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バーサーカーとミノタウロスの迷宮

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バーサーカーとミノタウロスの迷宮

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第二章 最初の戦端――vsレイナ



 迷宮の中に、断末魔の声が轟いた。

 それらの声は、通路を急ぐ本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)ルイ・フリード(るい・ふりーど)守山 彩(もりやま・あや)オハン・クルフーア(おはん・くるふーあ)の耳にも届いた。
「遅かったか!?」
 ルイの表情が険しくなった。
「急がなくちゃ! 多分近道はこっち!」
 差し掛かった分かれ道で、彩がいきなり角を曲がろうとする。オハンが手を伸ばしてその肩をつかまえた。
「待て、別行動を取るのは危険であろう」
「でも、すっごい怖い声聞こえたよ! その前にも女の子の怖い声聞こえたし、早く行かなきゃ!」
「突出しても各個撃破されるだけだぞ?」
 涼介がぶっきらぼうに言った。
「もう、おにいちゃんはそういう口ばっかり」
 クレアがたしなめてくるが、涼介の脳裏には違和感が渦巻いている。
 マリエルに話を聞いてすぐ、殺気看破を使ったのだ。感じた殺気の数はふたつ。それらはマリエルの話した愛美の居場所からはほど遠かったが、
(あちこち必死に逃げたのだから、方向も場所もまともには覚えられなかったのだろう)
と判断した。
 が、断末魔の前に聞こえた女の子の声は、内容はともかく知性のある言葉を喋っていたのだ。現在愛美はバーサーク状態になっていて、「コロス」としか言えないらしいと聞いたのだが。
 迷いはしたが、彼は心の中でサイコロを振ってみた。出目は「自分の判断に従え」と告げていた気がする。
(それに今、危機は確かにそこにある)
 どちらにしても、放っておく事はできないのだ。

 曲がり角の手前三メートルで、ジャッジラッドはうつぶせに倒れていた。
 ピクリとも動かず、息もしない。
 だが、今し方に得物を振るったレイナは、酷薄な笑いを浮かべながら、その背中を爪先で突いている。
「死んだ振りなんかしても、だめですよ?」
 ぐり、と背中のツボのひとつが押される。
「だって、当ててないんですもの。そうでしょう?」
(オレは死んでいる、オレは死んでいる)
 ジャッジラッドは心中で、必死に自分に言い聞かせていた。
 愛美とかいう少女とはどうやら違うらしい。が、彼にしてみれば背後に立っているのも間違いなくバーサーカーだ。
 レイナが含み笑いをした。
「返事がありません。ただのしかばねのようですね?」
(仰る通り。オレは死んでいる)
「なら、切り刻もうがバラバラにしようが今さら問題はありませんね?」
(いや、それはマズい!)
「では、最初に首からざっくりと……」
「そこまで!」
 怒鳴り声がしたのはその時だ。
 曲がり角から飛び出してきた人影を、レイナは一瞥して「あらまぁ」と口元を歪める。
「このしかばねさんよりは、少しは楽しませてくれそうですね?」
 レイナは得物の大鎌を構え直した。
 一方、たった今怒鳴りつけたルイもまた笑みを浮かべた。
「おや、レイナさんではありませんか!? ご安心下さい!」
(ちょっと待て! 安心はそっちの方か!?)
 ツッコみたくなるジャッジラッド。だが、今の彼は「しかばね」だ。
「奇っ怪な槍に魂を奪われているようですが、最早心配は無用! このルイ・フリード! 全力を持ってお助け致します!」
「……槍?」
 レイナの顔が一瞬不審げにしかめられる。
 直後、ルイは一直線に突撃、一瞬にして間合いを詰めると、拳を彼女の得物に叩きつけた。
 鉄甲つきの拳は大鎌の柄を直撃し、レイナはたたらを踏みながら数歩後退する。
「……この暑苦しい男が!」
「あぁ、レイナさん! あなたがそんな口をきくのも、その邪悪な槍の仕業でしょう! 今その呪いから解き放って差し上げましょう!」
「うっとおしい、何の話です!?」
 今度はレイナが反撃、雷術と氷術をフュージョンさせると、何本もの氷柱が散弾銃の様な勢いでルイに殺到する。
 ルイは避けずに両腕を交差させ、氷柱を全身で受け止めた。
「効かんぞ、邪悪なる槍よ! 貴様の悪心、このワタシが粉々に打ち砕く! 観念しろ!」
「だから槍とは何の話ですか!?」
「愛美ちゃん! 今助けてあげる!」
 言い合う二人に割り込んだのは、開けた水筒を持った彩だった。
「たあっ!」
 かけ声と共に、振り回された水筒から水が飛ぶ。
 ――水音。
 ――その場にいた全員が身動きもせぬ、しばしの間。
 濡れ鼠になったレイナの表情のない顔が、彩の方に向く。
「……愛美ちゃん、大丈夫?」
「ひとつ、お訊ねしたいのですが?」
「何、愛美ちゃん?」
「愛美というのは、どこの誰ですか?」
「……え?」
 さすがに彩の表情も強張った。
 レイナの表情が憤怒に歪んだ。普段の彼女を知る者は、怒った顔もできると言われても信じないし、もちろんこんな顔を見ても喜びはしないだろう。
「……もはや容赦はしません! コロス!」
 振り回された大鎌の刃が彩を狙った。寸前でオハンが再び彩の肩をつかまえて引き戻し、彼女を庇う位置に立つ。
「後退するぞ、彩!」
「そんな! バーサーカーには水ぶっかけろってパパが言ってたのに!」
「水をかけてもどうにもならぬバーサーカーだったのであろう!」
「えぇ〜え!?」
 素で信じられなさそうな彩を引きずり、オハンは全速力でこの場を離脱した。
 戦況を見ていたクレアは我に返ると、隣の涼介の顔を見た。
「おにいちゃん! 私達も行かなきゃ!」
「……脳内サイコロはファンブったか……」
「? 何言ってるの、お兄ちゃん?」
「いや、何でもない。私達も参戦しようか」
「はい! 私が前に出ますから、お兄ちゃんはここで魔法の準備を」
「いや、私も前に出よう」
「……え?」
「心配するな。別に最前線で肉弾戦をするわけじゃない」
 彩とオハンに替わり、涼介とクレアがレイナの方に出てくる形となった。
「ルイさん! 私も一緒に戦います!」
 ルイの隣で盾を前に出すクレア。そんな彼女の背を見ながら、涼介は片膝をつき、「しかばね」のジャッジラッドの肩を揺すった。
「おい、起きろ」
「……」
「もう生き返っていいぞ」
「……まだあのバーサーカーは生きてるだろう?」
 ジャッジラッドが小声で答えるが、涼介は驚いた様子もなかった。
「だが、お前もこれ以上死んでいる必要はないぜ。今なら私以外、誰もお前に気付いてない」
 ジャッジラッドは少しだけ顔を上げ、後ろでの展開を見た。
 暑苦しそうなオヤジと、タワーシールドやマクシミリアンなどの重装に身を固めた少女が、大鎌を持った少女に肉迫している。その少し手前では、機晶姫がパートナーと思しき少女を引きずって後退中だ。
(女の子ばかりだな……)
 だが、確かに誰もジャッジラッドには気付いてない。そんな余裕はないのだった。逃げ出しても、確かに気付かれないだろう。今自分に話しかけているこの男以外は。
「……ジャッジラッド・ボゴル」
「何だって?」
「オレの名は、ジャッジラッド・ボゴル。お前の名前は?」
「本郷 涼介」
「返せる宛ては保証できないが、恩に着ておく」
「なら、助けを呼んできてくれないか」
「必要なのか?」
「助力は多い方がいい。相手の底はよく分からないからな」
 ジャッジラッドは立ち上がると、脱兎の如く走り出す。
 その場から逃げ出した、わけではない。
 ちゃんと助けを呼んでくれば、逃げ出した事にはならないはずだ。
 ジャッジラッドは、自分が悪党である事を自覚していた。
 だが同時に、悪党には悪党なりの意地やプライドがある。それを守らせてくれた相手には、最低限の義理を果たさなければならないものだ。
 でなければ、悪党は悪党でも、ただの小悪党で終わってしまう。
 彼の姿を、涼介は振り返らない。
 どんなにつまらなく見えたとしても、男には守りたい面子や見栄があるものだ。
「さて、こっちも仕事を始めるか」