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【十二の星の華】双拳の誓い(第3回/全6回) 争奪

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【十二の星の華】双拳の誓い(第3回/全6回) 争奪

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5.ペット市場
 
 
「ずいぶんと、外れの方まできてしまいましたね」
 ペットたちの頭をなでてやりながら、アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)は周囲を見回した。
 思っていたよりも、闇市の範囲は広いようだ。中央はいろいろな雑貨で賑わっているが、周辺部にまでやってくると、急激にいかがわしさが増す。まさに、闇市の闇の部分なのだろう。
「まあ、いろいろと見て回るのは楽しいじゃないか」
 軽口を叩くように、ラズ・シュバイセン(らず・しゅばいせん)が言う。
「これが楽しいと言えるのかしらね。まあ、ゾディスたちが、こちらにきたがったから、それはそれでいいけれど」
 ペットの狼の名を呼んでアシャンテ・グルームエッジは言った。
「何もなければ、ここが闇市の境界なんだろう。戻るか?」
 ラズ・シュバイセンが、アシャンテ・グルームエッジをうながした。買い物をする振りをして、鏖殺寺院の者たちが活発に動いているかどうか調べていたわけだが、今のところは警戒するほどのことはないようである。
 鏖殺寺院から追われる身としては、極力相手の動きはつかんでおく必要があった。
「どうしたの、ゾディス」
 低く唸るゾディスに、アシャンテ・グルームエッジが素早く身構えた。
「しっ、敵じゃないです。静かにしてください」
 木の陰に身を潜めていた鷹野 栗(たかの・まろん)が、姿を現して言った。
「何者だ」
 警戒を解かずに、ラズ・シュバイセンが聞いた。
「静かに。あそこに、酷い人たちがいるんです。見てください」
 鷹野栗に言われて、ラズ・シュバイセンたちは、彼女の指し示す方をのぞき見てみた。
 そこには、大小の箱形の檻が無造作に点在しており、中には様々な種類の動物たちが入れられていた。中には、明らかに獣人と思える者たちまでいる。
「出せにゃん。俺様は売り物じゃないにゃん。出せー。出せー」
 檻の中では、シス・ブラッドフィールドが必死に叫んでいた。
「動物の密売人ですね。許せません」
 怒りを顕わにして、アシャンテ・グルームエッジが言った。どうりでペットたちが騒ぐはずだ。本能的に、敵を感じとっていたのだろう。
「みんな、助けてあげなくちゃ」
 鷹野栗が、やる気まんまんで言った。
「やれやれ、巻き込まれてしまったか」
 溜め息をつくようにラズ・シュバイセンが言った。けれども、嫌とは言わない。
「だが、三人だけでどうにかなるのか?」
 ラズ・シュバイセンが言ったとき、するすると数人の教導団の学生が現れた。
「お待たせ。援軍到着!」
 今回の教導団の本隊を連れてきた橘 カオル(たちばな・かおる)が言った。
「ここが一番悪質そうだということで、集中的にやれという命令だ。どうやら、動物たちだけでなく、人間まで商品にしているようだぜ」
「ますます許せないです」
 鷹野栗が怒りを顕わにした。
「私は、本当は情報収集担当の予定だったんですけど……」
 予想外の展開になったと、琳鳳明が言った。
「しかたないであろう。教導団としては、命令第一であるからな」
 諦めろと、クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が言った。
「明らかに悪い奴らだから、やっちゃっていいんだよな?」
「もちろんですぅ」
 血気に逸るエイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)に、パティ・パナシェ(ぱてぃ・ぱなしぇ)が同意した。
「とりあえず、突入の合図があるまで待つのだよ」
 包囲が終わるまで待てと、クレア・シュミットが一同に言った。
 
    ★    ★   ★
 
「最低ー。もう、絶対に一番やばそうな所に女王像があるに違いないって言ったのは誰なのよ!」(V)
 檻の中で、茅野 菫(ちの・すみれ)は叫んでいた。
 もっとも、この作戦を提案したのは茅野菫自身だ。パートナーの相馬 小次郎(そうま・こじろう)を奴隷商人に仕立てあげて、それらしい場所に潜入して女王像の右手を探そうと考えたのであった。
 だが、さすがに考えが飛躍しすぎだった。小悪党である海賊の裏切り者が、いきなりそんな危険な所に踏み込むはずもない。
 案の定、奴隷商人として取引してもらえるどころか、即座にカモとして捕まってしまったというわけだ。不幸中の幸いは、なんとか相馬小次郎が逃げ切れたということだった。今もどこかに身を潜めて、茅野菫奪回の機会をうかがっていることだろう。
「まったく、女王器が売られているからと聞いたからやってきたってのに、ここは何を売ってるんだ!?」
 ふらふらと闇市を散策するうちに、ここへ迷い込んでしまった日向 朗(ひゅうが・あきら)が、顔を顰めながら言った。
 力ある者にだけ、さらに力をもたらす女王器があると聞いて、自らの力試しをかねてやってきたわけだが、何やら雰囲気も話もまったく違うではないか。
「何をって、そうだな、ペットというところかな」
 臆面もなく、その場を仕切っている男が言った。
「ペットって、人間もいるじゃないか」
「それがどうした。あんた、強いんだろ。強い人間は、獣人や蛮族をペットにしていたって、おかしくないだろう。他人を支配下においてこそ、それが力を持つっていうことさ」
 男が自慢げに言う。
 その言葉を、日向朗は頭から否定した。そんなことのどこが強さだと言えるのだろう。自分に言わせれば、そんな卑怯な心根は弱さ以外のなにものでもない。
「さて、どうするか」
 商品である動物や人間たちを物色する振りをして、日向朗はゆるゆるとその場を歩き回った。
 心情的には、一暴れしてこいつらを叩きのめしたいところだが、さすがに多勢に無勢だ。考え無しに戦いを挑むのは馬鹿のやることだった。だが、ここは胸くそが悪い。機会を見はからって、叩き潰してやりたかった。
 いくつかの檻を見て囚われの人たちを確認していく。
 日向朗の足が、ふと一つの檻の前で止まった。
 シャンバラ人の少女が、檻の中からこちらを見ている。
「あなたが買うの?」
 後に、日向朗によって日向 月(ひゅうが・つき)と名づけられる少女が、か細い声で訊ねた。
「そうだな……」
 日向朗は、ちょっと考え込む仕種をした。
「少し下がってくれないか」
 低い声で言われて、少女はおとなしく檻の隅の方に下がった。
「いい子だ」
 言うなり、日向朗がドラゴンアーツで、檻の鉄格子の部分を粉々に粉砕した。
「きゃっ」
 驚いて、頭を両手で押さえながら少女が悲鳴をあげた。
「俺は、人を買うなんてことはしない。本当の強さは、人に強要なんかしないものだ。本当に強ければ、人は自然とそいつについてくる。俺についてくるか」
 壊れた檻の隙間すら、日向朗は少女に手をさしのべた。
「うん」
 その手をつかんで、少女は檻から外へと出てきた。
「貴様、いきなり何しやがんでえ。早く商品を元に戻し……」
 やってきた売人の男は、台詞を最後まで言えなかった。
「うるさい」
 一撃で男を殴り飛ばした日向朗は、一言そう言った。
 
「ちょっと、誰だよ、いきなり始めちゃった馬鹿は」
 あっと言う間に騒ぎが起きるのを見て、橘カオルが頭をかかえた。まだ包囲は完成したかしないかぎりぎりのところだ。これでは、作戦になっていない。
「始まっちゃったんですから、やっちゃいましょう」
 鷹野栗が、血気盛んに言った。今回は、かなり怒っているらしい。橘カオルが止めようとするのも聞かず、一気に突っ込んでいく。
「しかたない。突入!」
 少尉であるクレア・シュミットが命令を発した。配置につきかけていた教導団の学生たちが、一斉に現場に踏み込む。
「さあ、牢屋か病院か、好きな方を選べ!」
 嬉々として、エイミー・サンダースが突っ込んでいった。あたるを幸いに、抵抗する者を問答無用で倒していく。
「はい、降参した人はこちらに並んでくださいですぅ」
 次々に連れてこられる半殺しにされた逮捕者を、パティ・パナシェが整理していった。
「助かったにゃん。娑婆の空気にゃん」
 鷹野栗に檻を開けてもらったシス・ブラッドフィールドが、喜び勇んで中から出てきた。
 
「お待たせだったな」
「遅い! あんたってば、最低」(V)
 騒ぎに乗じて助けにきた相馬小次郎にむかって、茅野菫が叫んだ。その悪態をつく姿に、思わず相馬小次郎は苦笑してしまう。
「さて、変に教導団に尋問されないうちに逃げるとするか?」
「そうね。さっさと逃げたあなたを、奴らの一味ですとつきだしてもいいけれど、面倒だから逃げることにするわ」
 そう言うと、茅野菫は相馬小次郎とともに、どさくさに紛れて教導団の包囲が完成していない場所から離脱していった。
 
「けりはつきそうだな。後は任せるとするか。さて、それでどうする。一緒に来るか?」
 日向朗が訊ねると、少女はこくりとうなずいた。
「名前がないと困るな。いっそ、パートナーになるか?」
「うん」
「そうだな。月、日向月というのはどうだ」
「うん、月、その名前がいいです」
 嬉しそうに、日向月は答えた。