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リアクション
「……なに、この胸に、身長」
エルシア・リュシュベル(えるしあ・りゅしゅべる)は着替えをしていた手を止め、身体を見下ろした。普段から着ている高務 野々(たかつかさ・のの)のメイド服が、小さいのだ。胸元のボタンが留まらない上に、ロングスカートがミニスカートになっている。野々本人としては、愕然とするしかない。
「しかも腰の位置はそんな変わらないって……私が胴長だと言いたいのですか! なんて妬まし……もとい、悔しい!」
憤慨していると、野々が普通に野々の服を着て入ってきた。さっぱりとした表情をしている。
「朝起きた時は驚きましたが……今日は身が軽くて楽です。とても心地良い」
野々は、エルシアの、自分の身体が――どれだけ重たいかを自覚していた。主に、胸が。入れ替わったおかげで上半身がすっきりとして、何十何百年と付き合ってきた肩こりから解放された気分だ。
しかし、その爽やかな気分も、エルシアの格好を見て吹っ飛んだ。
「野々、さすがにあたしの身体でキミの服を着るのはいささか理不尽が過ぎるというか、なんというか……」
慌てて言う野々に、エルシアは冷たーい目を向けた。
「何?」
「足が出てるとか、恥ずかしい格好をしないでくれ!」
「…………」
それはナチュラルに、野々(中身)の逆鱗に触れた。彼女は、メイドの仕事を始めるべくさっさと部屋を出る。昨日、そして今朝の事を思い出すと何とも悔しい。
蒼空学園で勝手に掃除してたら貰った、黄色の果実。甘いものが苦手な野々でも珍しく美味しく感じられ、嬉しくてついたくさん食べてた時にエルシアに見つかったのだ。他の人にあげる分まで食べてしまっていた彼女は、口封じついでに果実を突っ込んで、エルシアを共犯に仕立て上げていた。
(あの時、エルシアに食べさせていなければこんなことには……! ……そのバチが当たったのでしょうね。まさか身体が入れ替わるなんて……!)
起きた時に圧死するかと思った胸が妬ま……もとい、動きにくい。立ち上がった時は前に倒れそうになったし。
エルシアは、それはともかくメイドの仕事をキチンとこなそうと掃除に取り掛かった。胸が邪魔で足元が見えないのがまた腹立たしい。
(もう! 前にある二つの重りが動きを慣性で引きずってきますし!)
そこに野々が追いついてくる。エルシアの行動を目の当たりにして、野々は驚きの声を上げた。
「なっ! そのままメイドの仕事をするなんて!」
「なんですかエルシア。文句ありますか? ありませんよね? 胸元出しても! それともエルシアがこの仕事をこなすんですか?」
どーん! と胸がこぼれんばかりのメイド服に、野々は顔を赤くした。
「確かにあたしではメイドの仕事は出来ないが……だからといってそんなはしたない格好で!」
「……メイド服がはしたない、と?」
「いや、違う、そうじゃなくて……! あーもう、理不尽だ! だれか、どうにかしてくれ!」
そんな彼女達の姿を、生徒達がすごい目で見て通り過ぎていく。あからさまに嬉しそうな者もいて、エルシアは叫んだ。
「早く、早く元に戻りたいです! あー、ほんとーに妬ましい!」
あ、言っちゃった……。
しかし、彼女達よりも更に生徒達の注目を集める2人組×2がいた。
蒼空学園に1つか2つか3つか4つ、もしかしたらそれ以上あるかもなプールの内の屋外プール。初夏に入り、きれいな水に満たされて準備万端だ。塩素の匂い漂うプールサイドで――
「さゆゆ、もっとくっつきましょー。あっちに負けないようにがんばるですー」
「1度プールに入ったのは正解だったね! 水着はやっぱり濡れてないと!」
何をやっているかというと、決して妖しいことではなく、ただの写真撮影である。そう、ただの。
スク水を着て上半身だけ脱いだ藍玉 美海(あいだま・みうみ)とナリュキ・オジョカン(なりゅき・おじょかん)は、お互いの胸をむぎゅっと密着させてカメラにポーズをとっていた。
生徒達はそれを、びっくりしたり目の保養にしたりしながら通り過ぎていく。
せっかくの入れ替わりを存分に楽しもうと、彼女達は地球人とパートナーに分かれてグラビア撮影対決をしていた。これはその衣装の1つである。お互いに3つずつテーマを出した。ちなみに、こちらのスク水は久世 沙幸(くぜ・さゆき)側の提案である。
「私はナリュキのチョイスを有る程度尊重しましたけど、何というか……遠慮無いのばかりな気がするのですよ〜」
「遠慮してたら面白くないよ! 次はひなのテーマだね! 相撲部屋がいいかな、うちの学校にあったっけ」
「蒼学に無いものはありませんよ〜、たぶんっ」
次は胸にさらしを巻いて褌姿で、力強い絡みポーズを撮るつもりだ。
「私とさゆゆの息の合ったコンビネーションを魅せてやるのですー」
その逆サイドでは、桐生 ひな(きりゅう・ひな)と沙幸が紐水着で抱き合って、おねだりポーズをしていた。上半身は脱いでいない。いやヒモだけど。
移動していく2人をチラ見しながら、彼女達は怪しい……本当に怪しい笑みを漏らした。
「くしくし、妾が別に動いていて見覚えあるこの身体……入れ替わりとは面白い機会に出会えたものじゃな、にひひ」
「沙幸さん達、楽しそうですわね。わたくし達が何を考えてるかも知らないで……」
「ほっほっほ、罰ゲームが楽しみじゃ」
パートナー側は、撮影した写真を裏ルートで売り捌く準備を整えていた。これで、売り上げを競うのだ。負けた方には、とある場所で売り上げトップの衣装を着るという罰ゲームが待っている。
「しかし、こういう形で美海と絡み出来るってのも面白いのぅ。思う存分さゆゆボディを美味しく頂くのが得策じゃて」
「艶かしく、素敵な絡みを見せて差し上げたいですわね」
ひなと沙幸は、好き放題なことを言って黒そーな笑みを浮かべた。
逃げ回っていたレミは、向かいから来る鳥羽 寛太(とば・かんた)とカーラ・シルバ(かーら・しるば)に助けを求めた。
「か、寛太! 俺だ、周だ! 助けてくれ!」
「なんと! あなたも入れ替わりを……? 分かりました! 助けましょう!」
寛太は近くの教室に周を誘って事情を聞いた。
「あ、それならアレですよ。女湯に今行っても、誰も居ませんよ」
「え? そうなのか?」
「さっき、行ってきましたから。サンプルにあったのに誰も仕掛けてこないという驚きの事態です」
「……何を言っているのか後半がよく……」
「女子更衣室なら、誰か居るんじゃないですか?」
そんな若干意味不明な会話をしていると、カーラが言った。
「問題の解決は簡単です。元に戻ればいいんです」
「でも……そしたらますます遠慮がなくなるんじゃねーか?」
「何言ってるんですか。元に戻れば力関係も元に戻ります。大丈夫ですよ、きっと勝てます」
寛太はとても良い笑顔で言うと、おもむろにスクール水着を取り出した。蒼学で昨今決定したあの爽やかビキニではない。オーソドックスな紺色の、胸に大きいワッペンをつけるタイプのスクール水着だ。
「どうぞこれに着替えて下さいな」
「は?」
「色々と試してみないと分からないじゃないですか! 根本的な解決の為です! さあさあ!」
レミは、言われるがままにスクール水着を着た。別に、レミの身体でスク水でも、だから何だという感じではある。
「……戻らないぞ?」
着終わると、寛太はふーむ……と唸る。
「……おっと失敬。スク水なのに濡れてないと変ですよね」
そして、アシッドミストをレミにかけた。弱酸性で体に優しいビオ……あ、違ったアシッドミストだ。カーラがその状態を、黙々とメモリーに記録している。
「やっぱり、戻らないぞ?」
濡れてぴったりとしておへそとかの形まで分かるレミをじっくりと眺め、寛太は言った。
「おかしい……何が足りないんだ。ちょっとジャンプしてみてもらえます?」
「?」
言われるままにジャンプする。寛太は上下に揺れる胸を凝視して――
がらりっ! と教室の戸が開いた。現場を目撃した周は、頭からツノを出す勢いで目に怒りを滾らせた。
「しゅ、う、く、ん?」
「わわっ! なんでここが……!」
繰り出される爆炎波を必死に避け、反対側の戸から脱出する。
濡れたスクール水着のまま。
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