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リアクション
●1:お料理教室の開講です
「あら〜、こんなに集まってくれるなんて、嬉しいです〜」
『お料理教室開講のお知らせ』を聞いて集まってきた生徒を、『宿り樹に果実』の看板娘、ミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)が柔らかな微笑みを浮かべて迎える。時間帯によっては静かな一時を過ごせるこの場所が、今やお祭り会場の如き賑やかさであった。
「それでは、お料理教室を始めたいと思います〜。食材、調理器具など必要なものは一通り揃えてありますので、必要な物がありましたら気兼ねなくおっしゃってくださいね〜。もちろん食材の持ち込みも歓迎ですよ。色々と持ってきてくださったようですね〜」
ミリアの声に、生徒に混じって参加したエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)、ミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)、リンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)、モップス・ベアー(もっぷす・べあー)、カヤノ・アシュリング(かやの・あしゅりんぐ)、飛鳥 豊美(あすかの・とよみ)がそれぞれ持ち寄った食材を手に頷く。
「私は皆さんの間を回っていますので、質問がありましたら何でも聞いてくださいね。……何でも、とは言いましたけど、女性に対して失礼な質問はいけませんよ? そんな失礼な人は、めっ、ですからね〜」
ミリアがお玉を手に、こつん、と叩くような真似をする。その仕草に生徒の間に笑みがこぼれ、緊張が解けていく。
「皆さん、仲良く楽しく、お料理をしましょう〜」
その声で各自、目的とするもののために行動を開始した。
●2:ほのぼのとしたお料理風景
「野々、言われた通りに切りそろえましたよ。これくらいならあたしにだって出来ますよ」
春巻きの中に詰める具材を切り揃えていたエルシア・リュシュベル(えるしあ・りゅしゅべる)の手が止まったところへ、高務 野々(たかつかさ・のの)が出来具合を確かめるように覗き込む。
「……うん、いいわね。じゃあこれを、こっちの鍋に入れましょう」
「はいはーい」
筍や人参といった野菜類が、とろみのついた煮汁の中に放られていく。キノコとアワビの旨味が詰まった煮汁が、それら具材へ染み込んでいく。
「皮の方は用意してありますね?」
「さっき切っちゃいましたよ。あんなに薄いのに弾力があって、切るのに苦労しましたけど」
エルシアの指す先には、春巻きの皮に使用する予定のドラゴンの皮が適度な大きさに、切れ目を入れて揃えられていた。
「じゃあ後は、この和えた具材を皮で巻いて、油で揚げる。……ドラゴンの皮が油でどんな反応を示すか分からないから、気をつけてね」
「き、気をつけてって、野々、そんな危ないことをあたしにやらせるんですか? ……もう、なんて理不尽な……」
「何か言った? ほら、火を止めないと焦げるわよ」
「わわ」
煮汁を吸い切った具材が焦げる前に火を止め、適量を皮で包む。用意された油の入った鍋を前に、エルシアが息を飲む。
「……ほ、本当に入れるんですか?」
「入れなきゃ出来ませんよ? 大丈夫、爆発したりはしないと思うわ……多分」
「野々、怖いこと言わないでっ」
目尻に涙すら浮かべながら、エルシアが恐る恐る、春巻きを油の中へ投下する。パチパチと音を立てた春巻きは、あっという間にきつね色に変化し、香ばしい香りを立て始めた。
「あっ、美味しそう♪」
「当然ですぅ。魔力たっぷりのドラゴンの皮は、料理に使えばお肉のようにジューシー、滋養強壮にも効果ありなんですぅ。あなたたちが食べられるのは私のおかげなんですよぉ」
傍を通りかかったエリザベートの話では、ドラゴンの皮は魔法アイテムの原料として使われるほどに魔力が豊富で、そのおかげか料理の材料として使うことは滅多にないのだと言う。まあ、そもそもドラゴンの皮を手にいれること自体が困難を極めるであろう。
「そうなんですか、ありがとうございます。エルシア、その調子で揚げちゃって。私はタレを作ります」
調子よく春巻きを揚げていくエルシアを見遣って、野々がハチミツと唐辛子を混ぜたタレの作製に着手する。
「ミリアさん、そのレシピを見せてくれませんか?」
通りかかったミリアへ、四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)が声をかける。
「ええ、いいですよ〜。読みにくかったらごめんなさいね」
ミリアからレシピの詰まったファイルを受け取った唯乃がそれを開くと、中にはこれまでミリアが自作した、あるいは他から教えてもらった料理の材料から下ごしらえ、火加減などの詳細が書かれた写真付きのレシピが数十枚詰まっていた。
「いえ、凄い分かりやすく書かれてます。ミリアさんはこれを全部覚えてるんですか?」
「そうですね〜、準備にあまり手間の掛からないものでしたら、見なくても作れますね」
レシピは前菜、主菜、デザートと多岐に渡っていた。身近にあるもので作れそうな物から、やや特殊な材料を必要とするものまで取り揃えられていた。
「私、レシピがあれば大体作れるんですけど、最近レパートリーが尽きて来ちゃって。ここにあるの覚えさせてもらっていいですか?」
ミリアが微笑むのに頷いて、唯乃がレシピを参考に準備を始める。下宿にお世話になる人のため、主菜、特に肉料理から覚えようとしているようだ。鶏肉とピーマンをショウガたっぷりの汁に漬けて焼いた料理のページを開いて、順に目を通していく。
「フィア、レシピの記録、お願いね。余計な注釈とか入れなくていいからね」
「大丈夫です。フィアに任せるのです」
唯乃の指示を受けて、フィア・ケレブノア(ふぃあ・けれぶのあ)がレシピの内容をバイザー型端末に記憶していく。
「……はて、おかしいですね。こういう場合大抵一つ、何だかよく分からない怪しいレシピがあると思ったのですが」
「はぁ? 何言ってるのよ、ミリアさんがそんなの用意してるわけないじゃない」
フィアの言葉にツッコミを入れながら、唯乃が手早く料理を仕上げていく。流石自負するだけあって、写真にあるのとほぼ同じ料理が再現された。
「……フィアさん。そんな、皆さんが見られるような所には用意していませんよ? 魔法には『禁忌の魔法』というものがありますでしょう?」
「な、何ですと……そのレシピを教えてもらうわけにはいかないのですか」
「ダメよ、もし間違った使い方をしたら――」
「…………!!」
ミリアが口を寄せて呟いた言葉を耳にして、フィアに戦慄が走る。
「さあ、この調子でどんどん作るわよー!」
そんな二人を差し置いて、唯乃が次の料理、豚肉のミンチをそぼろ状にしてご飯の上にまぶした料理のページへ目を向けた。
「さあ、出来たよ。熱くなっているから取り扱いには十分注意するんだ」
セイニー・フォーガレット(せいにー・ふぉーがれっと)が、森崎 駿真(もりさき・しゅんま)とキィル・ヴォルテール(きぃる・う゛ぉるてーる)の前に熱せられた水飴を用意する。駿真は手袋を着けているのに対して、キィルは素手だ。
「キィル、大丈夫なのか?」
「へっ、キィル様は炎熱の精霊だぜ? これくらいどうってことないっての!」
得意気な様子で、キィルが平然と水飴を思い思いの形に練り上げていく。
「へ〜、いいな。なあ、俺も出来たりしないか?」
「そうだな、こんくらいなら何とかなるんじゃね? それ!」
キィルの施した力を受けて、手袋を外した駿真が恐る恐る水飴に触れてみる。
「……お、熱くないぜ! へへっ、ちょっと温かいくらいだぜ」
「へえ、そんなことも出来るんだね。……さて、私も準備を始めようか。天然のハチミツがあると聞いたから、それを使ったプリンやシフォンケーキに挑戦してみよう」
「オレにできそうなことがあったら言ってくれよな! 味見は任せてくれよ」
「ははっ、じゃあその時はお願いするよ」
セイニーが頷いて、それらの準備に取り掛かる。そこへキィルの声が飛ぶ。
「あ、そうだ。なあ、作ったプリン、一つ持ち帰り用にしてもらってくれないか?」
「おや。いいけど、どうしてだい?」
セイニーの問いに、キィルが少々答え辛そうにしながら答える。
「……飴細工と一緒に、セリシアに渡そうと思ってさ。セリシアにオレの力作見てもらって、食べてもらいてぇからさ」
「そっか、キィルはセリシアのこと、一目惚れ――」
「ば、バカ! 言うなってば!」
「……へぇ〜、面白いこと聞いちゃったわ」
キィルが慌てて駿真の口を塞ぐが、時既に遅し、傍を通りかかったカヤノの耳に入っていた。
「な、何だよ! おまえには関係ないだろ!」
「何よ、せっかく呼んであげようと思ったのに。ま、炎のヤツにいちいち世話焼く必要なんてないんだけどね〜」
「お、おい待て、どういうことだよ!」
悪戯顔をして飛び去るカヤノをキィルが追い掛ける背後で、駿真は形作られてきた飴細工を見つめながら思う。
(……ネラにも一つ、残しておいてあげようかな?)
「おうソフィア、手伝ってやるぜ! で、俺は何をすればいいんだ?」
「パ、パパはとりあえず見てるだけでいいです!! これ以上産業廃棄物できたらあれですし……」
筋骨たくましい腕をまくってやる気満々のラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)だったが、これまでの『惨状』を目の当たりにしているソフィア・エルスティール(そふぃあ・えるすてぃーる)にあえなくのけ者にされてしまう。
「はっはっは、まぁ料理は我とソフィアに任しとき! ラルクは材料持ってきてくれぃ!」
ソフィアがキノコ入りスープを作るのに合わせてデザートを作ろうとしている秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)に言われ、まぁ仕方ねぇと呟いたラルクが材料集めに走る。
「おぅ、すまねぇがそこのハチミツ分けてくれねぇか?」
「うんいいよ、どんどん持ってっちゃって〜」
「……ボクの集めたハチミツがどんどん無くなってくんだな……」
「ははは、そうしょげるなって。後で何か手伝ってやるからよ」
リンネにハチミツをボッシュートされて落ち込むモップスを励まし、次にラルクはカヤノのところへ向かう。
「こんなもの欲しがるなんて、よく分からないわね! 好きに持っていきなさいよ!」
氷で出来た容器に詰められた水を軽々と抱えて、最後にラルクはアーデルハイトのところへ向かう。
「取り扱いには注意するんじゃぞ。何せいわくつきのキノコじゃからな……フフフ」
何やら怪しげな笑みを浮かべるアーデルハイトからキノコを受け取り、ソフィアと『闘神の書』が待つところへ戻る。
「ほらよ、持ってきたぜ!」
「おう! ラルクあんがとうな!!」
「よーっし♪ 私、頑張って作ります! パパ、期待しててくださいね♪」
材料を受け取ったソフィアが、鍋に水を注ぎ、キノコを投入していく。具材を切り揃えるソフィアの横では、生地を練る『闘神の書』の姿があった。
「そろそろいいかな? ……わ、ダシがよく出てる〜。うーん、でも味付けはどうしよう? あっ、ミリアさん、ちょっと味付けが不安なのでアドバイスしてくれませんか?」
「は〜い、いいですよ〜」
味見をしたミリアが言うには、既に十分味が出ているので、スープにするのなら他の調味料は控えめにした方がいいとのことであった。
「ありがとうございます! えっと、じゃあ塩を軽めに振って……」
「なあソフィア、何か手伝えないか? ほら、料理に力って必要だよな?」
「だ・か・らー、パパは見てるだけでいいですってば!」
筋肉をアピールして輪に入り込もうとするラルクだが、あっけなくソフィアに追い返されてしまう。
「この調子じゃあ、ラルクの出番は食べる時までお預けだな!」
「ま、仕方ねぇ。んじゃ料理が出来たら、食いまくってやんよ!」
威勢のいい笑い声が響く中、楽しげな料理の時間が過ぎていく。
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