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【十二の星の華】双拳の誓い(第5回/全6回) 解放

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【十二の星の華】双拳の誓い(第5回/全6回) 解放

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「もう、やーだー。汚れるから嫌」(V)
 湿地帯の端で、桐生円は駄々をこねていた。
「それはそうだけどねえ。まさか駿馬で入って行くわけにもいかないしねえ」
 そんなことをしたら、転けて馬が骨折しかねない。
「ミネルバちゃんは平気だよー。狼さんの所に行って遊んでくるねー」
 一人ミネルバ・ヴァーリイだけが、嬉しそうに泥を跳ね上げながら奥へと進んで行った。
「よし、ここから援護射撃したげるから、思いっきりやっておいで。輝睡蓮のお土産よろしくー。あ、黒蓮もあったらついでにね」
「はーい」
 泥だらけになって進んで行くミネルバ・ヴァーリイを見て、桐生円はやはりここで待っていようと強く思った。
「ココにゃんとアルにゃんのとこに、なんとしても行くのにゃ。みんな、頑張るのにゃ」
「ちー」
 シス・ブラッドフィールドと舎弟のゆるスター軍団は、泥と戦いながら進もうとしていた。すでに、ゆるスターたちはゆるスターなのか泥団子なんだか分からない姿になってしまっている。
「うぎゃー、水は嫌にゃ。でも、進むのにゃー」
 足先についた水をピッピと撥ね飛ばして、シス・ブラッドフィールドが叫んだ。軽くて泥に浮かんでいるゆるスター軍団を生きた橋として踏んづけながら進んで行く。
「えーと、つまんできてもいいですかあ?」
 実際、まだ岸から数メートルしか進んでいないシス・ブラッドフィールドたちを見て、オリヴィア・レベンクロンが桐生円に訊ねた。
「溺れそうだったらね」
 助けても、泥を撥ねられたら嫌だなあと思いつつ、桐生円は答えた。
 
    ★    ★    ★
 
「見つけましたですわー」
 大声で叫ぶマネット・エェルに、九鳥・メモワールと九弓・フゥ・リュィソーが合流した。
「どこで見つけたの?」
「あっちですわ」
 訊ねる九弓・フゥ・リュィソーを、マネット・エェルが先導していく。
「見つけたのか!?」
 九弓・フゥ・リュィソーたちの動きに気づいた本郷涼介が、彼女たちの後を追った。それを察知して、何人かが輝睡蓮を求めて移動する。それに、シニストラ・ラウルスも気づいた。
「行きましょ。リーダーのためにも、輝睡蓮を手に入れなくちゃ」
 リン・ダージが、マサラ・アッサムをうながした。
「ああ、急ごう」
 美しい光の翼をふわりと風のように広げると、マサラ・アッサムがリン・ダージの後を追っていった。
「手隙の者は、あいつらを追え。輝睡蓮があるなら、焼き払え」
 シニストラ・ラウルスが命令を下した。
「今さら、そんなことを命令しても遅いですわ。輝睡蓮に辿り着くのはこちらが先ですもの。さぁ、いきますわよ」(V)
 小型飛空艇に乗る久世沙幸と共に空飛ぶ箒で急行しながら、藍玉美海が言った。
「ええ。輝睡蓮は美海ねーさまと私の物ですよね」
 九弓・フゥ・リュィソーたちを追い越して、久世沙幸たちが急いだ。前方にうっすらと輝く白い花の小さな群生が見える。輝睡蓮だ。
「いただきだもん。このチャンス、絶対に逃さないんだもんっ」(V)
 久世沙幸が一気に近づこうとした。
 そのとき、輝睡蓮近くの水面が突如大きく盛りあがった。
「な、何!?」
 久世沙幸たちがあわてて止まる。後を追いかけてきた者たちも、予想外の出来事に、いったん停止した。
「No more 環境破壊!!」
 いきなり姿を現した巨獣 だごーん(きょじゅう・だごーん)様の肩の上で、いんすます ぽに夫(いんすます・ぽにお)が叫んだ。
 いったい、こんな浅い湿地帯のどこに潜っていたのだろう。
 立ちあがった巨獣だごーん様が、木々の天蓋に頭をぶつけた。
 およそ生物があげる言語とはまったく異なる体系の音で、巨獣だごーん様が悲鳴をあげる。
「うわわわ……」
 輝睡蓮に後一歩という所まで近づいていた者たちが、一斉に耳を塞いだ。
「輝睡蓮は、貴重なパラミタの環境の一つです。むやみに摘み取ってはいけませーん」
 いんすますぽに夫が叫んだ。
「こら、状況が見えているのか!? 空気読め。だいたい、その輝睡蓮はぽに夫さん一人の物じゃないだろう」
 高村朗が非難の声をあげた。
「なんだ、なんかもめてるみたいだけど……」
 騒ぎを聞きつけて、近くに来ていた毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が、ひょいと木々の間から顔を出した。
 輝睡蓮の群生地は知っていたが、いつ保護対象になったというのだろう。以前採取した物はすべて使い切ってしまったので、これから取ってはいけないなんてことになると困る。
「なあ、そう思うであろう? おや、どこへ行ったのだ?」
 毒島大佐は、輝睡蓮の所まで案内してほしいと頼んできた仮面の男の姿を捜して周囲を見回した。
「独り占めなど、横暴デース」
「確かに。邪魔する奴は、この妖刀村雨丸で三枚におろしてくれよう」
「こ、こら、暴れないでよ」
「ひー、落ちます、落ちちゃう。汚れて読めなくなっちゃう。嫌ー」
 一本の空飛ぶ箒に無理矢理乗っかってここまでやってきた日堂真宵たち四人が、巨獣だごーん様の前で騒いだ。
「ラッキーですわ、もめている隙に、輝睡蓮をゲットしてアルディミアク様に……」
 レン・オズワルドとともに駆けつけたロザリィヌ・フォン・メルローゼが、しめたとばかりに巨獣だごーん様の横を回り込んだ。丈夫な段ボールを橇代わりにして、器用に湿地帯の泥の上を進んで行く。
 幾重にも花弁を重ねた輝睡蓮の花は、淡い光と清涼感のある香りを放っていた。大きさは、両手で余裕でつつめるほどで、思っていたよりは小振りだ。そんな輝睡蓮の花が、水に浮かぶ葉の間からいくつものびて咲いていた。
「やりましたわ。わたくしだけが輝睡蓮をゲットですわ。さあ、よく噛み砕いて、口移しにアルディミアク様に……」
 摘み取った輝睡蓮の花弁を口に含んで、ロザリィヌ・フォン・メルローゼはむしゃむしゃと咀嚼し始めた。
 だが、一同がもたついている間に追いついたのはロザリィヌ・フォン・メルローゼたちだけではなかった。
「お前は、ツァンダの遺跡を破壊した巨大ゆる族。あのときはよくも……。どけ。今は……、今は、それは焼き払わなきゃならないんだよ!」
 デクステラ・サリクスが、強烈な一撃を巨獣だごーん様に食らわした。
「ああああ、だごーん様ぁ!!」
 いんすますぽに夫が悲鳴をあげる。
 人の心を蝕む悲鳴をあげながら、巨獣だごーん様がつんのめるようにして倒れていった。
「だめー、こっち来ないで!」
「濡れる、濡れてしまう!!」
 自分たちにむかって倒れてくる巨獣だごーん様に、足止めを食らっていた者たちがあわてて逃げだした。容赦なく彼らを巻き込む泥の大波を起こしながら、巨獣だごーん様が倒れた。
「何してるッスか!」
 海賊たちを追ってきたサレン・シルフィーユが叫んだ。先行した者たちは泥の波に呑まれて、身動きできずにいる。
「まずいぞ、輝睡蓮が!」
 本郷涼介が叫んだが遅かった。
「正義の鉄槌、食らうがいいッス」(V)
 軽身功で水面を走ったサレン・シルフィーユが、等活地獄で手の届く範囲の海賊を叩き伏せた。だが、すべてを倒す暇はなかった。ディッシュに乗った魔法使いたちが、数人突破していく。それに、すぐにデクステラ・サリクスが、彼女の前に立ちはだかった。
「早く、確保を!」
 上空に逃げていた九弓・フゥ・リュィソーが叫んだときには、輝睡蓮の群生の上をファイアストームが焼き尽くしながら広がっていくところであった。
「何をしている!」
 まだ咀嚼しているロザリィヌ・フォン・メルローゼを、レン・オズワルドが覆い被さるようにして水中に押し倒した。二人が泥の中に沈んだ直後、水上をファイアストームの炎が通りすぎていった。
「くそ、輝睡蓮は」
 泥だらけの顔を水中からあげたレン・オズワルドは、急いで群生地を振り返った。
 先ほどまで光り輝いて咲いていた輝睡蓮の花々が、すべて黒い炭と化していた。これでは、使い物にならない。
「そうだ!」
 落胆しかけたレン・オズワルドが、ロザリィヌ・フォン・メルローゼのことを思い出した。
「生きてるか。さあ、輝睡蓮を吐き出せ。多少ばっちいが、今となっては、おまえの口の中の輝睡蓮だけが頼みの綱だ」
 泥の中からロザリィヌ・フォン・メルローゼを引きずりあげて、レン・オズワルドが言った。
「……、ううっ、ひっく、ひっく……のみ、のみ……呑み込んでしまいましたぁ。うわあーん」
 ぐしゃぐしゃになった髪から泥水を滴り落としながら、全身泥だらけになって誰だか分からなくなったロザリィヌ・フォン・メルローゼが大声で泣きだした。
「馬鹿野郎。吐け、今すぐ吐き出せ!!」
「うげげ……」
 レン・オズワルドはロザリィヌ・フォン・メルローゼのたっゆんな胸倉をつかんで激しくゆさぶったが無駄であった。
「くそう、ノアになんと言えばいいんだ……」
 レン・オズワルドはロザリィヌ・フォン・メルローゼを放すと、木々に厚く覆われた真っ暗な天蓋を見あげた。
 
    ★    ★    ★
 
「まったく、手間をかけさせてくれる」
 唇の端に滲んだ血を軽く手の甲で拭き取りながら、シニストラ・ラウルスが言った。彼の足の下には、ガイアス・ミスファーンが踏み敷かれている。
「うっ、我はまだ戦え……」(V)
「さあ、その右手をこちらに渡してもらおうか」
 シニストラ・ラウルスが、ジーナ・ユキノシタに命じた。
「渡しますから、ガイアスさんを放してください」
「約束しよう。俺は殺生は好かない」
 本当かどうかを分からないが、シニストラ・ラウルスはそう言ってジーナ・ユキノシタの投げ渡した女王像の右手を受け取った。
「ん!? これは……」
 手の中の石像の欠片を不審げに掲げたときに、突然やってきたフクロウがそれを奪い取っていった。
「そんな物があるからいけないんだよ。小次郎!」
 茅野菫が叫んだ。
「砕け散れ、爆炎波!!」
 身構えていた相馬小次郎が、使い魔のフクロウが空中に放り出した女王像の右手を爆炎波で粉々に砕いた。
「このようなものか」
 あっけなさに、ちょっと相馬小次郎が落胆する。
「これで最後かな」
「そうだよ」
 相馬小次郎の問いに、茅野菫が満足そうに答えた。
「構わないな。どうせ、あれも偽物だろう。変なサインが入っていたからな。どうやったかは分からないが、偽物ならもっとうまく作るものだ」
「そうだろうね。でも、今ので用意した物はすべて壊したから、その中にあった本物もお釈迦だろうねえ」
 みんなの持つダミーの右手を次々に破壊していった茅野菫は、満足気に言った。
「そうか。なら、それでいい。ティセラ・リーブラには、右手は敵自らが破壊したと告げよう。はたして、ミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)はどう思うことかな。まあ、俺たちにはどうでもいいことだが」
 そう言うと、シニストラ・ラウルスは、ディッシュを拾いあげて素早くその場を離れた。
「お嬢ちゃん、撤退だ。ここに、本物の欠片はない」
 未だココ・カンパーニュと激しく戦っているアルディミアク・ミトゥナにむかって、シニストラ・ラウルスが呼びかけた。
 シニストラ・ラウルスの考察はあたっていた。今ごろ本当の女王像の右手は、ジャワ・ディンブラによってトレジャーセンスでも感知できない遙か遠く、ツァンダ沖の雲海に運ばれているはずだ。ココ・カンパーニュからの連絡があれば、すぐさまミルザム・ツァンダに渡される手はずとなっていた。海賊たちは、最初から踊らされていたのだ。
「なら、なおさら、今ここで決着をつける。そうしたい!」
 泥まみれになりながら、アルディミアク・ミトゥナが叫んだ。
「決着も何も、思い出してよ、シェリル。私は、本当にあなたの記憶に残っていないの?」
 ココ・カンパーニュが問い返す。
 二人とも泥水にまみれ、戦いの熱気からか、全身からかすかな湯気を立ち上らせていた。とはいえ、この薄暗さでは、はっきりと見ることはかなわなかったが。
「輝睡蓮は処分したよ」
 手下とともにデクステラ・サリクスが戻ってきて、シニストラ・ラウルスに告げた。
「よし、なら、お嬢ちゃんを手伝うぞ。それで埒が明かなかったら、潔く撤退だ。副長を呼べ」
 シニストラ・ラウルスは短く命令すると、アルディミアク・ミトゥナの加勢に回ろうとした。
「そうはさせませんよ。あなた方の相手は、私たちがさせてもらいます」
 薄闇に溶け込むような漆黒の鎧を着たペコ・フラワリーが、フランベルジュを構えてシニストラ・ラウルスの前に立ちはだかって言った。
「お前たちを構っている暇は……」
 皆まで言えずに、シニストラ・ラウルスが攻撃を受ける。紙一重で槍の穂先を避けたデクステラ・サリクスがいったん下がった。
「構ってくれないと困るんだもん」
 ブラインドナイブスを躱された騎沙良詩穂が、信じられないという顔をして言った。
 輝睡蓮がだめになったのなら、もう直接アンクレットを壊すしかない。後はなんとかアルディミアク・ミトゥナを捕まえて、黒蓮の効果が切れるまでおとなしくしてもらうだけだ。
「そのためには、あなたたちにはもうアルディミアクちゃんを渡さないんだもん」
 騎沙良詩穂は、決意を込めてそう言った。
「邪魔をするな」
「するわよ」
 シニストラ・ラウルスの投げたリターニングダガーを、安芸宮和輝がスウェーで弾いた。彼を守るように、バスタードソード型の光条兵器を持ったクレア・シルフィアミッドと、薙刀を構えた安芸宮稔が左右をかためる。
「まったく、なんでお前たちは、そこまでこだわるんだ」
 理解できない、いや、そう思い込みたいと、シニストラ・ラウルスが訊ねた。
「人を嫌いになる理由なんていくらでも思いつきますものね。だから、人を好きになることに理由はいりませんわ」
 安芸宮和輝たちにヒールをかけて補佐しながら、狭山珠樹が答えた。