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 第十章

 比較的安全にトラックに乗ったペンギンも多数だが、その一方で、移動中に敵に囲まれてしまうペンギンもいた。
「これは……少々まずいですわね」
 神倶鎚エレンは額の汗を拭った。冷凍庫から出て数分といかぬうち、獰猛なカモメの群れと出くわしてしまったのだ。カモメは五羽だがこちらには二十を超えるペンギンがいる。少しでも目を離せばおしまいだ。桐生円と七瀬歩も、ペンギンたちを守るべく両腕広げてカモメを睨むが、数羽の犠牲は覚悟すべきかもしれない。
 ペンギンは恐怖のあまりガタガタと震え、もはやパニック寸前だ。それでも恐慌を来さないのは、チーム『円ぺらーペンギン』を信じているからだろう。
 だがその不安の黒雲を、払拭するような快活な声が響いた。
「ははは、良いね変異トウゾクカモメ。いくら見ても飽きない。人型に鳥の顔、当に怪鳥ロプロプの如しだ。特に今度のは骨格がいいのが揃ってる。スケッチ用の骨格に貰って帰るとする……か?」
 からりとした口調だが妙に頼もしい。袴履き、太刀を腰に佩き、勇ましくも魅力的な和装の女性が、懐手してやってくる。彼女は佐野 豊実(さの・とよみ)、そんな彼女に呼びかける低い声がした。
「豊実さん、妙な方向に張り切るのは程々にな……今の優先事項は……」
「むう、分かってる、分かってるよ。先ずはペンギン達の守護からだね。仕事はするよ? するともさ。ちぇ、仕方ないなあ……」
 豊実は拗ねたような口調だが、その実、このやりとりを楽しんでいるようでもある。
「正義の味方参上、と、言いたいところだが強面(コワモテ)ですまねぇ。助太刀と安全地帯までの護衛、勝手ながら請け負うぜ」
 低い声の主は、立っているだけで凄味のある男だ。名は夢野 久(ゆめの・ひさし)、ポケットに両手を突っ込んだままぶっきらぼうに告げる。
「お前ら、言葉は通じてないだろうが野生動物なら本能的にわかってるだろ? これで五対五、数で等しいなら戦力的に、もう勝ち目はない、って」
 久は決して、脅すような声色は使わない。そんなことをしなくても自然に敵を呑む迫力がある。平然と話すほうが恐ろしいことを知っているのだ。
「俺はトウゾクカモメには何の恨みもない。豊実さんは骨格標本にしたいとか言ってるが、このままペンギンに手を出さず逃げ去るなら追いはしないぜ?」
 ところがカモメたちは自棄を起こしたのか、わっと叫んで一斉に躍りかかってきたのである。
 それも、ペンギンではなく久と豊実に!
「最悪の選択だな。ま、窮鼠猫をなんとやらというたとえもある。ちゃんと相手してやるさ」
 久はポケットから片手だけ出して軽く振る。
「ご丁寧に編隊組んで攻めかかるとは律儀なこった」
 野生の蹂躙、たちまち複数の魔獣が、久を追い越してカモメの群体に激突した。
「さて仕事仕事! 実力行使と行こうかね」
 豊実も豹のように飛びだし、抜いた刀でいきなり眼前のカモメの額を割る。
 これに連携し『円ぺらーペンギン』も行動、あっという間にこれを片付けたのだった。
「ふぅ、一時はどうなることかと思いましたー。ありがとうございましたっ!」
 歩はぺこりと頭を下げた。
「なんてことないよ。じゃ、私は骨格選びするから」
 豊実は片手を挙げて応じると、しゃがみこんでトウゾクカモメの死体を検分している。
「豊実さんは色々な意味でブレがないぜ」
 評価半分、呆れ半分の久なのである。
「ペンギンはみんな無事だねー。円ちゃんも……あれ、円ちゃん?」
 ところが円はペンギンを気づかうあまり、ペンギンに同化していた! 歩が呼びかけてもペンペン鳴くだけで、鳥そのままの動作を繰り返す。
「どうやら円さんはペンギン役に没頭しすぎて我を見失っているようですわね」
 むしろそれに胸を打たれるエレンなのだ。
「だめだよ円ちゃん、まだここで終わりじゃないんだよー!」
 そこでとっておき、歩は丸々と育ったピーマンを取り出し投げつけた!
 円は飛び上がって叫ぶ。
「わっ! なに! ピーマン嫌、ピーマン嫌、ピーマン嫌ぁー!」
 効果絶大であった。