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リアクション
街の事件簿
福の神布紅が原因不明の不調に苦しめられていた頃。
ツァンダの街ではじわじわと、お守りの押し売りの影響が広がっていた。
「被害があったのってこの辺り?」
「そうらしいですね。変な噂だとは思っていましたが、クラスメイトや下級生にも被害が出ているようです」
ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)と菅野 葉月(すがの・はづき)は蒼空学園近くの道を歩きながら、周囲に目を配っていた。
最近、蒼空学園近くでお守りを無理矢理に売りつけられた、という噂を耳にするようになった。
学校というのはただでさえ噂が広まりやすく、中には往々にしてデマも含まれているものだ。けれど、噂が気になった葉月たちが辺りで聞き込んでみた処、生徒以外にもお守りを売りつけられた、という被害者が見つかった。
「酷いことする人がいるもんだね。絶対に許さないんだから!」
お守りとは思えないほど高く売りつけられたと聞いて、ミーナは憤慨した。葉月はお守りに縫い取られていた、福神社の文字が気にかかって仕方がない。
「まさか神社がそんな押し売りをしているとは思えないのですが……このままでは福神社にも影響が出てしまいます。神社がお守りを押し売りしているなどという噂が広まってしまったら、評判はがた落ちですから」
被害者をこれ以上増やさない為にも、福神社の為にも、何とかして押し売りを見つけなければ。そしてそれが福神社とは関係ないのだと知らしめなければと、葉月たちはツァンダの街を押し売りの姿を捜し回った。
「グラン殿、これを見て欲しいでござる」
尻尾を千切れんばかりに振って走り寄ってきたオウガ・ゴルディアス(おうが・ごるでぃあす)が、自慢そうに何かを掲げてみせた。
グラン・アインシュベルト(ぐらん・あいんしゅべると)はそれを受け取り、しげしげと眺める。
「ほう? これはお守り袋のようじゃが……」
「霊験あらたかな福の神のお守りでござるよ。非常に高いものでござったから、きっと効果も抜群でござるよ!」
説明するオウガは実に嬉しそうだったけれど、それを眺めるグランの目はいぶかしく眇められる。
「それにしてはこの作り……随分と雑ではないじゃろうか」
一応布には福神社との縫い取りが入っていてお守り袋の形はしている。けれど口の部分は切りっぱなしのまま。それを紐でくくって綴じてある様子は、高価なお守りには見えない。
「……本物とは思えぬな」
アーガス・シルバ(あーがす・しるば)がぼそりと呟いた言葉に、オウガは驚愕する。
「な、な、なんと、ニセモノでござるか?」
「確実にそうだとは言えぬが、その可能性は高そうじゃのう。これはどんな経緯で購入したのじゃ?」
「歩いていたら見知らぬ人に手招きされたでござる。で、『イイモノあるヨ、掘り出しものダヨ』と誘われたでござる」
「本物のお守りがそのように売られているはずがないじゃろう」
オウガの説明に、グランは嘆息した。純真無垢なのはオウガの美点……とはいうものの、この騙され方はいささかひどい。
「そ、そんな……ニセモノをつかませるとはとんでもないでござる!」
「……まったく、すぐにそういう物に頼ろうとするから騙されるのだ」
アーガスは騙されたオウガに呆れつつも、そんなオウガだからこそ騙した相手を許せない、とも思う。
そうしてニセモノらしきお守りを囲んでいる3人に、慌てた様子でロドリーゴ・ボルジア(ろどりーご・ぼるじあ)が声をかけた。
「ちょ、ちょっとすみません。それを見せていただけますか?」
「構わぬが、一体どうしたというのじゃ?」
グランがお守りを渡すと、ロドリーゴは懐から出した自分のお守りと見比べた。
「同じだ! ということはこれは……」
ショックを受けているロドリーゴに、グランがやれやれと肩をすくめる。
「お前さんも騙された口かの」
「おお……お仲間でござるか」
オウガががっしりと手を取った。が、当のロドリーゴはひたすら動揺するばかり。
「どうも様子がおかしいと思ったのだ。しかし福神社は余にとって無縁な場所ではない故に、つい……。あああの時になぜもう少し、問いたださなかったのか……!」
「どうやら他にも被害者がいるようじゃな。ふむ、これは事件のにおいがするのう……」
「事件! そうだ、こうしてはいられぬぞ」
ロドリーゴは口早にお守りを見せてもらった礼を述べると、素早く身を返した。
「よりにもよって福神社の偽守りを売りさばくとは許せぬ! これは神の鉄槌を下す必要があろうぞ!」
聖衣を翻してロドリーゴが向かったのは、ミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)の元だった。
「このようなニセモノの聖物は許しておけぬ!」
息せき切って事情を説明するロドリーゴに、アマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)は呆れた。
(全くもう……)
そうは思うが口には出さず、ただ小さな溜息だけに留める。が、イル・プリンチペ(いる・ぷりんちぺ)の方は遠慮しなかった。
「それってプロテスタントの言い分じゃない?」
「偽守りとそれとは関係なかろう!」
「でもさ、教皇庁もいい加減な贖宥状を売りまくってたんだし、自業自得ってところじゃないの? 聖下もちょっとはサヴォナローラとかマルティン・ルターの気持ちがわかったんじゃない?」
そこまで言って、あ、知らないか、とイルは呟いた。
「後の者のことは知らぬが、余の前でサヴォナローラの名を出すのはやめてもらおうぞ」
むきになって怒るロドリーゴを、アマーリエがはいはいと宥める。
「それはともかく、その犯人は放置しておけないですね。顔は覚えていますか?」
「無論、この目にしっかと焼き付いておりますぞ」
「ではモンタージュ写真を作成しましょう。捜すにしろ、注意を呼びかけるにしろ、相手の風貌が分かっていた方がやりやすいでしょうから」
一旦教導団に戻り、機材を借りようというアマーリエに、ミヒャエルも提案する。
「それならば、まずは念のため、福神社にそのお守りもどきがニセモノであることを確認するべきですな。その上で空京警察に被害届を出すとともに注意喚起の啓蒙活動を……」
「ですが事件の起きているのは、ここツァンダです。空京が絡むと管轄問題でこじれないでしょうか」
「しかしツァンダには警察はありませんぞ。とすると、ツァンダ家の騎士の詰め所に行くことになりますな……ふむ……」
管轄やら気になる部分はあるが、ツァンダのことならば警察機構の代わりとなっている騎士詰め所に行くのが道か。ミヒャエルらはそう考えて、騎士詰め所へと向かうのだった。
その間も蒼空学園付近では、偽物のお守りの被害がじわじわと広がり続けていた。
「福神社のお守り? 布紅ちゃん頑張ってるね」
お守りを見せられた葛葉 明(くずのは・めい)は、思わず笑顔になった。
「そうそう、福神社を助けると思って、このお守り買ってくれねえかな」
にじり寄ってくる販売人はちょっと気持ち悪かったけれど、これが布紅の生活の足しになるのなら、お布施のつもりで購入してもいいかも知れない。
「幾ら? ってそんなに高いの?」
「まあ神様モノはご祝儀相場でねえ」
「……仕方ないわね」
「毎度ありぃ」
まんまと明に売りつけると、販売人は次のカモはいないかと通りを物色し、いかにもお嬢様らしい風情のマリア・クラウディエ(まりあ・くらうでぃえ)に目をつけた。
「よう、福神社のお守りを買わねえか?」
マリアはちらりと販売人を見たが、すぐにふいと逸らす。
「いらないわ」
だがそんな断り文句で引き下がっていては押し売りは成り立たない。販売人はマリアに追いすがる。
「何言ってんだよ。こりゃ霊験あらたかな福の神様のお守りだぜ。特別に譲ってやろうって言ってんだ。感謝してもらっても良いくらいだ」
「……今、何て言った?」
マリアの不機嫌の原因には気づかず、販売人はお守りを印籠の如くに突きつける。
「だーかーらー、これは福の……」
「物を売るときの基本がなっていない!」
「へ?」
いきなり怒鳴りつけられて、販売人は目を丸くした。マリアの外見からそんな言葉が出るとは思っていなかったのだ。
「昔じゃあるまいし、今時、凄んで物が売れる時代じゃない! セールストークはトーク力が命! 私が万人に受けるトークの力を指導する!」
「な……」
思わぬ展開に硬直している販売人を、ノイン・クロスフォード(のいん・くろすふぉーど)は面白そうに眺めた。マリアはまったく気づいていないが、ノインにはこの男が悪質な販売人なのだろうと予測が付いた。
それをマリアに告げても良かったが、この成り行きがどうなっていくかを知りたくもある。マリアに危険が及ぶというのならヤるまでだが、不意をつかれた男はすっかりマリアのペースに巻き込まれている。しばらくはこのまま見物するのもいいだろう。
そう判断したノインは、何食わぬ顔でマリアを応援する。
「それは良いですな。自分ではトークの弱点は気づきにくいもの。的確な指導を受ければ、ぐんと販売力が向上すること間違いなしです」
「ではまず基本からよ」
マリアは滔々と男にセールストークを指導した。販売人も逆らってはまずいと判断したのか、あるいは横で睨みをきかせるノインを警戒してか、はいはいと聞き流している。説明を終えるとマリアは確認した。
「……ということ。理解できた?」
「ああああ、それはもう。ありがとな。じゃあ俺はこれで……」
そそくさと逃げようとした販売人だったが、マリアはそれを許さない。
「理解できたかどうか、実践してみないと分からないわ。後ろでチェックしているから安心して販売にいそしむように」
びしっと指をつきつけると、一応は物陰に隠れて様子を窺った。
「……やりにくいぜ」
ちっと舌打ちしたものの、販売人の目はしっかりと次のカモを物色し、そして神和 綺人(かんなぎ・あやと)に狙いを定めて寄って行く。
「よ、姉ちゃん、今1人かい?」
馴れ馴れしく呼びかけた販売人の後頭部に、マリアの投げた小石がヒット。
「お、お嬢さん、少し時間をもらえますか」
「僕は男なんだけど……はい、何でしょう?」
丁寧に言い直した販売人に怪訝な顔を向けつつも、綺人は用件を尋ねた。
「福神社って知ってるかい? ほらあの、最近、その、何だっけか……」
「???」
後ろが気になりしどろもどろになりながらも、販売人はお守り袋にもったいぶった説明をつけた。
「お守りが必要なら、直接福神社に行くから」
どう見ても怪しげな男の風体に、綺人はいらないと断ろうとするが、そこで引くような販売人ではない。
「え? じゃあ何だぁ? 福の神の天罰が下って不幸になりたいんか?」
「それは……いやだけど」
「だろだろ? じゃあこれを買っときな!」
押しには弱い綺人にお守りを売りつけ、毎度あり、と代金をポケットにつっこんだ。
そこにマリアがずいっと近寄る。
「凄味で押すのはセールスマンとして失格だと言ったはず。ちょっとそれを貸しなさい、何なら私が……」
「いけません」
思わずお守りに伸ばしたマリアの手を、ノインが遮った。さすがにマリアに悪徳商品を販売させるわけにはいかない。
「この方自身が頑張って、素敵な販売人にならなくてはならないのですよ」
皮肉たっぷりに言うノインに、このままではまずいと思ったのだろう。
「そ、そうだな。いや、ありがとう。良い販売人になれるように次までに勉強してくることにするぜ」
販売人は適当に礼を言いつつ、脱兎の如く逃げだした。
「待って、まだ教えていないことが……」
マリアは追いかけようとしたが、ノインはそれを止める。
「彼なりに勉強の必要性を感じたのですから、それでよしとすべきでしょう」
「そう? まあ、役に立てたのなら良かったわ」
満足げなマリアに、ノインはこっそりと笑いをかみ殺した。
「ひでぇ目にあったぜ。何だあれは……」
マリアたちが追ってこないとみて、販売人はふぅと冷や汗を拭いた。もう一稼ぎしておきたい処だが、気分をすっかり削がれてしまった。こんなゲンの悪い日は帰って寝るに限る。
そう決め込んでせかせかと歩いていく販売人の後を、こっそりつける影2つ。
「四条さん、あの人捕まえないんですかー?」
「しっ……」
四条 輪廻(しじょう・りんね)はアリス・ミゼル(ありす・みぜる)の顔の前に手を突きだし、その言葉を制した。
「単独犯とは限らんだろう。ここであいつを捕まえても仕方がない」
「あ、そうですね。犯人が集まってる処を一網打尽にするんですかー」
今度はしっかり声を潜め、アリスが分かったように言ったが、それにも輪廻はちちちと指を振ってみせる。
「こういう事件では、そうやって犯人を捕まえても集めた金はどこへやら、というのが多いのだよ。それでは事件は解決するが、金はどこかに流れて消えてしまう。実に勿体ないとは思わないかね」
「それはそうですけどー」
まだ納得出来ていないアリスに、輪廻は計画を話した。福神社のお守りを販売して得た資金なら、福神社のものとして使ってもいいはず。ならば、他の者たちが犯人を捕まえる前にその金の流れを探り、あわよくば脅し取ろうというのがその計画だ。
「ここはデコサイバーのお膝元だ。クイーン・ヴァンガードになり済ませば、揺さぶりをかけられるだろう」
「デコサイバー?」
「蒼空の校長だ」
「ああ……って四条さん、でもそれ犯罪ですよね」
「ばれなければいい、金取られても訴えられんだろう。
「そんな無茶な……」
「無茶だからこそ面白いのであろう。分かったら静かについて来るのだ」
「でも……」
まだ迷う様子ではあったけれど、アリスは輪廻の言うとおり、口を閉ざして販売人の後をつけるのだった。
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