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リアクション
赤き毛をしたマトリョーシカ猪が、暴れ牛のように体を跳ねさせる様は、まるで炎が揺らめき盛るようにも見えて。思わず見惚れてしまいそうに−−−
「いいえ、今刻は瞳を奪われている刻には在らず、ですわ」
上杉 菊(うえすぎ・きく)は音が聞こえる程に首を横に振ってから、小型飛空艇を大きく旋回させてマッ猪の走程へ回り込んだ。
「この菊、甲州の山野での狩りには心得がございます。御方様の元まで行って貰いますよ」
赤き毛は炎の耐性を持っている証。菊はブリザードで壁を生み、暴れ走る先を限定してゆく。
「猪が、こちらへ来ますわ」
「ほぅ、菊媛は上手くやったようだな」
打ち合わせた待ち伏せポイントにて姿を隠していたグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は、緩めた頬を絞め直してからブラダマンテ・アモーネ・クレルモン(ぶらだまんて・あもーねくれるもん)に詳細を問いた。ブラダマンテは双眼鏡を覗きながらに凛と答えた。
「猪は一体のみ。大きさから… 親マッ猪だと思われますわ」
「という事は、その身に子と孫を潜ませている可能性がある、というわけだの」
向かい来る赤き猪の姿が、肉眼でも捉えられるものとなった。なるほど、確かにその背には生徒5人が乗っても余る程に広い。親マツ猪と断定して良いだろう。
「ブランは合図を」
「了解ですわ」
「ローザ、来るぞ」
「了解」
ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が巨獣用ライフルを構える。
指令は「殺すな」だったわよね。…… 殺す寸前まで痛めつけるのは?
弾は3発、教導団製の麻酔弾。ローザマリアは気を鎮めてゆく。
興奮してる? というより混乱してるわね。菊が上手くやっているんだわ。
ブリザードが視界を奪い続けている。猪は一秒と同じ方向に頭を向けていないが、狙うなら−−−
「ここっ!!」
マッ猪が前足を上げた瞬間の胴から首元を狙い撃った。
プスリ。というSEが聞こえてきそうな程に、見事に眼を剥いて−−−
「口が開きますわよ!」
ブラダマンテの声に、力無く開いた口に−−− 開いた口がデロ〜ンと、顎など無かったかの様に開いた口から子マッ猪が、そして子マッ猪の口から更に小さな孫マッ猪が、教諭の研究が進めば孫マッ猪の中から曾孫マッ猪が? 曾孫マッ猪の中から−−−ってどんだけ小っさな猪が?!
溢れる妄想を押し込めて、気絶射撃で一射、二射で確実に眠らせていった。
玉璽を目一杯に武装しているおかげ? で能力値への不安が無い分、射撃のみに集中することができたの…… かな? どうかな?
おほん、とにかく漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)に連絡を入れましょう、「制圧、完了」と、ね。
ポテポテポテと歩みまして。膨えるワカメを探している。
あっ、ほら見て! 庭先に生えた茂みの並びに、明らかに異質な緑の山があるよ。ウネウネしていて、もさもさしてる。
和原 樹(なぎはら・いつき)たちの先頭の先を歩くショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)は、自分の身長よりも大きな塊へと駆け寄りて−−−通り過ぎた。
「ちょっ、ショコラッテ!」
慌ててセーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)が追いかけて、ショコラッテはワカメな髪型をした女子に大鎌を振りかぶっていた。
「ダメっ! ダメですよっ!」
「私、ワカメを刈らないと」
「それはワカメじゃありませんっ! というか彼女に失礼です!」
「えっ、でも、こんなにモシャモシャ…」
「それはウェーブがかかっていて… って! なに梳いているんです!」
毛先を梳いていた、美容師さんが使うハサミで梳いていた! わざわざ用意したのですよね? 悪ふざけ? いや、天然ボケなのは間違いないのですが。
「これ…… そうだよな?」
異質な緑のもさもさの山を見つめて、和原 樹(なぎはら・いつき)はフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)に訊いた。
「意外と、というか… デカィよな」
「かき分けるとするか」
ワシャワシャとかき分けてゆくと、もさもさの山の中からタテガミ膨植ポニーが姿を現した、のだが。
「………… 寝てる?」
「あぁ…… 寝てるな」
スヤスヤという寝息が聞こえてくる。肩の力が一度に抜けた。
「緊張感ねぇな」
「逃げ疲れた、という事か? 調子抜けだな」
茂みの向こうにも同じ様な緑の山が幾つも見えた。これ全部、タテガミに埋もれたポニー?
「タテガミの毛先、伸びてる……? 寝てるんだよな?」
「寝てる間に伸びる事は怪奇ではないが、程度は異常だな」
混乱と逃走奔走に、余程に疲れたのだろう。5体程いるポニーはグッスリすやすやと。
「樹、目を覚ますようだぞ」
「おっと、ショコラちゃん! 遊んでないで、こっちで子守歌を頼む」
もっと慌てると思っていたが…… 樹は驚くほどに落ち着いていた事に、驚いた。
ショコラッテが子守歌を、しかもワンフレーズを唄い切るより前にポニーは再び寝息を立て始めた。全く、本当に手応えがない。
眠らせたは良いが、どうやって連行しようかと思案を始めたとき、同じ緑の山が、いや
、金剛力を使ってポニーを背負って歩む樹月 刀真(きづき・とうま)だった。というより、やはりポニーのタテガミは伸びに伸びているため、上半身はほぼ見えていなかった。
「月夜、剣を」
「はい」
漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は背を反らして光条兵器である黒い刀身の片刃剣を取り出すと、宙に投げた。
刀真は膝を曲げてからポニーを上空へ放ると、掴んだ剣でポニーの全身を覆うタテガミを刈った。
落ちてきたポニーはポニーの姿をしていたが、刀真は再び受け取め背負った。
おぉ〜と声をあげて、樹は手を叩いた。
「見事ですね。というか、ポニーは目を覚まさないのかよ」
「そうなんです、大いに暴れたので、ちょっと気を失わせたのですが… それ以降、一向に目覚めないのです」
「それで抱えて運んでるのか。災難だな」
刀真の後方で笑みを見せた月夜の指先を、3体のポニーが口を突ついていた。月夜が「唐辛子」を与えると、ポニーたちは嬉しそうに食べ、そしてタテガミが一気に伸びた。
「えっ? なに? 何なの?」
「ポニーの餌は唐辛子なんですよ。食べるとタテガミが膨えるのが厄介なんですけどね」
「樹、これ、刈って持って行くつもりか?」
「そうだな、マッ猪の餌みたいだからな、出来るだけ持っていった方が良いだろ」
月夜が樹にハサミを渡した。
「刈りますか」
「あぁ…… でも、その前に」
「えぇ、その前に、ですね?」
気付ば2人ともムズムズしていた、押さえていたのだろうが、いざ刈ろうとするなら我慢が出来なくなったようで。飛びついた。
「もふもふ…… 柔らかい」
「旨い、やっぱりワカメだ、旨いぞタテガミ」
微笑ましい。少し心配にもなってしまう光景にも見えて、フォルクスと樹は笑んだ嘆息を吐いた。
「月夜、そろそろ行きますよ」
「行く、とは?」
「マッ猪の捕獲に成功した方たちと合流するのです。月夜が連絡先を交換していましたので」
「それは良い。猪にタテガミを喰い尽くしてもらうとしよう」
「えぇ、それが良いでしょうね」
眠ったままのタテガミ膨植ポニーを起こして、餌で釣って移動を始めた。
全く持ってタテガミを刈る頻度の多いこと。それでも事態の収束点が見え始めた事で、一同の気はだいぶに軽くなっていた。とにかく早く合流を果たしたい、果たすべく、歩みを進めた。