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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第3回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第3回/全3回)

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第6章 月に群雲、華に風・前編



 襲来したセイニィは、瞬く間に足止めに向かったヨサーク側の生徒を薙ぎ払った。
 ただでさえ驚異的な戦闘力の彼女であるのに、どうやら彼女に協力する人間がヨサーク側から出たらしい。セイニィの背後でヨサーク達に武器を振るっている。そして、フリューネを見つけると、セイニィは空へ舞い上がった。
「大人しく怪我でも治してれば良かったのに。どうして空峡の連中は死に急ぐのかしらね?」
 くるくると回転しながら滑空すると、セイニィは両手の爪型光条兵器【グレートキャッツ】を振り下ろした。キィンと耳に障る音が周囲に響く。防御の構えを取っていたフリューネは、ハルバードの柄でその一撃を止めた。
「十二星華のセイニィ……、ユーフォリアは絶対に渡さないわ!」
「女王の血を持たないあんたが、持っててもどうせ無駄なものよ。そんなに女王器が欲しいの?」
「女王器……、そうか、それでユーフォリアを狙っているのね」
 ハルバードとグレートキャッツが、拮抗する中、セイニィはもう片方の爪を構えた。
「そこまでです。フリューネさんから離れなさい」
 彼女の挙動を察知したアルゲオ・メルムが急接近する。ヴァルキリーの翼を大きく広げて、バーストダッシュで一気に距離を縮めた。腰だめに構えたライトブレードを返し、背後からセイニィに斬り掛かる。
 フリューネとアルゲオに挟まれつつも、セイニィは動じる事はなかった。
 太刀筋を見極めると、紙一重で直撃を回避。同時に先ほど構えた爪で、アルゲオの胸を斬り上げた。
 上方で戦況を見渡していたイーオン・アルカヌムは、思わず彼女の名を呼んだ。しかし、アルゲオは自分の胸から上がる飛沫をぼんやりと眺めつつ、気を失い雲海へと飲み込まれていった。
「……散れ、セイニィ!」
 イーオンは目に静かに怒りを浮かべると、雷術を用いて無数の稲妻を発生させ、それを矢のようにして飛ばした。
「後退しろ、フリューネ。奴に接近戦を仕掛けるな。そう容易く倒せる相手ではない」
 セイニィは雷の矢を避け、再び高く飛び上がった。イーオンはなるべく広範囲に矢を放ち、フリューネとセイニィを引き離そうとする。冷静な彼は既に判断していた、おそらく自分の攻撃が決定打になることはないだろう、と。アルゲオを沈めたのは許しがたい行為であるが、今はフリューネや仲間の援護に力を注ごうと決めている。

 イーオンの行動を後押しするかのように、そこへ機関銃から発射されたゴム弾が無数に撃ち込まれた。
「おい、俺に捕まる前に他の奴に倒されそうになってるんじゃねぇよ、お前を倒すのは俺だろうが」
 佐野亮司と向山綾乃を乗せたサンタのトナカイが、フリューネの前に滑り込んできた。フリューネを襲撃する機会を狙っていた彼だったが、セイニィに襲われたフリューネに見かね、思わずここに飛び出してきたのだ。
「今日はゴム弾しか持ってきてないからダメージはあんまり期待するなよ、少し時間稼ぐからその間に体制整えろ」
 亮司はフリューネに一瞥もくれず、ソリの上に設置した機関銃を、セイニィに向けている。
「……私を助けるなんてどういう風の吹き回しなのよ?」
「うるせぇな。そんな事言ってる場合じゃねぇだろ。ほら、とっとと仲間を集めて守りを固めとけ」
 フリューネが訝しむと、亮司は小さく舌打ちをした。乱暴な口調だが、言葉に嘘はなさそうだ。
「……ひとつ、貸しが出来たわね」
 フリューネが後退を始めると、セイニィは再び跳躍し、凄まじい速度で距離を縮めてきた。降り注ぐ銃弾を軽やかにかわしながら、次から次に、フリューネ、ヨサーク両部隊の飛空艇の上を飛び渡り、亮司の元へ向かってくる。
「出来れば光条兵器はフリューネと戦う時まで見せたくなかったが、そんなこと言ってる場合じゃないか」
 傍らに立つ綾乃の胸に手を当てると、光条兵器の鎖鎌を取り出した。
 壇ノ浦の戦いを思わせる見事な八艘飛びを繰り出すセイニィに、亮司は鎖分銅を振り回し投げつける。空を切って襲いかかる分銅を、彼女はちらりと一瞥してかわす。なおも分銅は弧を描き襲いかかるが、正面から彼女を捉える事は難しい。
「そんなもので、あたしを止められると思ってるの?」
 冷たく見据えるセイニィは、今や眼前まで迫っていた。
 頭上から襲撃する彼女を迎え撃つ。亮司は鎌を胸の前で構えると、タイミングを合わせて一閃する。だが、彼女は上半身を捻ると、空中で一回転しタイミングをずらす。それから、隙の生まれた亮司の胸を、左右の爪撃で引き裂いた。
「ぐ、ああ……、ち、ちくしょう……!」
 血飛沫を上げて倒れる亮司、綾乃は慌てて駆け寄り抱き起こした。
「亮司さん、しっかりして下さい! 今、ヒールをかけますから……!」
「て、手当を頼む……! 俺はまだ終わっちゃいない……!」
 それでもなお戦意を失わない彼だったが、セイニィは興味を失った様子である。次の獲物を求めて飛び立った。


 ◇◇◇


「出力低下、これまでみたいね……」
 火の手をあげる飛空艇を破棄し、モニカ・アインハルトはパラシュートを掴んで飛び降りた。
 残された飛空艇の上には、セイニィが悠然と立っている。飛空艇に付けられた五本の爪痕が、彼女が何を行ったのか物語ってくれるだろう。セイニィはゆっくりと沈みゆく船から、上空を飛ぶフリューネと仲間たちを捉えた。
 相棒の脱落に動揺した出雲竜牙だが、フリューネを守らねばと気を引き締めた。
 眼下を移動するセイニィを殺気看破で感知、軽身功とバーストダッシュを組み合わせ、一気に駆け抜ける。フリューネに迫るセイニィを発見すると、先の先を取って間に割って入った。振り上げられたセイニィの鋭爪は、竜牙の肩に深々と突き刺さる、唐突に発生した目の前の惨状に、フリューネは思わず竜牙の名を叫んだ。
「し……、心配すんなって。これぐらい……、大将護るのに、命張らないでどーすんだよ」
「次から次へとうっとおしいわね。そんなに焦らなくても、向かってくる奴はみんな始末してあげるわよ」
 セイニィは目を細めると、爪に力を込めた。
 尋常ならざる痛みが走り抜けるが、心頭滅却とエンデュアで痛みをこらえる。そして、彼女の細腕をドラゴンアーツの怪力で掴んだ。刺されてもただで終わるつもりは無い。空いた拳でセイニィに殴り掛かった。
「男の子にはプライドってのがあるんだよ。例え建前でも、一度護ると決めたものは死ぬ気で護り通す!」
 セイニィは一瞬怯んだが、空いた腕で防御する。拳に装着した盛夏の骨気が熱を上ているいため、防御した彼女のグレートキャッツから煙が上がった。やはり彼女は防御が得意ではないらしく、攻撃を受けるとすぐに体勢が乱れた。
「どうだ、セイニィ。おまえも殴られる痛みがわかったか」
「それで勝ったつもりなんて……、おめでたい奴ね」
 そう言うと、セイニィはおもむろに身体を捻り、自らの身体を空にさらした。竜牙は空飛ぶ箒に乗っている、そして片腕をセイニィの拘束に使用し、もう片方の手で殴っている。となると、彼の身体は箒を挟む足だけで支えられているのだ。セイニィが変な方向に体重をかけると、箒は大きく傾いた。
 その瞬間、セイニィは心臓目がけて爪を突き立てた。竜牙の意識が遠のき、掴んでいた手が緩む。
「く、くそ……っ! ま、待て、決着はついてねーぞ!」
 するりと抜け出したセイニィは、箒を蹴り上げてまた高く跳躍する。ふらふらする箒をなんとか制御し、竜牙は絞り出すように声を出した。貫かれた胸から、デジカメが落っこちた。前回の教訓からデジカメを、胸に忍ばせていたのだが、それが命を救ったようである。先ほどの一撃はわずかに心臓を外していたのだ。重傷には違いないが……。

「……こっちに来る。ルーナ、サポートは頼むぞ」
 高村朗(たかむら・あきら)は上空でセイニィを待ち受けた。
 パートナーのルーナ・ウォレス(るーな・うぉれす)が寄り添い、彼にパワーブレスを施し、武運を祈る。彼もまた竜牙と同様に捨て身で挑む覚悟だ。竜牙の戦いぶりを見ていた彼は、セイニィの攻撃のタイミングをはかっていた。竜牙は破れてしまったが、自分には回復魔法の使えるルーナがいる、ある程度までなら攻撃に耐えられるはずだ。
 とその時、ルーナの飛空艇に飛び乗る影があった。
「誰かと思ったら、なんだ、この間の雑魚じゃない」
 飛び乗ったのはもちろんセイニィである。彼女はルーナには気にも留めず、緊張した面持ちの朗を見据えた。
「一週間前の俺だと思うなよ。この間は不覚をとったけど、今度はそうはいかないぜ!」
 グレートソードをゆっくりと構え、ルーナにセイニィから離れるよう目で合図を送る。
 セイニィの恐ろしさは超反応によるカウンターだと、朗は考えていた。前回の戦いで、多くの手練がカウンターの前に敗北したと聞いている。思えば、彼女の攻撃の多くはカウンター気味に繰り出されている。
 ならば、あえてカウンターを打たせるまで。もっとも危険な正面対決に、彼は活路を見出そうとしている。
「ほんと馬鹿ばっかりね。向かってこなけりゃ、長生き出来たのに」
 後の先を取る構えで、朗は斬撃を浴びせる。想定通り、その攻撃は軽くかわされ、セイニィは反撃で朗の脇腹を切り裂いた。朗はまず攻撃が急所に届かないよう注意し、そして、セイニィを羽交い締めにしようと距離を詰めた。
 出来れば傷つけずに戦いを終わらせたい、そんな想いが彼にはあったのだ。
「あんたに恨みはない。こんな戦いはもうやめるんだ……!」
 セイニィに腕を取ろうと手を伸ばす。しかし、彼の手はなにものも掴む事なく、空を切った。あんな戦闘の後である、基本的に掴まれるなどの攻撃は、スピードで戦う彼女の得意分野ではない。先ほどは不意を突かれて攻撃を許したが、二度も同じ手を食らうつもりはない。彼女は身体大きく捻ると、遠心力を使って、朗のあごに回し蹴り食らわせた。
 飛空艇から投げ出された朗は、谷底に吸い込まれるように落ちていった。
「大きな事言ってたけど……、なんだやっぱり雑魚じゃないの」
「……違います。朗さんはあなたを傷つけたくなくて、だからあんな戦い方をしたんです」
 セイニィに怯えつつも、ルーナは毅然とした態度で、朗のために言った。
「そんなのただの言い訳でしょ? さっさとあの雑魚を助けにいってあげれば?」
 ふんと鼻を鳴らして、セイニィは月へ向かって跳躍した。ルーナはそれ見計らい、朗の救助に向かったのだった。


 ◇◇◇


 フリューネはハルバードを構えて、迎撃の構えをとった。
 竜牙と朗を蹴散らして、セイニィはその驚異を周囲に焼き付けている。もはやフリューネを狙いから外し、他の生徒に襲撃をかけている。彼らも応戦しているが、華麗に八艘飛びを繰り返す彼女が相手では、そう長くは持たないだろう。
「この間言ったでしょう、あの女の相手は俺がすると。君はユーフォリアに集中してください」
 臨戦態勢フリューネの前に、樹月刀真(きづき・とうま)が立った。
 何か言おうとするフリューネを制し、彼は言葉を続けた。
「自分の在り方は誰にも認められずに終わると俺は思っていました。君に信念と認められたのは嬉しかったんです。だから樹月刀真は、フリューネ・ロスヴァイセの信念の為に力を貸します、そうすると決めました」
「……わかった。でも、決して無理はしないで。相手はただ者ではないわ」
「負けるために行くわけでありませんよ。俺はあくまで勝つつもりですから……」
 夜明けは近い。ユーフォリアも時期ここを通過するはずである。フリューネは風上を目指し駆け抜けた。
 刀真が振り返ると、パートナーの玉藻前(たまもの・まえ)がセイニィの足止めをしていた。
「我が一尾より煉獄がいずる!」
 玉藻の九尾の一つが炎に変わる。炎尾は長く伸び上がり、そして渦を描くように周囲へ展開していく。やがて、そのファイアーストームは、玉藻とセイニィを中心に据え、球状を維持して静止した。時折吹き抜ける突風があるため、維持するのは困難を極めたが、玉藻は全魔力を集中し空間を保つ事に全力を注いだ。
「なんのつもりか知らないけど……、それで自分の身が守れるのかしら?」
 何を企んでいるかは知らないが、玉藻が何かするよりも先に、その首を切り裂く自信がセイニィにはあった。
 だがその時だ。球の下から炎を突き破り一機の飛空艇が急上昇してきた。操縦しているのは刀真である。彼は二人のそばを凄まじい速度で通り抜け、玉藻を抱きかかえてかっさらって行った。入れ替わるようにして、刀真のもう一人のパートナーである漆髪月夜(うるしがみ・つくよ)が、セイニィの前に降り立った。

 刀真たちは、セイニィの弱点を『目』だと判断し行動している。
 彼女は視力や動体視力が異常に良く、それに依存しているのだろうと考えた。だからこそ、見通しの良い晴れの日にしか活動せず、顔に牛乳が掛かって視界が塞がれたら相手を追えず、視認できない奈落の鉄鎖に動揺するのではないか、と。
「ここで決着をつけさせてもらうわ、セイニィ……!」
 月夜は着地するや否や、ハンドガンを突きつけた。着地したポイントがずれ、銃口があさっての方向を向いてしまっていた。月夜は焦って光術を放つべく、空いた手に魔力を収束し始めた。と、ここまでがフェイントである。光術に注意を引きつけた所で発砲し、銃声で相手の三半規管を揺らし隙を作る。そこに光術の目つぶしをするつもりだった。
 弱点を『目』と捉えたのは間違いではない。
 彼女の優れた反応速度は、超人的な五感による所が大きい。それゆえ、月夜の行動はハンドガンを構えた時点で、セイニィに捕捉されていた。左手には銃、右手には光術、どちらも危険である。そのため、セイニィはどちらかに気を取られると言う事がなかった。彼女はどちらも排除しなくてはならないと考えたのだ。
 まず銃を爪撃でバラバラに弾き飛ばし、続けざまに胴回し蹴りで月夜を吹き飛ばす。
「月夜! 玉藻、炎を速く解除して……」
 刀真が言い終えるより先に玉藻は術を解除した。
 そして、すぐさま飛空艇から飛び降りる。ブラックコートで気配を消し、頭上からソニックブレードを叩き込む。大気を切り裂かれる音に気が付き、セイニィはさっと後方にステップした。彼女の鼻先に降り注いだ斬撃が、小さな飛空艇を左右に大きく揺さぶった。その隙に着地を決めた刀真は、ふらふらと倒れる月夜を抱きかかえた。
「ご、ごめん……、私失敗しちゃって……」
「話は後にしましょう。まずはあの野良猫を成敗してからです……!」
 そう言うと、刀真はコートをセイニィに向けて脱ぎ捨て視界を塞ぐ。そして、光条兵器の『黒の剣』を、月夜の胸元から居合いの様に抜き放った。乱撃ソニックブレードを間髪入れずに叩き込んだ。
 しかし、千切れ飛んだコートの先に、セイニィの姿はなかった。彼女は持ち前の俊敏さで素早く跳躍して、嵐のような斬撃をかわしたのだった。視界は塞がれても、空を裂く音までは防げない。そのまま急降下して、回転切りを繰り出した。
 咄嗟に刀真は月夜を抱きしめるようにして庇い、回転切りは全て彼の背中に叩き込まれた。
「と……、刀真!」
 もたれかかる彼を、月夜は抱きしめた。背中に回した彼女の手に、べっとりと血がついた。刀真は「うう……」と呻きを漏らして、その場に崩れ落ちた。上空にいた玉藻も慌てて降下してくる。
 必死な月夜の様子に目を細めると、トドメは刺さずにセイニィは、また別の飛空艇に飛んでいった。


 ◇◇◇


 怯える生徒の飛空艇を踏みつけ、セイニィもまた北上を始めた。
 そんな彼女に勇気ある若者が声をかけた。彼の名は風祭隼人(かざまつり・はやと)。前回、この恐るべきセイニィにナンパを仕掛けた、ある意味勇者である。破壊を続けるセイニィに対しても、彼は笑顔を忘れなかった。
「よお、久しぶりだな。今度の週末は空いてるか、映画のただ券があるんだが、一緒にどうだ?」
「……はあ? なんであたしがあんたのために週末を空けなきゃなんないのよ?」
 なんだこいつ、と言う目でセイニィは横目で見た。
 そして、彼女は隼人の胸元に、ルミーナの激レアフィギュアを発見した。
「いや、悪いがこれはやれねーぞ。さっきこの風の中で見つけたもんだからな」
 隼人が懐に隠すと、セイニィは「別にいらないし……」と小声で呟いた。
「なあ、ちょっと聞いてもいいか。どうして、ユーフォリアを求めてるんだ?」
「ティセラが欲しいって言うから……」
 隼人は怪訝な顔をした。彼の記憶が正しければ、ティセラと言うのはシリウスを襲撃した十二星華の名であった。噂によれば、彼女も女王の座を狙ってると聞く。セイニィは自分のためではなく、ティセラのために動いてるのだろうか。
「……おまえは知らないかもしれないが、ユーフォリアは元々はフリューネのご先祖様なんだ。フリューネはご先祖を守るために動いてる。彼女のために諦めてもらえないか。俺はあまり争いたくはないんだ」
 そう言う隼人だったが「先祖? だから何よ」とセイニィは取りつくしまもなかった。
 隼人はセイニィに悪い感情は抱いてなかった。彼女は基本的に『最初は話し合いで解決しようとはする』し『空賊(犯罪者)は殺害しても、生徒は見逃す』だから、彼には彼女が本当に悪人だとは思えなかったのだ。
「どうしても諦めてはくれないのか……?」
 戦いたくはない。けれど、彼女を止めるには戦うしかなさそうだ。
 覚悟を決めた彼は懐に忍ばせた携帯のボタンを押し、相棒のソルラン・エースロード(そるらん・えーすろーど)に合図を送った。少し離れた所に待機していたソルランは、携帯が振動したのを見て、緊張に震えた。
 そして、大声を上げてセイニィに呼びかけた。
「せ……、セイニィさん! あなたの探してるユーフォリアはここですよ!」
 ソルランは飛空艇の後部に積んだ偽ユーフォリア像を見せびらかした。フリューネになんとなく外見を聞いて(もっとも彼女も、美しく凛々しい象ぐらいの知識しかなかったが)小人の小鞄の小人と一緒に徹夜で作ったものだ。
 これをエサにセイニィを雷雲の谷かもちち雲の谷へ、おびき寄せる計画である。
 しかし、彼女も馬鹿ではない。
 そもそもユーフォリアを求めて、皆が争ってると言うのに、なんでここにユーフォリアがあるのかと。それが本物なら、フリューネやヨサークから、ソルランは追われてるハズである。そうではないと言う事はつまり……。
「そういう低次元の遊びは、あたしのいないところでやってくれるかな……」
 セイニィはしらけた目で言うと、二人を置いて行ってしまった。
 上空からセイニィの分析を行おうとしていた隼人のもう一人のパートナー、ホウ統士元は、ポリポリと頭を掻いた。セイニィの戦闘スタイルの性質上から単純に『雨(水)で体(衣服)が重くなると反応速度と実際の動きにズレが出る?』とか『視界が悪い状況に不安がある?』など、様々なケースを想定した彼は、雷雲の谷かもちち雲の谷でデータを集めたかったのだが、そうそう上手く事は運ばなかった。
「まあ……、そもそも三つの谷が結構離れてるのが誤算でしたね……」
 しかし、何かデータは集めておきたいと思った彼は、メモ帳に何かを書き始めた。
「ウィークエンドのセイニィはなんだか忙しそうだ……と」