
「えーい! 泣きごと言ってんじゃない! 仕方ねーだろ、くじ引きの結果なんだから! いいか、掃除なんてもんはだな……」
 キュキュ、テキパキ。
 キュキュ、テキパキ。
 鋭い身のこなしのぞうきんがけ。
 ウィルネストの通った後の床がピカピカと光を放つ。
「な?」
 ニッと振り向いたウィルネストのその歯までピカリと輝く。
「えーん、全然判らない上に、何だか自分がダメな子みたい〜! スッキリさせていいですか!? ハルバードで床ごとスッキリさせていいですかぁ!?」
「わぁ! ちょっ、待て待て待てっ! そんなに苦手なのかよ!」
「はーなーしーてー!」

「はぐちゅー、ですか?」
 イーゼルに絵をセットしながら、陽太が聞いた。
「はぐちゅーなのですぅ。カンバス・ウォーカーちゃんもぶじに絵をかえしてくれるらしいのですから、あとではぐちゅーでごあいさつなのですぅ。それから、クーパーちゃんにもてんらんかいが終わったらはぐちゅーでありがとでしたを言いに行くのです!」
 元気よくヴォネガットが答える。
「それは……斬新なコミュニケーションですねぇ。あ、そっち持っててもらえますか」
「ようたおにいちゃんははぐちゅーが足りません!」
 いきなり言われて陽太がこける。
「へ?」
「もっとあぐれっしぶにはぐちゅーを求めていかねばなりませんっ!」
「そ、それこの準備とすぐ関係ありますか?」
「ようたおにいちゃんのこんごとかんけいがあります!」
 一蹴された。
「こうなったらはぐちゅーせんぼんのっくです! きょうからボクのことをししょーとよぶです!」
「はぁ……師匠やらマネージャやら、今回の俺は忙しいですねぇ」

 そこかしこで小さな騒ぎを起こしながら、他にナナやズィーベン、マサムネ、それに司やロレンシアも加えて、準備は進む。
 すべての準備が終わるころには、うっすらと世界が白み始めていた。

「ありがとう……昔に、戻ったみたいだ」
 絵が飾られ、掃除の終わったアトリエは、心なしか光までも取り戻したかのように見えた。
「じゃあ、はじめようか」
 カンバス・ウォーカーの声で、『彼女と猫の四季』額縁の三枚と壁の一枚で四面が作られる。

 一瞬……。
 二瞬…………。
 三瞬………………。

 何も起こらない。

 次の瞬間。

 スゥっと。

 固唾を飲んで見守る一同の前に、柔らかな光が差し込んだ。
 それはまるで、少し気の早い朝日の到来を告げるような、暖かな光だった。

 白い光に包まれてうっすら透けるように女性の姿が浮かんでいる。
 ふわふわした栗色の長い髪、差し込んで光と同じように優しい眼差しを持った女性だった。
 キョロキョロ、とその女性は不安げにあたりを見渡している。

 スッ。
 光の中に、カンバス・ウォーカーが割り込んだ。
 そうして、女性の手でも取るかのように語りかける。
 
「ぼくらの絵に帰ろう? 絵の中にぼくらが残っていれば、こうやって沢山の人に見てもらえる。きっと、彼のことだって覚えていてもらえるんだ」

 それが聞こえていたのか聞こえていなかったのか(その場にいた全員は、後で『聞こえていなかったはずがない!』と口を揃えた)、彼女はカンバス・ウォーカーの姿を見てにこりと微笑んだ。
 それきり、光は薄くなっていく。
 薄れゆく光の中で、カンバス・ウォーカーの声が響いた。

「ありがとう。『彼女と猫の四季』は、約束通りお返しするね。絵柄が少し、変わってしまったらゴメンなさい。それから、『彼女と猫の四季』以外の絵も、もしよかったら返しておいてくれないかなぁ。もしかすると……ちょっぴり怒られちゃうかもしれないんだけど……その時は、カンバス・ウォーカーのせいにしてくれていいからさ」
 
 それはまるで、茶目っ気たっぷりにウィンクでもとばしているかのような声だった。

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 前日からのハードスケジュールに、徹夜、と、多数の生徒が目を血走らせ疲労困憊に陥るという犠牲は強いたものの、展覧会は無事に開催された。
 空京で集めた情報、カンバス・ウォーカーが語った情報がまとめて伝えられたこともあり、カンバス・ウォーカーが盗んだ二十三点の絵の持ち主は全員がこの展覧会に絵の貸し出しを申し出た。
 おかげで予定より展覧会の規模はさらに拡大、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)は満面の笑みをたたえることとなった。
 賑わいをみせた展覧会の中心に飾られたのはもちろん『彼女と猫の四季』。
 カンバス・ウォーカーが語った通り、三枚の絵にはいずれも優しそうな女性と黒猫の姿がまるで新たに描き加えられたかのように出現していた。
 それは、それぞれの季節の中にいる『彼女』と『猫』の幸福な記憶を描いた、この上なく暖かな絵。
 今までどこか寒々しい雰囲気をたたえていた絵は、これで紛れなく名画となったのだから、空京の資産家三家から文句が出ようはずもなかった。

 そして『春』は、空京の街外れ,小さな家の壁を彩り続けている。

担当マスターより

▼担当マスター

椎名 磁石

▼マスターコメント

 こんにちは、マスターの椎名磁石です。
 今回は「展覧会の絵『彼女と猫の四季』第2回」に参加していただきまして、お疲れさまでした!
 イルミンスールでのぬいぐるみ捕獲に、空京での追跡劇と、どうにもあちこちに目のいくシナリオで、皆さんを悩ませてしまっているなあと思いつつ……毎度皆さんの豊富なアクションに救われている次第です。今回柄にもなくちょっとしんみりした幕引きとなりましたが、楽しんでいただけていれば幸いです。
 それでは。またこの広大なパラミタ大陸のどこかでお会いできました日には、ぜひ懲りずにお付き合いください!