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リアクション
開始前
空京のビジネス地区。空京駅から出て、繁華街とは反対側に位置する区域全体がそう呼称されている。数か月前に鏖殺寺院との戦いによって多少の被害を被ったものの、現在は元通りになった。いや、むしろそれを契機に急速に都市機能の拡張が進んだと言ってもいい。
繁華街が観光や学生達の憩いの場として機能しているならば、こちらはシャンバラにおける経済と研究の拠点、といったところだろうか。企業の中には同じビジネス地区に設立された空京大学と連携して研究・開発プログラムを組んでいるものも存在する。王国が再興された暁には、国家の中心地として更に発展していく事だろう。
「あとはこっちに、と」
そんな街にあまり似つかわしくない少女達がいた。時刻は午後四時を過ぎたくらい、街を散策しつつ何かを設置していたようだった。現在は中央公園のベンチに腰を下ろしている。
「街自体は分かりやすいとはいえ、やはり広いですね」
その中の一人が手にした地図をまじまじと見つめている。
「建物の陰なら隠れるのに適してますけど、そうなると公園は難しいですわね」
何やら作戦会議をしているようだ。
「あたしたちのエリアがどこになるか分かればいいのにな〜」
「ま、どこになっても大丈夫なようにはしといたよ。そのためにこんな時間から来たんだからね」
「楽しみですねー」
彼女達が進めているのは、今日の深夜に行われるイベントのためだった。イベント、とはいえ頻繁に行われている遊びのようなものである。
しばらくした後、彼女達は一度ビジネス地区の外へ出た。最後の準備のため、である。
* * *
夜、午後十一時を過ぎた頃の中央公園付近。
「もうすぐ、始まる時間ですね」
神和 綺人(かんなぎ・あやと)はビジネス地区へ向かって歩いていた。その時、彼の周囲に握り拳ほどの大きさの、青白い球状の光が現れる。それはぼんやりと浮いていた。
「あ、アヤ?」
パートナーのクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)が目を見開いた。が、すぐに平静に戻る。
「これから始まるけど、缶蹴りだとあなたは参加できないね……ついて来ても良いけど、気をつけてね。光輝属性攻撃されないように」
(あ、お友達なんですね。危ないものかと思いましたよ)
綺人はゴーストと話していた。彼にとってはどうやら友達のようだ。
普段の彼は、時々ゴーストと語らうため、深夜に散歩をしているとのこと。今はネクロマンサーの彼であるが、使役するための道具という認識もない。
彼らはひとまずエリア毎の集合地点に向かう事にした。
ちなみに、アンデッドを缶蹴りの際に道具として使う者達が思いのほか多いという事を知るものはまだいないのであった。
* * *
十二時を回り最終電車が空京駅を出発した頃、集合地点にあるスピーカーから音が流れた。どうやら街頭にある広報用のものを借りているらしい。声からすると女性のようだ。
『さて、結構集まってるみたいですね。では改めてルールを説明します……おっと、申し遅れました。私、空京大学KTCというサークルの有海・スティール(あるみ・すてぃーる)と申します。今回の「主審」を担当致します』
今回の審判――有海がルールについて説明する。どうやら書面について分かりにくいという問い合わせがあったらしく、かなり噛み砕いていた。
1.缶は5つのエリアに、一つずつ配置されています。
2.一つのエリアにつき、攻:守=4:1で別れてのスタートとなります。
3.比率が崩れないように、それぞれのスタートエリアに攻撃の人達は割り振られます。
4.守備側はエリアを跨いでの移動は出来ません。
5.攻撃側は自分のいるエリアの缶を倒せば別のエリアに移動出来ます。
6.捕まった場合、その人は5つ全部の缶が倒されるか、攻撃が全員捕まらない限り解放されません。
7.守備・攻撃とも、身体への直接攻撃は禁止です。
8.トラップ等の間接的な手段での妨害は許可します。
9.缶から半径100メートル以内は射撃、投擲武器並びに光学迷彩の使用を禁止します。
10.移動手段としての乗り物は、空飛ぶ箒だけ使えます。
11.守備の人が全員所定の位置につき次第、ゲームスタートです。それまでに攻撃側の人は隠れて下さいね。
12.通信手段は使って構いません。
13.守備側は、缶の周囲に結界を張る等の対策をしても構いません。でも、ダミーの缶を用意したり、缶に細工しちゃ駄目ですよ。缶の移動も禁止です。
14.守備が複数いる場合は、攻撃の人間をタッチし、大声でその人の名を叫べばいいですよ。ただし、缶から半径100メートルより外では、です。100メートル以内だったら缶を踏んで名前を呼ばなきゃ駄目ですよ。普通の缶蹴りと同じです。
15.エリアがクリアされたら、私から全体に連絡します。あ、私は飛空挺で空から見渡してますから大丈夫ですよ。
16.時間は深夜1時から夜が明けるまでです。
とはいえ、これではちょっと簡単な言葉に直しただけである。
要は、半径100メートル以内は缶蹴りで、それ以外では鬼ごっこ&かくれんぼのルールだという話だ。
『はい、質問ある方いますかー? 一応、特殊な装置使ってるので喋ってくれれば聞こえますよー』
何やら、審判は参加者の声を拾えるようにしているらしい。魔法の類か、空大お得意の科学技術なのかは判断で出来ないが。
『はい』
最初に質問したのは、風森 巽(かぜもり・たつみ)だ。
『14のルールで名前を呼ぶ時は、学生として登録されている名前で問題ないですか?』
『はい、大丈夫です。ちなみに、フルネームでお願いします』
『例えば「仮面ツァンダー」や「パラミタ刑事シャンバラン」の格好をしている場合もですか?』
『本人であるならば、どちらでも構いません。こちらでは本人の名前、特徴ともに掴んでいますので、偽者である場合は顔を確認するまでは捕まえられませんが。もっとも、私が見ているので、本物の場合は仮面の越しだろうとコールは成立します。その点をご注意下さい』
偽者であった場合コールは無効である、という事だ。
『そうなると、偽名や通り名の方も登録名義になるんですかぁ〜?』
さらに加えたのは神代 明日香(かみしろ・あすか)のようである。
『そうなりますね。複数の顔を持つ人は、それだけ写真データも用意してあります。本人確認にお使い下さい。そういえば、まだ今回の参加者リストを配ってませんでしたね――こちらです』
声がした後、各々の携帯電話やハンドヘルドコンピューターといった端末にデータが送られてくる。
『それぞれ、攻撃、守備に誰がいるか分かるようになっていますので、ご確認下さい。なお、同じエリアに分けられた人はその画面でチェック出来ます。ただし、攻撃からは守備の誰がエリアにいるか、同じく守備から攻撃の誰がいるかは分からないようになっています』
とはいえ、ゲームが始まってからは悠長に見ている暇はないだろう。攻撃ならば守備全員の顔と同エリアの者を覚えれば済むが、守備側は攻撃全員の顔を覚えなければならない。なかなかに厳しいものがある。
『それでは、ゲームに備えて結界を張らせて頂きます』
審判の合図とともに、空気が変化した。とはいえ、別に各々の身体に異常はない。
『見つかった時、声が聞こえないといけませんから、音の通りを良くしてあります。それと、100メートル以内に入ったら自動的に光学迷彩が解けるようになりました。体感的に、圏内に入ったら分かるはずです』
使用される缶には仕掛けが施されているらしく、それが結界と連動しているようだった。ルール13はこれを守るためにあるらしい。有海曰く、少し前に発見された魔導なんたらシステムの理論を用いたとかそうではないとか。
『それでは各自、所定の位置へ向かって下さい。攻撃側の準備を確認次第、守備側の移動となります……それと』
有海は言葉を続ける。
『一応、守備側が所定の位置につき次第とありますが、下手に時間稼ぎをされてゲームがスタート出来ない、なんてことのないように、深夜一時半には強制スタートとなります』
守備側は缶を守るための準備をする事だろう。だが、それに必要以上の時間をかけさせるつもりはないようだ。
しかも、攻撃側が先に隠れるわけだから、上手くやらないと罠を仕掛けている所を見られてしまうかもしれない。
主審である有海には根回しなどの小細工は通用しないように思える。それは単純に彼女が姿を見せないから、というだけでなく技術官僚であるというのも関係しているのだろう。
空大生はエリート階級を目指しているだけあって、その手の人間がやたらと多い。
かくして、戦いの時間は刻一刻と迫っていった。
* * *
「さて、確認もしたことですし……」
巽はお手製の『仮面ツァンダー』のマスクを取り出した。それは一つだけではない。
「ふっふっふ、こんなこともあろうかと、この日の為に夜なべして作ってきましたからね」
「さて、お一つ頂くよっと」
「オレも一つ貰います」
「巽さん、それ俺にも」
「オレも貰うで」
「私にも」
ツァンダーマスクを手に取ったのは五人。誰かは始まってからのお楽しみ、である。彼らは所定の位置を目指して各々進んでいった。
「……まさかこんなに持ってかれるとは」
当の本人にも予想外だったようである。
「では今のうちに……変身!」
と、巽は仮面ツァンダーソークー1のマスクを被り、赤いマフラーをたなびかせる。
「それじゃ、ボクも」
パートナーのティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)もマスクを被った。
「銀のマスクに想いをこめて、引っ掻き回して大混乱♪ 仮面ツァンダーユースティ、呼ばれてないけどただいま参上! な〜んてね♪」
ポーズを決めるティア早くもダブルツァンダーな状態である。
「では、いきますか」
彼らのスタート地点は中央公園エリア。そこにもう一人のヒーローがいることはおろか、そのエリアが大激戦区となる事など、まだ彼らには知る由もなかった。
そしてゲームが始まってすぐ、多くの者は知る事になる。
これが、決して「遊び」などではないという事を――
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