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リアクション
第5章 雪に咲く花
「はい、ではこれから雪灯篭を作りま〜す」
「「「はぁ〜い!」」」
雪像近くでは講師コトノハ先生による、雪灯篭作りの講義が始まっていた。
元気良く手を上げるちびっこ三人に優しく頷き。
「先ず、バケツに雪を入れてしっかり踏み固めるの」
コトノハは実際にやりながら説明していく。
「バケツをひっくり返して土台を作るんだけど……重ければ声をかけてね」
「てか、そういう時はお兄さん達に頼れ」
「……だな」
ここぞとばかりにアピールする壮太と誠治に、ミミがこっそりと笑む。
「そうしたら、これを使って適当な大きさの穴を掘るの」
ミニスコップを手渡すと、夜魅も遊雲もおっかなびっくり雪の塊をつつき始めた。
「最後に穴の中にこれを設置すれば完成よ」
取りだされた色とりどりのキャンドルに、またまたちびっこ達の目が輝き、俄然やる気を出したのだった。
屋上のルシオンの指示により、既に大体の位置に旗が立てられている。
後は、この場所にその数の雪灯篭を作るだけだった……もっとも、それが大変なのだが。
「りっかちゃん?、以外の精霊も見えるの?」
その作業の中、コトノハに問われ夜魅は小首を傾げた。
「ん〜、分かんない。でも、いるならお友達になりたいな」
「そうね、その時は私にも紹介してね」
「うん!」
「春になれば桜の精霊も現れるのかな?」
「さくら、ってなぁに?」
「薄いピンク色をした花よ。そうね、もう少し暖かくなったら、見せて上げる」
「うんっ!」
大きく頷く夜魅の髪を、コトノハはそっと優しく撫でたのだった。
「うん、まあこんな感じかな。今頃、虹七ちゃんや夜魅ちゃんは楽しめていると良いんだけど……って、あれ?」
サンタのトナカイ・スズちゃんの協力も得て、花壇の雪をどけていたアリア・セレスティは花壇に向かってくる一団に目を瞬かせた。
「さっ、こっちこっち!」
校庭も一段落、お楽しみは後に取っておいて、と小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)やベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)、蓮見 朱里(はすみ・しゅり)とアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)が夜魅や雛子を引っ張って来たのだ。
「あ〜、やっぱこっちはまだ残ってたね」
美羽はかじかんだ夜魅の手に手袋をはめると、恥ずかしそうに誘った。
「疲れない程度でいいから一緒にやろ?」
おそろいの手袋をはめて、スコップで花壇の雪を丁寧に取り除く。
見かわす目と目は穏やかで少し、くすぐったい。
「みんなここから始まったんだよね」
そんな美羽と夜魅を見つめるアリアの呟きが、感慨深かった。
「うん、そうだね。みんなここから始まったんだ」
花壇を攻撃してきた夜魅と、花壇を守ろうとしていた美羽と。
あの時はこんな風に肩を並べて、花壇をキレイにする日が来るなんて、予想もしていなかった。
「予想外の嬉しさですね」
まるで心情を読んだようなベアトリーチェの優しい声が、少しだけ恥ずかしくて嬉しかった。
「そうだよね、たくさんたくさん迷惑かけちゃっ……」
「ストップ! それはもうチャラにしたでしょ?」
強い口調で遮る美羽の目はとても優しい。
「それにそう、悪い事ばかりじゃなかったよ」
そして、朱里がふっと口元をほころばせた。
「あの時はいろいろあったけど、でもおかげで私たち、お互いの本当の気持ちに気付くことが出来た。だから、夜魅には感謝しているよ」
無意識に見つめ合う朱里とアイン。
はいはいご馳走様、と苦笑した美羽の目がキランと光った。
「そういえばぁアカリン、『あの時』結構大胆なコトしたんだってねぇ?」
「えっ……はわわっ!? うっううん、そんな大胆な事なんてしてな……くもない、かも……」
初めて触れたアインの唇の感触と……そういえば確かに後で思い返すと恥ずかしくて仕方ない事を口走った憶えもあって。
「でもでもっ、あれは非常事態で……って言っても、出まかせとかウソじゃなくて……」
急激に沸騰する体温、赤く染まった頬に雪を押しつける朱里。
美羽は標的を切り替えた。
「で、実際どうだったの? その、ファーストキスの感想は?」
「ええ、それは重要な事項です」
興味津津、美羽とベアトリーチェに詰め寄られて困ったのはアインである。
とはいえそこはアイン、つい真面目に答えようとし。
「それは、その……とても柔らか……くて……暖かかく……それに……不安になる僕に……勇気をくれ……て……」
それでも、そこまでが限界だった。
プシュぅぅぅぅぅぅ。
真っ赤な顔から湯気を上げたアインは、バタンとそのまま後ろの雪に倒れたのだった。
「きゃあ、アイン!」
一瞬で我に返り、慌ててアインの頭を抱え込む朱里。
雪の冷たさよりも柔らかさを感じながら、愛しい人の髪をそっと撫でる。
そうすると温かいもので気持ちがいっぱいになって、不思議と心は落ち着いて。
朱里は夜魅に優しい優しい笑みを浮かべた。
「春になったら、桜とか、色んな花が咲くんだよ。夏の海、秋の紅葉、まだまだこの世界には素敵なものがたくさんあるから、それら全部を、夜魅に見せたいな」
「うん、そうだね。ここもね、春になったらきれいな花がいっぱい咲くよ。そしたら一緒に見にこようね」
美羽はそうして、「約束」とばかりに夜魅と指きりをしたのだった。
『・・て誰・・を・・して……』
「……みんなここから始まった、のですよね」
「雛子ちゃん?」
ただその中、雛子の表情が浮かない事に、アリアは気付いた。
「夜魅ちゃんの声を聞いて花壇を作って、それでウサギさんや虫から守って、それで……」
知らず胸元を抑え、口を噤む雛子。
「夜魅ちゃんを助けて、災厄は扉の向こうに封印して、全部終わって……なのに」
何故今も……今になって『声』が聞こえるのだろう?
そして、暫く前からの懸念。
「私はここに花壇を作って、本当に良かったのでしょうか?」
雪が積もっている……のはともかく、こんな冬だというのに、花の咲き乱れた花壇。
それは異常ではないか、封印の要として、花達に無理を強いているのではないか、それを雛子は気にしていた。
(「陸斗殿、今です!」)
「えっええっ?!」
黎に小突かれ、陸斗が素っ頓狂な声を上げてしまう。
(「何やら落ち込んでいる雛子殿を今こそ、励ますのですよ、そう男らしく!」)
幸い、義彦はまだ雛子の様子に気付いていない。
今が、チャ〜ンス!
後ろから蹴飛ばされ、遂に陸斗も心を決めたらしい。
「ヒナ、あのな。気になる事とか色々あるだろうけど……その、ヒナは俺が守るから」
言えたのは、それだけ。
安心しろとか云々はごにょごにょ程度にしか聞こえなかった、けれど。
「……ありがとう、陸斗君」
雛子はいつものように微笑んでくれたから。
(「やった! かつてないくらい、いい感じじゃないか?!」)
(「及第点といったところですよ、陸斗殿」)
こそこそ健闘をたたえ合う陸斗と黎。
「そうよ。それに私、園芸部に入ろうと思ってるんだから。ここに花壇がないと困るの」
「アリアさん……はい、これからも頑張って花壇のお世話しましょうね」
アリアと雛子はしっかりと手を繋ぎ。
気付いた義彦が目にしたのはこの、嬉しそうな笑顔だった。
「……雛子」
そうして暫し、見惚れていた義彦は意を決した風に告げた。
「今度、剣の大会だか試合だかがあるらしいんだが……もし優勝したら付き合ってくれないか?」
空気が固まる。
少なくとも陸斗と黎は完全に硬直した。
大して雛子は、真剣な眼差しの義彦に、考えた。
(「そういえば義彦さんは蒼空学園に来たばかりなのでした。お買い物とか必要な物がたくさんありますよね」)
という事で結論。
「良いですよ。どこにでも付き合います」
「……ぐぁっ?!」
崩れ落ちる陸斗を黎が支える。
「でも義彦さん。アリアさんとか理沙さんとか可愛い人はたくさんいますのに、私でいいのですか?」
気付かぬ雛子はごくごく素朴な疑問を口にし。
「ああ、雛子の事、好きだから」
こちらもごくごく自然に、サラリと爽やかな笑顔つきで返した。
幸か不幸かあまりに爽やかだったから、雛子はそれをイコール恋愛とは思い至らなかったらしい。
「ありがとうございます」
社交辞令とか友達の好きとかそういう意味で捉えた、捉えていてくれ!、とは陸斗の心の叫び。
だが、そこに。
「あ……でも私、男の人から好きって言われたの初めてなので、嬉しいです」
雛子は必殺の一撃を放った。
陸斗はトドメを刺された。
「……ぐはっ」
「ああっ陸斗殿、しっかり! 傷は浅い……かもしれない!?」
陸斗を助け起こす黎、アリアや美羽や朱里……事の次第を見ちゃった者達は一様に空を仰いだという。
その中で、一人異なる見解を持っていたのは、ウィスタリアだ。
「それにしても……陸斗くんと雛子さんは、本当にいつ見ても初々しくてらっしゃいますね。見ていても微笑ましく、応援したくなってきます」
心配で様子を見に来たウィスタリアは、そんな風にほのぼのと微笑んだ。
というか寧ろ心配なのは自分のパートナーである。
朱華を思い浮かべ、小さく吐息をもらす。
「朱華にもいつかあんな風に好きな人が出来るんでしょうかねぇ……」
吐息は誰の耳に届く事無く、木枯らしにさらわれ。
代わりに空気を震わせたのは。
「やい、勝負しやがれ!」
義彦に向けられたそんな怒声だった。
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