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 第3章 ナンパは続く

「じゃあ……このコピーに書いてある通りに1日じゃ戻らないってこと?」
 隼人達を片付け、薬作成メンバーにソルランを加えて話し合いをする。ファーシーは、集団の脇で大騒ぎをしているヌイ達に目を遣った。ヌイは、卓也の腕にべったりとくっついているフェリックスを下から引っ張っている。
「ヌイ、その男から離れなさい。いいから離れなさい。その男は僕であって僕じゃないんですから」
「? なんでだめデス? 卓也違うデス?」
 フェリックスは卓也を見下ろして、ヌイに言う。
「これ、卓也デス! 卓也いいって言うデス!」
「ええ勿論。好きなだけこの腕に触れていてくださって結構ですよ。積極的なヌイ嬢……素敵ですね」
 そしてフェリックスをひっつけたまま、卓也は佑也に声を掛ける。
「お嬢さんも被害に遭われたのですか? お可哀想にこんな姿になってしまって。大丈夫、貴女の素晴らしさはそんなことで傷つけられはしません。不安に思うのなら俺がずっと側にいましょう」
「ルーメイ何やってるの! なんで君はいつもいつもそうなの! しかも今僕の格好なんだからやめてよ! 変な絵面になってるから!」
「こんな姿って何だこんな姿って……」
「お、俺は男、だぜ?」
 ジト目になるアルマに、誤魔化す佑也。どんな格好をしていても、『フェリックス』には中身の性別が判るようだ。ヌイがぼやく。
「なんでこんなことになったんだろう。ルーメイまで実を食べなきゃ、こんなややこしいことには……あ、どうぞ、続けてください」
「あ、うん、じゃあ……」
 いつの間にか止まっていた話し合いが再開される。
「……会長は、はっきり何日とは言いませんでした。でも……少し恐いですね」
 陽太が言うと、皆の視線は自然と薬の鍋に集まった。何だか甘ったるい匂いがしていて、あれから何度かチェックしてみたが芳しい効果は得られていない。
(……なんか、他にも色々入ってて、もはや闇鍋だな、コレ。いや、しかしフルーツが主体だから、食えないことは……? 闇鍋と言えばイルミンのあの人だが、今日はいないようだ……残念)
 鍋――もとい、闇鍋を眺めてエヴァルトは思う。これから、もっと変な物が入ることを彼は知らない。
「……よし! わたし、大樹まで行ってみるわ!」
 ファーシーはそう言って、皆を見回した。
「妖精さんを探すのにも人手がいるだろうし……何より、会ってみたいわ」
「おーい、例の果実を持って来たぞ!」
 そこで、引き戸が開く音がして大野木 市井(おおのぎ・いちい)マリオン・クーラーズ(まりおん・くーらーず)が入ってきた。ダンボール数箱に綺麗に敷き詰められた果実を見て、一同はおおっ、と目を輝かせた。
 これだけあれば、実験には十二分に足りるだろう。
 やっと、まともに薬が作れるというわけだ。

(あら? おかしいですわね……)
 風森 望(かぜもり・のぞみ)は、目覚めてベッドから立ち上がると眩暈を起こしたような錯覚を覚えた。頭を振って室内を見回し、寝惚けた頭でぼんやりと思う。
(何かいつもより目線が高いような……それになんだか、胸も軽いよ……うな……)
 そこで、望はばっちりと目が覚めた。
「みぎゃぁぁぁぁ!? わ、わわわたくしの胸が!?」
 その叫びをドア越しに聞いて、伯益著 『山海経』(はくえきちょ・せんがいきょう)は緑茶を飲んでいた手を止める。
「……なんじゃ? 騒々しい」
 やがて出てきた望は、両手で勢いよくテーブルを叩いた。
「望はどこですの!?」
 意味が判らず、且つ誰かを彷彿とさせる喋り方に山海経は眉を潜めた。
「何を言っておるのじゃ? お主が主であろう?」
「わたくしはノートです!」
「ああ……成る程納得じゃな」
 喉につかえていたものが取れたような気がしてすっきりする。ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)が叫んだと思ったら望で、その時から違和感ばりばりだったのだ。
「恐らく、望はわたくしの姿をしていますわ。ああ、一体どこへ……!!」
「……あの果実かのう」
 彼女達が突然こんな特殊な事態に陥ったのには、何か特殊な要因がある筈だ。山海経は、昨日の事を思い出す。ツァンダの森にある大樹が新種の実をつけたということで、果実狩りが催されたのだ。地理書である山海経は果汁で染みを作るのが嫌で留守番していた。望とノートが持って帰ってきたお土産も食べていない。
「果実……でも、あれは沢山の方が食べていましたわよ?」
「では、沢山の者にこの現象が起きているのではないのか? 主は……」
 そこで、2人は顔を見合わせた。
「原因に気付いたら、主はどうするかの?」
「……こういう時の望の行動は一つ! 事態を引っ掻き回すに決まってますわ! 果実をばら撒いて、被害を広げようと……!」
 そう結論づけると、望は部屋の出入り口に向かった。大樹の位置はうろ覚えだったが、なんとかなるだろう。
「バイクをかっ飛ばして、追いかけますわよ!」
「……まぁ、実の方には興味はあるしの」
 湯のみを置いて、山海経も立ち上がる。
「ふむ、しかし……中々に面白い、記載するに相応しい特徴だのぅ」

 校舎を歩く男子生徒に片っ端から声を掛ける男子生徒がここに1人。
「ベイビィ! 俺にとって恋をする事は、息をするのと同じなんだよ?」
 今時ギャグマンガででもそう見かけないようなテンションだ。いつもの春夏秋冬 真都里(ひととせ・まつり)ではありえない行動である。そう、真都里の中には今、小豆沢 もなか(あずさわ・もなか)が入っていた。
 入れ替わった身体でナンパに繰り出した者達は数あれど、真都里はその中でも存分に羽を伸ばしていた。真都里の入ったもなかの身体は、ぐるぐるに縛られてイルミンスールで眠っている。自分の性別がバレるとまずい、とそうした訳だが、なんでもできると思った時に思いついたのが……
(まつりんが目が覚めて元の体に戻った後に、男の恋人さんがいたら面白そう……どうなるのかな?)
 だった。
 ということで。
「ベイビィ! キミという青い果実を食べてしまいたいよ? ふふ、冗談さ……本当はキミが熟れるのを待って、ジュクジュクな関係になりたいのさ……」
 と男子オンリーで声を掛けているわけである。もなかを拘束する時、自分の身体を縛るという行為に倒錯した感情を抱いたのは秘密だ。
(姉以外なら誰でもとか言ってるから、男の子でもいいのかな? わくわくするよう……)
 ライトな台詞が、調子に乗ると共におかしくさわやかにアダルトな内容になっていく。『もなか』的には、イケメンを気取っているつもりなのだが。
 かなり勘違いしているようである。
「ベイビィ! キミをテイクアウト! なんなら俺をイートイン?」
 しかも、相手はピンからキリまで節操が無い。視力が悪い、という設定もあるようだが――
(まつりんの外見で男の子に迫れば、元に戻ったら困るだろうなー。くふふふふ)
 もう9割方、わざとくさい。
(まぁほら? 口説いてる姿を大勢の人に見られるだけでも……困った事になるよねぇ……へへ……あっ!)
 そこで、真都里は自分好み超ド級ストライクのイケメンを発見した。

「どうせなら虚雲くんと入れ替わりたかったですね……そうしたらあんな事やこんな……冗談ですよ」
「……お前のは冗談に聞こえないんだよ。だが、何で俺がよりにもよって紅なんだ……!」
「鈴倉の体は不便にも程があるぜ。小っちぇ」
 瀬戸鳥 海已(せとちょう・かいい)紅 射月(くれない・いつき)鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)は、それぞれがそれぞれの身体に不平を漏らしていた。
「くそっ、落ち着かねぇ。借りるぜ」
 虚雲は舌打ちすると、射月のかけていた眼鏡を奪って装着する。
「テメェに借り作るのは癪だが仕方ねぇ」
 ドッペルゲンガーのように立つ海已の中身に対して虚雲は言う。
「勝手に取るなよ副会長。紅、いいのか?」
「かまいませんよ。むしろ、虚雲くんが賢く見えて僕としては大満足です。どうですか? これから眼鏡……」
「そういう目で見られるならごめんだ」
「おや、虚雲くんは純情ですね」
 苦々しい顔をする射月に、海已は含み笑いをする。さて、これからどうするか。海已の身体であることは聊か不満だったが、この姿ならいつもと違うことも出来るだろう。どうせなら、好き勝手に利用してしまおう。
「王子!」
 そう考えた時、学校という場には不似合いな呼び声が聞こえた。しかし、過去に呼ばれた経験もある海已は声の発生源を探す。すぐに入れ替わっていることを思い出し、射月の方を見るが――
「美しい王子よ……俺に眼鏡を拭かせてください……」
 真都里のターゲットは海已だった。もともと一目ぼれしていた『もなか』は、これまでの軽い調子のナンパから一転し、海已を上目遣いで見て本気モードだ。甘い(と思っている)言葉を詠うように捧げていく。
「俺は卑しい眼鏡拭き……
 王子の眼鏡を綺麗にしたい
 曇りなき王子の眼鏡は
 世界全てを見通すから!
 そして、俺の心をその視線で……
 どうか射抜いて下さい
 ァアハァ〜ン!」
「「「…………」」」
 その微妙極まりない愛の詩に、射月と虚雲も言葉を失う。虚雲に至っては自分に迫る少年に、さぶいぼがたったように身体を掻き毟っている。
 しかし、そんな愛の詩にもスマートに、熱く返すのが海已(射月)である。男同士の恋愛など大嫌いな虚雲(海已)をちらりと見て、敢えて特技の誘惑を使った。
「眼鏡といわず、僕をもっと綺麗にしていただいて良いんですよ? こんな僕でもいいなら……退屈はさせません」
 口元に妖笑を浮かべて舌なめずりをし、真都里の顎をクイっと持ち上げて視線を合わせる。それこそ、彼の心を射抜くように。
「王子……ああん王子!」
 ……本当に射抜かれてしまったらしい。
 恍惚とする真都里の唇の縁を、そっとなぞる。左手で腰に手を回すと、顔を近付けて耳元に息を吹きかけた。
「お名前をお伺いできますか? 子羊さん」
「真都里……」
 そこで、耐えられなくなったように虚雲が2人の間に乱暴に割り込んだ。海已の胸倉を掴んで睨み上げる。虚雲のその野生的な視線に、『射月』は少しどきりとした。
「人の体で何勝手してやがるこのド変態がッ! 男に興味はねぇって言ってるだろうが!」
 もう片方の手に握るカタールを真都里に突きつけ、怒鳴る。
「テメェもテメェだ! 王子とか意味不明な事抜かしてんじゃねぇ!」
(少し、黙らせますか……)
 海已は内心で優雅に笑い、虚雲の後ろからそっと腕を回す。
「カイイ……二人纏めてお相手してもいいんですよ……?」
 むしろお相手したい。という気分で誘惑する。
「きめぇんだよテメェは! 鈴倉を切り刻んで、戻った時にはぶっ殺してやろうか! あぁ!?」
「それはやめてくれ副会長……」
 頭痛を覚える射月。聞いているのかいないのか、否――聞いていないな。
 頭に血が昇っている虚雲と、すっかりこの状況を楽しんでいる海已と当初の目的を忘れて海已に熱を上げる真都里から離れ、真面目に元に戻る方法でも考えようと歩き出す。最初は、外見特徴が美形の射月の姿で女の子に話しかけようかとも思ったが、他の生徒も入れ替わっているだろうし、3人のやりとりを見ていたら萎えたというのもあった。