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蜘蛛の塔に潜む狂気

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蜘蛛の塔に潜む狂気
蜘蛛の塔に潜む狂気 蜘蛛の塔に潜む狂気

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【3・影】

 四階は混沌としていた。
 本来、この階は塔を管理する人々の事務所だったようなのだが。
 今ではそれらも蜘蛛どもに荒らされ、机はひっくり返り、床は用途すら不明と化した機械の残骸だらけで、おまけに部屋の敷居までがほとんど瓦礫と化していた。
「話に聞いた女生徒も、先生の手がかりもまるで見つからないですねぇ」
「やっぱりどこかに隠れてるんだよ、きっと!」
「そうですわね。わたくしもそうではないかと思いますわ」
 そんな成れの果ての場所で、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)と彼女のパートナーであるセシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が調べており。
 少し離れた所にはアシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)もいた。
(それにしても、本当にこんな場所にあの人はいるのか……? 鏖殺寺院にメリットがありそうな場所にも思えないけど)
 内心ではそんなことも考えつつ、瓦礫をどけて廊下を歩いていくアシャンテ。
 メイベル達もキョロキョロとあちこちに目を向けながら、後に続いた。
 と、そんな彼女達の前方のT字路になっている廊下の左側から、
 足音が響いてきた。
 ぼんやりと揺らめく蝋燭か何かの灯りに照らされた影も目に入る。
 足を止め、事前に用意しておいた光条兵器の小銃『スィメア』を右手に構え、左手は背中の刀に添えておくアシャンテ。どうやら彼女は全く恐怖に怯えてはいないらしかった。
 後ろで様子を伺い中のメイベル達も、若干緊張に身を強張らせてはいたが、それでも各々武器を抜ける体勢は整わせていた。
 そうした緊張感の中、相手もこちらに気づいたらしく、ぴくりと動きが止まった。
 その、直後、
「砕音先生〜、おてつだいに来たですよ〜」
 廊下の角を覗き込む形で現れたのは、喜々とした表情のヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)だった。四人は思わずつんのめりかけた。
「あれ? ごめんなさい。てっきり先生かなと思ったんですけど」
「いや、謝るようなことでもない。それより、そちらも砕音先生を探しているのか」
「そうなんです。砕音先生、いまはぐあい悪いかもしれないからボクしんぱいで。だけどあちこちさがしてもいなくって」
「私たちもこっちを探してたんだけど同じですよぉ、たぶんもうこの階にはこれ以上見るものはなさそうですぅ」
 互いに捜索相手のことを心配しつつ、一同はそのままT字路の右通路へと進んでいき。
 ほどなくして階段前に辿り着いたところで、ぼんやりと人影が目に入った。
 どうせまた捜索に来た生徒だろうと思い、全員特に気にせず歩を進ませ続けたが。
「待て、皆」
 一番に違和感に気づいたのは先頭のアシャンテだった。
 この塔内部がいくら薄暗いとは言っても、皆は話をしながら歩いているのだから眼前の相手はこちらに気づいていないわけはない。
 普通の生徒なら声をかけるなり何なりしてくる筈だし、例え人見知りな生徒でも会釈くらいはするとか、そそくさと立ち去るとか何かしらリアクションを起こしてもいい。
 だが、そいつはただこちらに身体を向けたまま静止している。
 そうした不自然さが、他の皆もなんとなくわかってきて。ごくり、と誰かがつばをのむ音が物凄く大きく聞こえた。
「あの、もしもし?」
 やがて緊張感の漂う沈黙に耐え切れなくなったヴァーナーは、ゆっくりと燭台の蝋燭の火を向けた。やがて足元が見えてきたところで、
 そいつの右半身が、影のようにぼやけているのが見えた。
 ッ! と小さくメイベル達が息を呑む。
(まさか……本当に霊、なのか?)
 アシャンテは誰かのイタズラやトリックという可能性も考えたが、それとは違うと自分の勘が告げていた。
「もしもーし? もしかして、オバケさん、ですか〜?」
 おそるおそるといった感じでヴァーナーは声をかけてみるが、返答は帰ってこなかった。
「えっと、なにかやりのこしたコトがあるんだったらおてつだいするですよ……?」
 続いて提案などもしてみるが、やはり返答は無い。
「え〜と、どうしたんですか?」
 いつまで経っても放置されっぱなしなのでやや涙目になり始めて。
「……なにか言ってくださいです」
 明かりをちゃんと顔がわかるように向けた。
 揺らめく火によって晒されたその顔は、
「砕音先生?」
 メイベルが信じられないといったトーンで叫ぶ。
「え? まさか、本当に?」
「似ている人のようにも思えますけれど」
 セシリアもフィリッパも、探していたとはいえ実際に遭遇すると困惑調子で。
 アシャンテも少し戸惑いながらも思い切って声をかけた。
「……貴様はミスター・ラングレイこと、砕音・アントゥルース……間違いはないか?」
 相手は沈黙を保ち続けている。
「……なんとか言ったらどうだ」
 そうしていくら詰問されても、完全沈黙を保っている。
 やがて、びゅぅと窓から吹いてきた風が蝋燭の火を揺らして。
 次に明かりが元の位置に戻った時には、先生らしき影の姿は、どこにもいなくなってしまっていた。それこそ本当に幽霊であったかのように。
 消えてしまって残念のような助かったような、微妙な空気の中、ひとまず息をつく一同。
(亡霊にしては、やけに砕音先生に顔つきが似ていた。一体なんだったんだ……?)
 アシャンテが思案しようとしたそのとき、
 上階から悲鳴が聞こえた。

     *

 数分前。
「う〜ん、火の無い所に煙は起たないっていうけど……」
 五階を探し回っているのはアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)
「いざ来たはいいけど、何の目処もないのよね」
 この階は談話室か何かだったのか、破れ放題のソファや雑誌があちこちに散乱している。
 特に目を惹くものはなさそうだったが、彼女はすぐに上階へ上ることはせず、フロアを隅々まで見回り手がかりを探していた。
 しかしそうした捜索をする場合、必然的にあちこちに張り巡らされた蜘蛛の巣をどけながら進むことを余儀なくされていた。
 そのせいでアリアがふと気づけば足元には巣を壊された小蜘蛛が、一匹また一匹とぞわぞわ集まり、数十匹近い小蜘蛛がこちらを睨むかのように赤く光る目を向けていた。
 背筋が寒くなりそうなその光景だが、アリアは静かにカルスノウトを手にとった。
「生徒達を襲ったのはこの蜘蛛かしら? いずれにせよ逃がしてはくれなそうね」
 直後、その言葉に呼応するかのように糸を四方八方から噴出していく蜘蛛達。
 アリアは、くるん、と軽やかなステップでその攻撃をかわし、カウンターで轟雷閃を放ちそいつらを一掃していく。
 何匹かは黒焦げになって絶命するも、別の蜘蛛がわらわらと後から後から集まり続け。猫や犬くらいのサイズの蜘蛛まで混じってきていた。
「キリがないなぁ、もう」
 いっそこの場は逃げた方がいいかと踏んで、また後ろへと跳んで糸をかわすが。背後の死角になる位置にあった蜘蛛の巣が足に絡まり転倒してしまうアリア。
 動き回りすぎたのが災いしてしまった。
「きゃっ!? しまっ……いやあああああああ!」
 その隙を見逃す蜘蛛達ではなく、すかさず群れによる一斉放射の糸攻撃を浴びせる。
「いやっ! 離して……んぁ、ああああああああああ!?」
 蜘蛛の糸とはいえ、勢いよく巻きつけられそれを思い切り引っ張られればただではすまない。しかも強度も長さ太さも、抵抗して千切れるレベルではなかった。
 あっというまに腕や足を絡めとられ、ギリギリと締め上げられて身体中の骨が悲鳴を上げているのが、走り抜ける激痛で感じられる。
「やっ、なにす……あっ、ああああ……!」
 悲鳴をあげても蜘蛛達は容赦なく締め続ける。これがもし蜘蛛でなく人間ならば、腕や足を動けなくした時点でもはや抵抗はできないだろうと踏んで、攻撃を緩めることをしたかもしれないが。蜘蛛達は違った。
 虫けらにとっては、人間がほんの少し力を加えただけでも死に至ることだってある。
 徹底的に痛めつけてからでないと危険だと、本能的に理解しているのだ。
 鋭い糸の束によって、さらにギリリと縛り上げられてアリアの二の腕と太ももの皮膚が切れ、血が噴出した。巻きつけられた白色の糸に、じわりと血の赤がにじんだ。
「あ、ぁあ……はぁ、はぁ……」
 やがてアリアの目もややうつろになり、指一本すら動かせなくなっていた。
(これ……跡、残っちゃうかな……なんて……心配するとこ……違う、かな)
 実質アリアの身体は、骨が折れることはなく、皮膚の強度が糸に負けて先に切れたおかげで内出血することこそ避けられていた。ある意味このことは幸運であるのだが。
 それはこの状況を無事切り抜けられ、病院で手当てを受けられる状況になって初めて理解することが出来る。
 しかし抵抗する力を全て奪われたアリアは、まさに蜘蛛の巣に捕われた蝶の様に、グッタリとうな垂れダラリと手足を投げ出している。
 どう考えても危機を脱せそうにはなかった。
 そして蜘蛛達の中でも、大型犬くらいのサイズの蜘蛛が倒れたアリアにのしかかると、ガパリと大きく顎を下げ、そこからボタボタと紫色の液をたらしていく。
 無防備の腹部に落ちる体液は、はじめに服を溶かし、更に下に隠れた肌に接触した。
「はぁ、はぁ……やめっ、あ、んぁああああん!?」
 するとその部位を、焼きゴテでも当てられたかのような熱さと痛みが襲った。
 身悶えして苦しむアリアは、目の前の蜘蛛がまるで不気味に笑っているように感じて、毒でじわじわと嬲り殺しにするつもりなのかもと、言いようのない恐怖を感じた。
 だがそのとき、エンジン音のようなものが轟いた。
 アリアはいよいよ痛みのせいで耳鳴りが起きてるのかもと不安になったが、
 乗っていた蜘蛛が思いっ切りスパイクバイクに轢かれて、木の葉のように飛んでいったので我に返った。
 実際うまいことバイクが床の凹凸でバウンドしていなければ、自分も巻き添えになって轢かれていたかもしれないと気づいて冷や汗もののアリアだったが。
「ヒャッハァ〜! どけどけぇてめぇら、跳ね飛ばしても責任とらねぇぞ〜!」
 そのバイクはそのまま辺りの蜘蛛達も容赦なく弾き飛ばしていき、次第にアリアの糸の締め付けも緩まっていく。それを行なっているのは、モヒカン頭の南 鮪(みなみ・まぐろ)だった。
 そんな彼に対しアリアは礼を述べようとしたが、
「あ、あの。ありが……」
「ヒャッハァ〜! 喜べお前は性帝陛下の軍への献上品に決定したのだァ〜!」
「え、えぇ!?」
 鮪はそう叫ぶと、おもむろにアリアを担ぎ上げて、蜘蛛を蹴散らしながら再びバイクで爆走を始めていく。
「ちょ、ちょっとやめて、おろして!」
「ヒャッハァー性帝陛下に代わって俺がお前に愛を与えてやるぜ!」
 抵抗しようとするアリアだが、まだ蜘蛛の毒のせいで体が思うように動かず。あげくに軽くお尻を軽く撫でられそうになったところで、
「うぉっ!?」「きゃ!」
 前方の暗闇から飛んできた蜘蛛の死骸が鮪のモヒカンを掠め、その拍子にアリアは投げ出された。どうにか受け身はとったが次々と起こる騒動に、やや涙目になっていた。
「あっぶねぇな! どこのどいつだ!」
 そこで戦っていたのは四階から上がってきた五人だった。
 幻槍モノケロスを振り回し、蜘蛛達を薙いで斬っているのはメイベル、セシリア、そしてヴァーナー。仕留め損ねた小蜘蛛を駆除するのはフィリッパ。
 更にアシャンテはそんな彼女達を守るようにして、迫っていた蜘蛛を蹴り上げ、宙を舞ったところで雅刀を振り抜いて倒しておいた。
 そうしてあらかた掃討し終えたところで、鮪に気づいたアシャンテが向き直る。
「巻き添えを喰ったのなら謝る。だがそれよりも、こっちに砕音・アントゥルースが来なかったか? あと、その子に悲鳴をあげさせたのはお前か?」
「あん? 来ちゃいねぇけど。なんだよ、いたらどうするつもりだ?」
 鮪は、わざとふたつめの質問には答えなかった。
 助けたのは鮪ではあるが、悲鳴をあげられても仕方のないことをやったのも事実なので弁解するのは面倒だと考えたらしい。
「……私としては、彼の真意を確かめたいだけだ」
「私も、会って話したいだけですぅ。どうして鏖殺寺院なんかの仲間になったのか」
 アシャンテとメイベルの答えに対して鮪は、
 鼻で笑うことはしなかった。
「ヒャッハァ〜! おまえら大馬鹿だな、気づけよ。性帝砕音陛下が鏖殺寺院だったんじゃないぜ、性帝砕音陛下が鏖殺寺院を支配下に置いたのだァ〜。だからお前らにとっても何も問題は無い! 時代は新たなる神『性帝砕音』陛下の愛によって支配されるのだァ〜ヒャッハァー!」
 思いっ切り高らかな声をあげて笑っていた。
 聞くもの全てをイラつかせそうな笑い声だった。
「ヒャッハァ〜性帝砕音陛下の愛が信じられねえ汚物は消毒してやるぜぇ〜!」
 更に鮪はそう宣言するなりバイクに括りつけていた火炎放射器を手にし、なんの躊躇いもなく炎を発射していた。

 そうして場がまたも混乱していく中でヴァーナーはというと、
「だいじょうぶですか〜?」
 アリアに駆け寄って幻槍モノケロスを用いてのナーシングで、毒を治してあげていた。
「あ、ありがとう」
「いえいえ」
 にっこりと微笑み、そのままハグをして、おまけに頬に唇を触れさせる。
「きゃ、ちょ、ちょっと」
「まーまー、いいじゃないですか〜。このくらいのスキンシップ〜」
 今度はチュー攻撃に、またまた慌てふためくアリアと、ひとり喜んでいるヴァーナー。

 とりあえず色々と事態が収拾するまで、小一時間ほど必要になったのは言うまでもない。