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学生たちの休日3

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学生たちの休日3

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    ★    ★    ★
 
「おーい、こんな所で何してるんだ?」
 両手いっぱいに焼きそばパンをかかえた テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)が、学食で必死に書き物をしている皆川 陽(みなかわ・よう)の横の席に座って訊ねた。そんな位置に座ると、薔薇の学舎の食堂だと、まるでお客さんの横に座るホストという感じだ。
「見て分かるよね。勉強だよ、勉強。補習や追試はやだもん」
 タオルのねじりはちまきを頭に巻いた皆川陽が、振りむきもせずに答えた。
 薔薇の学舎は、エリート校である。在籍する生徒たちは、一定水準の学力を備えていてあたりまえ。そして、あたりまえ以外は、存在してはいけないものであった。
 授業らしい授業が行われているのかとよく取りざたされる薔薇の学舎ではあるが、試験は当然ある。それで赤点を取るような者は、薔薇の学舎の生徒にあらずなのである。
 まだ年少組である中等部クラスは比較的基準が緩いとはいえ、皆川陽としてはぎりぎりボーダーラインに立っていた。このままでは、高等部に行けるかどうかも怪しい。さすがに、焦って勉強するわけである。
「ふーん、別に一芸に秀でていれば、校長は認めてくれると思うぜ。俺なんか、午前中に剣の修行終わらせてきたばっかだ。俺の嫁なんだから、陽も身体鍛えろよ、身体。飯がうまくなるぜ」
 山ほどかかえていた焼きそばパンをもしゃもしゃと平らげながらテディ・アルタヴィスタが言った。
「僕の脳は筋肉でできてないんだよね。ああああ、この問題が分からないぃぃぃ」
 頭をかきむしって、皆川陽が叫んだ。
「どうかしたのか?」
 その叫びを聞きつけて、近くにいた嵯峨 奏音(さがの・かのん)が心配して近づいてきた。
 前をはだけた白衣をふわりとゆらしている。新任の校医だ。
「だいびょうぶべぶ、知恵熱でずばら」
 口の中を焼きそばパンでいっぱいにしながらテディ・アルタヴィスタが答えた。
「そうか。あまり根を詰めるなよ。ん、どうした詩音?」
「すみません、にいさま。ソースの臭いがきつくて、ああ……」
 答えながら、嵯峨 詩音(さがの・しおん)がふらりと倒れかけた。あわてて、嵯峨奏音がだきとめる。
「あっ、俺……」
 予想外のことに、さすがにテディ・アルタヴィスタが焼きそばパンを食べる手を止める。
「いや、いつものことだから大事ない。さあ、行こうか、詩音。外出は中止だ」
 嵯峨詩音をお姫様だっこしたまま、嵯峨奏音は保健室へとむかった。
 ベッドに横にしてしばらくすると、やっと嵯峨詩音が落ち着いてくる。
「すみませんでした、にいさま。せっかく外でのお食事だったのに……」
 目を覚ました嵯峨詩音が、ベッドの上で上半身を起こして言った。
「気にすることはない。簡単になってしまったが、昼食は作っておいた。食べられるか?」
「にいさまの手作り……。食べます、食べます」
 嵯峨詩音は、身を乗り出して言った。
「それだけ元気があれば大丈夫だ。ほら、ゆっくりと、こぼすなよ」
 ベッド用の補助テーブルを出した嵯峨奏音は、慣れた手つきでそこへ手作りのリゾットをおいた。完熟野菜を一緒に煮込んだシンプルなものだ。見た目は簡素だが、栄養面はちゃんとバランスがとれている。
「熱いか?」
 あわてて食べようとして火傷しかけたらしい嵯峨詩音からスプーンを奪い取ると、嵯峨奏音は息を吹きかけて充分冷ましてから、再び嵯峨詩音の口許へと持っていった。
「あーん」
 ちょっとはにかんでから、嵯峨詩音はパクリとそのスプーンにぱくついた。
 
 
5.ヒラニプラの手習い
 
 
「平和ですね。ここしばらくは、大規模な闇市もないようですし。後は、新規作戦の辞令を待つだけですか」
 のんびりと日本庭園を眺めながら戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は自宅の縁側でつぶやいた。闇龍がらみの不穏な動きがあるとはいえ、今日はひさしぶりの休日である。
「小次郎さん、お茶が入りましたよ」
 リース・バーロット(りーす・ばーろっと)が、緑茶と羊羹を持ってやってきた。
「ああ、ありがとう」
 戦部小次郎が受け取って一服していると、庭の鹿威しがカコーンと鳴った。
 その音が聞きとりにくかったのか、戦部小次郎が指先で耳の穴をいじる。
「よろしければ、耳掃除いたしましょうか?」
 胸ポケットからしゅるんと耳かきを取り出したリース・バーロットが、指先でクルリとそれを回転させながら言った。
「どうぞ」
 ポンポンと、正座した自分の太腿を叩いて催促する。
 請われるままに、戦部小次郎はリース・バーロットの膝枕に頭を載せた。
 のんびりと耳掃除をしてもらっていると、時間を忘れていく。うとうととしながら、庭を眺めていると、何やら小さい影が視界を横切っていったような気がした。体操着姿のアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)に見えて、戦部小次郎は驚いて身を起こそうとした。
「危ない! 動いてはだめですわ」
 あわててリース・バーロットが戦部小次郎の頭を自分の膝に押しつけた。
「今、小さなアーデルハイトが……」
「夢でも見たのですか?」
 私は見ていないと、リース・バーロットが戦部小次郎に言った。
「そんな……、いや、そうかもしれない」
 そうつぶやくと、戦部小次郎はリース・バーロットの膝の上で静かに目を閉じた。
 
    ★    ★    ★
 
「よし、ランニングが終わったら、今度は腕立て伏せ五百回だ!」
「こばっ!」
 ジェイス銀霞に命令された小ババ様が、元気よく敬礼してみせた。
 白い体操着に紺のブルマーを穿いた小さい姿が、力強く腕立て伏せを始める。これが、猫パンチ一発で昇天してしまう小ババ様の一人とは思えない力強さだ。
「結構頑張りますねえ」
「ふん、所詮は付け焼き刃ですら」
 のんびりとその様子を眺めているのは、イルミンスールからやってきた大神 御嶽(おおがみ・うたき)キネコ・マネー(きねこ・まねー)だった。なぜか世界樹で保護された小ババ様を、アーデルハイト・ワルプルギスの命令で、鍛えなおすために教導団まで出向してきている。
「よし、では、次はこれだ」
 サンドバッグを持ち出して、ジェイス銀霞が言った。
「こばッス!」
 空手着に着替えた小ババ様が、腰だめに両手を揃えてふんと力を入れる。
「こばー!」
 キック一閃、サンドバッグが大きくゆれた。
「なんだか、予想以上に逞しくなっちゃいましたが。もう、キネコよりも強いんじゃないですか?」
「そんなことはないですら」
 大神御嶽の言葉に、キネコ・マネーが鼻息も荒く言い返す。
「こば、こばこばこばばばばー!!」
 それは聞き捨てならないと、小ババ様が、キネコ・マネーに試合を挑んできた。
「いいだろう。特訓の成果を見せてみろ」
 ジェイス銀霞が許可をする。
「いいんですら、最後の一匹と言っても、容赦しないですらよ」
 キランと、キネコ・マネーが金色の目で小ババ様を睨んだ。
「ふっ、こばっ」
 馬鹿にするように、小ババ様が肩をすくめて笑った。
「むむむ、光になるですらー!」
 隠しから取り出したピコピコハンマーを振り上げて、キネコ・マネーが叫んだ。
「それ、反則ですよー」
 大神御嶽がささやく中、小ババ様がキネコ・マネーの一撃をかいくぐって地面を蹴った。コークスクリューフライングハイキックが、キネコ・マネーのでっぷりとした腹をねじるようにして炸裂する。
「うぼあですらー」
 もんどり打って、キネコ・マネーが吹っ飛んだ。
「こばッス」
 何事もなかったように、小ババ様が気絶したキネコ・マネーにむかって礼をする。
「よくやった。もう教えることは何もない」
 ジェイス銀霞が、特訓の終了を告げる。
「ありがとうございました。では、小ババ様、帰りましょうか」
「こばばばー」
 大神御嶽の言葉に、小ババ様がニッコリと笑った。
「キネコも、帰りますよ」
「ま、待って、くれで……すら……」
 キネコ・マネーは、地べたを這いながら二人の後を追った。
 
    ★    ★    ★
 
「えいっ」
 ぴこっ。
『こばばー』
 レジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)は、玩具で一人静かに遊んでいた。闇市で、ツァンダから来たメガネをかけた学生から買ったもので、小ババ様叩きゲームというのだそうだ。モグラ叩きに似ているが、穴から出てきた魔女をハンマーで叩くと、なぜか「こばっ」と鳴く。
 遊んでいるはずなのに、レジーナ・アラトリウスが振り下ろすハンマーには力が入っていない。たまにまぐれでヒットするものの、心ここにあらずという感じだ。金住 健勝(かなずみ・けんしょう)は、それが不安だった。
「あの、レ、レジーナ。じ、自分と一緒に、しょ、食事に行かないでありますか?」
 ガチンコチンに緊張しながら、金住健勝はレジーナ・アラトリウスに声をかけた。
 一瞬小ババ様を叩く手を止めると、レジーナ・アラトリウスはちょっと考えてから、静かに金住健勝に微笑んだ。
「元気を出すであります」
 並んで歩きながら、金住健勝は言った。
 理由は分かっている。レジーナ・アラトリウスは、シャンバラ女王を復活させることのできる神子の一人なのだ。本人の意志とは関係なく、先日、そう告げられた。そのことをどう受けとめていいのか、金住健勝にはまだ分かっていない。まして、当人であるレジーナ・アラトリウスはなおさらのはずであった。
「未だに信じられません。私が神子だなんて。女王を復活させる力があるなんて……」
 金住健勝の言いたいことを察して、レジーナ・アラトリウスが言った。
「自分はレジーナと契約したであります。例え神子であろうとなかろうと関係ないであります」
 そう、何が変わったわけでもない。だから、変えられてたまるものか。
「で、ですから…。どんなことがあっても、絶対に二人で頑張るであります」
 金住健勝は、それだけはきっぱりと言い切った。
「ええ」
 レジーナ・アラトリウスが、嬉しそうに答える。だが、これからは、鏖殺寺院に命を狙われるかもしれない。そのとき、金住健勝が巻き込まれてしまったら……。思わず、レジーナ・アラトリウスの顔が自然とうつむいた。
「え、えーっと。それではどこへ行きたいでありますか?」
 先ほどの自分の台詞に少し赤面しながらも、金住健勝が切り出した。
「一人だと食べづらい物でも、二人なら食べられるであります。なんでも、リクエストに応える所存でありますので、だから遠慮しないでほしいであります」
「そうですね、せっかくですから美味しいものでも食べに行きましょう」
 まだ心配は尽きないものの、金住健勝の思いまで踏みにじってしまうことだけはよくないと、レジーナ・アラトリウスは自分に言い聞かせた。