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うそ

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うそ

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    ★    ★    ★
 
「ふっ、追い詰めたぜ、鷽。とりゃあ」
 七尾 蒼也(ななお・そうや)は、一気に鷽に飛びかかった。
「うしょおぉぉぉぉ」
「やった、ついに鷽を捕まえたぞ」
 両手でニワトリ大の鷽を押さえ込んで、七尾蒼也は歓声をあげた。
「よし、後で生物部の部会で、フリードリッヒや祐太たちに見せびらかしに行ってやるぜ。それにしても、この晴れ姿を行方不明の父さんにも見せてやりたかったなあ」
「ちゃんと見ているぞ、息子よ」
 何気ない七尾蒼也のつぶやきに、突然渋い声が答えた。
「まさか、父さん!?」
 驚いて、七尾蒼也は声の方を振り返った。
 そこには、漆黒のローブを頭からすっぽりと被った男が静かに立っていた。
「本当に父さんなのか?」
 顔の見えない人物にむかって、七尾蒼也は訊ねた。なにしろ、父さんが行方不明になったのはずいぶんと前のことだ。まだ幼かった七尾蒼也にとって、記憶も曖昧である。だが、まさか、ここパラミタで父さんの消息が分かるだなんて、あまりに意外だった。いったい、いつパラミタに上ってきたのだろう。いや、それよりも、この居住まいから感じる違和感はなんなのだ。
「声だけでは納得できんか」
 男が、すっとフードを外した。少しやつれてはいるが、静閑な男の顔が現れる。
 だが……。
「その制服は……」
 七尾蒼也は、男が漆黒のローブの下に着ている鏖殺寺院の制服を見て絶句した。
「ほう、分かるのか。ならば話は早い。蒼也よ、私とともに来い。そうすれば、すみれも喜ぶ」
「うっ」
 最愛の妹の名を出されて、七尾蒼也の心がぐらついた。
「父さんは、俺に鏖殺寺院に入れと言っているのか!」
「そうは聞こえぬのか?」
 逆に、男が聞き返した。
「だって、鏖殺寺院が何をしているのか分かって……」
「分かっているとも。崇高な理念の実現だ。それはバラミタの意志その物でもある。それに賛同するからこそ、パラミタその物と真に一体となるために、私は鏖殺寺院に入ったのだ。今では、一宗派を任されるほどになっている。どうだ、お前も来い、私たちで、パラミタをあるべき姿に戻そうではないか」
 ゆっくりとした口調と狂気を持って、男が七尾蒼也に近づいてくる。その一歩一歩で視界を占めていく姿に、七尾蒼也は動けずにいた。
「じゃあ、なぜ俺たちを残して……」
「簡単なことだろう。愛するお前たちを守るためだよ。女王をあがめる者たちが何をしてくれた? 鏖殺寺院の者を誅殺と称して排除しただけであろう。そんな者たちからお前たち兄妹を守るには、私が姿を消すしかなかったんだよ」
 額がくっつくほど近くに迫り、男が説いた。
「だから、私と来い。蒼也……」
「おれは……」
 七尾蒼也は、乾いた唇から言葉を紡ぎ出そうとした。
「はーい、そこまでです!」
 ぐしゃっ!
「撲殺天使直伝、必殺、破邪のヘキサハンマー乱れ撃ちー」
 どんどこどんどこどんどこどんどこ!!
 ひらひらとしたスカートを振り乱しながら、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が血飛沫をあげて男を後ろから叩きのめした。
「と、父さ〜ん!!」
 思わず、七尾蒼也が絶叫する。その手から、捕まえたばかりの鷽が遠くへ逃げだしていった。
「ふふ、やっと仕留めましたわ。うふっ」
 ひらりとスカートを広げて一回転してポーズを作ると、返り血にまみれた緋桜遙遠がニッコリと笑いながら男のフードの中からちっちゃな鷽をつまみあげた。
「うそでちゅー」
 ボン!
 煙とともに、鷽と倒れていた男が消滅する。
「ふう、やっと元に戻れた」
 衣装チェンジした緋桜遙遠が、愛用のハンマーで肩をボンボンと叩きながら言った。だが、着ている物が元に戻っても、結局蒼空学園の制服、しかも女生徒用なのはいかがなものか。ちなみに、緋桜遙遠の性別は、れっきとした男である。
「じゃあ、あなたも鷽には気をつけてくださいね」
 ニッコリと笑うと、緋桜遙遠は唖然としたままの七尾蒼也を残して踵を返した。
「さあて、次の鷽はどこにいやがる。叩っ潰してやる!!」
 ぶんぶんとハンマーを振り回しながら、緋桜遙遠は去っていった。
 
    ★    ★    ★
 
「つ、強い……」
 鷽と戦っていたソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は、がっくりと膝をついた。
「うそであーる」
 彼女が戦っていた鷽は、珍しく好戦的であった。
 ソア・ウェンボリスが放つ火術や雷術を、まともにこうむったと思った次の瞬間に、それをすべて嘘にしてあろうことかやられたのはソア・ウェンボリスの方ということにしてくる。
「大丈夫か、御主人?」
 さすがに、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が心配して駆けよる。
 禁忌の書の魔法防御力のおかげで致命傷だけはまぬがれているが、すでにソア・ウェンボリスの制服はあちこちが焼け焦げ、身体は痺れて自由がきかないといった状態だ。
「ここは俺様に任せろ。今こそ、隠された真の力を見せてやるぜ」
「真の力?」
 そんな物は聞いたことがないと、ソア・ウェンボリスは首をかしげた。
「こい、鷽、私が相手をしてさしあげよう」
 そう言ったとたん、雪国ベアの背中が大きくふくらんだ。ゆる族最大の秘密である背中のチャックが開かれていく。
「あああ、あなたは……」
「待たせたな、ソア」
 雪国ベアの着ぐるみを脱ぎ捨てたダンディなおじさまが、ロングステッキを片手にソア・ウェンボリスに声をかけた。
「えっとー……な、なんかえらいことになってますぅ!? お父さん!?」(V)
 ソア・ウェンボリスが、あまりの展開に目を白黒させる。
「今まで欺していてすまなかったな」
 被っていたソフト帽をわずかに下げて、ディーグ・ウェンボリスがわびた。
「うそであーる」
 鷽が、ひときわ高く鳴いた。
 ディーグ・ウェンボリスの頭上に、金だらいが勢いよく落ちてくる。
「無粋だぞ。親子の再会ぐらい、ゆっくりとさせてほしいものだな」
 すっと掲げたステッキで金だらいを串刺しにして止めると、ディーグ・ウェンボリスが軽く肩をすくめた。
「ほれ、返すぞ」
 ブンとステッキを振って、金だらいを鷽にむけて投げ返す。だが、途中でその金だらいがくさび状の細かい破片と化して、鷽に雨霰と襲いかかった。投げ返す瞬間に、網目状に展開したアシッドミストで金だらいを分断したのだ。
「うそであーる!!」
 鷽がブルンと身体を震わせて、全身に刺さった破片を振り落とした。だが、額から一筋だけ血がだらーっと垂れている。
「お父さん、強い!!」
「ははははは、ようし、パパ頑張っちゃうぞ」
 がぜんやる気になったディーグ・ウェンボリスが、巨大な雷球を呼び出して、鷽をつつみ込んだ。
「コンセントレーション」
 パチンと、ディーグ・ウェンボリスが指を鳴らした。雷球の表面から、無数の雷光が中心にいる鷽にむかって走る。
「うっ、うっそ〜であ〜る」
 ぶすぶすと煙をあげて、鷽が倒れた。
「きゃー、お父さん最強です!」
 喜んだソア・ウェンボリスが、ディーグ・ウェンボリスの背中にだきついた。
「うそであーる!!」
 うそが、怒りを込めてディーグ・ウェンボリスを翼で指し示した。
「ははははは、そんなに褒められるとくすぐったいぜ、御主人」
「えっ?」
 ディーグ・ウェンボリスの背中になぜかチャックがある。と思う間に、チャックが開いて、中から雪国ベアが現れた。
「サイズ的におかしいでしょう、それ!!」
「クマー!……なんつってー。突っ込むところはそこなのか、御主人」(V)
 復活の雪国ベアが突っ込み返す。
「返して、ダンディで最強のお父さんを返して」
 ソア・ウェンボリスは、雪国ベアの胸倉をつかんでぶんぶんと振り回した。
「や、やめ、そんなことをすると……」
 ずるりと、また雪国ベアの着ぐるみが剥がれた。
「ダンディな中身が出てしまうではないかな」
 再び現れたディーグ・ウェンボリスが渋く言う。
「あんたはマトリョーシカか!!」
 思わず、ソア・ウェンボリスは突っ込んでしまった。
「しかたない、遊びは終わりだ」
 ディーグ・ウェンボリスは、落ちていた雪国ベアの着ぐるみをつかむと、鷽に投げつけた。すっぽんと、鷽に雪国ベアの着ぐるみが被さる。
「今だ、ソア!!」
「はい!! 炎よ、彼の者をつつみ込め!」(V)
 言われて、ソア・ウェンボリスが禁じられた言葉で火術を放つ。
「う、うごうごうご……であーる!!」
 着ぐるみのせいでもごもごとしか言えなかった鷽が、火球の直撃を受けて灰になって消滅した。
「やりました、お父さん」
 ソア・ウェンボリスが振り返ると、雪国ベアが何事もなかったかのように背中のチャックを閉めているところだった。
「ベア、あなたまさか本当に中身は……」
 訊ねるソア・ウェンボリスに、雪国ベアがチッチッチッと立てた指を左右に振った。
「中の人などいない!」