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空に轟く声なき悲鳴

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空に轟く声なき悲鳴

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07:30 残された手紙


 百合園女学院。さわやかな朝にはかぐわしいパンの香りが漂っている寮内の食堂には、いつも見慣れた姿が見当たらなかった。

 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は何度も食堂の中を見回したが、やはり見当たらなかった。ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)もそれは同じようで、互いに視線が交わると小首をかしげていた。

「体調が悪いのかもしれません、後でお見舞いに行こうと思うのですがいかがですか?」
「はい、一緒にいかせてくださいっ! ルーノおねえちゃん、なんでもないといいなぁ……」

 空いた席に腰掛け、焼きたてのパンをほおばって手早く食事を済ませると、ルーノ・アレエの部屋へ向かう途中にある校長室の扉が開かれた。高原瀬蓮(たかはら・せれん)は制服のすそが翻るのもためらわずに、パートナーのアイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)と共に矢のように飛び出してきたのだ。高原瀬蓮はヴァーナー・ヴォネガットたちを見つけると、すぐにその手をとった。

「大変です! ルーノさんがいなくなってしまいました!」
「え!? ルーノおねえちゃんが?」
「まだ情報が足りない、かな……むやみに探しにいく前に、今一度調べさせてもらえない? カメラを管理しているところとか」

 後に続いて校長室から出てきたのは、石のように押し黙ったままのアシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)と、高原瀬蓮に質問を投げかけているのは彼女のパートナー御陰 繭螺(みかげ・まゆら)だ。友人がいるとかで時折に百合園に遊びに来るので、顔は覚えていた。
 高原瀬蓮が頷いて、アシャンテ・グルームエッジを案内し始めたのを見て、ロザリンド・セリナたちはルーノ・アレエへの部屋へと急いだ。道中、ヴァーナー・ヴォネガットはある人物へと電話した。
 朝食の時間に、親友が部屋から出てきていないことをメールした、愛しい人に。

 そのころ、ルーノ・アレエの部屋をクラスメートのフィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)シェリス・クローネ(しぇりす・くろーね)が調べていた。

 クローゼットは荒らされた様子もなく、簡素な部屋はいろんな友人からの贈り物が丁寧に置かれていた。机の上に残っていた手紙は、ルーノ・アレエ様宛とだけ書かれている封を開けられた封筒と、残された便箋。

《兵器と姫の命は等価か?》

 そう書かれていた。

「兵器とは、やはりルーノさんのことなのでしょうか……」
「だろうな……確証に至るにはまだ情報が足りぬ……ふむ、上着を持って行ってはおらぬが、宿題は完了しておる。昨日の夜には食堂で逢ったしのぅ」
「やはり、朝一番で出て行ったと考えるのがいいのでしょうか……」
「いや、多分夜だな」

 緋桜 ケイ(ひおう・けい)は着慣れているメイド服のすそを正しながら、寝室の扉に背中を預けて声をかけた。フィル・アルジェントが驚きから少し小さな悲鳴を上げたが、部屋の入り口からヴァーナー・ヴォネガットとロザリンド・セリナが顔をのぞかせたのをみて、彼女達が呼んだのだとすぐに理解した。見た目が愛らしい少女だからか、すっかり百合園に忍び込むのがうまくなった様子だった。
 悠久ノ カナタ(とわの・かなた)は寝室の扉を開けて、着物のすそから細い指を出しながら皆にもよく見えるように示した。

「床についた様子はない。シェリスが言うとおりだとするならば、宿題を終え、食事を終えた後、朝までの間に届いた手紙を見て、夜のうちに外へと出たのだろう。寝室の窓が開いているところを考えると、ここから外へと出たのかも知れぬ」
「消印はどうなってますか?」
「……消印は、ありませんね。このような不審な手紙を、学生に渡すとは思えないのですが……」

 ヴァーナー・ヴォネガットの問いかけに、すぐさま空の封筒を手に取ったロザリンド・セリナは唸るようにして顎に手を添えた。部屋に、新たな人物が入ってくる。先ほど校長室でであったアシャンテ・グルームエッジと御陰 繭螺だ。

「学内の監視カメラを見たんだけど、怪しい人はいなかったの。生徒さんたちの姿だけで、システム管理者も全員生徒ないしは教員だっていってたの」
「それじゃ、この手紙は……内部に犯人がいるってこと?」
「そんなに難しく考えなくっても平気そうだぜ?」

 話し合っているところに割って入ったのは、ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)だ。乳白金のポニーテールをたなびかせながら、フィル・アルジェントの手に真っ赤なハートのシールを差し出した。

「これは?」
「扉のところに落ちてた。もしかして、その封筒にはってあったんじゃないか?」

 フィル・アルジェントはああ! と声を上げて封筒の裏をみた。シールの痕が、確かに一致する。

「そうですよ。ラブレターなら消印がなくったって、差出人不明だって、渡してくれます」
「現に、渡したのが私なのよ。ああ、私から出したんじゃなくって、校門に落ちていたのを拾って、ルーノさんに渡したのよ」

 さらに顔を出したのは、伏見 明子(ふしみ・めいこ)だった。若干不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、その後ろにはレロシャン・カプティアティが英国の名探偵を模した帽子と、虫眼鏡を持って涙ながらにしがみつていた。

「手伝いたいのは山々なんだけど、こっちも妙な事件が起こったのよ」
「ネノノ〜、ネノノがぁ……」
「ルーノさん! 幽霊列車を見に……あれ、皆さん何してるんですか?」

 元気よく駆け込んできたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は心底不思議そうに、集まっている仲間達を見つめていた。

「……整理しよう」

 アシャンテ・グルームエッジが小さな声で呟いたのを聞いて、全員一斉に頷いた。そのとき、ロザリンド・セリナのポケットの中にある携帯電話が鳴った。表示されているのは、よく知る友人の名前だ。

「エレンさん? 今ルーノさんが大変なことに……え? すみません、探偵ごっこは叉後日お付き合いさせていただきますね」





「わかりました……こちらで協力できそうなことがあれば、すぐに連絡いたしますわ、可能ならマメに連絡していただけます?」

 返事を聞いてから、神倶槌 エレンは電話を切ると、桐生 円が不思議そうな顔を向けているのに気がつく。小首を貸し怪我ペンギンの気ぐるみの魅力が、さらに倍増していた。

「ロザリンドくん、こられないのか?」
「ルーノさんが大変らしいんですの」
「うむ、可能なら手伝ってやりたいが、今日はもう探偵ごっこと決めてしまったしなぁ」
「私達で何かわかることがあったら、すぐに連絡すると伝えました。情報だけでも役に立てると思いますわ」

 ペンギンに向かいそういうと白髪に褐色の肌をした大和撫子は、またほわわんとした顔で桐生 円の頭をなでなでしていた。