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第六章 護衛の裏で守る人たち

 一方その頃。
「見つけました」
 木立に身を潜めるようにして辺りを伺っていた燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)の小川を挟んだ向こう側に、大きな影がうごめいていた。
 のそり、のそりと葉を踏みしめながら進む特徴的なフォルムはパラミタヒグマのものだ。冬眠からまさに覚めたところなのか、幸いまだこちらには気がついていないものの、ヒクヒク鼻先を動かして獲物を探っているようだ。
「本当にアレとやるのか……やめろって言っても聞かないだろうなぁ」
神野 永太(じんの・えいた)はひとりごちた。ザイエンデの頭は熊鍋でいっぱいで、説得は不可能だ。
 とりあえず、こちらに気がつかないうちにと、永太はクマの背後までまわると短く息をついた。
「ちょっとでも削れたらいいんだけどなっ」
 初めに動いたのは永太だった。そのままザッと茂みから飛び出すと、背中に向かって火術を飛ばして再び身を伏せる。寝起きで油断をしていたのか、黒い毛皮に火が燃え広がった。
「ラッキー!」
永太が喜んだのもつかの間。途端に反対側から罵声が飛んだ。
「何をしているのですか永太!焼いては肉が硬くなってしまうではないですか!」
 ……クマ肉のことだけが気がかりらしい。
 見ると、ザイエンデは川辺に姿を現しあろうことかヒグマの真正面で怒鳴っている。
「っ馬鹿、ザイン!そんな正面から……」
 ザブッ
 音に目を向けると、すでにヒグマは小川で炎を消し頭を振って水を飛ばしていた。
 まともにぶつけたと思ったのだが……、すぐに消したせいもあるだろうが、その体には火傷を負った形跡もない。
「全然ダメージ食らってないのかよ」
 その視線は真っ直ぐにザイエンデを捉え、ギラギラとにぶく光っている。姿勢を低く、獰猛に間合いを伺う様子にも怯むことなく、ザイエンデは足を開いて固定具付き脚部装甲で大地に踏ん張ると、怪力の篭手をはめた両手を打ち鳴らして腰を落とした。
「……来い」
 ガッ!!
 ヒグマの突進を真正面から受け止めて、ザイエンデの足がズルズルと地にめりこむ。が、なんとか持ちこたえると彼女は雷光の鬼気と雷術の力を解放し目いっぱいぶつけた。
 感電の衝撃で、組み合ったままヒグマが白目を剥いた。


 同時刻、具材狩りの現場。
 レティーシアら一行が去った後を追うようにして、別のパラミタヒグマがリアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)らと鉢合わせしていた。休憩のために荷を広げていたその場所は、他の山道よりも比較的開けている。
「「うわぁ、思ってたよりもっと大きいねー」」
 リアトリスとベアトリス・ウィリアムズ(べあとりす・うぃりあむず)の声がきれいにハモった。二人の息子を背中に守るようにしてスプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ)エミィーリア・シュトラウス(えみぃーりあ・しゅとらうす)が油断なくタイミングを伺っている。
 ルイ・フリード(るい・ふりーど)は陽気に笑った。
「こいつは食いでがありそうですねぇ!」
 じり、じりとにらみ合いながら、互いにきっかけを探っていた。ポタポタと、ヒグマの口から唾液が滴る。目を逸らしたが最後、食いつかれそうだ。
 先に仕掛けてきたのはヒグマの方だった。
 その巨体に似合わず俊敏な動きで一気に突進し、間合いを詰める。
「わぁっ!」
 直撃を避けて、一同その場から散る。ザザッと音をたてて、ヒグマも即座に獲物に向き直った。
 リアトリスはフラメンコを踊りながら回避すると、くるりと態勢を立て直した。各々怪我することなく、ヒグマを中心に距離をとりつつ武器を構えている。一所からばらけてしまったが、これで狙いを分散することができた。
 探るように、威嚇しながら……ヒグマの足が止まった。
「今!」
 離れたところで身を潜めていた霧雨 透乃(きりさめ・とうの)は、ハートの機晶石ペンダントを握り締めてタイミングを見計らうと、拳に炎熱をまとわせてヒグマに叩き込んだ。同時に、合図を得て走ってきた緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)がギロチンにアルティマ・トゥーレをのせて打ち込む。
「どうだぁ!!」
 不意をついた攻撃だったが、鼻で気配を感じ取ったのか後ろ足で立ち上がってパラミタヒグマが腕を振り下ろす。爪にはじかれて飛び下がると、透乃と陽子は着地し距離をとった。
 きっちり同じ場所に同じタイミングで反対の属性攻撃を打ち込んだためか、ジュゥッ、と妙な音をたてて属性効果が相殺された。炎熱と氷結の干渉に巻き込まれたのか、じかに攻撃を受け止めたヒグマの前足の爪が一本砕けてはじける。
 ヒグマは前足を下ろし低姿勢になると、再びいつでも突進できる態勢で唸った。
「くっそー、いいセンいってると思うんだけどな。たいしてダメージ与えらんなかったみたいだね」
「属性を使いこなすにはもう少し訓練しなきゃですね」
 それならもう一度。
 再び別の組み合わせで試してみようと、二人がタイミングを合わせていると、戸惑った声が聞こえてきた。二人は顔を見合わせた。
「なにこれ、炎が効いてない!?」
 ベアトリスの言葉に、今度はリアトリスが轟雷閃を放つ。ピシピシとヒグマの体を電流がほとばしる。が、振り払うように暴れると大気や地面へと散っていってしまう。
「全くダメージがない、とは言い切れませんけれど……魔法耐性があるみたいですね……」
何度も炎を飛ばして確認してみたのだろう。ウィザードのエミィーリアが苦々しく呟いた。
「つまり、このデカブツは肉弾戦でぶっとばさなきゃいけないわけですか。ワタシは好きですよ!そういうの」
 決めポーズと共に、ルイのスマイルが輝いた。


 クマが感電し白目を剥いたかに思えた、その次の瞬間。
 永太の脳裏を嫌な予感が駆け抜けた。――そういえば、さっきは炎術が、全然効いていなかった。
 ギロリ。
 見開くようにしてヒグマの目がザイエンデを捉える。
「気をつけろザイン!そいつ雷撃が効いてない――」
 永太が叫ぶのと同時に、クマの腕がザイエンデの肩に叩き下ろされて装甲が砕けた。
「ザイン!!」